『走り抜けた人生、定められた結末、そして独り墜ちる暗路。とても好みだ、こうでなくちゃ』
『と、思っていたんだけどな。より上のモノが再会を望むなら、それもいいか』
『さあ、起きなよ。性悪な観測者はここで退散しよう』
♢
――ピッ、ピッ、ピッ
遠い。何が?分からない。ただ遠い。
――ピッ、ピッ、ピッ
まだ遠い。何だ、音?もう少し近くに……
――ピッ、ピッ、ピッ
音、か。電子音、一定、すぐそばから。
「――ッ、はあっ!?」
電子音!?なんで聞こえる、なんで呼吸してる!?視界、かなりボヤけてる、けど見覚えのある機器、なんでだ!?
――ピッピッピッピッ
俺の鼓動にあわせて、電子音が騒ぐ。すぐに扉の開く音と、慌ただしい数人の足音。まだ本調子じゃない五感を刺激する、別れを告げたはずの世界。
俺の周りに集る白っぽい人らが口々に異国の言葉を投げつける。そのほとんどが頭を通り過ぎて抜けていくが、分かったことがひとつある。
「ああ、マジかよ俺の天運……」
俺が死の間際に行った無駄な足掻き。命を賭けた0%のギャンブルに、勝ったらしい。
暗路に足を踏み入れ、5年が経とうとしていた。
♢
なぜ竜胆ナツメがこうして生きているのか。理由は自分を賭け金に、ある勝負をしていたから。
なんせ異常な生体データだ、この身体のことを研究したい機関は海外にいくつもある。中には
『俺はもうすぐ死ぬから、好きに調べればいい。ただ、特別に身体を提供する代わりにもし俺を生かす道があるなら、数年はその研究をしてくれ』
あまりにテキトーで、勝算がない。そもそも機関側が死体との約束を守るメリットがない、死人に口なしだ。一応は「生かす道」に関しての事前説明を受けたものの、興味がなさ過ぎてほとんど憶えてないのが正直なところ。
過剰に成長する
なお、俺そのものの研究についてもある程度の決着がついたようで「竜胆ナツメの特異性に再現性や応用性はなく、調べるだけムダ」とのこと。その話を聞いて「再現性応用性があれば人類ウマ化計画とかあったのか?」と少しゾッとした。
ともあれ、俺はもはやほぼお役御免。データ取りついでのリハビリを終えれば、早々に放り出されてしまい途方に暮れる。命こそ繋がったものの、異国の地に身一つ……まあその身がほかの方々とは少々異なるけれども。
結局俺のアタマとカラダは壊れたままで、治療法も存在しない。研究者たちは俺の異常に解答を出した訳でなく、言うには「色々やってたらなんか急に臓器の過成長がなくなっただけ」らしい。それでいいのか研究者。
「はあ、もういいや。専門家が分からないなら俺が考えたってしょうがない。それよりも……」
そう、それよりもだ。俺の脳裏には2人の顔が浮かんでいる。
まずは、母さんに俺のことを伝えなくてはならない。何が何でも再会して今までの身勝手を謝る、これ以上に親不孝を重ねることは絶対にダメだ。
そしてもう一人……お互いに最も重要な3年間を駆け抜けた、俺の最愛。
「……まずは、どうにか帰国しないとな」
♢
死ぬほど面倒な数々の手続きを終え、なんとか2か月で帰国できた。その間に母さんへ手紙を送り、無事に空港で再び顔を合わせることが叶った。今は実家で家族2人、これまでとこれからの事を話す時間だ。
俺の5年の事情説明を終えて、身勝手の謝罪をしっかりと受け入れてもらってから、暫しの沈黙。『生きて帰ってきた以上、絶対にしなければならないことの一つ』は終わった。ならば、残ったもう一つは……
「会いにいかないの?」
静寂を破ってそのまま俺の芯を刺してきた、母強い。
「正直、迷ってる」
話は聞いている。俺が用意していた
今更どんな顔で会うというのか、それにもし再会したとして、また彼女の生活を壊すことになるんじゃないか?
このまま静かに暮らしているほうが彼女のためになるなら、それもまた愛情の在り方のように思えてくる。
「……ふう。ナツメ、こっち来なさい」
「え?あ、うん」
母さんに呼ばれ、実家の洗面台に立つ。鏡に映るのは俺と、後ろで呆れているように見える母。
「今のナツメはらしくないよ。よ~く鏡を見て思い出してみて……竜胆ナツメがどういう人間か」
言われた通りにしっかりと鏡を覗き込む。伸び放題だった髪は一応切ったものの、全然整っていない。毛先や前髪に入れていたお気に入りの赤メッシュも、時の流れと共に抜けた。トレセン学園でバリバリやってた頃と比べて酷いもの。
ただ、久しぶりにこうして「竜胆ナツメ」を真正面から捉えてみると……やっぱり俺は顔と名前がカッコイイ。
「ああ……そっか、そうだよな。確かにさっきまでの俺は、竜胆ナツメじゃなかった」
どんな顔で会えばいいか分からない?どんな顔してでも会うんだよ。
また生活を壊してしまうかもしれない?もしそうなったら正面切って頭下げんだよ、それが誠意じゃないのか。
離れてる方が彼女の幸せ?竜胆ナツメはそうじゃないよな。
俺が隣でいることが一番の幸せになる未来を創る。それでこそ本当の俺だ。
「うんうん。自分の息子ながらちょっと引くくらいの自意識だけど、ナツメらしい良い顔になったよ」
「だよな、でも俺はこうじゃなきゃ。身の程を弁えるのは他の人に任せる」
数日後、実家の玄関にて準備は完了。身なりはできるだけトレセン学園の時のものに寄せている。白いロンT、黒のフードジャケット、グレーのカーゴパンツ。うわあ、25歳でこれはどうなんだ、学生ファッション感がしゅごい。まあ、今は「俺」だと分かりやすい方がいい。
髪は美容院で切り直して整え、ゆるく遊ばせた柔らかな毛先。赤メッシュも入れて竜胆ナツメ On Fireって感じ。やばーい、恥ずかしくなってきた。いや大丈夫、25なんてまだ全然若いから。顔が良けりゃ何だっていいんだから。
「ふぅーーー、よし。そろそろ行くか」
気合いを入れろ、竜胆ナツメ。向けられるモノが激昂でも、悲嘆でも、嫌悪でも、無関心でも、真っ向から受け止める。そして、届くはずのなかった未来、3年間のその続きを。
「気をつけていってらっしゃい」
「あぁ、いってきます」
俺の心の真ん中にいる彼女へ、会いに行こう。