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ウヒョア、頭からっぽでイチャつく時間だ!
ナツメとの再会から一年が経った、ある夏の日。
一年間ずっと身に着けていた婚約指輪は、つい最近『結婚指輪』になった。左手の薬指に灯る、これから消えることのない銀の輝き。
そしてその輝きが伝染するように、チームの教え子たちも目を輝かせていた。
『キャー! アイトレーナーおめでとうございます!』
『指輪変わってるー! プロポーズの時のこと教えて教えて!』
『アイトレーナーがナツメトレーナーと駆け出してから……今、ようやく結ばれた! 現役時代からファンでした……自分、感無量です』
「ふふ、ありがとうみんな……けど、少し静かにしてね? 今は外に出てるんだから」
賑やかな生徒たちを落ち着かせながら、様々なテナントが入った大型ショッピングモールを歩く。
私は今日、ナツメとの『新婚旅行』に向かうための準備として、旅行で入り用になる品々の買い物に来ていた。
本当は一人で来るつもりだったけど、チームのみんなに結婚報告と新婚旅行の話をしたら『一緒に行きたい』と言い出して聞いてくれなかった。
『絶対ついて行きたいです! 服、服選びましょ!』
『あ、それいい! ナツメトレーナーの理性ひん剥くくらい可愛いヤツ!』
『アイトレーナーの仕事着は、そのカジュアルなパンツスタイルが定着してしまいましたので……思い切った旅装はアリかと』
『僕の許可なしで乗り気になるな……はぁ。アイトレーナー、日程の共有をよろしく頼むよ。生徒たちの休養日を融通しよう』
『……チーフ、ついてこないんですか?』
『なぜ僕が新婚の旅行準備について行くんだ』
『昔みたいにアイトレーナー狙ってないし、この一年はなんか雰囲気変わって接しやすくなったもん。今のチーフなら一緒に出掛けるくらいいーよ? アイトレーナーもそんな気にしないよね?』
『そんな話はしていないんだが。僕が同行する意味が無いだろうに……無為な時間を過ごすくらいなら、竜胆トレーナーのチームを偵察した方が有意義だ』
『ふむ……察するにチーフ、服のセンスに自信が無いのでは』
『ははは、休養日まで全員のメニューを追加してあげようじゃないか。五体満足で出かけられることを祈っておくよ』
そんな一幕もありながら、特に断る理由もなかったからこうして生徒たちと歩いている。一人で歩き回るより楽しいものね。
『でも、残念ですね。本当はナツメトレーナーと一緒に来たかったんじゃないですか?』
「うーん、けど彼も忙しいし……旅行中はずっと一緒に居られるから。それに、今は貴方たちが居てくれるでしょう?」
私の指輪を気にしつつ、心配そうな視線を向ける生徒ににこやかに答える。
お揃いの
全クラスの副教官をやってたくらいだもの、チームひとつを仕切るくらいまったく問題無いとは思ってた。でも、改めてナツメの仕事を外から視てたら……やっぱりオカシイのよね。
私が『領域』に入ってようやく発揮するパフォーマンスを、平常運転でやってるから。私が同じことをやろうとしたら、確実に一日でガス欠だわ。
『アイが簡単に越えられない目標で居てやるから、安心して追いかけてきな』
そうやって屈託なく笑うから、心配はしてないけど……実際に家に帰ってからも元気だし。うん……本当に、元気ね。
一緒にご飯を作る時も、掃除洗濯をする時も、映画を観る時も。あとは寝る時も――
『アイトレーナー? カオ、赤いですけど……』
「へ!? ご、ごめんなさい何でもないわ!」
『これは……ナツメトレーナーのこと考えてたね〜。まぁ予定合わないのはしょうがないよ、切り替えてこ?』
「え、えぇ……うん、そう。切り替えて必要なモノを買いに行きましょう」
『皆さん、あちらのお店など如何でしょう。自分は服や流行にはとんと疎いですが、アイトレーナーに似合いそうなデザインのものが』
「あぁ……言ってたわね、服を見たいって。他にも用意しなきゃいけないものは沢山あるから、あんまり長居はしないわよ?」
ナツメの時間が合わなかったのは確かに残念だった、でもそれは
彼にとっての一番は疑いようもないほどに『アーモンドアイ』で、私が一緒に出掛けたいと言えばチームを放ってでも時間を作る。それは……正直ニヤけそうになっちゃうくらい嬉しいけど、でも私が競いたい相手でもあってほしいから。
生徒たちに引っ張られて連れ込まれたショップは、どちらかと言えば甘めなテイストでガーリーな雰囲気の服が多かった。少女趣味、までは行かないけど……少なくとも大人な感じとは違う。
ヘアアクセサリーを卒業した今の私には、ちょっと可愛らしすぎるような。
でもまあ、切り替えて今日はこの子達と楽しむと決めた以上、取り敢えずは意見を聞いてみるのもいいわね。着せ替え人形になるのは、慣れていると言えば慣れているし。
とか思ってたのが甘かったわ……!
『ン゛カ゛ワ゛イ゛ィ゛ィィですアイトレーナー! やっぱりアイトレーナーはこうじゃないと! 夏も始まりましたし、
『いやいや、もっと攻めれるって! 腋まで行こう、それと膝も出しちゃおうよ! 相手は優男ぶってるナツメトレーナーなんだから、これじゃまだ飛びついてこないと思う!』
『ふむ……ここは両方取り入れてみては? 正統派ヒロインのアイトレーナーの雰囲気を崩さぬフェミニンなアウターと、
『『それだ!!!』』
『嗚呼、日々の賢さトレーニングはこの時の為に……自分、新しいレースのスキルをふと閃きました』
すごい喋るんだけど……服とか疎いんじゃなかったの。
『探してきました、このカーディガンはどうでしょう! アイトレーナーと言えば水色ですし、シルエットは柔らかく素材は軽くで大人なカンジです!』
『こっちもあったよ、旅行にピッタリのキレーなサマーワンピース! 上は攻め攻めだけど、下のチュールスカートは透けるの膝下だけでヤラしくないライン!』
『大変よろしいですが……やはりこうも肩と背が開いていると、下着のカタチも変えなくては……そうと決まればそちらも新調しましょう! あとは勝負を仕掛けるスゴいヤツも欲しいですね! 聞けば旅先は温泉地のご様子――であれば寝るときは浴衣。夜の部屋で消灯後、普段より艶やかな髪と上気した頬。夏の夜の湯で火照った熱を逃がすために緩めた帯と、僅かに覗く胸元、そして勝負を仕掛け――ムホホっ、この末脚で新婚ステークス(ナイター)は決まりでしょう! 自分、向こうのランジェリーショップで目星をつけてきます! ご安心ください、アイトレーナーの現在のサイズは把握しておりますので!』
「一旦止まってくれる!? はい全員集合、盛り上がるのはそこまでよ……それ以上は生活指導の対象だからね! 真剣に考えてくれるのは分かったから、少し落ち着いて……あら?」
ブレーキの壊れた生徒たちを捕まえて、過激なシチュエーションに傾倒し始めた思考を諫める。その途中、ポケットの中でスマホが震えた。
画面に通知されたLANEはナツメからのメッセージ。今日は彼のチームの子がレースだから、県外のレース場に居るハズ……何かあったのかしら。
『レース場でアイのチームのチーフと会ったよ、わざわざウチのレースを見に来てくれたみたいだ。本人は偵察って言い張ってるけど、気にかけてくれてるっぽいし……お土産を渡したいから、チーフの好みとか知らないかな?』
気が抜けるメッセージと、送信された
――なんか、ちょっとイラッとするわね。
こっちが思春期の暴走を必死で抑えてるのに、夫は私の上司とイチャついてしかも『彼の好きなモノなに?』って聞いてくるの。
『今忙しかったかな』
『え、どうされましたかアイさん』
『ソッチのチーフは男性ですが!?』
ナツメの意図した遭遇じゃないし、彼は彼でちゃんとお仕事をしてるし、これが彼の平常運転だし、彼が一番どころか唯一愛してるのは私だって知ってる……けど!
でも、
ムッとしてる私の
――奥さん、よそ見されて寂しいですねぇ……旦那さんの
♢
新婚旅行当日、石畳と木造の街並みが非日常を演出する温泉街。思い出作りをするに相応しいロケーション、視界に映るすべてが特別な時間を彩ってくれる。
だが、それよりも俺は正直アイしか目に入らなかった。旅行前の準備の日、俺が付き添えなかった代わりに彼女のチームが同行して一緒に選んだらしい装い。
晴天を泳ぐ雲のような、白く柔らかいサマードレス。スカートの裏地は膝までで、そこから下はシアーの透明感が眩しい。
水色のカーディガンは薄手で暑苦しくなく、むしろ可愛らしいワンピースに少し大人な落ち着きを与えている。
足元も、軽やかな赤いサンダルで仕事を忘れるリラックススタイル。するりと脱いで足湯を気軽に楽しめるだろうし、旅館から望める海辺を歩いたって良い。
白、水色、赤……現役時代の色使いであってもあの頃とは違う印象に、なつかしさと新鮮さが同時に訪れる。
でも一番強い感情は――
「――かーわいいなぁ……」
「んん……そう? 気に入ってくれたなら良かったわ。旅行の間はよそ見しちゃダメよ」
「しないし、できないだろ……さて、それじゃ行こうか」
「ええ、歩いてみましょう! 街を楽しんだら海も見に行きたいわね……きっと夕日が綺麗よ」
「そうだな。まぁ……旅行が終わった後の夏合宿でイヤでも見ることになると思うと……」
「もう! お仕事のことは考えない! すっかり仕事人間になっちゃって……私が『トレーナーとして競いたい』ってお願いしてるから、そうしてくれてるのは分かってるけど。今は私たちのことだけ考えて…ワガママだって思われてもいいから」
「――あはは、心配するな。俺はアイにワガママを言われるのが好きで仕方ないからさ。愛するひとのワガママは、俺にとって生きてる意味そのものだし」
アイの望みを叶えることが、俺の存在理由だ。競いたいなら相手になる、二人の時間を楽しみたいならそれだけを考える。彼女の心を満たさなきゃ生きて帰ってきた甲斐が無い。
……あれ。俺の物言いにはもう慣れたと思ってたんだがな……こんなに早く照れるアイを見られるなんて。
「あ、ありがとう……その、私も旅行の間は『勝負事』を持ち込まないようにするから。ナツメもゆっくりできると思うわ」
「えー? いいじゃん、自然にしてようぜ。俺たちなりの生活の在り方があるんだから、『無理に気を遣ってゆっくり』するより『勝ち負けを楽しんで』過ごす方がアイは自然なんじゃね?」
「でも……そうしたらなんでも『勝ちたい』って言っちゃうわよ。負けたらリベンジをしたがるし」
「いいよ、時間あるじゃん。それに勝負する時のアイはキラキラしてて見惚れるくらい可愛いから、できるなら沢山見たい。あー……でも『
「――……分かったわ。もう昔みたいに倒れたりしないから、その代わり手を抜かないでね! そうと決まれば……あっ、ねぇ見て! 温泉の蒸気で温泉卵が作れるみたい、どっちが上手に作れるか――――勝負しましょ!」
俺の腕を取って、軽い足取りで駆けるアイ。目についたものすべてに瞳を煌めかせて、ことあるごとに『勝つのは私よ!』と笑う彼女こそがアーモンドアイの姿だ。
それに付き合わせてもらえることが嬉しい、もっと見たいからこっちだって手を抜かない。一生競って飽きない相手でありたいし、負けてムキになってるのも……愛らしいのを知っている。
温泉卵作り。お互いに出来上がったのを食べてから、交換して勝敗を決める。
『いただくわ。あむ……うん、美味しい。けど、ちょっと固くない?』
『どれ? ん……うわ、アイの方がプルプルで美味い。確かに俺のちょい固めだ。これはアイの勝ちだな』
『ふふん、やったわ! 流石のナツメも、温泉卵は作ったこと無かったみたいね』
お面への絵付け。絵筆を持って真っ白な面を見据える。お互いをイメージしたデザインで、教室の人に勝敗を判定してもらうことに。
『アイと言えば、水色と赤だよな。あとは煌めき……………よし完成』
『ナツメは黒と赤、それに秘めた炎ね……………さぁ、できたわ!』
『あれまぁ、お二人とも本当にお上手で……そうですねぇ。難しいですが、僅かに技巧の差があるのは旦那さんの方ですかねぇ』
『いえーい。どーよ、美術科目も授業で教えることがあったからな。絵筆の扱いは経験があるんだ! まぁその分、表現がヘタと言うか虚無というか……
『――むぅ、ちょっと嬉しいかも……でも悔しいわ! 旅行中に絵筆の練習をして、また勝負するんだから!』
『いいよ、かかってきな? どうも、今回はありがとうございました。それと妻がこう言ってるので、また近日中にお世話になるかもです』
『えぇ、ぜひお越しください。いやしかし本当にお上手……今からでも継いで頂けるのでは???』
日没時間を当てる。海辺までやってきたアイと一緒に、黄金に輝く夕日を眺めながら日の沈む時間を予測する。
つもりだったけど……ちょっとしたトラブルで俺の勝ちの芽は無くなってしまった。
『んーーー日没……はっ、そろそろ止めとかないと』
『お、えらい。それ以上体温が上がったら声かけてた』
『もう昔みたいにはならないわ。ふぅ、熱い……ちょっと上着だけ脱いでおこうっと』
『うん、それがいいと……あ、え? そ、そんな大胆な感じのデザインだったんだ……おぅ』
『――……あれあれ、ナツメったらビックリしちゃった? 貴方も日没の時間を考えないとダメよ?』
『あーえー……あかん思考がとっ散らかってる……スマン、降参だ。頭が使いものになんねぇ』
『ふーん……………実はこういう、ちょっとえっちなのが好き?』
『い、いや! その、意外性というかなんというか……お、男はギャップに弱い生き物です……』
『そう、なのね。まぁ、図らずも盤外戦術になっちゃったけど……勝ちは勝ちだわ!』
暮れなずむ夕日を見届けてから、お世話になる旅館に挨拶を済ませる。夏の始まりであるこの時期はオフシーズンらしく、他にお客さんは居ないとのこと。
一応は貸切風呂を予約していたが、実質旅館まるごとほぼ貸切状態。
『どうぞ、存分に羽を伸ばしてください……それからニュース見ました、ご結婚おめでとうございます。現役時代から推してました、あとでお二人のサインください! お風呂はいつでも入れるようにしておきますね、お布団は何組ですか大きいのひと組でよろしいですか!?』
『女将さん、掛かってる掛かってる』
最初こそ耐えていたものの、途中から耳をピコピコ尻尾をバタバタさせた女将を落ち着かせて、アイと共に館内をまわる。豪奢で重みのある風流な大旅館……は、今回避けておいた。俺もアイも人気や伝統にあまりこだわりは無いし、人が多いと二人の時間が減ってしまいそうで。
その判断は、どうやら正解だったようで。アイが目を輝かせるのは卓球台、ちょっと古そうなゲーム、カラオケマシンなど。勝敗を決めるに相応しい設備の数々。
痛いくらいに刺さる隣からの視線に頷き返して、俺たちの勝負はまだ終わらない。
卓球は僅差で負けた。
お互いに経験が無い同士なら、上達の初速はアイの方が早い。俺もアイも『パフォーマンスを引き上げる』
回数を重ねて習得すれば、竜胆ナツメとして『負けられない』戦いができるんだけどな。
対戦型のアーケードゲームは、目も当てられない惨敗だ。
俺はこのテの娯楽には触れてくる時間が無かった――文字通り『死ぬほど知らない』――から、多少なりとゲームの経験があるアイにはしばらく並べないだろう。
少なくとも、この旅行中は勝負にならないかもしれない。ちょっと悔しい気がする……俺もゲームとかやるべきか。
カラオケマシンは、俺が先攻で歌ったからか後攻のアイは動揺して僅かに集中を欠いていた。俺の勝ちだ。
ふふん、歌やダンスは俺にとって『ライブの教育』としてできなきゃダメなことだから、自信しかない。流行の曲こそ分かんないけど、知ってる曲なら振り付けまで完璧にこなせる。
俺が見せた『winning the soul』に対抗して、アイは懐かしい『彩 Phantasia』を披露してくれたが、一音だけハズしちゃったな。うん、でも……可愛い。後攻が俺なら逆に負けてたね。
広大な海が一望できる貸切風呂。アイがグッと伸びをして生まれた波紋が俺に届く。流石に大好きな風呂の時間とあってか、この湯舟に『勝負』は持ち込まずリラックスしてるらしい。
あー……タオル巻いてるとはいえ、見過ぎたら気も休まらないよな。そう思い視線を外へ向けるが、当然ながら青い海は望めない。
「ん~~~っ……はぁ。気持ちいい、けど失敗しちゃったわね。もうすっかり夜だから、オーシャンビューもあったもんじゃないわ」
「確かにな。まあ今日はいいんじゃないか? 明日こそ太陽が昇ってる朝でも夕方でも、楽しめる時間はあるんだし」
「えぇ、そうね。その時は一緒に海を眺めましょう――ところで、どうしてこっち見ないの?」
「ヘンな気を起こしてせっかくの時間に水差したくないです」
「ヘンな気……起きるの?」
「……起こさないよ」
「――……ふふ、答えになってないわね? ねぇ、今日はナツメと遊び過ぎて疲れちゃった。まだかけ湯しただけだし、疲れてる私の代わりに洗ってほしいな~♪」
「ッ……しませーん。すぐ熱くなってバテるのはアイの方だからな。今でも思い出せるぞ? 再会した夜、借りてきた猫みたいになってどこに触れても体温上がりっぱなしだった――」
「――も、もう! 照れたらカウンターするのは相変わらずなんだから! それに……今はもうあの時みたいに、不慣れじゃないもん!」
「ああーそう熱くならないの。顔も赤くなってきてるし、アオったのは悪かったから話は終わりな」
「むぅ……この体質には泣かされてばかりだわ」
「んー、俺はアイがその体質で良かったと思うよ。ある種のセーフティみたいなモンでもあるし、踏み入っちゃいけないラインまで頑張る前にブレーキ効いてるイメージあるから」
「――ズルい言い方っ」
若干の不満を残しながら、湯舟の中で重力を増した尻尾が絡みつくのを感じる。いや尻尾だけじゃないな、ついでに脚も、腕も、ていうか身体全部。言いくるめられた消化不良を発散するように、他意のない無邪気な密着。
勝負の軌道に乗りかけた他愛ない話は、なんとか落ち着いた場所に着地した。危ない危ない、アイが熱くなりやすい分は俺が冷静で居ないと。
そういう事なんで……理性さん、頑張ってください。ピッタリ引っ付いてる、遠慮のないタオル一枚越しの柔らかさに負けないで。
♢
無事に理性を手放すことなく、温泉を満喫できた。
身も心もすっかり温まり、女将さんが存分に腕を振るってくれたらしいお料理も頂き、あとはもう思うままにくつろぐだけ。とはいかないみたいだ……なーんかアイの様子がおかしい。
体調がどうこうではなく、風呂上がってから少し落ち着きが無いというか、僅かに緊張感を纏っているような。ちょくちょく視線を感じるし、でもあまり目を合わせてくれないし。
しきりに髪の先を指でいじったり、浴衣の帯の端を弄んだり、自分の頬に触れて体温を確かめたり。
絶対になにかありそうな雰囲気だ、取り繕うのヘタすぎるだろ。
とはいえ、聞いたとて『な、なんでもないわ』とワタワタ手を振る。揺れに揺れた瞳が、表に出せない意図の存在を物語っていた。別にいいけどね、具合が悪いわけでもやましい企みを進めているわけでもないみたいだから。
月の光、星の灯り、波の音と、潮の香りを運ぶ風を感じるのはここまでにしよう。窓を閉めて部屋へと戻り、電気を消してひと組の大きめな布団にアイを呼ぶ。
「アイー?『アイッ!?』おぉビックリした……そろそろ寝ようぜ。そんなすみっこに居ないで……今日は疲れただろ」
「あ……えぇ……うん、はい」
やたらと浴衣の裾やらを気にしながら、よそよそしくやってくる。月光だけが頼りの薄暗い部屋、近づいてきたアイは顔が火照っており、体温もやや高め。
ここまで分かりやすいと、とぼけるのも難しいな。うーん……流石にねぇ。疲れてるアイに手は出さないから安心してほしいよ。そこまで俺の理性ザコじゃないから。
新婚旅行の夜とはいえども、今日は全力で遊び歩いたんだ。お互い手を抜くことなく、些細なことも競い合って充実した初日だった。
明日だってあるんだから、しっかり休むのは大事なコト。体質的にタフとは言いがたいアイは特に。
だから『ゆっくり休んでいいよ』という想いを込めて、布団の上でぺたんと座る目の前のアイを優しく撫でる。
いつもより艶やかでしっとりとした潤いの髪に触れ、安心させるように寝かしつける。
「ほら、肩の力抜いて横になりな。寝付くまでこうして――『ダ、ダメよ』……ダメ?」
「だって……その、釘付けにしなきゃだから……」
『釘付け』――もうなってるのに?
「あのね……いま、浴衣の下……いつもと違うやつ、なの」
うん、話変わってきたな。さっきまで『自分やれます』って感じだった理性さんが出走拒否してるわ。
アイは撫でたまま硬直した俺の手を取って、自分の帯紐の結び目まで持っていく。指で引っ張ってしまえば、勝負は始まってしまうだろう。
「見たい?」
「……はい」
「えへへ……『興味ない』って言われたら、流石の私も数日は凹んでたわ。じゃあ帯、ほどいて…………どうかしら、その、勝負しすぎたなら次はもっと……」
「……男はギャップに弱い生き物です、本当に」
「――なら、よかった……うぅ、でもやっぱり恥ずかしいっ……! あとはナツメの好きにしていいから、私はちょっと……」
「あ、顔隠さないで。アイの瞳から、どうしてほしいか読み取らないと動けないよ」
「ヤダ……今のナツメの
「大丈夫、任せて。アイの体温も体力も俺がちゃんと調整して、最後まで楽しめるようにするから。だから
自らの顔を覆うアイの手を布団に押し付けて、赤く染まっていく頬と濡れ潤む瞳が露わになる。釘付けにしたいのはお互い様だ、これからすべてを重ねるのに瞳だけ逸らすのはちょっとヤだしな。
あー、これ明日の朝は拗ねるんだろうなー……まぁいいか。こんなに愛らしいアイを見れるなら、甘んじて受け入れよう。
唇、呼吸、影、肌、体温、鼓動。
キラめく
♢
朝日煌めく海を見ながら、何とも言えない空気で湯に浸かる。
『……見ちゃダメだって何回言っても、全然聞いてくれなかったわ』
『だってそう言ってるのは口だけで――ハイ。スイマセン』
『ここにきてナツメのイジワルな面が見えるなんてね』
『あー……それを言うならアイも、実は見つめられて盛り上がるタイプだとは――ゴメンナサイ本当に反省してます』
『はぁ……妻をイジメて愉しかったですか、竜胆ナツメ容疑者』
『語弊ありすぎる……けどメッッッッッチャ可愛かったぁイテテ爪で刺さないで……いま背中のひっかき傷も湯が沁みて地味に痛いから、これ以上傷増やすのはぁ痛ぁ! さらに強く刺した!?』
『余計なコトは言わなくていいの! もう……普段は気にしすぎなくらい理性的なのに、タガが外れたら途端に手がつけられないんだから』
『返す言葉もない……どうする、寝るとき距離取るか』
『……………それはヤダ。リベンジだって、絶対するもん』
『……いやぁ、アイには無理だと思――いませんいつか勝てるといいですね!』
か、からかうのはここまでかな。これ以上続けてたらアイの爪で腕に穴開いちゃう。
改めて、ここまでのお付き合いありがとうございます。
次回の更新は『墜星』になります、もしお時間あれば覗いてくださるとうれしいです。