墜星は暗路を行く   作:はくとう

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この作品には死別、曇らせの要素が含まれます。ご注意ください。

エピローグです。


ダイイチルビー 4

4年目、夏の終わり。

私は夏合宿を早めに切り上げ、暫し実家へと戻っていた。頂いた贈り物の整理、返礼品の手配、書簡の確認などなど。華麗なる一族の末として、目の前に積まれていく責務を淡々とこなしていく。

()との3年で描いた軌跡は当然ながら大変輝かしいものであり、私を『一族の最高傑作』と評する声もある。確かに、レースにおける能力や冠の数であればその言葉は間違いと呼べないかもしれない。

しかし、やはり私にはまだ早い。私にとって『最高傑作』の呼び声は依然変わりなく、お母様のもの。お母様の華麗なる在り方こそが、私の真に求める姿。

近頃はその『母』への畏敬と……憧れをより強く感じるようになった。

 

――今の私では、遠く及ばない。

 

彼と別れて、私は()()()()()()()()()()()()()

俗にライバルと呼ばれる方々と走ることで生まれた、火のように昂る闘争心。その熱は徐々に、徐々に、失われていった。

新しく契約したトレーナーは、間違いなく優秀で私の能力を現状維持させている。でも、私に新たな熱をもたらしてはくれない。

 

「ふぅ……こほん」

 

早朝よりオンラインレッスン、来客への対応、次の社交場にあたっての蔵書の選定などを消化して、気付けば窓の外には夜の帳が下りていた。

自室の机に向かい、誰にも聞こえないため息を自制する。本日終えるべき責務を終え、机上に残された一通のお便りを手に取る。差出人は『竜胆ナツメ』、記された住所はおそらくご実家。

先日トレセン学園に届いたであろうソレは、学園側の計らいにより先ほど私の部屋へとたどり着いた。

 

「……」

 

封を切り、折りたたまれた一枚の便箋を取り出す。自分の物には頓着が無いのに、他人の触れる者には品質を求めるナツメさんらしい、上質なレターセット。

手紙という体裁の中で洗練された文字が軽やかに並ぶ、この手紙の本意もすっきりとしたものだった。

 

『お元気ですか。あなたの活躍をちゃんと見守っています。あなたのこれからに幸運がありますように』

 

特別なことはなにもない、離れ離れになった私に対する「ご活躍をお祈り申し上げます」というだけのこと。

ナツメさんが今どこでなにをしているのかは、まるで伝わらない一方的な便り。

他に読み取れることと言えば、この世界のどこかで、手紙を出せるくらいには元気な彼が、竜胆ナツメとして成すべきを成している。

 

――しあわせになれよ

 

ふと、生きる中で自分に馴染んだ五感のどれとも違う、知らない感覚が私に囁く。言うなれば『第六感』が、この手紙から何かを受け取った。

それは最愛の人からの祝福、私の前途を温かく照らす灯火―――

 

 

 

―――そう、まるで最期に遺す祈りのようなカタチ。

 

「……やはり、そうなのですね」

 

動揺は、ない。便箋を丁寧に折りなおし、封に戻して机に置く。

変わらぬ足取りで、大きく柔らかなベッドに身を沈める。着替えもせず、服に皺の入ることも構わずに、なにも映さない天蓋をただ見つめる。

 

分かっている、あの手紙が私を安心させるための小道具でしかないことは。

スプリンターズステークスで『すべてを捧げる覚悟』を持ったミラクルさんを見て、どこか既視感を感じたのだ。今にすべてを懸けるヒトの熱を、私はなぜか知っていた。

それはナツメさんの抱くモノに似ていて、けれど非なるものでもあった。

 

ナツメさんの覚悟はどうしようもなく捻じれて、絡みついていて、気付いたとて真っ向から向き合うのが恐ろしく感じるほどに、どうしようもないものだった。

ミラクルさんの想いが軽いとか、そういった話ではなく……彼は『逆』だった。

叶えたい願いのために命を懸けるのではなく、命を懸けるに値する運命を求めていた。

 

それを分かってしまったから、私も覚悟を決めるしかなかった。きっとこの方は、本当に手の届かぬ場所へ行ってしまうのだと。

竜胆ナツメは本懐を遂げ、死ぬのだと。

 

「ナツメさん」

 

涙は出ない。もうすでに受け止めていたことだから。

心臓は跳ねない。心を揺らす彼はもういないから。

 

「――ナツメさん」

 

華麗であれ。至上であれ。常に最たる輝きを。()の玉条を、神経を通して末端まで行き届かせる。

ベッドで服に皺を寄せるのはもうおしまい。彼との時間はもう過ぎた、思い出すたびに華麗さを見失っていてはキリがない。

 

 

 

「――……ナツメさん」

 

それなのに、私は()()唇に触れてしまう。それだけで、私は『あの瞬間(さいご)』に戻ってしまう。

唇から全身に。華麗であれと張り巡らした玉条を、あの時の熱が燃やし熔かして迸る。どうしようもない熱さが先の先まで駆けていく。

 

本当は、言いたい我儘は他にたくさんあった。

どこにも行かないでほしい、トレーナーを変えたくなんてなかった。

ずっと隣にいてほしい、私が私の玉条を体現して、屋敷に肖像画が並ぶ日を見届けてほしかった。

帰ってきてほしい、貴方が貴方のままで再び再会できることを約束してほしかった。

 

それらは叶えられないと分かっていたから、彼ができうる限りの傷をつけてもらった。彼との時間を喚起する、唇に残る小さなキズ。

 

でも――本当はもっと深く傷つけて欲しかった。

私のこれからの長い人生(じかん)で絶対に褪せないような、取り返しがつかないほどに、躰の奥深くに一生残る傷を。

 

「ナツメ、さん……」

 

それも全部、全部――もう叶わない。

 

 

彼と別れて、私は()()()()()()()()()()()

俗にライバルと呼ばれる方々と走ることで生まれた、火のように昂る闘争心。その熱は徐々に失われていき、ほとんど残っていない。

新しく契約したトレーナーは、間違いなく優秀で私の能力を現状維持させている。でも、私に熱をもたらすのは初めての恋(ナツメさん)の残り火だけ。

 

今でもレースを走るのは、華麗なる一族としての未来を見せる走りをすることが責務だから。そして、玉条を纏って走ることで、この熱は鎮まってくれるから。

それ以外の鎮め方を、私は知らないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、手紙に記された住所をもとに、ナツメさんのご実家へ弔問する。光るものは外して、服装も平服を。

「竜胆」の表札が掛けられた一軒家から、静かで柔らかな雰囲気を持つ女性が出迎えてくれる。

 

「はじめまして、ダイイチルビーさん。ナツメの母です。ご連絡を頂いた時はびっくりしました……息子の()()()をご存知のようでしたから」

 

「驚かせてしまい、大変申し訳ございません。竜胆トレーナーからご指導いただく中で、時折体調の優れぬ場面を隠しておられたので。……遅ればせながら、この度はご愁傷様です」

 

「こちらこそ、生前はナツメがお世話になりました。……ダイイチルビーさん、ご多忙とは思いますが、よければあがっていかれますか?」

 

「――よろしいのですか」

 

「はい、次の予定までお時間が許すのであれば。なんせ隠し事の多かった息子ですから、お話しできることもあると思います」

 

「本日は予定を入れておりませんので、お母様さえよろしければ……お言葉に甘えさせていただきたく存じます」

 

「ええ、ぜひ。独りは退屈ですから、お話しに付き合ってくれるのは嬉しいです」

 

ナツメさんのご母堂のご厚意のもと、彼のご実家へとお邪魔させていただく。

弔問は短く済ませるのがマナー……故人の死の詳細について尋ねるなど言語道断であると理解しながら、ナツメさん直筆の手紙や死を伏せている理由を知りたがる私がいた。

そしてそれらの答え合わせは緩やかに、別れたその後の彼を補完する。

 

手紙(コレ)さ、しばらくしてからルビーに出してほしいんだ。元気でやってるから心配しなくていいって思ってほしくて。中身は心込めてちゃんと書いたから多分バレないはず……なんだけど、なんかこういう偽装工作?みたいなの慣れてないからさ。もしルビーがこの手紙(ウソ)について問い質しにきたら、その時は俺がヘタだったってことで。ホントのこと話してあげてほしい』

 

『俺ってさ、顔が良いじゃん。この3年でメディア露出とかもそれなりにあって、実は結構人気なんだ。でもその弊害ってか、訃報が出れば母さんとルビーに面倒な視線が向きそうで怖いんだよね。だから、俺は人目のつかないトコに行くよ。ほんと母さんには申し訳ない』

 

――ああ、本当にナツメさんらしい変な気のまわし方。

死因は、十数年前の事故がもたらした後遺症。終のすみかは、唯一の肉親たるご母堂すらご存知でない。

 

彼は私と出会うずっと前から準備して、自分の終わりまでの道筋を完全に設計(デザイン)していたのだろう。その中で私に『命を使っていい』とご決断なさった。

私たちの契約(スタート)、選抜試験が不発に終わり佇んでいた私にトレーナーバッジを差し出した、あの時に。

 

「……貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとう存じます」

 

「いえいえ、話にお付き合いいただいたのは私の方です。今日は久しぶりに時間が経つのが早くて、とても助かりました」

 

「――……こちら、私の連絡先です。何かお力添えできることがあれば、ご遠慮なく。それと、もしご迷惑でなければ……またお伺いさせていただけますか」

 

「まあ……ふふ、心配してくれてありがとうございます。いつでもお越しください」

 

「はい――次は私が、学園でのナツメさんをお話しいたしますね」

 

竜胆家を後にして、クルマを呼ぶ。出迎えていただいた時は中天にかかっていた陽が、今は赤く斜めに射す。

私の中で、夕陽よりも赤い炎が燃えている。

 

「――報いねば」

 

命を懸けたナツメさんに『その価値があった』とご納得いただけるように。

華麗であれ。至上であれ。常に最たる輝きを。今までも私の使命であった玉条を、より強く。より鮮烈に。

華麗なる一族、その『最高傑作』は『ダイイチルビー』であると認めていただけるように。

 

華麗なる深紅の高貴、その研鑽をご照覧あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツメさんとの別れから5年の月日が流れた。まだまだ肌寒さの残る冬の出口ごろ。

 

私はただひたすらに『華麗なる一族』としての研鑽を努めた。最上の敬意と憧憬を抱くお母様を超え、最高傑作としての姿を以てナツメさんに報いるために。

レース界からは既に身を引いており、4年目のシニア級を最後とした。ナツメさんが高めてくれた私を、何とか現状維持して走りきり、戦績に傷は残さなかった。

今はお母様と共に、各国を飛び回りながらウマ娘界の発展のため、そして私の玉条をより洗練するための日々を送っている。

 

今日は数か月ぶりに帰国し、ナツメさんのご母堂を訪ねて数少ない心安らぐ時間を過ごさせていただいた。屋敷に戻り、留守にしていたあいだに溜まった最重要ではない手紙や贈答品に目を通していく。

 

「……」

 

やはりあった、数件の()()の申し出。本来は親族などの仲介を通して行われるものであり、正規の両親経由(ルート)で私のもとに届くものは――両親が弾くため――ほとんどない。

お母様曰く『自己研鑽に集中したいのであれば、今は考えなくても構わない』とのことだった。その言葉の影に、ナツメさんに対する私の想いへの配慮があることは、薄々感じている。そして、その親心に甘えてしまっている私がいることも自覚していた。

 

閑話休題、両親の手をすり抜けて私の手元に残った縁談をいかようにするか。華麗なる一族として、多少は見れるようになった私を誰よりも早く手元に置きたいという意図は透けている。いや、その内の一件は何というか……少々()()()()()ものを宿しているが。

ふと、自らの身体を見下ろす。5年前とほぼ変わらぬ見慣れた私。恐らく現役時代の勝負服は問題なく着用可能。多くの者は一族の名を何よりも欲しがるもの、しかし成人してなお外見に成長の見られない私に希少価値を見出す者も――居る、のかも……しれない。

 

再:閑話休題、思惑を秘めたこの申し出など、にべもなくお断りさせていただくのが良く思える。しかし、これが私に()()()()()であることを、最近になってようやく知ったのだ。

レースでの華々しい戦績に文句などない、一族としての研鑽も着実に最高傑作への一助となっている、お母様をはじめとする敬愛すべき方々からの噓偽り無い称賛を幾度も賜った。

それでもなお、届かないのは『母としての華麗さ』……ナツメさんと別れてから消えた私の闘志は、きっと『母というものへの憧れ』に置き換わっていた。

 

故に、揺らぐ。私の叶いもせぬ恋心を慮る両親の優しさに浸り続けて良いはずがない。本当にナツメさんに報いるのなら、彼への想いを切り離して辛苦に身を置く覚悟をするべきではないのか。

手に持つ便りのどれもが、幸福へと導く可能性が限りなく低いことは理解している。しかし――

 

――やめておいたほうがいい

 

「!……では、そのように」

 

()()()()()()に従って、私はお断りの返事を用意する。

ナツメさんの手紙を受け取ってから、たまに感じるようになった直感のようでまた違う感覚。私が選択する場面で時々感じるソレは、最終的には「少しばかり幸せな結果」をもたらしていた。

 

手紙という小道具は、私を安心させるためのウソだった……けれど書かれていたこと自体は、きっとナツメさんの願いだった。

 

『ちゃんと見守っているから、どうか幸運を』

 

この第六感を信じるのは、まだまだナツメさん離れできていない何よりの証左。時に揺れてしまう私の道行きを『そっちに幸せはねぇぞ』と笑ってリードしてくれていると、子供じみた想像が頭の片隅に住んでいる。

ならば、もう少しだけ。貴方のいない世界に幸福を見つけられるまで……それか、貴方が『コイツなら大丈夫だ』と背中を押してくれるまで。

 

「お嬢様、ご準備のほどは」

 

「――問題ありません。ただいま参ります」

 

返事を用意し終えたところで、執事から声が掛かる。本日の最後の予定は、我らが一族の屋敷で行われるパーティー。

ドレスに身を包み、適切な装飾を。背こそ変わらないが歳は重ねた、流石に赤のリボンはしばらく身に着けていない。

 

華麗であれ。至上であれ。常に最たる輝きを。

ナツメさんにつけていただいた小さな傷は、私だけが知るもの。傍から見る私は、一片の曇りもない至上なる無傷の紅玉。

であれば、相応しき振る舞いを。両親とナツメさんに甘えている分、他の部分くらいは華麗なる一族として完璧に。

 

大広間へと続く中央の両階段をおりる。絢爛なシャンデリアの光の下を、自分の脚でゆっくりと。

 

 

 

 

 

――暗路を行った彼を想い、私は光の中を独り歩く。





微かな傷を抱いて、華麗なる紅玉は完成した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ダイイチルビー編は完結しました。
この作品に再会、ハッピーエンドは含まれません。ご注意ください。















これは『墜星』の物語。墜ちゆく軌跡に再会は無い。

しかし『昇星』は――暗路を抜け光路に至る。
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