墜星は暗路を行く   作:はくとう

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アーモンドアイ 2

アーモンドアイとのデビューのため、いくつかの簡単なテストを行う。

アイの現在地を俺の頭に叩き込み、『視える数値』とのズレを無くす作業。アイは俺の想定を何一つ裏切ることなく、すべての項目で高水準な結果を出していた。

 

テストを最後まで終え、トレーニング用に開放されている広大な芝地で成果の共有をしつつ、アイの質疑に応答していく。

 

「どう? 今の私はナツメにとって満足かしら」

 

「満足と聞かれるとどうだろうな……やっぱスゲー()だなとは思うけど、アイの目標による」

 

「私の目標……当然『勝つ』ことよ! どんな相手にも、どんなレースでも!」

 

「良いねぇそのメンタル。シンプルで強い……ただ、ソコが目標なら満足できる日は来ないだろ。現状『この冠が欲しい』『あのウマ娘に勝ちたい』ってのは無いってことだもんな」

 

「ん……そうね。トレーナーからすれば不便かしら。レース計画も立てられないし、なにか具体的な目標を考えた方がいい?」

 

「いらんいらん。アイの一番強い部分に余計なモン混ぜなくていい。アイの心が『勝ちたい』と思った時に、勝てるようにするのが俺の仕事だ。コッチの心配しなくても、やりたいようにやればいい」

 

タブレットに目を落としつつ、俺を気遣った提案を一蹴する。もし俺のためにアイが自分の気持ちを濁らせるのなら、俺なんて居ない方がいい。

そう思っての発言だったけど……ふと黙りこくったアイの方へ視線を上げれば、それはもうありったけの不満を頬に詰め込んでハムスターみたくなっていた。

 

「……どしたんハム娘」

 

「誰がハム娘よ! ナツメ、今の私たちは不公平だわ! 私ばっかり夢を語って、苦労を背負い込むのは貴方ばっかりじゃない! 私も貴方の夢のためにできることをしたいの!」

 

「俺の夢ェ? そんなん『アイが楽しくて嬉しくて幸せな3年を過ごす』ことだよ。俺はアイのためにこの3年を捧げる……もう知ってるだろ?」

 

「うぐ……知ってるわ。知ってるけど、それでも何か具体的に欲しいモノがひとつくらいあるでしょう? 冠でも相手でも記録でも、トレーナーになったからには夢見るなにかが」

 

「無い。俺はアイ以外に微塵も興味がない、だから冠も相手も記録もソッチで決めてもらわないと困る」

 

「む~~~!」

 

またも頬を膨らませ、お次は顔が真っ()っか。これじゃタコ娘……絶対に言わないでおこう。ズルいことを言ってるかもしれないが、すべてどうしようもない事実だ。

巷では偉大な先人たちが築き上げた芝G1勝利記録である『七冠』を超えるには、なんて話が上がったりするみたいだけど。生憎とアイが欲しい勝利以外に求めるものは何もない。

 

「……はぁ、分かったわ。ならナツメの夢は『私が勝つ』ことなのね。そのために貴方の全部を懸けて、妥協は一切しないでよ」

 

「ああ、任せろ! 死んでもその誓いは破らないからな!」

 

「――ちょっと、ニコニコして終わった気にならないで? 次はナツメの番だから」

 

『ナツメの夢はもういいわ。でも貴方に誓わせた以上は私も貴方に誓うから』と俺を見つめるアイ。その瞳には強い意志の輝きがキラキラと宿っている。

誓わせたいことか、少し難しい話だ。俺はアイに余計な想いを背負わせたくない、彼女はただ『勝つ』ためにどこまでも行ける存在だと直感してるから。

 

しかしそれでも、今ここでアイに誓ってもらうとするならば。彼女の気持ちの『濁り』にならず、後押しできるようなモノはなんだろう。

 

『見たことない景色を見せてくれ』……それは妨げにならないか。

『お前の夢を叶えてくれ』……わざわざ俺が言うことでもない、二人で叶えるものだ。

『ずっと支えさせてくれ』……バカな。俺には3年のタイムリミットがある。

 

胸に浮かんだ想いはどれも俺のものじゃない。ならば――

 

 

 

――欲しいモノ、隠さず全部言ってくれ

 

「……え?」

 

「俺はアイと一緒に、()()()()()()()()()()()()()()に行きたい。だからそのために、どんな勝利でも欲しいなら隠さず言ってくれ」

 

「……もう、ナツメってば本当に私ばっかりなんだから」

 

アイは呆れ半分ながらも、その瞳に俺を据えて小さく笑う。納得してもらえたのなら良かった。

それじゃあ互いにこの3年を誓い合ったことだし、本格的に走り出すとしようか。

 

 

 

 

 

♢

 

 

 

 

アイのトレーニングとは別に、彼女の自主トレも俺が隣で管理する日々。

朝の6時前から学園の始業前まで……俺は元々睡眠時間がかなり短いから慣れてるけど、そんな朝早くから普段通りおめめパッチリなアイもすごい。本当にようやるわ。

授業を終えて午後も一緒に『友情トレーニング』に励み、彼女とともに俺のステータスまでオマケで上がっていく。使いもしないのに。

 

 

そして迎えたメイクデビュー

遺憾なく実力を発揮したアイは、一番最初にゴール板を駆け抜けた。

デビュー戦を勝利し、トゥインクルシリーズという舞台でのレースを経験したことで、改めて彼女は『勝利する』ことへの興奮と執着をより濃く深いものにしている。

 

それはいい……ただ、この本物のレース経験。アイの秘める無限の可能性をはっきりと輝かせる一方で、ある『課題』も生まれてしまった。

デビュー戦から休養日をしっかり挟んだ後日、学園での模擬レースでアイは『出遅れ』た。

 

 

 

「ふーん……?」

 

「はぁ、はぁ……ごめんなさい、らしくないミスをしたわ」

 

「謝らなくていいさ、それより原因の解明だ。今までにスタートは問題なかった……変わったとしたら本物のレースを経験したから、だな」

 

「ん……えぇ。言われてみれば、デビュー戦を走ってからソワソワしてるけど……」

 

コースの外でアイの瞳をじっと見つめる。期待、希望、可能性。様々な煌めきを内包するその中で、前よりもさらに強く熱く超新星のように在る『勝ちたい』という輝き。

なるほど、そういう弊害があるのか。ならばどうにかするのが俺の仕事なわけだが……ひとしきり悩んだ末に、ある提案を頭の中でまとめた。

不思議そうに俺を見上げる彼女へ、思い切って言ってしまう。

 

「どう、原因は分かった?」

 

「ああ、多分な。今のアイは勝ちたすぎてスタートまでにいろいろ考えちまってんだと思う」

 

「勝ちたすぎて……そう、かもしれないわね。じゃあ対処法は?」

 

出遅れても別にいっか

 

「――……ナツメ? どういうこと?」

 

「出遅れても勝てるくらい強ければそれでいいだろ」

 

極論、勝てるなら出遅れたっていい。アイの勝ち気は簡単に抑え込めるものじゃないのは明白だし、今の時点で実力は頭ひとつ抜けている。

出遅れが足を引っ張るなら、その代わりに実力を頭ふたつでもみっつでも抜けさせれば、課題は課題じゃなくなる。当然『出遅れ』というのは簡単にひっくり返せるハンデじゃない、位置取りも展開予測もペースもすべてが崩れる。

特にアイは明晰な頭脳を併せ持ち、相手の走法や展開を考えて走る……脚でもアタマでも勝つタイプだ。だからこそ考えすぎでスタートが遅れているワケだし。

 

でも俺ならば、そのハンデを振り切れるほど彼女を速く――

 

 

 

「――イヤよ。出遅れ、良くないわ! だってそれは()()()()()()()()()もの!」

 

アイは真っ直ぐ、ワガママに、心の内をそのまま俺にブツける。スタートに負けている……それはつまり。

出遅れる自分に勝ちたいってことなのか。

 

「――……あっははは! 確かに、そういうことになっちまうな! オッケー、なら勝とうか。解決策は……うん、よし」

 

「なにかあるのね? 聞かせて!」

 

「あるよ、()()な。ひとつは、スタートの合図に対する反応を高めながらイメトレを早めに切り上げる……『勝つために心を抑える』方法。まぁ上手くいけば手っ取り早く解決できると思う」

 

「ふむふむ、いいじゃない。もうひとつは?」

 

「もうひとつは……気の長い話になるし、アイができるかどうか確証無いんだよな~。しかもスパルタ、超がつくほど暴論」

 

「なぁにそれ、ソッチがいい! 絶対にこなしてみせるから!」

 

「まだ言ってないだろ!? せめて聞いてから選んでくれ――」

 

 

――理屈を捨てて俺に勝て。アレコレ考えちまう思考の『その先』に行けたなら、アイはもう誰にも負けない。出遅れる自分にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悔しいーーーッ!!!」

 

学園を出てロードワークの途中、休憩場所に選んだ高台でアイが吼える。他に誰もいない貸切状態だし、好きに叫ばせていいだろう。このところ『俺に勝てない』日々が続いて不完全燃焼気味かもな。

『出遅れ』解消のためにアイが選んだのは、時間がかかったとしても俺に勝つ道だった。既に模擬レースを何回か()ったけど、今のところは俺の全勝――アイは全敗。

 

俺は既に身体ができている以上、この結果は当然のものでアイに不足は無い。とはいえ、それで納得できるならアーモンドアイではないワケで。こうして夕日に想いを叩きつけている。

 

「どうする? もうひとつの『勝つために心を抑える』プランに変更してもいいぞ?」

 

「冗談じゃないわ、いつか絶対にナツメに勝ってみせるから! その時はきっと、とんでもないくらい気持ちいいだろうし!」

 

「その時がくればいいけどなぁ?」

 

カッチーン……ナツメ、帰ったら勝負よ。今日こそ()ッッッ対に勝つ」

 

「はいはい、帰ったらね。出遅れてるうちは負けないから、頑張れ~アイちゃ~ん」

 

アイの胸に灯る火を煽る。今俺たちが試行しているプランは、心を抑え込むのとは対極の方法だ。

ゲートに入ってから、勝利のために無数のイメージを働かせてしまう。明晰な頭脳と、策を現実にする身体と、それらを突き動かす。その中でも突出したを抑えれば、彼女はきっと十分に機能する。

 

けれどもし、頭脳身体を燃え続けるに十二分に添わせることができたのなら。アーモンドアイであれば、もしかしたらあり得るかもしれない。

思考を飛び越えた、『出遅れ』る余地なんてない、勝利を『直感』で感じ取れる領域(セカイ)へ。

 

確証も理論もない話だ……あるのは俺の第六感だけ。何もかも優秀で、何よりも特殊なメンタリティを持つアイなら。

 

 

 

「難しいカオね、考え事? ナツメも大声出してスッキリしてみたら?」

 

「……大声。そうだなー、なんか叫ぶとしたら……」

 

夢物語な思考を一度切って、アイに振られた話題に付き合う。誰もいない高台、夕焼けに染まる街を眼下に吼えるとすれば。

 

『俺も勝つぞーーー!』……何にだよ、それに俺は『勝ちたい』と言うよりは『勝たなきゃいけない』人間だ。

『アイより頑張るぞーーー!』……絶対に張り合ってくる、煽り過ぎてもよくないよな。

『アイを支えきるぞーーー!』……うん、最後まで一緒には居られないし変かも。

 

どれも微妙に俺からはハズれている。それなら――

 

 

 

――命懸けでアイと走るぞーーー!

 

 

「……な、なんてこと言うの!? 覚悟は買うけど、そういうのは胸に留めておくかせめて小さな声で言ってよ!」

 

「いや~浮かんだ言葉がしっくりこなかったんだよな。さて、それじゃ学園に戻るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツメとの日々はすごく充実していて、日に日に強く賢くなっていくのを実感した。

限界なんてまったく感じないくらい、自分の壁をドンドン壊して成長していく心地いい時間。やっぱりナツメで良かった、彼は誰よりも妥協しない……と言うよりは『妥協を許せない』人だと思う。

まるで全力以外の選択肢が無いみたいで、私に関することなら一切の手抜かりもない。赤い前髪の奥で燃える灰色の瞳が、時折少し怖いくらいの熱で私に刺さる。

 

そんなナツメにどうしても『勝ちたい』けれど……未だに彼より先にゴールを踏むことは叶わないままだった。

 

『出遅れ』の問題を解消できるかも、という試みのために始めたナツメとの模擬レース。なんとかジュニア級の内に彼を追い越したくて、()を引かれるラッキーライラックが出走する『阪神ジュベナイルフィリーズ』は観戦にとどめた。

そのレースで私の心がララに定まり、1月の『シンザン記念』を越えてから『桜花賞』に目標を決めてからも、ナツメには結局勝てず。

 

 

 

クラシック級に上がり、『シンザン記念』はしっかり勝つことができた。やっぱり本物のレースで勝つって気持ちがいい……早くナツメにも勝ちたいっ!

 

 

 

そして春、ついに訪れた『桜花賞』……トリプルティアラを目指すララと、彼女に勝ちたい私のレース。

控え室で『どっからでも差し切れるさ』と笑うナツメに、アドバイスを求めてみた。どんな言葉が出てくるんだろう……『後のことは考えなくていい』? 『歓声に呑まれないように』……それとも『目指してきた相手だ、完勝しよう!』とか。

 

――アイはもうすでに、勝者の資質を備えてる

 

結果は、僅かに出遅れてしまったけれど――私の勝ち!

でも満足はできない。ララはとっても強くって、まだ勝ちたい相手として私の心に居るんだから。

それに、しっかり休養を挟んでのナツメとのレースは、また勝てなかった。あまり興味ないけれど、世間的に見て『桜花賞ウマ娘』ってそれなりに凄いことよね? それに勝つ男の子って、どういうことなのよ!

 

 

 

ともかく、まだまだ勝ちたい私はナツメの『友情トレーニング』で力と知識を重ねる。

 

 

 

春の気配が遠のき始めた頃、ララと2回目の勝負を『オークス』で。

普段から気にかけてくれていたフサイチパンドラさんが、わざわざ控え室まで来てくれて私の考えすぎる頭をぎゅっと抱いてくれた。それでいつも通りの私に戻れた……のなら、良かったんだけど。

 

地下バ道に出ても、私の思考はグルグルと回ったまま。ナツメの試みと言葉を理解したいのに、私の中に下りてきてくれない。トレーニング中も模擬レース中も掴み切れないまま『桜花賞』というG1の舞台を走ってもなお理解(わか)らない。

じゃあ何時になれば私はナツメに勝てるの?アタマも脚も、答えてくれない。どれだけ考えても――

 

「……あらアイさん、どないしたん? 随分悩んではるみたいや」

 

「ララ……いいえ、なんでもないわ。今回も勝つのは私よ。貴方が強いのは分かってる、だから貴方をマークするつもり」

 

「ふぅん……桜花賞とは雰囲気違いますね。桜は渡してしもた、でもこれなら樫の座(オークス)は手に入りそうやわ」

 

「――どういう、ことかしら」

 

「気ぃ悪ぅせんでな? えらい勝ちたい気持ちはあるみたいやけど……目の前(レース)に集中できてへんやないの。ほか事考えてスタミナ使(つこ)うてるアタマデッカチさんに、2400はキツいやろ」

 

それは、確かに図星かもしれない。でも仕方ないじゃない、私はララにも勝ちたいし、ナツメにも勝ちたいんだもの! 勝ちたいからこそ考えちゃう、頭の中がうるさく騒いでどうしようもなくなるほどに!

ナツメもそれでいいって言ったの! 『欲しいモノ、全部言え』って、だからどっちも欲しい勝利(モノ)で……『理屈を捨てて俺に勝て。アレコレ考えちまう思考の『その先』に行け』って言葉を理解するために必死で……。

 

 

 

「――……もしかして、()()()?」

 

 

 

ララの言う通り、私は他の事を考えすぎてた? 『命懸けでアイと走るぞー!』なんて叫んじゃうナツメに応えたくて、裏の意図を読み解こうとしていたけれど。

彼はずっと私の『勝ちたい』気持ちだけを見ていたから、この気持ちの強さを私と同じかそれ以上に信じているから。本当は『勝ちたい』ただそれだけで良かったのかもしれない。

 

パドックに出て、手を振るナツメの瞳から信頼の熱を感じて、『桜花賞』の時の言葉を思い出す。

 

アイはもうすでに、勝者の資質を備えてる

 

――もしそうなら、やってみるわ。

 

 

 

 

 

ゲートに入り、深呼吸。蹄鉄越しの芝の感触を確かめ、吹き流れる風に尻尾を揺らして、期待の高まるスタンドの音を耳が拾う。

これまでは、『勝ちたい』気持ちが膨れ上がってレース展開や競う相手の走りを考えてばかりだった。そしてスタートへの反応が遅れ、第一歩をハズしてしまう。

 

でも、この思考が『してはいけない』モノじゃなくて『する必要のない』モノだったとすれば。

 

必要な情報は既にしっかり頭に入っているのであれば、もう考える必要はなくて。あとはただ『勝ちたい』と想うだけでいい。

 

瞳を閉じて、私の奥に宿る根源だけを見つめる―――――

 

 

 

 

―――――次に()を開いた時、私が視えるのは勝利に必要なモノだけ。

 

 

 

 

 

レースが始まる。行かないと。

 

 

 

 

 

私が今勝ちたいのは――ラッキーライラック、貴方よ。

私の視界の中で、貴方が一番煌めいて視えるわ。

 

 

 

 

 

勝つためには、今はこの場所。次のコーナーで他の()が動いて、前へのルートが細く開く。

そう、この輝く道筋(ルート)。考えなくても理解できる……脳が勝手に答えを『直感』させてくれる。

ああすればいい、こうすれば勝てる……そんな思考は置き去りにしてしまえばいい。

 

 

 

 

ナツメは私の『勝ちたい心』をずっと焚きつけてた。コレだけあれば、彼がさらに鍛えてくれた『頭脳』と『身体』が『心』に勝手に呼応するから。

私のひとつ上の次元で響き合う『3つの資質』が、私に勝利を魅せつける。

 

 

 

 

 

 

強者で終わりたくはない、王者になりたいワケでもない……アーモンドアイは勝者で在りたい!

 

そのために、ナツメと共に駆ける私が踏み込んだこの『領域(ゾーン)』……私の前に(ひら)けるコレは――

 

 

 

 

 

――勝利という栄 光 の 視 界(G l o r y E y e s)

 

 

 

 

今の私はどうかしら、ララ。一瞬()が合ったでしょう?

瞳は逸らさない、(まばた)きもさせない。彼女の『なんやの、その綺麗な()ぇは……』という思考が視える。ふふ、ありがとう。チャームポイントなの。

 

それから……『スピード』『スタミナ』『パワー』――? アルファベットと数値で示された項目(ステータス)……やっぱりララはすごいわね。他の()たちよりも数段上。

 

 

 

 

 

 

やっぱり私、貴方に勝ちたいわ。

 

 

 

 

それじゃあ、次も貴方と戦わせてね。バイバイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ樫の女王を決めるオークス。ティアラ路線二戦目のゲートが開きました、おおっとアーモンドアイ最高のスタート! 二冠目に向けて集中は充分なようです―――――レースは中盤を過ぎ第3コーナー、膨らんでいくバ群の中からアーモンドアイ華麗に抜け出しました! ラッキーライラックをマークするアーモンドアイ、視線を交わしてそのまま第4コーナー溜めた末脚を解き放つ! 長い直線を一気に上がってくるアーモンドアイ、真っ直ぐゴールを見据えて走る! さらにここからまだ伸びる、ラッキーライラック加速するが届かないか!? そのまま引きはがして―――二冠達成ーーー!!! アーモンドアイ、始めからすべてを見通すような勝利でした!

 

 

ゲートを最高のカタチで飛び出してきた時、俺は確信した。アーモンドアイは間違いなく()()()……『勝ちたい』という想いが彼女を『先の領域』に進ませたと。

今ならば、アレコレ考えてスタートに遅れる事は無いだろう。なんせ勝つために必要なモノはアタマが勝手に考えてくれる。その視界に何が映っているのかは俺には分からないけど、きっと鮮明(クリア)で輝きに満ちているのだと思う。

 

さて、出迎える準備をしよう。ララに勝利したアイを存分に祝って、いつもより念入りにアイシングをしないと。

2400という長い距離、慣れないが故に発汗や放熱が不安定になる可能性がある。そのあたりのケアのためも含めて『オークス』に向けての距離やコースの感覚を教えているし、素早く処置すれば問題は無いハズ。

 

 

観衆からの歓声に応えて勝者の責任を果たしたら、早めにハけて控え室に引っ込もう。そう思ってウィナーズサークルへ向かった時……俺の視界に『アイの体温』――気にしているうちに視えるようになった――が異常な数値を示していた。

 

 

 

「は? おい、大丈夫かアイ――」

 

ふふ、ふふふふふ! やった、勝ったわ! 最高の気分……それに聞いて! ナツメの言いたいコトが理解(わか)ったのよ! レース中の私の脳ミソ、すっごくグルグルグルーって! 考えなくても勝つためにどうすればいいのかが理解できて――

 

「っと! すみません、担架お願いします! うん、よく頑張ったアイ、ララに勝ててうれしいな! けど少し休もう、頭使い過ぎたんだ。よしよし、あとでゆっくり聞くからな――応援、ありがとうございました! すんません、インタビューは今度で……ライブも、ちょっと、はい」

 

キラキラと輝かせたあまりにも魅力的な瞳で、興奮冷めやらぬままのアイの身体を受け止める。冷めやらなすぎるのはきっと、『オークス』という体調を警戒しなければならないレースで『領域』に踏み入ってしまったから。

触れているだけでヤケドしそうなほどに熱い。普段のレースとはケタ違いなほどの脳の回転数が、追い討ちをかけてしまった。

 

 

 

 

 

すぐに病院へ搬送されたアイは、電池が切れたように眠りに落ち――目が覚めたのは()()のことだった。

 

 

 

 

 

割り当てられた個室で、意識を取り戻したアイを確認してすぐにナースコールを押す。飛んできた先生の診察を受け、点滴などの確認を終えてから再び二人の時間。

普段とは違う、可愛いリボンカチューシャや編み込みのリボン、ヘアクリップなどを外した姿。淡い水色のパジャマ――オーバーサイズ気味な気がする――でベッドに横たわり、リネンのシーツを口元まで引っ張っている。

いつもぱっちりとしてキラめいた瞳には少し元気がなく、耳もシュンと垂れてしまっていた。

 

「ゴメンな……しんどかっただろ。契約前の海外渡航と今回で、俺が居るのに2度も倒れさせちまった……すまん」

 

「謝らないで。1度目の時はトレーナーじゃなかったし、今回は私の責任よ。多分だけど……ナツメじゃなかったら()()()()は起きなかった。そんな気がするから、貴方の警戒と処置のお陰で体力の消耗も最低限なんだわ」

 

「そうは言ってもな……倒れさせるのは竜胆ナツメとしてよろしくないことだから」

 

「なぁにそれ。あーあ、今の自罰的で陰気なナツメと話してると、気分が落ちちゃって具合悪くなっちゃうかもな~」

 

「んぐぅ……じゃあ、とりあえず今はこれ以上言いません」

 

「ええ、それでお願い。ごめんね……迷惑かけちゃったわ」

 

「俺が言わないんだから、アイも自分のせいとか思うの禁止しないとフェアじゃないだろ」

 

「分かってるわ。私もこれでおしまいにするから」

 

 

 

ここで話を区切り、空気の入れ替えのために一旦窓を開けてから、再びベッドサイドの丸イスに腰を下ろす。

 

 

 

「そうそう、パンドラもお見舞いに来てたから、また機会みてお礼しような」

 

「そうね……でも今はナツメよ。ところで、貴方はいつから居るの? 今はお昼時みたいだけど、ちゃんとご飯は食べた?」

 

「あー、メシね。食べた食べ『ダウト』ウソじゃねぇよ? 本当に『じゃあ最後に食べたのいつ?』……昨日の昼っス」

 

「はぁ……ナツメって、ウソさえつかなければ隠し事や誤魔化しはセーフって思ってるフシがあるわよね。って……待って。昨日の昼!? お見舞いにしたって、面会時間とかあるでしょう!? 四六時中付きっきりなんて制度上無理なハズだし、なんで家に帰った時に食べなかったの!」

 

「病み上がりなのに頭働くなぁ……アイがしんどい思いしてると思ったら何も喰う気が起きんかった。大丈夫、俺の身体はある程度問題なくできてる」

 

「そういう問題じゃないわ……本当に、1日で起きて良かった。じゃあご飯も食べずに、居れる限りずっと居たのね。別に命に別状は無いんだから……どうしてそこまで離れなかったのよ……

 

 

 

『どうして離れなかったのか』、うーん……どう答えるべきか。こういう時、俺には決まっていくつかの言葉が浮かんでくるんだけど……。

 

『少しでも、アイの力になりたくて』……カッコつけめ、今回俺は力になってないだろうに。

『離れるのが心配だった』……それはそう。でも竜胆ナツメの本質じゃないんだよな。

『アイと一緒に戦いたくて』……だから、俺は何もできてないだろうが。

 

やっぱりどれも微妙に竜胆ナツメからはズレている。率直に答えるなら、それはきっと――

 

 

 

「――アイの居る場所が俺の居場所だから、かな」

 

「――……~~~」

 

 

『ダウト』、とは言ってこない。代わりにアイはシーツを頭までスッポリ被って、俺を早急に部屋から追い出した。

 

『私はもう大丈夫よ! そういえばお風呂に入れてないし、実はオークスを勝ったあとにフニャフニャ言いながら寄りかかったのバッチリ憶えてて恥ずかしいから、今日はもう面会謝絶! 数日も経たずに退院できるんだし、それまでしっかりご飯を食べてお仕事頑張って、以上!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイは無事に退院し、消耗した体力はしっかりと戻すことができた。

トレーニング強度を徐々に引き上げ、オークス前のメニューからさらに踏み込んだものでも問題ない。直前に控えた夏合宿は参加できる、喜ばしい話だ。

 

だけど夏合宿の前に、アイの挑戦を受けて立とう。

 

『ねぇナツメ、そろそろ貴方の出した課題を卒業してあげるわ。私の走り、同じコースでちゃんと視ていて』

 

『オッケー、走ろうか。アイが掴んだ走り、()を逸らさずにしっかり視るぞ』

 

『――……ごめんなさい、やっぱり視すぎないで。最近ナツメの視線を感じると、微妙に落ち着かないの……』

 

『こ、困るゥ~~~。分かった、じゃあほどほどにしとくわ……』

 

 

 

もう何度目になるか数えていないアイとの模擬レース、彼女の瞳は今まで以上に煌めいていた。勝利(おれ)だけを見据えて、思考を置き去りにした最高の走り。

『勝ちたい』という想いが『思考』と『身体』を高みへと引き上げ、気持ちが強くなるほどにどこまでも限界を超えていく。その領域(ゾーン)で視える視界は、ただ勝利という栄光の為に輝いているのだろう。

 

 

 

――いいなぁ、アーモンドアイ。強くて可愛くてカッコよくて綺麗でキラキラで……ズルいくらい魅力的だ。

 

 

 

『~~~ッ、やったーーー!!! ようやく、これで……私の勝ち!

 

『やー、負けた負けた……って体温高すぎな。はい冷やすぞ』

 

『ええ、ありがとう! はぁ、はぁ……あ~気持ちいい……ねぇどうだった? ナツメと一緒に手に入れた、私の走り!』

 

『マジでスゴかったよ、走りも瞳も一番キラめいてて見惚れたね!』

 

あっ……そう? ふふ……そうでしょう!? どうしよう、もう一度見せてあげようかしら!』

 

『ダメですが!? ソレ身体にもアタマにもクソ負担かかってるはずだぞ、本番のレース以外でポンポン使うなよ!?』

 

『そうなの? うーん……ぅ、言われてみれば上手く力が入らないかも……ナツメの走力とか、考えてることがぼんやり視えて便利だったのに……』

 

『やめなさい……つか、多分そう簡単には使えないだろ。アイが本気で勝ちたいって思わないと……はい水飲んで』

 

 

 

 

 

そんな一幕もありつつ、夏合宿をバッチリ終えて『秋華賞』

満開に咲き誇るアイは、さらに強くなったララにも『領域』で打ち勝ち、()()のトリプルティアラを手にした。

 

 

 

そしてアイの煌めきに惹かれた一人である、キセキから叩きつけられた挑戦状『ジャパンカップ』

覚悟の逃げで勝負を決めんとするキセキを、アイは『領域』で捉えきって一気に抜き去った。

 

 

 

 

アイの瞳に映る勝利の全てを獲ってここまで駆け抜けてきた。それでもまだ足りないらしい、もっと『栄光の視界で勝利を視たい』と言う。

だったら行こう、行けるとこまで。俺たちだけがたどり着ける、誰も手の届かない場所に。

 

最後の1年は、勝って勝って勝ちまくろうじゃないか。

 

 

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