墜星は暗路を行く   作:はくとう

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この作品には死別、曇らせの要素が含まれます。ご注意ください。



アーモンドアイ 3

いよいよ年が変わる。俺にとって最期の1年……シニア級はただひたすらに『勝ちまくる』ことを決めた。

アイが到達したひとつ上の次元(レベル)、限界の先を超えた『領域(ゾーン)』で、もっともっと勝つために。

 

ハードなローテーションになるだろう。レースの出走数は確実に増えるし、『領域』の負担もバカにはならないはず。

でも、絶対に倒れさせたりはしない……竜胆ナツメがここに居る意味を忘れるな。

 

それじゃあ始めよう――まずは、新年のご挨拶からだな!

 

 

 

 

 

――初詣

 

お正月のイベントに呼ばれたアイは、キタサンブラックと共に参拝客へ『餅撒き』をして、おめでたい新年の場を盛り上げた。

その後、会場を後にしてバッタリ出会ったラッキーライラックとブラストワンピース。話の流れで一緒になって新春の催しで遊ぶことに。

選ばれたのは『精神統一の弓道体験』、習い事で経験のあるアイとララが火花を散らす。

 

「おー!すごいぞ、アイもララもよく当てるなー!」

 

「いやマジで。上手いなぁ、弓なんて触ったことも()ぇや」

 

「ふぅ……よし!ねぇナツメ、貴方の腕前も見たいわ!」

 

「え゛……俺できないぞ。初めてやることは人並みだから、多分あの的にも当たらん」

 

「へぇー……じゃあ私が教えてあげる! 人並みのナツメなんて滅多に見れないし、そんな貴方にモノを教えるなんて輪を掛けて貴重じゃない!」

 

「ホァ!? しなくていいしなくていい! 絶対にひと騒動ある展開になる……ていうか! ここ弓道体験の教室なんだから、先生に教えてもらうから」

 

「なんでよ! ねぇ先生、私が教えても……あっ! あんなに大きくうなずいてるわ、ほらコッチにきて!」

 

「ひぃん……」

 

あれやれよと装備を着けられ、口頭でいろいろとご教授くださるアイ。やむなしで言われたまま放った矢は、的にカスるどころかヘナチョコな軌道で届きすらしなかった。

その後も何度かトライしたが、多少マシになっただけで的を射るには至らない。

 

「むむむ……本気でやってる? 仕方ないわね、()()()()()()

 

「直接――って、アイさん。手取り足取りって意味っスか、近い近い……あと背中に感触が『集中!』――おい、鬼かお前は! この状況で集中とか……」

 

周りの視線なんぞ一切気にせず、ぴったり引っ付いてアレやコレやと俺の姿勢を正していくアイ。

 

――あぁ、もういいや。早いところ満足させよう。アイのために必要な技能以外は習得する気が起きなかったけど……弓はもう数回やったんだ。

死ぬ気でモノにする。ここで出来ないなら、俺である意味が無い。

 

 

 

息を整え、身体を支配下に置き――ただ星を射る。

アイに促され、もう一射――既に的の真ん中を射貫いた矢の(はず)を砕く。

 

「ふぅ――……はい、アイのお陰で真ん中に当たりました。ご指導ご鞭撻ありがとうございました! あ、すんません先生……矢を一本ダメにしちゃったんで、弁償の請求はトレセン学園の竜胆まで……」

 

「――……~~ッ!? ナツメ、勝負! 勝負勝負勝負~!」

 

「や、ヤダ! ほら、いいかアイ。俺はあくまで的に当てられるだけだ。言うなれば今のは弓()じゃなくて弓()であって、弓道の所作や精神性は習い事でちゃんとやってるアイの方が上! だからアイの勝ち! 流石アイ、正射必中!」

 

「……………じゃあ、私もナツメと同じことができるようになるわ!」

 

「おぉい! 弁償すんの俺だから……『ふぅーー……』あ、おいコラお前今()()()()()だろ! クソ消耗すんのに走り以外で使うな! ()ぇ煌めきすぎ、戻ってこーい話聞けー!」

 

 

 

「……なぁララ。ブーたちは何を見せられてるんだ?」

 

「さぁ、なんやろねホンマに。あ……アイさんが射った矢、ド真ん中や。二射目……ウソやろ、今一本目にカスっとったで」

 

「アイは前からスゴかったけど、それでも上達早すぎるぞ……なんていうか……」

 

「お似合いの似た者同士、(ちゅ)う感じやなぁ」

 

 

 

 

 

 

――福引チャンス

 

アイと一緒に買い出しのために訪れた商店街。必要な物を無事に手に入れ、さあ帰ろうかというタイミングで『新春福引会場』のおっちゃんから声がかかった。

買い物で手に入れた福引券は1枚、アイは自身満々で挑みに行く。抽選器のレバーを回した結果は――1等の『特上にんじんハンバーグ』だった。

 

『あれ、でも……福引のイチバンは――特賞?』と不穏なコト言い出したアイを、俺とおっちゃんの連携で『1等がイチバン! 最高峰、トップオブトップ!』と納得させて帰還。

 

トレーナー室でハンバーグを温めて、目を輝かせるアイを眺める……アカン、可愛いわ。お茶でも淹れてあげるか。

 

「あら、ありがとう! それじゃあいただきます――……ん~~~、美味しい! 勝利の味は格別ね……!」

 

「なんせ、一発勝負の福引に勝ったからなぁ。すげーわ、おめでとう」

 

「ふふん、そうでしょう? ところで、ナツメは本当に食べないの? もともと貴方が持ってた福引券なのに……私は1等が引けたならそれだけでもいいのよ」

 

「俺は好き嫌いしないイイコちゃんだから、アイが喜んで食べる方がいいよ」

 

「うーん……本当に『好き』も嫌いもしない意味で使う言葉じゃないと思うけど。味覚はちゃんと機能してるのよね」

 

「してるよ、むしろ味は感じやすい方だと思う。俺自身、料理するし他者(ひと)に出す時に味が分かんないと困るからな」

 

「そう……………ナツメ、はい口開けて?」

 

「――は? いや、俺は……」

 

「ほら早く。冷めちゃうし、口を開けてくれないと次に私が食べられないわ。はい、あーん

 

「……あーん

 

「どう、美味しい?」

 

「ん、ぐ……美味い、と思う。よく分かんねぇ……どういう意図だよ」

 

「だって、()()()()()じゃない。私は勝ったらすっっっごく嬉しいし、ナツメもそれを見て喜んでくれるけど……『勝つ喜び』を共有してるワケじゃないでしょう? 貴方はいつも『勝たなきゃ』って思ってるもの」

 

ハンバーグと一緒に差し出されたアイの言葉を飲み下して、彼女の瞳から目を逸らす。付き合いが長くなった弊害か……俺の在り方を見抜かれてしまって返す言葉がない。

俺に『勝って嬉しい』経験があれば、彼女の喜びを共に感じられたかもしれない。けれど、そんなものは幼少期の事故でどこかへ落としてしまった。

学校のテスト、大学の成績、中央トレーナー試験……主席だろうがなんだろうが、それらはすべて『勝たなきゃ』いけないものだ。もし負ければ、俺は俺の意味を失う……存在がすべて無意味(ゴミ)になる。

 

竜胆ナツメとして、俺はアイを『領域』へと導いた。でもその代わりに『勝つ嬉しさを共有する』ことはできない。

他のトレーナーであれば、きっと普通にできることなんだろうな。

 

「当然、責めるつもりは無いわ。私は私、ナツメはナツメ。相容れない部分だって有って当然、貴方の核心を歪めてまで喜んで欲しくはない。でも……同じものを食べて『美味しいね』って共有するくらいは許してくれる?」

 

――ほんとに年下かよ、(かな)わねぇ。はぁ……うん、めっちゃ美味かった。好き嫌いしないとは言ったけど、アイの好きなモンは俺も好きだよ

 

――ウソじゃないのね、タチが悪いわ。それなら、良かった。そうそう、あーんして照れてるナツメってば、ちょっと可愛かったわよ!」

 

「ふーーーん、そういうコト言うのか。同じフォーク使ってることを必死に意識しないようにしてる今のアイも、オトシゴロって感じでいじらしいな!」

 

「――……くっ、ナツメ! 貴方、恥ずかしくなったらカウンターするタイプ!? あー大人げない、女の子の食べるところを観察しないで!」

 

「仕掛けてきたのはアイの方だろー。ほら、早く食べないと冷めるぞ? いや、どんどん上がってる体温を下げるなら少し冷めてる方がいいかもな?」

 

「まだ言うのね!? それなら徹底抗戦よ、照れ屋はどっちか決めましょう……よい、しょっと」

 

「――おい、ブッ刺さったにんじんを細長く切って、どうする気だ。冗談だろ、咥えるなコッチ向くな!

 

カンタン(かんひゃん)ゲーム(へぇむ)よ……コレで(ほれで)勝つわ(かひゅわ)

 

「いやいやいや! 俺教育者、お前生徒! たづなさん飛んできて即お縄になるわ!」

 

『あのぅ、どうかされましたか? たまたま通りがかりましたが、呼ばれたような……』

 

「うおおナイスタイミングっス、たづなさん!」

 

「むぅ……はむ、あむ。勝負に乗らなかったから、私の勝ちね?」

 

「それでいいよ……あっぶねぇ一瞬でヘンな汗かいた……」

 

 

 

 

 

――バレンタイン

 

アイのトレーニング休養日である昼。トレーナー室でデスクに向かって仕事中、よく知りながらもやけに慌てたような気配が感じ取れた。

やがて学内廊下の速度規定ギリギリの足音とともに、扉が勢いよく開け放たれる。

 

「ナツメ!」

 

「こんにちは、アイ」

 

「『とびきり甘いの』と『甘じょっぱいの』と『少し苦みもあるの』、どれがいい!? 時間が無いの、教えてっ!」

 

「あ……え……と、『アイが好きなの』、だな」

 

「――……そうだったわ!? 貴方って本当に……もう! また後で来るから!」

 

「はいよ、行ってらっしゃい」

 

嵐のようなアイを見送り、資料に向き直って彼女を待つ。今日は2月14日、流石に用件の察しがついてるし、数分で帰ってくるハズもないから気長に仕事を済ませていよう。

 

部屋の外で太陽が傾き、赤く影を伸ばす頃。

アイのノックがトレーナー室に響いた。

 

「ナツメ、休憩の時間よ……ハッピーバレンタインね」

 

「おぉ、ありがとう! ……すげぇ、わざわざこんなキレーにラッピングしたのか、時間無いって言ってたのに」

 

「もちろん、だって大切なプレゼントだもの。さあどうぞ、ミルクで甘く仕上げた『アーモンドチョコレート』よ! パンドラさんに協力してもらったの、お陰でかなりの完成度だと思うわ!」

 

「なるほど、だからパンドラが外に居るワケだ」

 

『……バレた? 盗み聞きしたかったんじゃなくて、二人の話が落ち着いたら入ろうと思ってただけだから、許して♡』

 

『えへえへ』と入室するパンドラは、アイがどれだけ本気の想いでこのチョコを用意したかを語りたいらしい。時間が無い中での一発勝負、その助っ人として材料やレシピを準備したパンドラが見た、アイの頑張りと『瞳のキラめき』……察するに、また領域(ゾーン)入ったなぁ。便利使いしすぎだろう。

でもまぁ、折角そうまでして心を込めてもらったんだ。今回はお小言は無しでいいか。

 

「そうだ、貰ってばかりはアレだし俺からも。ハッピーバレンタイン、アイ」

 

「あら、ありがとう! 中身は……もしかして『ドラジェ』?」

 

「お、正解~。アーモンドをシュガーコーティングしたヤツ。やっぱアイに渡すならアーモンド使ったヤツが良かったし、かといってカブると『どっちのチョコが美味しくできたか勝負』ってなりかねないからな」

 

「……もう、そんなこと言い出さないわよ! こういうのは『気持ち』でしょ? 味の良し悪しなんて競わないわ」

 

「確かに、良いこと言う『だから気持ちで私の勝ちね!』おい、なんでそうなる」

 

「だって、さっきパンドラさんが熱心に語ってくれたじゃない! ちょっと恥ずかしかったけど、本当に心を込めたのは伝わったでしょ? もしナツメがどれだけ私を想って作ってくれたか、事細かに教えてくれたら勝敗は考え直してあげるわ?」

 

『あ……ごめんアイちゃん。実はちょっと前に、カフェテリアの厨房借りてお菓子の練習してるナツメトレーナーの目撃情報もあるんだよね』

 

「え、待ってソレ知らん『じゃあ発表しま~す♡』しなくていい、しなくていい!」

 

 

 

『アイちゃんを見てる時くらい真剣にキッチンに向き合ってた』

『話しかけるチャンスだったから逆スカウト狙ったけど、熱量が怖すぎて断念した』

『かと思ったらアイちゃんを喜ばせるためにブツブツ言ってる時の微笑みが柔らかすぎて寿命伸びる』

『ナツ×アイの隠れた聖地はここですか?』

『は? アイ×ナツだから』

 

 

 

つらつらと止めどなく流れてくる外野からの言葉に、俺は勿論ながらアイもちょっと喰らっていた。

 

「もう、いいです。アイを手伝ってくれてありがとなパンドラ。頼むから出てってくれ」

 

「ええ、そうね……もう充分よ、ありがとうパンドラさん。勝敗は引き分けでいいから、この話は終わりにしましょう」

 

『はぁい、それじゃ後はごゆっくり~♡ あ、そうだ! 引き分けなら、ホワイトデーにもう一回仕切りなおしたら!? また二人のお熱いトコロ見たいな~?』

 

「「それは無理(よ)、3月末に大阪杯だから」」

 

『……やぁん、息ピッタリ♡』

 

 

 

 

 

――大阪杯

 

勝利。『領域(ゾーン)』の導くままにブラストワンピースとキセキを打ち破り、ついでにやけに気にかけてくるテイエムオペラオーの『春シニア三冠と秋シニア三冠の道を行くのか』という問いには『いいえ!』と答えた。

アイが次に目指すのは、ラッキーライラックの居る『ヴィクトリアマイル』だ。

 

 

 

 

 

――ファン感謝祭

 

ドバイ・アスロンなる競技を終えて、ファン感謝祭の出し物を見て回っている際中。ひとつ下の世代の後輩たちに話しかけられたアイから離れて、楽しげながらも熱く盛り上がる彼女たちを眺める。

すると、同じくアイたちを遠巻きに見ていたシンボリルドルフから言葉を投げられる。

曰く『時代の中心でありながら、それだけではない、何かを変える力がある』とのこと。

 

「ふーん、ルドルフが言うならそうなんだろうな。興味ないけど」

 

「そうかな。キミたちには変革の可能性がある……すべてを超えて、レース界の未来を切り開けるかもしれない」

 

「記録も、時代も、未来も、変わるなら勝手に変わればいいさ。アイは『勝利』しか見てないし、俺もそんな『アイ』しか眼中にないよ」

 

「フッ……やはりトレーナーになって、キミは別人に見えるな。視座が『高い』とは違う……いっそ恐ろしいほどに『揺らがない』覚悟を感じる視座だ」

 

「お褒めの言葉……だよな? さて、そろそろアイの話が終わりそうだし、じゃあなルドルフ」

 

「あぁ、これからも彼女のために誠心誠意務めて……くれるだろうな。キミであれば」

 

「勿論。アイのために俺は居るんだ」

 

 

――ふむ。キミは確かに『アーモンドアイ』しか見ていない。だが、アーモンドアイの方は……本当に『勝利』しか見ていないのだろうか。彼女の瞳には『誰か』の影も映っているように思えるぞ、ナツメくん。

 

 

 

 

 

――ヴィクトリアマイル

 

勝利。『領域(ゾーン)』で視たラッキーライラックの輝きは、秋華賞よりも遥かに増していたと嬉しそうに語っていた。

 

 

 

 

 

――安田記念

 

勝利。連戦な上に『領域(ゾーン)』の連続使用、夏合宿も控えているし、休みどころだろう。そういえば、これで芝G1最多勝利である『七冠』に並んだ。

 

 

 

 

 

――重ならない、俺とお前の。

 

夏合宿を終えて、次の目標は『天皇賞・秋』に決まった。次なる勝利のために駆け抜ける日々の中で、とある休養日にアイから『呼び出し』を受ける。

太陽が赤く染まる前、高く澄んだ空が良く見える学園外の高台。メイクデビューの後にも訪れ、それぞれの想いを叫んだ場所でもある。

少し乾いた秋風が街へ降りていく中で、制服姿のアイは待っていた。

 

「来てくれたわね、お休みのところごめんなさい……って言いたいところだけど。ナツメのことだから、休んでなんてないんでしょうね」

 

「よくお分かりで。それで、わざわざお呼び出しとは珍しいな」

 

「ええ、普段とはちょっと違う空気のところで話したかったの……次のレースに勝てば、芝G1最多勝を更新ね。学園のみんなも、ファンもメディアも浮足立ってる……きっと勝てばお祭り騒ぎよ」

 

「だろうな、行く先々で振られる話題だし」

 

「今更『緊張してる?』なんて聞かない。でも……もし私たちでその壁を壊せたら、ナツメ自身は少しでも『嬉しい』って思えるかしら」

 

「あー……アイが嬉しいなら、俺も嬉しい」

 

「――やっぱりそうよね。揺るがなすぎるのも考えものだわ……私はナツメと一緒に『勝つ』ことはできても、『勝つ喜び』を重ねることはできない」

 

アイは瞳を閉じて思考を塞ぐ。何を考えているのか、耳や尻尾を観察しても窺い知ることは叶わない。

俺はあまり猶予のない残り時間の中で、アイのためにあらゆる瞬間、挑戦、勝負に勝つ必要がある。それが後遺症(ギフト)を持つ『竜胆ナツメ』の存在意義だから。

俺にとっての勝利は絶対的な前提条件だ……ずっとそうやって生きてきた。いくらアイの望みでも、俺は今更生き方を変える事なんてできない。

 

「悪いな、重ねてやれなくて」

 

「いいのよ。それなら――()()()()()()()()()()()()()でしょう?」

 

アイが再び()を開いた時、今までにない光が在った。『勝利』を見据えていた、星の弾けるような唯一無二の煌めき。そこには今、ひとつの影が映っている。

耳がピンと張り、尻尾は落ち着くことなく揺らめいて、体温が上がっていくのが目に視える。レース前の期待に満ちた高揚とは違う……珍しい『緊張』の色合い。

 

アイが言う『別の想い』とやらが何なのか、果たして俺はその想いを重ねられるのか――

 

 

 

「ナツメ―――――私、貴方が好きよ! 『欲しいモノ、全部隠さず言う』誓いの通り、私はナツメが欲しい! どうかしら、同じ想いを私に重ねてくれる?」

 

 

 

「――重ねられるかァ! なんでそうなる!」

 

「なんでって……好きになっちゃったもの。昔ここで『命懸けで私と走る』ってナツメが叫んでから、きっと私の気持ちは走り出してたんだわ。決め手になったのは多分『私の居る場所が貴方の居場所』って言われた時だけど……」

 

「そういう意味じゃ()ェ!? あと、もう言わなくていいから!」

 

これ以上、頬を染めて俺を見るアイに視線を向けていられない。今度は俺が目を閉じて思考に沈潜する番だ。

アイの『勝ちたい』想いの出どころは、それが彼女にとって()()()()()()()()()()()()だから。だからこそソレを、併走者である俺と共有したがるのだと思う。

 

じゃあ『好き』だという想いは? そして俺に『同じ』想いを求め、共有したがる理由(ワケ)は?

まさかあのアーモンドアイが、『勝ちたい』と並ぶくらいに誰かを『好き』になるなんてそんな――

 

 

 

「? どう、答えは出たかしら……私のこと、好き?」

 

 

 

――あぁ、順番が逆だったか。好きだから、勝つ喜びを共有したいんだな。

アイの瞳に同居する『勝利』と『竜胆ナツメ』を視て、理解した。

 

 

 

「……………帰ろうぜ。せっかくの休養日に、こんな誰もいない高台で過ごすこともないだろ」

 

「あ、ちょっと! 実はそれなりに勇気出した告白なのよ!? 答えてくれないなら付きまとっちゃうから!」

 

「ハッ……その脅し、懐かしいな。偶然会った朝の時だっけ? いいよ、付きまとえば。どうせ一緒に居るんだし……なんならこれからお出かけでもするか。なんか仕事って気分じゃなくなった」

 

「……先に言っておくけど、そんなご機嫌取りで話をうやむやにしてあげるほど優しくないからね? それから、フられたって構わないわ。覚悟してるし……絶対に振り向かせちゃうから!」

 

「アイがそういう()なのはちゃんと分かってるって。答えられないのは悪いけど、頼むからこの3年はトレーナーやらせてくれ……いろいろと(はえ)ぇんだよなぁ」

 

今この胸のバッジを取られるワケにはいかないし……上手い誤魔化しも思いつかない。ウソ言ったってアイは見破る、ていうかウソつきたくねぇ。

 

結局この日はキューまる関連のスポットを半日中訪ねてまわり、以降は宣言通り何をするにも――ギリギリ常識の範疇で――付きまt、隣にアイが引っ付いている日々を送ることになった。

 

 

 

 

 

 

――天皇賞・秋

 

勝利。ブラストワンピースやキセキなど強敵揃いの中で、アイはただ勝利を視界に収めていた。

前人未踏の無敗八冠を達成した歴史の変革者に、スタンドを越えてこの国が揺れた。

 

『どう? ナツメが見出した私の走り、キラキラしてたでしょう。好きになった?』

 

『はい冷却~、勝利おめでとうな。見惚れた見惚れた』

 

 

 

 

 

――ジャパンカップ

 

勝利。アイの八冠に対しての、レジェンド達からの挑戦状。アイとは違う強さを持つウマ娘たち……けれど、その七冠(れきし)はもう既に踏み越えた。

アーモンドアイに負けは無い、そして俺にも負けは赦されない。錚々たる相手を抜き去って、もうひとつ冠を乗っけて、九冠なんて達成しちゃって。俺たちがイチバンだと証明した。

 

『ナツメ、私たちが勝ったわ! 疑いようのないほどに最強ね……まさにベストパートナーだと思わない?』

 

『冷却冷却。スゲーよな俺たち、いやぁ無敵のコンビだわ。このまま有馬記念で十冠でも行っちゃうか? 走りたいなら距離の問題は俺が都合をつけてやる』

 

『有馬記念……………ナツメならきっと走らせてくれるんでしょうね。でもいいの、その代わりクリスマスデートに行っちゃいたいかも』

 

『あー……はいはい、お出かけね。まぁ、シーズン中にどっか……普段行かないとこ行くか』

 

 

 

 

 

クリスマス

 

太陽の高い時間から、特別な日をアイと過ごす。クリスマスマーケットを隣同士で歩いて、クリスマス仕様のキューまると写真を撮り、予約していたレンタルドレスの店舗へ。

『できるならナツメはそのままがいい』と言われてしまった以上、アイが選ぶのを部屋の外で待つ。そうなんだよな、何故か俺はこの見飽きたラフなスタイルがウケる。正装の準備はあるのに、フォーマルな場でも『竜胆トレーナーはぜひそのままで』と言われる。

なんでなん、年若い天才トレーナーとしての像が定着しすぎたのか。学園のギャル'sには『タイトな部分無いからシルエットがボヤけて見える、スタイル良いのに無難すぎ』とブッ刺されたこの服装、正直二十歳(ハタチ)手前なのに学生感漂うからムズ痒い。

 

『ナツメ、聞こえてる? 貴方の意見を聞きたいんだけど』

 

どうでもいいこと考えてたら、扉越しにくぐもった声が選択肢を提示してきた。ふむ『淡めなの』か『キリッとしてるの』か『ちょっと未来なの』ね……。

なんかアイとの時間で3択を選ぶこと、多かった気がするな。まぁいつもそのどれでもないモノを選んできたんだけど。

 

さて、今回もまた――あぁ、いや。

 

「……ちょっと未来、見てみたいな

 

『――……そう、なんだ。なんとなく、ナツメはどれでもないモノを選びそうだったから……少しだけ意外だわ。ちょっと未来なのね、任せて!』

 

アイもまた、今回のオレの選択に一瞬の戸惑いを感じていたようだった。そうだな、これは竜胆ナツメの選択とは違う気がする。

でも、見れるものなら見たいじゃないか。俺が居ない先の『未来のアイ』の姿を。

 

『どうぞ、入って!』

 

アイに促され、扉を開ける。視線の先には、エメラルドグリーンのドレスに身を包んだちょっと大人な姿があった。

肌をあまり出さないながらも首周りはシアー素材で軽やかにしつつ、高めの位置のリボンベルトが彼女のスタイルをよく魅せる。

大きなリボンのカチューシャも、目元で煌めくヘアクリップも外して、伏し目がちにこちらを窺うアイ。

 

「似合うかしら……冒険してみたんだけど、少し慣れないスタイルだから」

 

「……安心しなさい、よく似合ってる。普段なら『俺たちが主役』って言うところだけど、流石に今はどこ行ってもアイが主役だろうな」

 

「そう? おめかしした甲斐があった?」

 

「雰囲気違って、スゲー綺麗だよ」

 

「ふふ、やったわ。ちなみに可愛めなのと綺麗めなの、どっちの私が好き?」

 

「そんなんどっちも――……あー、うるさいうるさい。お出かけの続きだ、そのドレスが似合うとこ行こうな」

 

 

 

 

 

それから、俺にとっては飛ぶように流れた日々だった。

 

契約は解消され、アーモンドアイはベテランのチームトレーナーへと引き継がれる。

 

俺は引き継ぎ業務や退職の手続き、お世話になった方々への挨拶などを消化していく。

 

中でも取材対応はしんどかった。おしかけてくる記者なんかもいて何件か学園に対応を強いてしまったし、ほんますんません。

 

着々と表舞台から消える準備は進み、とうとう学園を去る日。冬がそろそろ終わり、眠りから覚めた自然がだんだんと顔を出し始めるころ、その夕暮れ時。

 

自腹で揃えた家具の数々は破棄して、学園の備品である机やソファをもとに戻したトレーナー室。

 

ソファに身を沈め、3年ぶりの合皮の感触を懐かしむ。俺たちの痕跡は漂白され、また別の誰かがこの場所から夢を始める。少しだけうらやましい循環(サイクル)だ。

 

決まっていたこととはいえ、叶うならもう少し、道の先を見たい気持ちがある。

 

 

 

なんて、感傷に浸ったシメの思いにはまだちょっとだけ早い。

 

胸に留めたバッジを外してケースに仕舞うと同時に、来るだろうと思っていた足音が近付く。トレーナー室の前で止まったソレは、遠慮なく扉を開けて現れた。

 

「ノックくらいしなさい……」

 

「イヤよ、逃げられたら困るもの。年が明けてから全然捕まらないし……テレビとか記事で見るばかりで」

 

「それに関しては悪かったよ……もう大体終わったから、少しなら話せる」

 

「そう、じゃあ隣もらうわね」

 

部屋の内鍵を閉めて、気配が隣までやってきた。

 

「ところで、どうして()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「んー……ちょっと心の準備」

 

「ふぅん……まさかナツメ、このまま隣の話し相手を見ずに終わるつもりじゃないわよね」

 

「そんな失礼なヤツじゃねェよ。はァ――……お待たせしました、と」

 

本来なら、ここで俺がすべきはボロを出さないよう気を張りなおすことだと思う。きっと訪れるアイの最後の攻勢を躱しきって、どうにか『トレーナー』として綺麗に終わるために。

 

でも、アイはどこまでも真っ直ぐに、俺が何度も軽薄にいなしても、重ねたい想いを握りしめてブツかってきた。夢の時間が終わりを迎える間近だと理解していても、傷つく覚悟と共に。

 

なら俺も、いい加減に傷つける覚悟を決めなくちゃな。

運命に、想いに、瞳に。すべてに向き合う時が来てしまったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日に視線を投げていたナツメが、隣に腰掛ける私へと()を向ける。

私の芯を熱くする、大好きな灰色の瞳。ただアーモンドアイのためだけに燃え続ける、火種の視えない命懸けの炎。

 

だから私も――本気で見つめ返す。ナツメの熱に『勝ちたい』から、その熱を惹き込めるほどの引力を瞳に宿す。

 

「おま、領域(ソレ)……ははっ。相変わらずだな、アイは」

 

「えぇ、素敵でしょう? ナツメと一緒に手に入れた、私たちだけの(アイ)よ!」

 

脳の回転数が跳ねあがる。はぁ、顔が火照ってきた……今ならナツメの考えてることも、彼がお互いのために引いている境界線(ライン)も視える。

 

教育者と生徒としての越えてはいけない境界線。そして何より、きっともう逢えないからこそ……深く刺さって抜けないトゲにならないように、心を守るための優しい境界線。

やっぱり返事を濁していたのは、これから歩いていくための気遣い。でもそんなの、今更な話だわ。踏みとどまれば、甘く温かな思い出だけで終われるかもしれないけれど。

 

私は、例え痛くても苦しくても傷ついても、ナツメと想いを重ねたい。いつか手放してしまえるような優しくて柔らかい思い出じゃなくて、より強く深い燃えるような傷を抱いて生きていきたい。

 

 

 

そんな覚悟を抱いて、ナツメの境界線を越えてあの熱に『勝ちたい』と本気だったから……彼がその境界から『迎えに来る』なんて思ってもいなかった。

 

 

最初にナツメが触れたのは手。

片手を握ったまま、次に私の反対の肩。

そして背に腕をまわされる感覚。

灼けてしまうような灰色の瞳は外れて、私の頬に彼の赤く遊んだ襟足がこそばゆい。

 

ナツメには、不甲斐ない体質のせいで何度か抱きとめてもらったことはあるけれど。彼の方からこうして……立場や肩書きの絆を越えた抱擁(ハグ)をしてもらうのは、流石に初めての経験で。

心臓だけが先走って、言葉がつまってしまう。

 

「あ、ぅ……ナツ……」

 

「告白がアイの方からばっかりだと、俺もカッコつかないしさ。こうすれば言い訳しようのないほど、俺のせいになってくれるかなって」

 

「ナツメのせい、って……」

 

「アイはまだこの学園での生活があるだろ。なら居なくなる俺が『教え子に本気になったヤツ』として終わる方がいいじゃんか――」

 

 

 

――好きだよ、アイ。俺が過ごしたこの3年は、人生の中で一番愛おしい時間だった。

 

 

 

あぁ、もう……いつまで頭を空回してるの? 最後、なんだから。固まってないで、するべきことをしましょう。

 

 

 

――私も、大好き。これから先、ナツメ以上に愛を重ねられる人なんてきっと現れないわ……!

 

 

 

ナツメが手を握るなら、私も指を絡めて。

ナツメが腕を背に回すなら、私も彼を強く抱いて。

 

(アイ)は重ならなくても、愛を重ねる。影を、鼓動を、想いを重ねる。

 

「おい……アイに抱擁(それ)を返されたら、お互いワルモノになるじゃねーか」

 

「ふふ……こんなに想いを共有したんだから、イケナイことも共有したっていいじゃない」

 

「それは共犯って言うんだぞ。悪いこと言う()になっちまって……」

 

「ナツメにだけよ。栄光も、背徳も……貴方と一緒に、行けるところまで行ってみたいの」

 

名残惜しいナツメを少しだけ離して、彼の瞳を見据える。そして、どうか最後に。唇を――

 

「――重ねない(ダメだ)ぞ、アイ」

 

私の唇に指を立てて、優しい境界線が引かれる。

 

「……………む~~ッ」

 

「俺と契約した時なんて、まだ中等部だったろ。そんな年下の()の未来は、貰えないし奪えない」

 

『もう少し大人になってからな』と笑う、ほんのちょっとしか歳の変わらない男の子。そんな彼が引くこの境界を越えたい、だってもうこれで最後なんでしょう。

 

灰色の瞳を見つめて、大人のフリをした論理を揺らがせて、重ねられるだけのモノを重ねたい。

 

「う……本当に、フラッと惹き込まれそうになる()ェしてるよ。はぁ……でも、()()()()()()()()のはアイの方だな」

 

「え……あ――」

 

この感覚には憶えがある……熱が身体を巡りに巡って、脳に疲労がのしかかる。思考が、意識が、力が抜け出していく。

 

もうどうにも止められない、今この場で、ナツメとの愛を唇に残すことはできない。

 

だったら、私がまだ子どもだって言うなら。きっと困らせてしまうワガママをブツけて、支えのひとつに握っておきたい。

 

 

 

「――じゃあ、約束……もう少し大人になって、もしまた再会できたら……その時は一番に、キスして、ね……?」

 

 

 

――なんてコト言うんだよ、まったく。おやすみ、アイ……頼むから、幸せにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目覚めた時、私に残っていたのは――懐かしい、一度借りたことのある『ナツメの上着』、微かに残った温もりと匂い。それから、祈り。

彼はきっと、約束を残してはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレセン学園から竜胆ナツメの名が消えてから数週間。

 

白で埋め尽くされた部屋、俺の身体から伸びる数々の線、一定間隔で鳴る小さな電子音。

 

レース界で見てきた華々しいゴールとは違う、地味で無色の終着点。

 

 

 

身辺整理は問題なし、母親への挨拶も済ませた、未練も後悔もない。

 

明るくて楽しくて、輝いて温かくて、濃密で瞬く間の人生だった。終わりが分かっていたからこそ、俺は竜胆ナツメに成れたと思う。

 

すぐソコまで迫っている死の予感はきっと外れない。14年前の事故から放たれた、命中が決定している魔弾のようなもの。

 

第六感で動き出した運命は、第六感で幕を下ろす。

 

 

 

「あれ、俺の始まりってどんなだっけ……」

 

 

 

いつの間にか忘れてしまった、一番最初の感覚。たしか、天使にも悪魔にも似た囁きだった気がする。まあいいか、思い出せないならもう関係ない。

 

 

 

終わり際に本当に想うのは、ひとつだけ……いや、ふたつかな。

 

彼女との最後の時間。意識を手放した彼女をアイシングのあと、体温が平常に戻ってから上着だけ掛けて離れたけど……風邪をひいてないといいな。

それから、あとは……うん、やっぱり一番大事なのは。

 

 

 

「どうか、アーモンドアイの未来が幸福でありますように」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――。

 

 

 

電子音は静寂を示し、墜星は暗路を行く。

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