墜星は暗路を行く   作:はくとう

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キングヘイロー 2

ジュニア級、最初の作戦会議。俺の自腹で設備を一新した夏のトレーナー室にて。夕陽が射す部屋の中、俺は作業スペースと収納が増えた作業机からシニア級年末までのレース一覧を持ってきて、海外メーカーの本革ソファに腰掛けるキングを呼ぶ。デザイナーズブランドのミーティングデスクに広げた資料を二人して分析しながら、第一歩が始まった。

 

「最初にキングの大目標を教えてくれ。キングはこの3年で何をしたい?具体的じゃなくていい、走る理由を口に出してほしい」

 

「決まっているわ、私こそが一流のウマ娘だっていうことを知らしめるの」

 

「オーライ、具体的なプランや手に入れたいレースはあるか?」

 

「特にないわね。けどクラシック三冠は走るつもりよ」

 

「その心は」

 

「同じ世代でこのキングに負けないくらい輝く人たちが、きっとクラシック三冠に出てくるわ。その人たちを相手に勝ち続けてこそ一流だと思うの」

 

「そうか、分かった」

 

キングの思い描く一流がそういうことなら、俺はその理想に沿った道を描く。王道を目指すキングが王たるを示すためのプラン。俺たちが歩む冗談みたいな未来予想図。

 

「この年末のホープフルステークス。来年は皐月賞、ダービー、菊花賞。クラシック級の有馬記念。シニアは大阪杯、宝塚記念、天皇賞秋、有馬二連覇」

 

「……ナツメさん、本気なのよね?」

 

すべてG1、激戦必至どころか実現不可能の超王道ルート。傍から見れば、率直に言ってバカが考えたプランだ。この全てで1着を狙いに行くのだから。

 

「いいかしら、もしこれが冗談ならセンスが無いし、冗談じゃないなら破談モノよ」

 

「そこらのトレーナーが提案したなら、確かに契約解消した方がいいな。でもここに居るのは竜胆ナツメだ。なんならレースを足したっていい……いや差し替えになるか」

 

「何を足すの?天皇賞春?それともジャパンカップ?」

 

「俺なら獲らせてやれるかもだけど……差し替えるなら短距離だな。天皇賞春は少し分が悪い」

 

「短距離、分が悪い……それってもしかして、私の距離適性は……」

 

思考がまとまるにつれて顔が青くなるキングを見て、慰めが一瞬頭をよぎった。しかしそれでは俺が居る意味が無い。心地のいい柔らかな言葉をかけてあげて、休まるのはキングじゃなくて俺の心だ。

 

「確率の高い勝ちを拾いたいなら、キングの戦場は短いほど良い」

 

これが現実(バッドニュース)、適性ではないレースを走るのはウマ娘にとってかなりの苦痛になる。ただこの場所にはもうひとつ現実(グッドニュース)がある。

 

「安心しろ、キングの適性は正真正銘の一流だ。ぶっちゃけ類を見ないくらいには、どの距離でも輝く素質がある。しんどい戦いは覚悟してもらうけど、菊も有馬もキングのモノする」

 

「俺がキングの時代を創る」そう締めくくって、俺はキングの反応を待った。「短距離適性」のダメージで揺れていた瞳は、いつの間にか俺を射抜く鋭い視線に変わっていた。俺の言葉の真意を探るような、ブラウンの双眸を見つめ返す。

 

「……少しだけ、一人で考えさせてちょうだい」

 

「おう、じゃあ俺しばらく席外すからごゆっくり」

 

 

 

 

 

 

緊張を壊すわざとらしいウィンクを残して、ナツメさんはトレーナー室を後にした。熱を帯びるウマ耳をピンと張って、彼が部屋から離れていく足音を捉えたところで、ガチガチに伸びていた背筋を緩めた。

ナツメさんと話していて分かってしまった、彼は嘘や誤魔化しを一度も口にしていない。灰色の目(ナツメさん)の奥にあるのは、このキングが少し怯むくらいの覚悟だけ。

 

「はぁ、情報量が多いわよ……」

 

彼の示したおバカローテーションに目を落とし、頬杖をついて彼の示した3年の流れを追いかけてみる。有名ですごそうなやつを沢山走ります、みたいな無茶を「獲れる」と言った。

彼の座っていた空席を見つめ、彼が言葉を紡ぐ姿を思い返す。さして歳の変わらないはずなのに、今まで接したどの大人にも感じたことないほどの「私への信頼」を感じた。

彼が確信と共に言い放った、最後の言葉が私の中でグルグルと回っている。彼がこの3年で成し遂げるのは「俺がキングの時代を創る」ことらしかった。

 

「~~~っ、ナツメさんだけにいいカッコはさせないわ!」

 

パンッと頬を叩いて、いい加減にナツメさんの覚悟を私から追い出す。彼の言葉で赤く染まりかけていた頬を喝で上塗りした。

一流には一流で応える、それがキングの流儀!彼は一流を示した、次は私の番……私の覚悟を見せる!

ナツメさんにメッセージを飛ばして数分、トレーナー室に戻ってきた彼の着席を待たずに、私は口を開いた。

 

「ナツメさん。私が言いたいことはひとつだけよ」

 

「おう、教えてくれキング」

 

 

 

「――あなたがこの()()()()()()を創るんじゃないわ。私たちが()()()()()()を創るの

 

才能が手招きする暗黒の未来に身を投げる、あるかどうかも定かでない光のために。私はこの時、初めて本当の覚悟とは何なのかを知った。

 

 

 

 

 

 

キングの覚悟を受け止めた後、短距離レースをローテーションに組み込むかに関しては「()()()()()()()()考えるわ」と頼もしい回答をもらい、キングを先に寮に帰した。陽が落ちたトレーナー室で独り、俺が解決すべき課題と使える手札を整理する。

課題は勿論、キングの適性だ。大前提としてウマ娘の適性は持って産まれた資質であり、後天的にどうにかする方法は世間にはない。王道路線で勝ち切るための()()()()()と、レースで武器になる引き出しとしての()()()()が欲しい。これらをどうにかするのが俺の仕事。

それから、レース中のメンタルの波もある。一流としての誇りや勝ちたがる心など、背負い込みすぎるところを上手く乗りこなさせる。そこはそれぞれのレース前に、キングの心を揺さぶるモノを見抜いて対処すればいい。

 

やはり適性をどうするか、ある意味で未解決問題と言える課題。歴史の中で数々のウマ娘に立ちはだかってきた適性の壁に対して、俺に手札はあるのか。

 

「あるんだなぁ、俺には」

 

どういう理屈かは知らないが、アメリカでの教育実習中に見つけた一時的な適性上昇(ドーピング)。俺だけができるレース前の特別トレーニングによって、ちょっとした代償と引き換えに少しの間、適性を引き上げられる。

正直ズルっちゃあズルだけど、これから先ずっとできる訳じゃないから……3年だけ許してくれ。

 

 

 

 

 

 

キングとの契約から季節は進み、最初の挑戦だったホープフルステークスは1着を勝ち取った。

レースの世界において、G1で勝ったのならそれだけで一流だ。誰もが一握りの存在だと認める。現に「よくて重賞入着だろう」とキングを評していたトレーナー陣は、開いた口が塞がらない様子だった。プライドが高すぎるだけのご令嬢と、ポッと出の青二才トレーナーが、本物だったと証明したのだから。

ただ、それにふんぞり返る時間はなかった。俺たちにとってこれは始まりでしかない――お祝いとしてご飯を食べに行ったりはした――、次はいよいよクラシック一冠目の戦い。

 

飛ぶように日は流れ、俺たちは皐月賞を数分後に控えた控室にいた。

トレーナー室と比べて座り心地控えめなソファに並び、時を待つ。強者ぞろいのレースで特に因縁があるのは、セイウンスカイとスペシャルウィーク。確実にトップ争いに加わってくるだろうが、俺は特に不安を感じていない。そして、それはキングも同じようだった。

勝負服に身を包み、規則正しい呼吸で静かにレースを待っている。

 

「いい横顔だ、緊張もしてないみたいでよかった。俺の出番はなさそうだな」

 

「ええ、不思議とね。これまでの回想でもする?」

 

「しないしない、何をやってきたかはキングの身体が知ってるだろ。今は俺の顔か前だけ見てな」

 

「いやなんで顔なのよ……さすがに1年間その自意識を目の当たりにしてると、もう何とも思わないわね」

 

「それキングが言うのな。まぁお互い『自分は一流』って意識持ってたら慣れるか。あ、でも安心してくれ、俺はキングの顔に飽きたりしないから。いっつも『はぁ~愛バ整ってる~』って思ってるから」

 

「おーっほっほっほ!当然でしょう!このキングを飽きるなんて、あり得ないし許さないわよ!」

 

しょうもない会話で時間を迎え、俺は席を立つ。ソファに座って俺を見上げるキングに、手のひらを差し出した。

 

「さ、立って。サクッと勝ってきな、キング」

 

 

 

 

 

 

皐月賞の中盤、後方集団の中でターフを踏む私は、ひどく冴えた思考で展開を見ていた。

スカイさんが快適に逃げ、スペシャルウィークさんは私の目の前でスカイさんを追いかける。彼女たちの武器と実力を知り、以前の私ならスカイさんのペース操作とスペシャルウィークさんの末脚に吞まれないように、無理に前へ行こうとしたかもしれない。

でも今回は違う。武器と実力を知っているからこそ、今の私ならここで差し切れるのが分かる。ナツメさんと一緒にトレーニング――文字通り彼もメニューをこなす意味で――したこの1年は、私の脚がちゃんと知っていた。

 

『さあ、皐月賞もそろそろ終盤!先頭は依然としてセイウンスカイ、後ろの()たちは間に合うか!?』

 

間に合うか、ですって?当然じゃない、見せてあげるわ。

周りはしびれを切らしたのか、スペシャルウィークさん含めスパートをかけ始める。

それはスカイさんの術中。このキングの仕掛け時はその数瞬あとの――今よ!

 

先にスパートをかけて散らばった()の隙間を一気に駆け抜ける。視界、思考、展開、脚、息、何一つ問題ない。ならば走るだけ、それが自ずと一流の走りになる!

 

『これはすごい!少し乗り遅れたかに見えたキングヘイロー!一息の仕掛けでどんどん上がってくる!セイウンスカイ逃げ切れるか、いや苦しい!ここでキングヘイローついにかわしたーーー!』

 

ゴール板を最初に過ぎたのは、このキング。観客席の最前で手を振るナツメさんに目配せをして、歓声の中で集合場所に歩みを進める。

ウィナーズサークルで会いましょう、私たちが創る私たちの時代の一冠目よ。

 

 

 

 

 

 

皐月賞を終えて、日本ダービーが目前に迫ったトレセン学園のトレーニングコース。キングの手札に「追込」を増やすために「適性を上げる裏技」の仕上げを行った。

 

適性を引き上げる特別トレーニング。今回であれば追込であるそれは、予めキングに追込の「知識や身体感覚を教え込んだ上で、俺が本気の併走をしながら指導する」奇妙な指導法だった。あまりに強引だし、俺に出来るなら他のトレーナー――当然トレーナー自身もウマ娘である前提で――も可能のように思えるかもしれない。実際これは有用なトレーニングだと思って、アメリカでの教育実習中に他のウマ娘トレーナーに提案した事がある。

 

結論から言えば、現実的ではなかった。本格化を迎えて伸び盛りの選手の全力に追いつき、隣で手本になるようなレベルの走行をしつつ、リアルタイムで走りを分析し教え込むのは、頭も身体もおかしくなった俺でなければ厳しいモノがある。だからこれは、俺だけに出来るドーピングだ。

 

ちょっとした代償として「極度の消耗」が待っているが、得られる成果と比べればあまりに安い。

歩いて息を整えたほうがいいのは分かっていても、立っていられなくなった俺はトレーニングコースの端に大の字で倒れこんだ。

 

オーバースペックの頭と身体をフル稼働させた反動で、こめかみが万力で締められるように痛む。喉は荒い息の塊を吐き出すだけで、全身の末端の感覚が遠い。

 

「ハッ、ハアァッ、ごほ……き、キングっ、今日はおわり……クールダウンじて解散ごほっ、しよう」

 

「だ、大丈夫なの?お水持ってきましょうか?」

 

「だ、いじょぶ。それより、お、追い込みのやり方……少しわかったか?分かったなら、ごほっウエッ……はよ帰れ」

 

「いや帰れるわけないじゃないの!顔色悪すぎるのよ!」

 

「きゃーー!ハア、ハッ、グロッキーなとこ見ないでーー!」

 

「もう!疲れるならふざけないの、おバカ!」

 

俺を覗き込むキングを霞む視界に収め、ぼんやりとしか見えない彼女を見つめると、「追込適性:A」の字が見えた。

 

 

 

 

 

 

迎えた日本ダービー当日、キングと共に控室の中。

今回は皐月賞のように行かないだろう、なんせスペがいる。日本一のウマ娘になるためダービーを夢のド真ん中に据えるスペの走りが、キングを()す脅威になっている。負け筋はプレッシャー、だけどそれ以外は無い。

 

「さすがに緊張してるな」

 

「な、なんのこと?このキングがスペシャルウィークさんに尻込みしてるとでも!?いいいつも通りよ、おーっほっほ!」

 

「全部言うじゃん、じゃあそのまま聞いてくれな。今回の作戦を伝えるから」

 

隣で俺をガン見してコクリとうなずくキングに目を合わせて、レース前の最後の仕事(メンタルケア)。普段であれば「このキングに助言する権利をあげる!」くらい言いそうなのに、相当背負い込んでるなこれは。

 

「基本的に、俺のことを考えろ!中盤までは、スペの動きだとかダービーの重みだとかお母さんのことだとかを捨てて、俺の顔や言葉を反芻しとけ!そして後ろから2、3番手くらいでラクに流せばいい」

 

「……???ふざけてるの?」

 

「全然まったくこれっぽっちも。中盤過ぎたら勝負だ。数日前の俺のひどい有様でも思い出しながら、叩き込んだ新しい追込走法(ブキ)を見せつけろ」

 

「ナツメさん、そんなので作戦とは言えないわよ!もっと理論的な……」

 

「これで勝てるからちゃんと作戦だ。今のキングに必要なのは、頭に理論詰めて走ることじゃないんだよ。俺たちを信じるだけで、俺たちは勝てるんだから。さ、立って。ついでに竜胆ナツメ(さくせん)を頭に焼き付けていけ。こんなイケメンはそう簡単に忘れないだろ?」

 

キングはちゃんとした作戦が欲しかったのか、少しの間不満げに俺を見上げていたが、観念したらしく「ダービー前の会話じゃないわよこんなの」とぶー垂れながら渋々俺の手を取った。失敬な、これもちゃんとした作戦なのに。

 

 

 

 

 

 

日本一を決める2分半(ダービー)はキングの手に収まった。実況解説も観客も、そしてライバルたちもが驚愕したキングの追い込み。広く長い最終直線で、ほぼ最後方からすべてを置き去りにした。

しかしウィナーズサークルでのキングは勝利よりも気を取られることがあるようで、カメラや観客を放ってインタビューをドタキャンしようとした。

 

キング、分かってるから今は帰るな。隣に立って、背をシャンとしろ

 

ナツメさん……そう、ね。ごめんなさい

 

キングの懸念に少し予感のあった俺は、ギャラリーに気取られないようキングを引き留めて、インタビューにわざとしゃしゃり出てその場をしのいだ。その後の控室で、キングのもう一つの課題に向き合う。

 

「さて、ズバズバ言い当てて悪いとは思うけど……気になるのはスペのことなんじゃないか?」

 

「たまにナツメさんの聡いところが理不尽に感じるわ」

 

「ごめんな?俺はキングに命懸けてるからさ、キングのことならどうしても分かっちゃうんだよ」

 

スペは全身全霊でダービーを獲りにきていた。それゆえにこのレースの勝者が誰であるかを認めた時、スペはターフの上で悔しさが溢れてしまっていた。普段から友人でありライバルとして共に過ごし、スペの努力と情熱を知る優しい王様(キング)が、その姿を見て無傷でいられるはずもない。

キングの不屈は自分の負けに強いが、他者の負けにはひどくもろい。キングの母親が、陰ながらに娘を心配している一番の弱点。

 

「これはあくまで俺の考えだけど、勝ち続けるしかないと思う」

 

「あら、つまり慣れろってこと?」

 

怒りとも苦しみとも言えない複雑な目を向けられる。キングは俺の言葉を「潰し慣れろ」と受け取ったんだろう。

 

「いや違う、その優しさはすぐに治らないし、治す必要もない。俺たちがこれからずっと勝ち続けて、万人が認める最高の()()()になれたら、周りはキングと同じ舞台に立つだけで光栄だと思うようになる」

 

それはひとつの極み、最上の到達点。根本的な解決策には程遠いけれど、もしその境地に至れたのなら、彼女が今感じている感情(いたみ)も別の何かに代わるかもしれない。

それまでにキングが受ける勝利の責任は、俺が支えるだけだ。

 

暫しの沈黙を越えて、キングは意志を固めた。

 

「おーっほっほっほ!いいじゃない、何が何でもキングは()()()を証明する!それまで決して首を下げないし、振り向くこともしない!勝って悩むなんて戦った相手にも、命を懸けるナツメさんにも失礼だもの!」

 

 

 

 

 

 

夏合宿が問題なく終わり、菊花賞がやってきた。

特別トレーニングはキングの長距離適性を引き上げ、万全の態勢で3000m最後の一冠に臨む。

今回のレースで特別な作戦は伝えていない。セイウンスカイの知略を警戒するキングに送る言葉は少しだけ。

 

「火を消すには火をもって為せ……知ってるか?」

 

「シェイクスピアのドヤ顔引用はやめたほうが身のためよ、ナツメさん。それが私たちの策なの?」

 

「そゆこと。スカイと同じように、俺たちも釣り糸は垂らしてある。キングは逃げるスカイを追わずに普通に走ればいいんだ。ライバルじゃなくて、京都芝の右周り3000mのコースを走る意識だな」

 

「簡単そうに言うじゃない、無茶ぶりするトレーナーね」

 

「キングならできるからいいんだよ」

 

「ふふっ、分かってるならいいわ!それじゃトレーナー、ウィナーズサークルで一流の三冠バを迎える準備をしてなさい!おーっほっほっほ!」

 

 

 

調子のいい高笑いでパドックに歩くキングを地下バ道で見送り、観客席の最前に立って発走を待つ。

やがてゲートが開き、最後の一冠を求めウマ娘たちは駆ける。

キングは無理に展開を見ようとせず、後方集団でコースを走ることに集中している。既に二冠バの身で、周囲からのマークをひしひしと感じているはずなのに、ブレる様子は微塵もなかった。

むしろ走りにくそうにしているのは、キング以外のウマ娘たち。

 

『さあ静かに進む最後の冠、菊花賞。先頭はセイウンスカイ、今回もキングヘイローの()()はみられるのか』

 

猛追、それは日本ダービーで見せた最終直線の追込みのことだろう。それこそがこの菊花賞でキング以外が走りにくい理由。

大一番(ダービー)で突然披露した暴力的な豪脚が、「キングヘイロー」の底を見えなくした。消耗が大敵の長距離で、キングが何をするのかを意識して警戒してしまう。

セイウンスカイも、思うようにペースを作れていない。キングを「意識してはならない」と分かっているのだろうが、その無視する意識が策謀の邪魔をする。

 

そして、キングは余計な消耗をせず、ひどく冷静に仕掛けどころを見つけた。

逃げるセイウンスカイを射程に収め、踏み込みとともにより前傾姿勢へ。

焦りと疲労が滲む集団を抜け出すなんて、一流には造作もない。

 

『ここで来るかキングヘイロー!淀の坂を一気に下り、最後の冠を獲りにきた!』

 

仕掛けがキマったのなら、あとは冷静さなんていらない。何度もコーナーを上手く回ったスタミナのアドバンテージで、一流の末脚を思う存分炸裂させる。

セイウンスカイが終盤までに作ったリードは、キングからの逃げ切りをもたらすものではなく、ゴール前の1ハロンで順位が入れ替わる。

 

『キングヘイロー抜いた!そのまま離す!まだ離す、まだ離す、そのままゴーーール!キングヘイロー、並み居る強豪を抑え、見事三冠達成!』

 

「ッしゃあああ!」

 

やべ、デカい声でた。でも大丈夫。割れんばかりの驚愕と喝采が、京都レース場に響いている。俺の声くらいどうってことない。

ウィナーズサークルまで駆け出し、王の凱旋を出迎える。やがて空まで届きそうな高笑いで、三冠の愛バが帰ってきた。

 

「おーっほっほっほ!さぁナツメさん?観客、メディア、私の走りを見るすべての人にご挨拶よ!」

 

ご挨拶……なんだ?俺は何を求められてる?その期待のまなざし頭回せここで満を持してキングがやりたがりそうな分かった()()()()()のキングコールか!

 

「私の名前は――っ!?」

 

「キングッ!」

 

「誰よりも賢く?」

 

「気高く聡明なウマ娘!」

 

「ならば当然?」

 

「みんなが憧れる一流だ!」

 

「そう!つまり!この世の頂点に最もふさわしいウマ娘の名こそ――」

 

「「キングヘイローッ!!」」

 

あぶねぇーーー!念のため何通りか頭に入れといて正解だった!

 

 

 

 

 

 

ウィナーズサークルでの一幕を終え、ナツメさんと地下バ道へ。

ノリでやっちゃったメディア向けキングコールはバッチリ決まったわ!インタビューも「年末の有馬で今年の王が誰かを見せつける」と完璧な宣戦布告ができたし、文句のつけようがない三冠達成だったでしょう!

スカイさんとスペシャルウィークさんの様子は……少し、思うところがあるけれど。今は引きずらない、再起した彼女たちといつか必ずまた戦うと信じているから。

 

「っと、電話だ。これは……スピーカーで話そうか?」

 

「え?私に関係ある相手なの?誰から、って『キングのお義母さん』!?なんて名前で登録してるのよへっぽこ!」

 

「ただのお茶目な冗談だって☆んじゃ電話取るぞ~……もしもし、竜胆ナツメです。お世話になってます」

 

『いえ、こちらこそ……初めに三冠達成、おめでとうごさいます』

 

「どもです。多分キングにかけたかったんですよね?今キングのスマホは控室なんで、隣で娘さんも聞いてますよ」

 

「こほん、珍しいじゃないお母さま。最近は電話をかけてくることが無くなってたのに。ようやく認めたのかしら、このキングの実力を!なんせ三冠だもの!」

 

『はぁ、ええそうね、三冠おめでとう。すごいすごい、認めるわ。竜胆さん……すみませんが、娘と話しても?』

 

「構いませんよ。ただ、キングもライブの準備があるので手短に願います」

 

横でキングが「余計なこと気にしなくていいの!」的な視線を寄越してくるが、一応キングのお義母さんに気を利かせたつもりだ。なんとなくこの親子、お互いにちょい面倒というか、長話がよくない方向に転ぶ気配がプンプン漂っている。

 

『!……もちろんです。お気遣いいただきありがとうございます』

 

スマホをキングに渡して、俺は少し離れたところで壁に背を預ける。キングはというと、喜びと興奮から、フリーズ、そして呆然として通話を終えた。

通話の内容は、正直言って聞かなくてもわかる。きっと「無理せず戻ってこい」だ。当人同士が難しく感じていても、外から見てみればなんてわかりやすい親心。

 

「……ナツメさん、電話ありがとう。その、少し言いにくいことがあるんだけど」

 

三冠達成の歓喜から一転して、苦虫を嚙み潰したような険しい表情。仕方ないことではある、最高級の栄誉を手にして得られた言葉が、今までと変わらないんだから。自分の道が大いに揺らいでいるのが伝わってくる。なら話を聞いてあげるのが俺の役目、ただしそれはもう少しあとにしないと。

 

「今は三冠達成のライブ準備してきな。そのあとでキングが話したいことを話そう。はい笑う!一流の余裕見せる!悩みやすいオトシゴロなのは知ってるけど、相談はファンに感謝してから!帰ってきたら言いたいこと全部聞いてやる!」

 

キングのほっぺを指でぐいっと持ち上げる。悩むのはしょうがないよな、だって子供だもん。

 

「こ、こら!キングの頬に突っつく権利はあげてないわよ!まったく、シリアスが続かない人ね……全部聞くって言ったこと、忘れたら承知しないわよ!」

 

「忘れない忘れない。俺はどんな瞬間であっても、キングが欲しいモノを一緒に獲りに行くために居るからね~」

 

 

 

♢

 

 

 

その後、キングから「短距離レースを目指したい」という願いを聞いた。

 

「キングの適性がソコにあるなら、より鮮烈に勝てるはずよね。私はもうお母さまから認めてもらおうだなんて思わないわ。このキングたちの時代をもっと絢爛にするためのローテーションを頂戴」

 

「分かった、なら短距離()獲りに行こうぜ。ひとまず今年の有馬で勝ってから……来年も俺に全部任せろ」

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