スティルとの契約が成立してから初めてのトレーニング。
ハードルやらなんやらを準備してコースで待っていると、スティルが小走りで近づいてくるのが見えた。
軽く手を振ってみれば、何故か驚いたような表情を見せて少しだけ加速する。駆け足で俺の前までやってきたスティルは、軽く息を整えてから丁寧に頭を下げ、どこか嬉しそうだ。
「おはようございます、ナツメさん」
「おはよスティル。そんな急がなくてもいいのに……てか俺が手ぇ振った時なんでびっくりしてたの?」
「その、あれほど離れていて気付かれたことはなかったものですから。ナツメさんは私を見つけるのがお上手ですね」
「あぁ、そゆことね。これから見失うことは無いから安心してほしい」
「どうしてですか?」
「俺はスティルに全懸けしたからな。
「!――ナツメさん……あまり喜ばせないでください……困ります」
「うーん、照れ屋さん。これが俺の通常運転なんだけど」
「うぅ……と、ところで本日は他に誰かいらっしゃるのですか?トレーニング器具が2セットありますが……」
話題を変えたいらしいスティルは、コースに並ぶハードルや脇に積んだ重りが二人分あることを指摘する。何人も担当を抱えるチームや、事前にスケジュールを合わせた合同トレーニングではよく見る景色。
しかし俺とスティルは専属契約、そして記念すべき初めてのトレーニングで誰か他の生徒を呼び込むハズもない。ではどういう意図か……とっても簡単な話だ。
俺は持参しているスポーツバッグから、蹄鉄の装着されたトレーニング用シューズを転がした。
「そりゃあ俺も一緒にやりますから。これからナツメくんとの友情トレーニング、頑張ってこうぜ」
♢
「はい、今日のメニューはおしまい!よく頑張りました!」
ナツメさんが差し出してくれるスポーツドリンクに礼をして受け取り、口をつける前に彼を見る。タイム計測などの役割分担が必要なメニューは、彼がコースの外で受け持ってくれる。
でもそれ以外はすべて私の隣で同じメニューをこなしていた。そんなナツメさんは今、涼しい横顔でトレーニングの成果をタブレットに記録中。
今日が初めての本格的なトレーニングということもあり、様子見程度の軽い内容ではあった。けれど、明らかに私よりも消耗が少ない。
「ふぅ……ナツメさん、すごいですね。ウマ娘と同じトレーニングメニューを私よりも軽々こなしてしまうなんて……」
「うん?まあ今日は様子見っていうのと、俺は教育自習の時に
「なるほど、そのような事情があったのですね――――フフ、どれくらい走れルの?」
気付けば、入れ替わっていた。満月は程遠く、垂涎の的たる強者もいない。まさか、こんなタイミングであの子が現れるなんて思ってもみなかった。トレーニング直後の疲労も、主導権を許してしまった要因かもしれない。
あの子は私が抑えつけるよりも先に、ナツメさんの前で口角を上げる。やめて、挑戦的な目を彼に向けないで。急にそんなはしたない表情、彼が見たら――
「ああ、こんにちは。久しぶりだな」
「……えェ、こんにちは」
「なんだっけ、俺の走りの話か。少なくともまだ欲と才能だけで走ってるお前には負けねぇよ」
――こ、こんなに動じないモノなのですか?当然、怯えられるよりは嬉しく思いますが……。それにあの子に火をつけるようなことまで。
ナツメさんの物言いこそ素っ気ない、けれど冷たい眼差しをあの子に向けるわけでもなく、かといってご機嫌を窺うようなこともしない……ただのいち生徒とお話をしているような振る舞い。
この方は、粗野で卑しい本能をさらけ出すあの子のことを『個性的な生徒』としか見ていない。そうでなければ、あのおぞましい走りを見て『欲と才能だけで走ってる』なんて冷静な評価を下せるはずがない。
私が今まで恐れ、疎み、抑えつけてきた狂気を子ども扱いする人がすぐそばに居る、初めての感覚。
「……あは、あハハはは!随分と明け透けに言ってくれルのね!なら試してみタいわ、アナタがどんな味なのか!」
「
「……………フぅん?ウソでもないみたイだし、少しだケ待ってあげる」
「そんな物分かりいいの?飛び掛かってこないなら助かるけど」
「アナタだけの特別待遇よ……ひと口に喰らってしまうより、舌の上でゆっくリじっくり転がして……舐め溶かシて味わいたいの。じゃアねナツメ、また逢いに来るわ……」
「はいはい、またな~」
あの子は言葉通り、本当に内側へと帰っていた。私の意識が身体に馴染み、ナツメさんの目の前に戻ってくる。彼は相変わらずタブレットを操作しつつ『スティルおかえり~』とはにかむ。
その笑顔があまりに自然体で、呆気なくあの子を受け入れているものだから、思わずつられて笑ってしまう。そんな私に、ナツメさんは小首を傾げていた。
やがてナツメさんの成果入力は終わり、タブレットを片付けてノビをする彼に、先ほど抱いた疑問を呈する。
「……ナツメさん、お伺いしたいことがあるのですが」
「ん、さっきの発言?俺があの子と走るかどうかってやつ」
「はい、まさに。どういった意図で、あのようなことを……?」
「オッケー、そんじゃトレーナー室で話そうか。クールダウンしたら行こう」
♢
初トレーニングを終えてから、夕日の差し込むトレーナー室。自腹でいろいろ家具を揃え、デスクもソファもなにもかも住み込めるレベルの一級品にしてやったわ。
ミーティングデスクを挟んで対面するスティルは、夕焼けの中に僅かな不安を滲ませている。『あの子と俺が走る意図』、あまり良い想像は働かないらしい。それもそうか、スティルにとってあの子とはマイナスでしかないのだから。
「さて、これから大事な話……トゥインクルシリーズを駆け抜けるにあたっての方針的なものを相談したいんだけど。その前にひとつ、頷いてほしい事がある」
「はい、なんでしょうか」
「話の都合上、スティルの本能について、どうしても触れなきゃならない。最大限配慮して言葉を選ぶけど、もし不愉快だったり話したくないと思ったのなら、いつでも席を立ってくれ。日を改めるから」
「……どうぞお気になさらず。ナツメさんの考えを聞けるのであれば、何を言われようとも構いません」
「俺が構うわ!スティルのデリケートな部分なんだから大事にしなさい!」
「ふふ、ふふふ……だって、ナツメさんが私自身よりも真剣に私のことを考えてくれているようですから。どんなことでも、どうぞお話しください」
「え、えぇ?信頼が早いよ……コホン、じゃあせめてちゃんと意見言ってくれよ?嫌なことはイヤって表現するように」
先ほどまでの不安はどこへやら、口元を押さえて静かに笑うスティル。もっと真面目に話すつもりが雰囲気崩れてしまった。俺の咳払い程度では若干緩んだ空気を締めなおすに至らず、やむなしで話し始める。
細心の注意を払って、数ある言葉からスティルの心をいたずらに揺らすことのないものを。彼女の本能が今までに沢山の傷を生んだことは想像に難くない、けど所詮は俺の想像だ。分かった気になっちゃいけない。
「ふぅ――これから先。レースを走る上での懸念は、本能に呑まれて
「……はい。
「スティル?自分の心を大事に。俺の選んだ言葉を強く言い換えないで。――で、その
「……獣ですから、
「スティルさん、俺そこまで言ってないから。俺の配慮が粉々なんだけど。――そして、
「……
「スティルどうした!?言わなくていいこと全部言うじゃん!もしかしてこの話めちゃくちゃ気に食わなかったりする!?」
「いえ!その……ここまで面と向かって『大事にされている』と感じるのは初めてで、恥ずかしながらつい茶々を……」
「うぅ~ん怒りにくいぃ……けど大事な話だから、こっからはその自虐ナシで」
テレテレしながら縮こまるスティル、怒ったり凹んだりするよりかは平和的な反応だけども。
改めて整理すれば、『スティルが本能を曝け出してもいい』と思える『強者』と走ることで『一時でも満足できる』なら、あの子が表面化するタイミングをある程度コントロールできる可能性がある。
スティルも俺の言わんとすることに思い至ったのか、嬉し恥ずかし照れ隠しをようやく引っ込めた。
「ナツメさん……本気なんですか?」
「ああ。スティルが良いのなら、俺があの子と走って満足させられるのか、試してみたい」
「ナツメさんであれば……私、あまり抵抗はありません。ですが、そんなことをなさってしまえば貴方に対するあの子の執着は、より強く深くなるでしょう……もしかしたら、もっと安全にあの子を抑え込む方法が他に見つかるかもしれません」
「心配してくれてありがと。けど、飢えてるなら満たしてあげたい―――――俺は、今のスティルと同じように
「!…………」
「スティルにとって本能の存在が良いモノじゃないのは分かってる!どれだけ苦労してきたのかも、俺は想像しかしてやれない、あの子を消し去るのが一番穏やかな
「では、なぜ」
「……俺にとっては、あの子
俺は思わずスティルから視線を外し、顔を伏せてしまう。彼女の目を見られない、次にどんな反応をするのかが分からない。怒ってくれるなら、まだ優しい。でも失望されれば、契約終了だってあるかもしれない。
最低なことを言っている自覚がある。貞淑でありたい、良識に敬したいと望むスティルの、獰猛で本能的な一面を『それもキミだろ』と肯定する非道さ。
でも……スティルインラブがこれから先、光の中を歩いていくにはどちらが欠けてもいけない――そんな気がする。
「顔を上げてください」
「……はい」
再び目が合う、落胆や失望は……感じない。スティルは変わらず、赤い陽だまりで柔らかなまま。
「これからは、
「――いいのか?俺がトレーナー続けていいの?」
「な、なぜそのような飛躍を……?私は今、胸が躍っています……ナツメさんと一緒なら、あの子を認められる日が来るのかもしれない。できるのなら、蓋をして心の奥に仕舞いこむのではなく、両輪として共存する……貴方と同じ未来を描きたいです」
「ほんと!?やった『そ・れ・にィ』おお、
「
「うん……語弊あるけど概ねそうだな」
「アハッ!アナタってば本当に――――ナ、ナツメさん!その、あの子の言葉はあまり真に受けないでください……」
「俺が担当するからには、どっちのスティルもお姫様待遇するよ」
「も、もぅ……!コホン、ではあの子に名前をつけるのがよさそうですね。ナツメさんも呼び分けができた方が良いでしょうし」
「んー……それ、大丈夫か?多分、名前つけたら自分の中であの子がよりはっきりしたモノになっちゃうんじゃないの?だから曖昧な呼び方してるんだと思ってたけど」
スティルは目をぱちくりとさせて俺を見る。なんそれ可愛いね。
それから穏やかに、淑やかに、笑う。
「ふふ……ご明察です。でも大丈夫ですよ、貴方と共に往く道の第一歩にしましょう」
「そっか。じゃあなんて呼ぶ?」
「そうですね……………では安直ですが――」
トレーナー室に、予定のないノックが響く。誰だろう、この後はスティルとこれから走るレースについて相談したかったのに。
♢
あの子の呼び名を提案しようとしたちょうどその時に、控えめなノックがトレーナー室に訪れた。机の向こうでナツメさんが形のいい眉をひそめており、彼の招いた客でないことが見て取れる。
ナツメさんが軽く返事をして席を立ったところで、鍵のかかっていなかったドアは簡単に開く。『ごきげんよう』という上品で蠱惑的な声と共に。
「ラモーヌ?はい、ごきげんよう……どうした?」
メジロラモーヌ。史上初のトリプルティアラを達成したメジロの至宝、レースへの愛を完璧な勝利によって体現するウマ娘。
彼女の走り、振る舞い、功績が『ティアラとは斯くあるべし』と定めたと言っても過言ではない、それほどに強烈にレース史に刻まれる存在。
ティアラに憧れのある私にとって、手が届かないことは理解していても焦がれざるを得ないカタチのひとつ。
「聞いたわ。ナツメがトレーナーになったと。――今の貴方、とてもいいわ。振りまく愛が引き絞る愛へ、ようやく燃え始めた」
「おいおい、今までの俺もよかっただろ?」
「まさか。偽物の熱には興味がないの、私。今のナツメであれば、手元に置いてもよくってよ」
「――っ!!!」
私に目をくれることなく、ラモーヌさんはナツメさんに艶麗な眼差しを向ける。心臓の裏側がチリチリと炙られる、思考が少しずつ赤黒いものに蝕まれていく。
ナツメさんはトレセン学園の全ての生徒と面識があって、トレーナーになってほしかった子なんて両手で足りない。それを横から搔っ攫った私には、このやり取りを見届ける責任がある。
分かっていても、私の中の醜い心が声を上げたがっていた。
「そりゃどーも、けど俺の全部はもうスティルのものだからムリだな」
「……!?」
あのラモーヌさんの直球ラブコールを受けて、微塵も揺さぶられることなく返した直球の流れ弾を食らい、内で湧いていた感情がスンっ……と消火される。
ラモーヌさんもまた、ナツメさんのお断りを不敵に笑うのみ。この二人のやり取りについていけない、平然とものすごい言葉を交わし合っている。
そしてようやく、置いてけぼりの私に、ラモーヌさんの焦がすような視線が刺さった。
「そう――よろしいわ。そちら、ナツメの担当ね」
「っ……はい、スティルインラブです」
「ああ、自己紹介は結構よ。私に刻みたいなら、覚えさせて。――その狂愛がナツメに並んだ時にでも」
「――……メジロ、ラモーヌ」
「それでは、ごきげんよう」
ラモーヌさんは私の返事なんて求めていないかのように、最後にナツメさんへの一瞥を残して部屋を出た。
今のほんの数分で痛いほどに理解した……今の私ではダメだ。彼がくれる狂おしい献身にお返しできるものがなければ。
「はぁ、急に来るんだから……」
「ナツメさん、突然申し訳ありません。私の目標をお伝えしたいです」
「うんいいよ、ちょうどその話をするとこだったから」
「――史上2人目のトリプルティアラ」
「オッケ―……別に
「いえ、大目標はあの子……『
「なるほど、じゃあ中目標に三冠、その後はまた達成したときに」
「はい……あの、冷静に考えるとかなり大それたことを言っているような」
「大丈夫、スティルインラブの隣にいるのは竜胆ナツメだ。それくらいスケールでかい方がいい。それよりも――」
「?」
「
「――次に
「ああ、ラブならいいんだ」
♢
メイクデビュー前の満月の夜。トレセン学園のトレーニングコース、ライトが照らす薄暗い舞台は俺一人。そこにもうひとつの影がまじる。
紅い光彩、熱っぽい吐息、三日月を浮かべた口元。
「来たか。こんばんは、
「ええ、こんばんは……今宵はお招きいただき、感謝するわ……!」
「調子はどうだ?」
「ウフフ……おかげ様で、絶好調よ。名前をもらったせいかしら……今まで以上に感覚がハッキリしているの」
「確かに、紅く濃く輪郭が見えるっていうか……言葉も前より聞き取りやすいな」
「アハぁ!これなら、アナタの甘美な魂にもう手が届いてしまうかも……分かってるわよね?アナタの薫りを愉しんで、舌先でそっと舐めるのもいいけれど――スキを見せたら喰らっちゃうから!さぁ、素敵な夜に『ラブ』……なァに?」
「走る前に、アップするぞ。あ、嫌そうな顔しない!ただでさえ破滅的でめちゃくちゃな走りするってのに、アップなしで競り合ってみろ、絶対ケガするわ!身体もまだできてないんだ、ほら付き合うから、俺の隣に来る!」
「……はァい」
やる気なさそうなラブを引き連れてウォーミングアップを消化していく。メニューが終わりに向かうにつれて、ラブの高揚を隣で感じ取れた。
息は荒く大きく、瞳は血の滴るような鮮紅、今にも噛みつかんとする視線。
アップを済ませてスタートに立つ。蹄鉄の感触を確かめながら腕を伸ばして準備完了。
スティルの方は今更聞くまでもない、これ以上余計な話をしたら本当に飛び掛かってきそうだ。
「出走予定のデビュー戦と同じ、右の1600。もしラブが勝ったら常識の範囲内で我儘いっこ聞いてやるよ」
「あぁ、ナツメってば、ワタシを昂らせるのが好きなのね!アナタと
「オッケー。向こうに置いてる時計見えるな、10秒後にスタートだ―――――しっかりついてこいよ」
「ええ……存分に追いかけさせて!」
ラブとほぼ同時に地を蹴り出す、俺は前を取るために長めの加速。常にラブの視界で走りきる、彼女が夢中になれるように。
背中に痛いほど伝わってくる捕食者のプレッシャー……模擬レースがメチャクチャになってしまうのも頷ける。確かにこんなモノを浴びてしまえば他のウマ娘は動揺するだろう。競技者として走るためにコースに立っているのであって、喰うか喰われるかの生存競争をしたいワケではないのだから。
「アはは!いいキモチねェ……もっと暴いて、もっと暴かせて!」
ラブが届かない一歩先を、抑えて走っていく。半分を過ぎて、ラブはさらに猛り始める。より獰猛に、より開放的に、リズムとフォームが崩れてなお喰いつくのだから、潜在能力は計り知れない。
スパートのタイミングが近い、これ以上ギリギリを走るのは危険だし、少し距離を開ける。
「そろそろ行くのね!?さあアナタの全てを曝け出して見せて、その全部をワタシにチョウダイ!」
俺の進出を感じ取り、ラブがより強く踏み込むのが分かる。正直仕掛けるにはちょっと早い、けど接戦を演じてラブがさらに無茶な走りをするのはアウトだ。
今夜はもう幕を引くとしよう。
「そう、この熱よ!滅茶苦茶にぐちゃぐちゃに、この身を燃やして走りたいの!どう、アナタも感じてるかしら!」
「悪いけど……これじゃまだ燃えてはやれない、な!」
「 ア ぁ 、 ホ ン ト ウ に ス テ キ 」
一気に突き放し、ラブの射程から離脱する。先にゴールを踏んで軽く息を整えていると、スタミナ切れでほぼ歩き状態のラブが遅れてやってきた。彼女は上気した頬にしなやかな指を添え、火傷しそうなほど熱い眼差しを向ける。今夜の試みは上手くいったことがよく分かった。
「愛してるアイしてる愛シテる!最高に愉シイ時間だったわ!やっぱりアナタこそがワタシの運命……こんなに燃え上がれたのはハジメテ!フフ……アははハハはぁ!――あァ、でもゴメンなさい……アナタの熱は感じなかった。きっと今のワタシの力では暴けないのね。これも初めての感覚……ナツメを本気にできなかったコト、悔しい。悔しい。悔しい!悔しい悔しイ悔シい!」
「はいタオル。まだ始まったばっかだろ?スティルインラブはこれから強くなる、その為に俺が居んだから」
「――ええ、お願いね。ワタシたちをちゃんと鍛えるのよ?アナタの熱を感じるために」
「任せろ、俺の一番得意なことだ『じゃあ、おやすみナツメ』っとあぶねぇな。ガス欠かよ」
憑き物が落ちたように俺の方へ脱力するラブを受け止める。ちゃんとクールダウンして欲しかったが仕方ない、
しかし凄かった、走りのキレが増していた。背中越しの感覚でレースを作っていた俺には分かる、スティルインラブはとんでもない進化の種を持っていると。これから先に何度も一緒に走ることになるだろう、俺も本格的に鍛えないと早い段階で追い抜かれそうだ。
俺は負けるワケにいかない、スティルインラブの運命を変えるために。暗路を歩くのは俺一人でいい。
ふと、沈潜していた思考を浮上させる。正面から誰か歩いてきた……
アルヴは俺に気付き、ちょうど灯りの下で鉢合わせる。俺の顔を見、そして俺に抱かれ眠るスティルインラブを認め、一瞬ギョッとした。
「こんばんはアルヴ。なんでビックリしたの」
「……ナツメトレーナー。教官だった貴方の指導を受けた借りを返すために、一度だけ忠告します。担当に向けるその目、やめた方がいいですよ」
「目?なに、やらしい目してた?」
「違います……まるで愛する人を見るような目。たまにそんなトレーナーや生徒を見るけど、貴方のソレは煩わしいや不適切を超えて――恐ろしい」
アルヴは冷徹な眼光で、心底疎ましそうに俺を見る。なるほど、愛を求めない彼女にとって俺は異常者に映るのか。言われていることは最もで、トレーナーと教え子という垣根は簡単に飛び越えて良いモノじゃない。俺だってそんなことは理解している。
もしも俺が自分で、誰かの夢や運命に輝きを見出したのであれば、しっかりと境界線を引いて必要以上にその子の未来に触れないようにしただろう。
けど、スティルインラブは違う。俺の全部をぶつけて未来を変えなければならない――想いを飾り付けて隠してるヒマなんてない。
「忠告ありがとな。でもごめん、取り繕うような余裕はない。俺とこの
「――……なんですか、ソレ。そんなヒトたちに、負けませんから」
「いいや、悪いけどタイミングを恨んでくれ。俺とスティルインラブはこの
「っ……失礼します」
「ああ、おやすみ。コースに行くなら、俺のバッグとかは後で片付けに行くから気にしないでくれ」
アルヴは返事をすることなくトレーニングコースの方へ消える。こんな時間までトレーニングとは正直あまり関心しないが、俺には明確な優先順位がある。
まずは、耳ピクピクして尻尾が震えているお姫様を寮へ。
「……起きてる?」
「!……すぅ、すぅ――うぅ」
「あはは、気のせいね。了解」
♢
数日後のデビュー戦、綺麗に勝利したスティルはレースを楽しめたようだ。
その後の話し合いで、当面はトリプルティアラに狙いを絞ってトレーニング重視のスケジュールとなった。
桜花賞出走のためにタイミング見てレース出たら、ジュニア級は終いかな。