墜星は暗路を行く   作:はくとう

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この作品には死別、曇らせの要素が含まれます。ご注意ください。

必死に文章削ったけど文字数が1万超えてしまった、申し訳ない。


ジェンティルドンナ 3

ジャパンカップを終え、俺とジェンティルドンナはひとつの転機を迎えた。『ナツメのためにも強くなる』と、彼女は言ってのけた。

俺の強さへの返礼、そして命を焦がすような俺のトレーニングを止めるため。あとは……俺をオトす気らしいね。トレーナーとして、絶対に本気にならないけど。

そんなことはさておき、事実としてジェンティルの伸びは文句ないものだ。俺が彼女の競争心を煽るために追いつこうと躍起になっていた時と、遜色ないほどの成長率を見せている。

強くなるための理由を増やしたジェンティルは凄まじい。

そんじゃこのまま、()()の一年を駆け抜けるとしようか。

 

 

 

 

 

――初詣

 

『最優秀クラシッククイーンウマ娘』と『年度代表ウマ娘』を()()()()()()で選出された表彰式、その後のシニア級における展望の取材を終え、学園の廊下で次走である大阪杯について話していた時。

『最優秀シニアクイーンウマ娘』として同じように表彰されていたカレンチャンに声を掛けられた。なんでも最近のウマスタで気になったトレンドを、一緒に体験したいそうで。

複数の候補の中から、険しい山道を行く『#強力神社でパワーアップ』初詣に決めた。

 

川越え崖登り大自然の試練の果てに、雰囲気のあるお社まで辿り着く。

 

「……アレ、参拝すんの俺だけ?」

 

「到底過酷とは言えない道のり……これではご利益も大して期待できないでしょう。私は結構よ」

 

「ん~、カレンは帰りの安全だけお願いしちゃおっかな?」

 

「あら、私に加え引率のナツメまで居るのだから不要でなくて?」

 

「あっ……それもそうですね♪ナツメトレーナー、カレンたちより先に行っちゃうなんてびっくり!」

 

「まあ、立場的に保護者だし。ケガ無く学園まで帰すことは保証する」

 

「わぁ、頼りになります♡ほんと、なんでもできちゃうってカンジですね~」

 

「……確かに。ナツメ、貴方ってできない事はあるのかしら」

 

「当然あるよ。人間だぞ俺は」

 

「ハッ……一時と言えど私のトレーニングに付いてくるナツメが人間なワケないでしょう」

 

「鼻で笑いやがった……んで、できない事な。初めてやることは俺も人並みだ。あとは、俺とジェンティルの道に必要ないコトは習得する気が起きないから無理だな。どうしてもやれってンならモノにするけど……例えば『ここでお手玉やってみて』って言われてもフツーに下手」

 

「お手玉?……ああ、お正月だから?ちょうど、私が持ち歩いている鉄球が3つありましてよ」

 

「いや死んでまうわ。フツーに下手だって言ったんだよ?どれ……うん、クソ重い。こんなモンが頭に落ちてみろ、一発でガイドライン抵触(お見せできない絵面)だ」

 

「あら、それは大変。……ゴルシさん考案の鉄アレイジャグリングは黙っておいたほうがよさそうね……では帰ってから普通のお手玉を見せてもらいましょうか。ナツメの人並みなところを見るいい機会だわ」

 

「それが余興になるなら別にいいけど……カレン?なんで鉄球持ったまま固まってるんだ」

 

「う~ん……カレン、持つだけでけっこー疲れるのに、なんでナツメさんは平気なのかなって☆」

 

 

 

 

 

――福引チャンス

 

トレーニング用品の買い出しを終えた帰り道、騒がしさに目を向けると商店街主催の福引が賑わいを見せていた。『運も強者の証明のひとつ』と乗り気なジェンティルに、さきほど貰った福引券を渡す。

 

「……ナツメ。貴方がやってみれば?一体何を引き当てるのか、興味があるわ」

 

「そんなん温泉旅行券に決まってる。だからやらない。行くヒマないからもったいないし」

 

「まあ、大層な自信ですこと。いいじゃない、たまには羽を伸ばせば」

 

「あのね、ジェンティルはもう()()()()()を知ってるだろ?時間かけて準備して、ゆったり1泊するのが俺にとって逆効果なの分かってるよな」

 

「当然理解しているけれど、あまりに休む姿を見ないもの。時折居眠りでもしていれば可愛らしいものなのに……何時間睡眠だから普段のハードワークで疲労しないのかしら」

 

「……それは今いいじゃん。福引をどうする『ナツメ、何時間眠っているか答えなさい』――5、6時間くら『本当は?』はぁ……3時間です」

 

「呆れた。こうも人間を辞めていると感心より呆気が勝つわ」

 

「仕方ないだろ、俺はそれで問題ないようにできてるんだから。話戻して、結局福引はどうすんの?運試しが好きなら引いてきたら」

 

「ふぅ、ここまできたらナツメの異常性がどこまでのものか見てみたいの。何が出ても貰ってあげるから、貴方が引いてみなさいな」

 

「言ったな?ちゃんとそっちで使ってくれよ?じゃあこれで……アソーレガラガラー」

 

『で、出ましたああぁぁぁぁ!特賞、温泉旅行券でぇぇぇぇぇす!!!』

 

「まぁ俺の天運ならこうなるよな。はいコレ……うっわ、珍しい表情(カオ)!おくちモゴモゴさせて、めっちゃ居心地悪そう!」

 

「……お黙りなさい。こちら有難く頂戴致します、同室のブエナさんをお誘いしますわ」

 

「あっはは!了解、行く日決まったら教えてくれ。くっ、ふ……流石の貴婦人もタダで受け取るの気が引けるって感じだな。いや~いいモン見れた、充分な対価もらったよ!」

 

「――二度は言いません」

 

「はいはい、黙りまーす」

 

「……まったく。何でもないように、強さを示すのだから。困った方ね」

 

 

 

 

 

――バレンタイン

 

トレセン学園に出勤して早々、たづなさんから呼び止められる。聞けば俺宛てに数日前から様々な贈り物が届いており、置き場に困っていたらしい。ああ、俺はトレーナー寮を使ってないから学園で荷物が止まるのか、申し訳ない。最近はしばらく外に出ていたし、学園には迷惑をかけた。

確認してみれば、大半が俺宛てとは名ばかりで『ジェンティルドンナ様へ』というカードが添えられている。あー、スマン送り主の方々。バレンタイン前に他者より早く届けたかったんだろう、残念ながらもう当日だ。

ひとまずトレーナー室へと運び込み、ジェンティルの座学が終わる午後まで待つことにした。

 

「ごきげんよう……あら、この机に広がっている贈り物は?」

 

「俺に届いたジェンティル宛ての品々。午前中に送り主は調べて返送の準備もしといたぞ」

 

「それはそれは……ご迷惑をおかけいたしました。私が受け取らないとよく分かったわね」

 

「わざわざ俺を経由してたらそりゃな……見事に全員男だったし、婚約者()()?」

 

「いいえ、婚約()()()に過ぎませんわ。ところで、なぜ()()()()()()()()()()()()()()()()?しかもご丁寧に全部違う構図の」

 

「カッコいいだろ。『今はジェンティルの隣は俺ですよ』って伝えときゃ、少なくとも俺が居るあいだはちょっかい出してこない。SNSで周知でもすれば、来年以降にまで影響が出そうだからな」

 

「……………そう。頭が回るのね」

 

「ん、気に食わない?なんか考え事か?」

 

「別に。貴方に果たし状の一つでも届くかも、と思っただけ」

 

「果たし状。いやー、無いだろ。全員男じゃん。ウマ娘相手でも素人なら組み伏せる自信あるのに、男で俺に勝てるヤツ居るワケないし」

 

「力勝負とは限らないでしょう?」

 

「だとしても、負けないね。俺たちの時間の邪魔をするなら、誰がどんな勝負を仕掛けてきても勝つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――自然体がソレなんだから、始末に負えないわね」

 

「ごめん、聞こえなかった。なんて?」

 

「ッ、いいえ……それ以上はおやめになって。他を出し抜こうと策を弄した希望者の方々が惨めだわ」

 

「えぇ……話題振ったのソッチじゃん。ああそれと……ハッピーバレンタイン。前から勉強と練習をちゃんと重ねた、俺の手作り。洗練された舌を持つジェンティルにも喜んでもらえると思う」

 

「まあ、ありがとう。楽しみにさせて……あら。私にも写真を?」

 

「うん、折角だからオマケとして撮った」

 

「……ふふ、素敵なんじゃない?では返礼のおでかけに参りましょう、準備なさって」

 

「返礼とか、気にしなくていいのに。つか出かける前に、この贈り物たちを返送した方がいいんじゃね」

 

「そんなモノより、ナツメが先よ。贔屓のチョコレートブランドがあるなら、予め仰ってくださいな」

 

 

 

 

 

――大阪杯

 

勝利。オルフェからの王命を正面から破る。強くなる理由に俺の存在を加えたジェンティルは、7バ身差でもって進化を証明した。

 

「……良い、貴様らの強さを認めてやろう。余がフランスから戻るまで、錆び付かせぬことだ」

 

「ふ……強がらなくてもよろしいのよ。『ナツメとともに()()したかった』と泣くくらいは私も目を瞑りましょう」

 

「ハッ、囀るな。ナツメが居らぬからなんだ、余はこれまで通り覇道を往くのみ。いずれ貴様らの首を掲げ、臣下らにくれてやる」

 

そして、貴婦人と暴君の殴り合いの影で静かに俺たちを見据える、青い双眸があった。

 

「――ジェンティルさんを越えるのは、私よ」

 

 

 

 

 

――ファン感謝祭

 

『ファン参加型障害物リレー』で最後の走者であるジェンティルとともに、個性的なファンたちの活躍を観戦する。

 

「おお、凄い勢いで坂上がってくな」

 

「そうね。大体ナツメの1/6ほどかしら」

 

「へぇ、重そうなドラム缶をあんな軽々と」

 

「あら驚いた、貴方の1/10くらい力持ちなんじゃない?」

 

「頑張れ、最後のファンの人~……あ、コケた。おっ、でもしっかり起き上がってこっち来るぞ」

 

「ふふ……その意気やよし。これに関しては比較するのは失礼ね」

 

「んん、その分別があるなら最初からするなよ。会う人会う人を俺と比べてたら世界が退屈になるぞ」

 

「――……ご忠告どうも。では行ってくるわ」

 

「お、お待たせっ、しま、したぁ!」

 

「ご苦労様。あとは任せなさいな」

 

「いってら~……それと、キミもお疲れ様。心震わすナイスランだった」

 

「は、はい!……ところで、その、竜胆トレーナーって本当に今年で辞めちゃうんですか……?」

 

ガッツを見せたファンにタオルを渡すと、そんな話題を振られた。まあ教官としてこの学園にやってきた時、全校生徒の前で『20歳まで』って言ってるし、取材の受け答えでも何度か口にしているから知っているか。

 

「うん、そだよ。来年からは別のトレーナーになる。なんで?」

 

「いえ……私はジェンティルさんのファンですけど、ジェンティルさんの隣でいても変わらない自分を持ち続けてる、竜胆トレーナーのことも尊敬しているので……来年から寂しくなるなって」

 

「あー、ありがとう。それと大丈夫、心配しないで。来年からもジェンティルはきっとキミを夢中にさせてくれるよ。奪った心を簡単に手放すようなウマ娘じゃないからね」

 

「――……実体験だったり、しますか?」

 

「え゛っ!?う、うーん……まぁ、心を掴まれてはいる……か。オチてはないと思うけど」

 

「ふぅ、戻りましたわ……なんのお話かしら?」

 

「……なんでもない。おかえりジェンティル」

 

 

 

 

 

――宝塚記念

 

勝利。ゴールドシップから叩きつけられた挑戦状の舞台であるシニア級前半の最後は、6バ身差にて締めくくった。

 

 

 

 

 

――天皇賞秋

 

勝利。エイシンフラッシュとトーセンジョーダンを7バ身差で降し、栄誉ある秋の盾を手中に収めた。

 

 

 

 

 

――ジャパンカップ

 

勝利。タフなゴールドシップ、誇りあるエイシンフラッシュ、諦めを認めないトーセンジョーダン。様々な強さを持つウマ娘たちの中で、喰らいつくのはやはりヴィルシーナだった。

しかし、それでもジェンティルは魅せた。『ライバル』たる彼女に、今度は7バ身差をつけて。史上初、ジャパンカップを連覇した。

 

 

 

 

 

――???

 

ジャパンカップを終えた数日後、俺はジェンティルの父親から2度目のお招きを受け、彼の根城へと訪れていた。何も持たない0から、1代で築き上げた絢爛なる屋敷。

きょうだいの姿はなく、今回は父親とジェンティルとの三者面談。

 

その用件は、至極単純だった。

 

「竜胆君。今までありがとう……君には娘のトレーナーを辞めていただきたい

 

父親曰く『娘は最も強き者として世界を掌握する器である』『世界の頂点のためにも、ここから先はその道を知る者が導かねば』『すでに話はまとまっている、あとは竜胆君の決断だけだ』

隣で座るジェンティルから、ピシリと空気を割るような音が聞こえた気がする。なんだ、ジェンティルも初耳なのか。

 

「さあ、ジェンティルドンナのよりよき道のための答えを」

 

「ふむ……話は分かりました」

 

まず、ジェンティルを横目で見てみる。耳を僅かに絞り、尻尾に落ち着きが無い。俺の視線に気づき珍しく逡巡したような彼女は、少ししてようやく大きな赤い瞳に意思を浮かべた。

 

――問われているのは貴方ですわ

 

今回のこの場面、()()()()()ということらしい。それならば、あまり考える必要はなさそうだ。良い結果のために良い手段を使うのは当然のことだからな。

三者面談というのは間違った認識だった。今回の招待は俺と父親のサシの場、ジェンティルはあくまで話の行く末を見守る傍観者。

俺は彼女の父親に視線を定め……愛想よく表情を崩す。人好きのする竜胆ナツメの、円滑なコミュニケーション術だ。

 

 

 

「……いいですね!私の後任を選んでくれて、ありがとうございます!」

 

「――ナツメ」

 

常に強いウマ娘の弱々しい、か細い声。俺は任された、ならばその方は向かない。目の前に満足そうに頷く、この男が今の相手だ。

先ほどまでの固まった温度はどこへやら、これほど軟化した雰囲気が漂うのはきっとこの屋敷では珍しいコトだろう。

 

「そうか、やはり君は聡い。世界を見据え、選択ができる人間だ」

 

「過分なお言葉、恐縮です。私の後を継いでくれるような人材はそう簡単に見つからないでしょうから、それを稀代の名士たる貴方の人脈で見繕ってくださったのであれば、渡りに船です」

 

「何、力を持つ者として当然のこと。では、これからのことをゆっくりと――」

 

「――ああ、少々お待ちを。このお話を纏める前にひとつだけ質問があります……契約更新(ソレ)は、()()()()?」

 

これは、この場における俺の最初で最後の問い。ジェンティルの父親は、小さく眉を顰めて……やがて、こう答えた。

 

 

 

「無論、()()()()()()

 

 

 

「……なるほど、そうですか――おハナシにならないな。行こうぜジェンティル、もうココに用は無い」

 

「きゃっ……ナツメ?貴方、急に――ッ」

 

席を立ち、隣のジェンティルの手を取って有無を言わせず踵を返す。困惑混じりの彼女と目が合った時、息を呑む音が聞こえた。

ああ、ごめんな。今の俺の目を見たくは無いだろう……彼女が畏敬の念を抱く御父上に対し、俺は『失望』を隠しきれていないから。

 

「……待ちたまえ。『お話にならない』とはどういう事だろうか」

 

背後から投げかけられる声に、嘆息と共に振り向く。穏やかではない圧を込めた眼光、重圧に軋むような空間、ジェンティルの父親をやっているだけはある。けど、その全てが無意味だ。

 

「言葉通りだよ。来年からの後任ってコトなら、喜んで握手でもしてやる。実際契約は今年いっぱいだからな。それが……『今すぐに』でもより良いトレーナーに変える?ハッ……俺以上のトレーナーが居るワケ無いだろ

 

常人では息を忘れてしまうような、耐えがたいほどの圧迫感。強者たる存在による、反抗する気力を削ぎ取る絶対的な空間の支配。それらは決して揺らがない――しかし俺の言葉は想定していなかったのか、彼女の父親はほんの僅かに感情の乱れを表面化させていた。

 

「まだ契約は続いてる。どこぞのトップトレーナーを引っ張ってきたのか知らないが、ジェンティルに命を懸けられないヤツに代わる気は無い」

 

「ほう……何度も教え子を世界の頂へと導いた経験より、君の大層な覚悟の方が強いと?言葉を飾るのは結構だが、現実が見えていない――」

 

「――見えてないのはアンタだよ。娘可愛さか、それとも寄る年波か……アンタは安心できる実績(けいけん)に飛びついて、目の前の俺()()を見誤った。ジェンティルに必要なのは『頂へ導いた経験』じゃない、『共に駆け抜ける強さ』だ……俺はそのために俺の全部を燃やせる」

 

父親は口を閉ざし、ただ俺を見据える。俺の言葉をどう受け止めているのかなんて知らない、もしかしたら残された時間の中で強引な手段を取ってくるかもな。

それならそれでいい、どんな邪魔も跳ね除ける。話は終わりだ。

俺に求めたトレーナーの辞任を『今すぐ』と答えた時点で、俺がこの父親(オヤジ)の手を取ることは無くなった。

 

「残念だよ、竜胆君。君は私の期待に応えてくれると思っていた」

 

物分かりの悪い子供を見るような目で嘆息する男に、俺も思わず同調してしまいそうになる。ここまでしないと分かってもらえないとは、ジェンティルの強さに相当舞い上がってしまっているらしい。

俺は手を取っていた彼女を半ば強引に抱き寄せ、竜胆ナツメとしての最後の一瞥を父親(オヤジ)にくれてやった。

 

またも空気のヒビ割れる音……ああ、今回の出どころは俺か。

 

「期待外れは俺もだ……()()()()()()()だったのかよく考えろ――俺が居る限りこの()の隣は誰にも渡さねぇよ

 

ジェンティルと共に豪奢な客間を後にする。重々しい扉が閉ざされ、もう二度とあの男に会うことはないだろう。好き勝手言ったことはすべて俺の本音、故に後悔はしていない。

でも、ジェンティルの前で彼女が敬する父親に行儀の悪い言葉遣いをしてしまったのは謝らなければ。そう思って、腕の中で顔を伏せるジェンティルに呼び掛けてみるものの、反応は芳しくなかった。

 

「なあジェンティル、ゴメンて。言い過ぎたのは反省するから、顔上げてくれ」

 

「……分かったから、今は放っておいてちょうだい」

 

「うぅん。放っておくって言っても……持ち前のパワーを遺憾なく発揮して、そんなに服掴まれたら気にせざるを得ないっていうか……じゃあせめて離れない?」

 

「ダメよ。離れたら……顔を見られるでしょう」

 

「それはまぁ、見えると思うけど」

 

結局ジェンティルは数分、俺に抱かれる――ていうかしがみついた――まま俯くだけで、微妙に落ち着きのないピクピク揺れる耳からだけでは彼女の内心を窺い知ることはできなかった。

 

 

 

『――……フッ。試す側に慣れ過ぎていたか。青く、小癪で、無謀。だが、あれほどの熱を見逃していたのは私の不徳……世界を掌握する器は娘だけではなかったらしい』

 

 

 

 

 

――有馬記念

 

出走予定にはなかった年末の中山。父親から呼び出されたのちに『私たちの強さを十全に理解(わか)らせましょう』と決めたジェンティルは、勝利した。

俺たちを屠らんとするオルフェーヴル、それを越えるべく走るウインバリアシオン、そして何より適性外であっても執念で最後まで迫ったヴィルシーナ。

 

本物の強者たちを相手に、経験のなかった中山レース場で……ジェンティルドンナはとうとう『大差勝ち』の蹄跡を強く深く刻み込んだ。

 

 

 

 

 

それから、俺にとっては飛ぶように流れた日々だった。

 

契約は解消され、ジェンティルドンナは父親の見定めたトレーナーと話をまとめる。

 

俺は引き継ぎ業務や退職の手続き、お世話になった方々への挨拶などを消化していく。

 

中でも取材対応はしんどかった。おしかけてくる記者なんかもいて何件か学園に対応を強いてしまったし、ほんますんません。

 

着々と表舞台から消える準備は進み、とうとう学園を去る間近の日。冬がそろそろ終わり、眠りから覚めた自然がだんだんと顔を出し始めるころ、その夕暮れ時。

 

自腹で揃えた家具の数々――金を残しても仕方ないので、はじめにそれなりのモノを揃えていた――は破棄して、学園の備品である机やソファをもとに戻したトレーナー室。

 

ソファに身を沈め、3年ぶりの合皮の感触を懐かしむ。俺たちの痕跡は漂白され、また別の誰かがこの場所から夢を始める。少しだけうらやましい循環(サイクル)だ。

 

決まっていたこととはいえ、叶うならもう少し、道の先を見たい気持ちがある。

 

 

 

「……やめやめ。バッジ外してさっさと返そう」

 

「――お待ちなさいな」

 

「うひょあぁぁぁぁ!!!」

 

立ち上がって胸のトレーナーバッジに手をかけたところで、トレーナー室の扉を開けたジェンティルから声が飛んできた。俺も飛び上がった。

呆けていたせいで全然気配に気付かなかったわ、びっくりしたー。

 

「あらまあ、情けない声を出して……驚かせたようね。ごめんあそばせ」

 

「いや、いいけど……どうした?なんか用?」

 

「まだバッジ(ソレ)をお持ちなのね。よろしいわ」

 

制服姿のジェンティルは企みを含んだ笑みで部屋に踏み入り、後ろ手に扉を閉める。向こうに見えていた廊下は少しずつ狭まり、やがて完全に視界に映らなくなると同時に『バキッッッ』と音が鳴った。

……待って、『カチッ』じゃなくて?内鍵を閉めた音じゃないんですが。絶対指で壊したろ。

 

「ほほほ……陸の孤島ね」

 

「あのさあ、備品壊すのは今に始まったことじゃないけど、故意にやるのはどうかと思うぞ。月に2回までってたづなさんに言われてただろ。報告は自分でしろよな」

 

「ええ、分かっているわ。この時間に邪魔が入るくらいなら、お小言は甘んじて受け入れましょう」

 

不穏な気配がずっと漂っているのは何なのか。俺のバッジを確認し、力技で密室を造り、思惑を滲ませながらもチャーミングに笑顔を浮かべるジェンティルドンナ。

ソファの傍で立つ俺に一歩ずつ近付き、目の前までやってきた彼女に見上げられる。大きな赤い目、それをパッチリと際立たせるまつげ、剛毅な貴婦人の幼げな素顔。

 

あーあ、最後にもう一回だけ気合を入れよう。ジェンティルドンナの企みを躱して、トレーナーとしてちゃんと終わるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目前に立つナツメ、胸元には夕日に照らされるトレーナーバッジ。退職の手続きはほぼ終えているのでしょうけれど、話の取っ掛かりならまだ残っている。

 

「ナツメ。この3年、本当に良く務めてくれたわ。私の期待も想定も飛び越えて、すべてのレースで圧勝した。最も明快に力を示せたと言ってよいでしょう……さて、私は言葉をこねくり回すのが好きではない。あとはお分かりね?」

 

「分かるけど分かりたくね~……『トレーナーを続けろ』だろうな」

 

「よろしい。けれど返答はしなくていいの……欲しいものは力ずくで手に入れてきた。今回もそうさせてもらうから……『私に勝つ』か『トレーナーを続ける』と言うまで、この部屋を出ることは叶いませんわ」

 

「ゲームのボスかよお前は」

 

私の駄々を受けて、ナツメはヤレヤレと息を吐く。当然ながらこの要求と提案に正当性は無い。彼が乗る必要性も皆無、そんな事は百も承知。

恥も外聞もなく、ただ甘えているに過ぎない。行かないで、と。

 

無駄なのに。最初から一貫して3年と定めた期間を、今更彼が情で変えるハズがない。それに、強者の強権にも引き際はある。他者の根源にあるような決意を力で奪うなど、強者たる振る舞いにあらず。

でも、倫理や矜持を捨ててでも欲しい者が居る。心の底から手に入れたい――

 

「……分かった。ならジェンティルに勝って、ここを出ていく」

 

――手に入る?ナツメが?

 

彼は何のメリットもない勝負の舞台に上がってきた、何が何でも譲れないはずの決意(タイムリミット)を賭けて。

 

「本当、に?ご自分が仰ったこと、理解しているの?一度乗ったのなら、降りることを許すほど甘くはなくてよ」

 

「いいよ、これで納得してくれるんだろ。俺が負けたらこれからもジェンティルの隣に居てやる」

 

「……ふふ、そう。貴方は本当に、私の想像を超えるのがお好きね。ところで勝負の内容を決めていないのだけれど――」

 

()()()でいい。一番わかりやすくて、遺恨を残さない」

 

「――あっはは!」

 

面白くって仕方ない、欲しくって仕方ない、ときめいて仕方ない。こんな気持ち、きっと彼にしか抱けない。

国を探しても、世界を探しても、星を探しても、彼以上なんて居るはずがない。

 

力比べなら、勝負は一瞬で決まる。

眼前に立つナツメ、彼の後ろには浅い肘掛けのついたソファ。このまま押し倒して逃げ場を無くしてしまえば、あとはもう私の思うがまま。

最も得意で好ましい、力による征服が成る。

 

「ん。お手をどうぞレディ」

 

私が今の状況(シチュエーション)に目を走らせたのを見て思惑を察したのか、両の手を開いて私に差し出す。

本当に、どこまで……どこまで私の鼓動を乱すの。

 

ナツメの手をゆっくりと握る。俗に言う『恋人繋ぎ』だったかしら。相手は一応人間、壊さないように慎重に。ゆっくりと、しかし着実に力を込めて彼を押す。背後にあるソファに倒して、決着させるために。

 

 

 

……あら、おかしい。動かない。もうかなりの力で押しているはずなのに。

 

 

 

「ごめんな、ジェンティル。痛くはしないから」

 

瞬間、()()()()()()()()()()。足運びと体重移動だけでターンを描くように。

そして訪れる、私と拮抗を演じていたナツメの膂力。このジェンティルドンナを以てしても、踏みとどまれないほどの。

 

気付けば、上等ではない革張りの硬いソファに押し倒され、天井とナツメの顔を仰いでいるのは私だった。

 

「――どうして?」

 

「常に強いお前を圧倒する力を持ち続けるのは、流石の俺もムリだ。でも今みたいにほんの一時、上回るだけでいいなら俺には手札がある……それだけの話だよ」

 

ギッ、と音を立てて二人分の重さに沈む座面。あまりに勝敗の明確な構図、ナツメは真剣な面持ちで私の自由を奪いただ見下ろす。

決まったのだ、確実に。もうどうやっても成す術はない、たった一時だとしても完全に力負けした――

 

「俺の勝ちだ……負けを認めろ

 

――なぁに、これ。

 

胸の奥でナニカが湧く、未知の熱が瞬く間に全身へ広がっていく。私の心に垂れて、滲み、思考がグズグズに熔けてしまうような危険な熱さ。

知らない感覚、知らない感情、知らない――高揚?

 

 

 

「あー……案外、()()()()()()()()()()()()()か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェンティルの手を握ったまま、硬い革張りのソファに彼女の肉体を押し付ける。上から見る彼女は新鮮だ……そして隠しきれない戸惑いの奥に、色のついた高揚が秘められた今の表情はさらに新鮮だった。

 

彼女の心を見透かすことは出来ないでも、それっぽい理屈なら思いつく。まさか自分が人間の男に力負けし、組み伏せられる時が来るなど想像だにしなかったのだろう。

ゴメンな、この場で上回ればいいだけなら俺には『命を()べる』という手札がある。

 

しかし、そうか。流石に意外だったな。まさか――

 

「あー……案外、負けた方が盛り上がるタイプか」

 

「……?」

 

ジェンティルの反応が鈍い、ここまで無防備な彼女は初めて見た。惚けた目、朱の差す頬、僅かに開いた口、漏れ出る熱っぽい吐息。

今までは俺が何を成そうとも『想定以上よ』と不敵に笑う余裕があったというのに。()()()()()()()()姿()など、想定どころか理解の埒外だったということか。

だから、完全に無警戒で俺を――そして自分を疑うことなく勝負(ゲーム)を仕掛け、負けた。その果てに、力に押し潰される被虐心『未知の感覚』を(ひら)いてしまったのかもしれない。

 

……うん、こんな弱ったジェンティルを見るのはヤバいね。俺も『想定外』だ、理性が徐々に欠けてしまう。

いつもの見慣れた強いジェンティルで送り出してくれないと。そんな潤んだ瞳で見上げられたら、まだ胸に在る線引き(バッジ)を見失いそうになる。

可憐で剛毅な貴婦人の一度崩れてしまった姿は、こんなにも歳相応なのか。

 

「ほら目ぇ覚ませ。俺の勝ちだ、文句ないな」

 

「ぁ……ええ、そうね。今回()、私の負け」

 

「うぅん……?今回、も?」

 

「ふふ、覚えがない?私はもうすでに一度、ナツメに負けているのよ」

 

ジェンティルの敗北宣言に、思い当たるフシがようやく浮かび上がった。俺と彼女の勝負事はふたつ、ひとつは今回の『これからを賭けた力比べ』……もうひとつは契約時に適当に受けたささやかな勝負。

 

そうか。ジェンティルドンナは俺に熱を上げ、唇を許した(負けていた)のか。

 

……クソ。気付くんじゃなかった。

 

 

 

 

「――ソイツは、カン違いだ。その勝負は引き分け(ドロー)だよ、ジェンティル」

 

「え?ぁ、ナツ――んぁ……」

 

あーあ……トレーナーとして綺麗に別れなきゃならなかった、俺の最後の線引きを越えさせられた。むしろ俺の負けか?胸の奥から這い上がってくる、暗い昏い……暗澹たる泥のような蝕み。

俺と違って、ジェンティルの道はこれからも続いていくというのに、その唇に呪いを残す軽率と蒙昧が心を呑む。

 

洗練された淑女(レディ)ではなく、ただのお年頃の乙女のように顔を綻ばせる彼女を見ても、俺の罪悪は重くなるばかりなのに。

 

「……ありがとう。そしてさようなら、ナツメ――愛しているわ」

 

「――ああ。じゃあな、俺の愛しいジェンティル」

 

愛なんて、互いに枷にしかならないモノに本気になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレセン学園から竜胆ナツメの名が消えてから数週間。

 

白で埋め尽くされた部屋、俺の身体から伸びる数々の線、一定間隔で鳴る小さな電子音。

 

レース界で見てきた華々しいゴールとは違う、地味で無色の終着点。

 

 

 

身辺整理は問題なし、母親への挨拶も済ませた、未練も後悔もない。

 

明るくて楽しくて、輝いて温かくて、濃密で瞬く間の人生だった。終わりが分かっていたからこそ、俺は竜胆ナツメに成れたと思う。

 

すぐソコまで迫っている死の予感はきっと外れない。14年前の事故から放たれた、命中が決定している魔弾のようなもの。

 

第六感で動き出した運命は、第六感で幕を下ろす。

 

 

 

「あれ、俺の始まりってどんなだっけ……」

 

 

 

いつの間にか忘れてしまった、一番最初の感覚。たしか、天使にも悪魔にも似た囁きだった気がする。まあいいか、思い出せないならもう関係ない。

 

 

 

終わり際に本当に想うのは、ひとつだけ。

 

 

 

「どうか、ジェンティルドンナの未来が幸福でありますように」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――。

 

 

 

電子音は静寂を示し、墜星は暗路を行く。

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