昇星は光路にて再会する   作:はくとう

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メジロアルダン

ナツメさんと別れてから5年が経った、ある春の日。

 

窓から射しこむ陽光のなか、瞼越しの朝日に目が覚める。実家からも屋敷からも離れた、郊外にひっそりと存在する私の工房(アトリエ)

少々手狭に感じる空間が今の私にはちょうど良い、ベッドもあるしシャワールームだって付いている。勿論、今までに居た環境とは比べるべくもない簡素な家具や設備だけれど。

 

私が独りで生活するなら、これくらいで構わない。僅かに腰の痛みを感じるようになったベッドも、お湯が出るまで少し時間のかかるシャワーも、たまに火が消えてしまうガスコンロも。

絵画の制作に没頭できるなら、他のすべては些細なコト。

 

顔を洗って朝食を簡単に済ませたら、あとは着替えてキャンバスに向かうだけ――と思ったところで、恥ずかしいことを思い出した。

 

「……そういえば、昨日お風呂に入ってない」

 

昨晩はかなり集中できたのが(あだ)となり、気力を使い果たしてから面倒な入浴――と言ってもシャワーを浴びるだけですが――をパスして、着替えるだけ着替えて寝てしまった。

試しに自分を嗅いでみる……うん、全然分からない。様々な絵具のにおいが空間に混じり過ぎて、しかもそれに慣れてしまったものだからうまく嗅ぎ分けられない。

 

「――まあ、今日は来客の予定もないワケですから」

 

大丈夫でしょう、ダイジョウブ。たまにばあやが様子を覗きに来たり、親族やメジロの皆さんが訪ねてくることはありますが、大体は事前に連絡があります。

過ごしやすい季節になり、寝汗などもかいていませんし。

それに、もし仮に何かのアクシデントで誰かがやってきても、この顔料のにおいが充満するアトリエの中で私のにおいを捉えられるとはとても――

 

 

 

 

 

 

――――フ ロ は い り な さ い

 

 

 

「はいっ!」

 

び……ビックリした。たまに聞こえる第六感(ナツメさん)の囁きが、こんなトコロで飛んでくるとは思わなかった。しかも……こんな不精なシーンを見守られていたなんて!

彼の声が聞こえるのは嬉しいし、今日一日は間違いなく上機嫌で過ごせるだろうけれど! 

 

 

 

「はぁ……あっ、そうだ。ナツメさん、私はちゃんとシャワーを浴びますから――覗いては、()()ですよ♪」

 

 

 

 

 

沈黙。狭い空間に行き場のない独り言が漂うだけ。

 

最悪過ぎませんか? お返事くらいしてくれてもいいじゃないですか。

 

 

 

 

 

――――あ と シ ャ ン プ ー 無 く な『きゃあああぁぁぁ!?』

 

覗いてはいけないと言ったのに! やっぱりナツメさんは乙女心落第ですっ!!!

しかも『シャンプー無くなりそう』!? 絶対に必要ない囁きですし、自分でなんとかできますから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツメさんに入浴を覗かれるという事件はありながらも、私はやはり上機嫌だ。前向きになれる程の希望が無い今の私にとって、幻聴でも彼の声が聞こえることだけが生きる意味になる。

髪と尻尾を乾かす際中も鏡に映る口角は上がっていて、我ながら『退廃(アウト)ですね』とは思いながらも彼の(かす)かな感覚を求めてしまう。愛しの人の証跡が私の中に遺っていれば、私が彼の永遠も刻んでいけるから。

 

「よし……始めましょう」

 

制作のために、着慣れた白いシャツと少し色落ちしたデニムに着替える。いくつも絵具跡がついたエプロンの紐を結び、髪も手早く編み上げた。

 

今日はいい日だから、もしかしたら私の描く絵に()()()『明るさ』が宿るかもしれない。

今までにいくつかの絵画を発表し、それなりに評価を得ているものの……半()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『とくにこだわりが感じられる光の表現』

『全体的に明るい色調と正確な構図、丁寧な筆遣いも柔らかく見事。それなのに、心に爪を立てられるような悲壮を感じる』

『光の描き方しゅごい』

『明るさに満ちた題材(テーマ)とは相反する、取り込まれそうになる虚しさ。希望を謳うかのような絵にこれほどの絶望を滲ませるのは、学んで身に付く技巧よりも遥かに魅力的な異彩!』

 

うん……なんというか温度差がすごい。

別に構わないのですが。称賛を受けるために描いているワケではないので。

 

ただ、いつも通りまわる世界で心を誤魔化しながら生きるために。

 

 

 

……閑話休題(それはともかく)、今日は芯から明るい絵が描けるかもしれない、という話。

なんせ、ナツメさんの声が二度も聞こえた。今の私には久しく感じなかった高揚がある、きっと良い一日になるだろうという予感も。

 

「ふふ……でも、浮かれるのはほどほどに」

 

『期待』はしないように、自戒とともに絵筆をとった。

 

 

 

――まあ、鼻歌くらいは……セーフということで♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、私はメジロとしての愛想笑いを浮かべて、虚ろな倦怠を表に出さないよう()()()()()をしていた。制作用のエプロンも外さず、急な訪問への応対。

アポなしですか、そうですか。鼻歌? 良い一日? なんでしたっけそれ。

 

私のアトリエに無遠慮に上がり込んできたのは、名の知れた高級仕立て屋(テーラー)のスーツに身を包む……『評論家』だったと思う。

記憶の隅に引っかかる限りでは、業界内でそれなりに発言力があり、同時に独特の感性でモノを言う方。著名な画家の作品よりかは、本流から外れた絵画に関心を寄せていたハズ。

 

まあ……総括して『招かれざる客』で片付くお話ですけれど。私は逃避として絵を描いているだけで、特別な評価は求めていません。

だから、どれほど偉ぶられても、言葉を並べられても、私の冷たく虚しい心は動きません。

 

 

 

『キミの絵には、素晴らしいモノが秘められている! 数多の絵画と画家に出会ってきたが、その若さでこれほど深い暗黒を表現できるのは稀有な才だ! 題材の全てが温かく穏やかで、普遍的であるにもかかわらず……それらを寒々しく思わせる絶望が滲んでいる!』

 

 

 

高級車ほどの値段がする腕時計を振るわせながら熱弁されるたびに、私の心の温度は下がっていく。

なるほど、絵を見る目は確かなのでしょう。ですが、話し相手の感情には疎いようで……いえ、私が取り繕い慣れているのもあるかもしれません。

 

ともかく、この方は何が仰りたいのか。かれこれ数十分、こうしてお褒め――かどうか微妙なライン――の言葉を頂いている。

いい加減、瞳に浮かべる愛想が剥がれ落ちてしまいそう。なにも映さない、ただ世界を反射するだけの伽藍堂(がらんどう)の双眸をこの方に向けるまで、間もない。

 

……こちらから本題を伺うべきですかね。

 

 

 

「ありがとうございます。ご講評、痛み入ります……それで、ご用件のほどは」

 

『うむ、私はキミの作品を素晴らしく思う! そこでだ、是非ともキミの活動を支援させてほしい!』

 

「ええと……支援、ですか」

 

 

予想だにしない言葉に、一瞬戸惑いが表に出てしまった。私はこれでもメジロのウマ娘、他者より幾分か恵まれた環境に身を置いていることを自覚している。

仮にこの手狭なアトリエを見たとて、生活に困窮していると思い込むほど豊かな想像力をお持ちなのか。それとも、何か別の意図が――

 

 

 

 

 

『活動の支援――具体的に言えば、私はキミの抱える絶望(かげ)をより深くする援助がしたい!

 

 

 

――この評論家は、何と言った?

 

私の胸の奥に巣食う、この空虚な絶望を――深めたいと? どういった理論で?

 

 

 

『キミの絶望が深いほど、キミが描く光に滲む影ももっと魅力的になる! 色彩鮮やかで温かな闇を描く画家として、キミはさらに素晴らしい表現を手にする! 今までに築き上げられてきた悲劇的な作品や、歴史上に生まれてしまった凄惨な負の遺産……欲しいものや見たい場所があるなら出来る限り融通しようとも! 闇に触れ、影を深め、不幸を識るほどにキミはきっとキミだけの絶望(ひかり)を描けるさ!』

 

 

 

――はァ、そうですか。確かに、今目の前に在る『黒い狂気(あなた)』を見ていたら、私の絵も変わりそうな気がしますね。

 

上機嫌にペラペラとよく喋る……ですが、お陰様で意図は理解しました。

私の精神がマトモだとは思いませんが、この評論家の熱狂も正当ではないでしょう。互いにズレているこの状況で、比較的正しいのはどちらなのか。

 

 

 

あえて迷ってみることにする。

もしかしたら、ここに居ない『第三者の囁き』がまた聞こえるかもしれない。私の選択に際して気まぐれに現れる、私のための第六感に触れられるかもしれない。

『もっと世界に絶望し、不幸になれ』と宣う人間の手を、果たして私は取るべきか否か。もしナツメさんがこの状況を見守っているのなら、悩んでみせる私に声をくれるかもしれない。

 

 

 

…………ふふ。一日に三度は、流石に欲しがりすぎたでしょうか。

 

 

 

残念ながら、『第六感』には何の声も届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……すんませーん、メジロアルダンさんご在宅ですか?』

 

けれど、私の『聴覚』には()()()()()が聞こえる。玄関の方から、ノックとともに。

私の名を呼ぶ口も、扉を叩く手も、今は持っていないハズの彼。

 

 

 

アレ……気配はしてンだけどな。表に誰のか知らんクルマも停まってるし……

 

あり得ない、あり得ない、幻聴以外に聞こえるワケがない。もはや彼を感じられるのは、遺された第六感だけなのに。

アタマは白紙になって、ココロは痛覚以外を久しく思い出す。

 

 

 

『おっ、メジロのばあちゃん……え、開けろって? あぁ、カギかかってない……けど入っていいのコレ』

 

どれほどナツメさんの囁きが聞こえても、どれほど良い巡りがあろうとも、()()()()()()()()()()()()がひとつある。

この5年間、私は私を続けていく為に、心から『()()()()()()()だけは絶対に。だって、もしもう一度私の『期待』が砕け散ったとしたら――今度こそ完全に暗路の淵へ身を投げてしまうから。

 

それなのに、この胸の奥で期待に駆け出す心を止められない。

裏切られれば次は耐えられないと理解していても、燃え尽き墜ちた最愛の人に触れたいと鼓動が逸る。

 

 

 

この扉の先に待つ人が虚しい影であるならば、きっと私は飛び込んでそのまま墜ちていく。

もうそれでいい……貴方の居ない光の中は(くら)すぎるの。

 

 

 

 

 

「じゃあ、失礼しま……っとぉ!? あぶねーセーフ……急に飛び出したらケガするぞ――アルダン」

 

私を受け止める、5年越しの感触。

鼓動も、体温も、声も、何もかもが私の期待するもので。

 

そして何より、灰色の瞳の奥底で、もう燃え尽きないと言わんばかりの炎を見つけた時――

 

 

 

「――あぁ、思えば泣かせてばっかりだったかもな。待たせてごめん」

 

「……次に()()()()()になる時は、私も共に参りますからね」

 

「うっ、怖い脅しだ……分かったよ。一生分の時間を一緒に歩いた遥か先で墜ちる時……遠い未来に約束する」

 

 

 

――二度と放したくない、二度と離れたくないナツメさんに強く抱かれて……私に刺さった期待の欠片は、ようやく抜け落ちた。

 

これから待つ永く遠い道を、共に墜ちるその日まで、『生きていきたい』と心から想える。

ようやく、本当に――連星になれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、ご忠告通りシャワーを浴びていて本当によかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腕の中で静かに泣く最愛(アルダン)

画家をやっているという事前情報と噛み合う、シャツにデニムのラフな服装と制作用エプロン。高く結ばれた透き通るような髪も、現役時代には見慣れない雰囲気だ。

 

そして何より、絵具のにおいを強く感じるこの工房(アトリエ)――の奥に男が居るーーーっ!!!

ビックリしたぁ、めっちゃガン飛ばしてくるし!

 

 

 

『誰か知らないが、私は大事な話をしていたのだ……画家メジロアルダンの未来を決める、キミのような人間には分からない話さ! 彼女を離して、今日のところはお引き取り願いたい!』

 

良さげなスーツの男は、察するにアルダンの仕事相手かなんかっぽい。良かった、彼氏とかだとしたらちょいこじれるトコだった。

さぁて? アルダンの仕事に支障が出ないよう、できる限り穏便に解決『お引き取り願うのは、貴方ですよ』――っと。

 

俺の後ろから、アトリエに一歩踏み入ったのはメジロの婆様(ばあちゃん)。冷徹に威厳を示す声で、この場を締める。

ふむ、なら俺はアルダンを抱いたまま頭ポンポンしてりゃいいか。俺のせいでボロボロなまま、ここまで頑張ってきてくれた彼女が最優先だ。

 

『メジロアルダンを訪ねる際は、(メジロ)を先に通すよう周知しています。そして貴方は既に二度、接触をお断りしている。不安定であったこの()と話すには不適格であると、私が判断したからです』

 

僅かにアルダンの耳が震え、『知りませんでした……』と声を漏らす。なるほど、メジロのばあちゃんも気にかけてくれてたのか……いよいよ頭が上がんないかもな。

 

退散を命じられた彼は、それでも強弁で食い下がる。

やれ『メジロアルダンの作品のため』だ、『この絶望の描き方は彼女にしかできない』だ、正直言って――彼の言葉通り――俺にはよく分からない話が続く。

ただなんとなく、その言説には納得しがたい理論が漂っていることだけは理解できていた。

 

なんか……ちょっと腹立つこと言ってないか。

 

 

 

「ねぇアルダン、これって言い返していいヤツ?」

 

「……ん、いいですよ。本来は私がお返事するべきでしょうけれど……」

 

「大丈夫、任せて。今は腕の中で休んでてほしい」

 

「――……ふふ、はい♪」

 

 

 

「ばあちゃん、俺が代わるよ。早いトコ二人でゆっくり話したいし、ゴメンだけど追い出す」

 

『……ほほう、芸術も知らぬような若者が? 私の言葉の正しさ、彼女の作品の価値、それらを本当に理解できているのか?』

 

「はは、残念ながらぜーんぜん。ただ申し訳ないことに、俺からしたら『アルダンを不幸にしたい』としか聞こえないんスよね」

 

『そう言っているのだ、画家としての幸福のために……彼女はより深く絶望し、不幸になるべきだ! それが最も作品を輝かせ、幸せになれる()()な選択だよ!』

 

「そんな屁理屈を認めちゃ、俺が居る意味が無いんでね……安心してください、アルダンの幸福は俺が一緒に作っていきます――この()の人生の()()()として」

 

視線の先で、男は失笑する。おいおい、無茶苦茶な理論はお互い様じゃないか。

だから、これ以上に意見がブツかるのなら……次の手札を出し合わないと。

 

 

 

「笑うのは結構です。ただ、アルダンの幸せのために、アルダンを不幸にしたいって言うなら――

 

 

――相手になるんで、()()()()()()()()()()くださいね」

 

 

 

俺はメジロアルダンの幸せに、竜胆ナツメの全部を懸ける。

評論家サマはどうだ、同じ舞台に上がってきてくれるか?

その目に、俺と同じ覚悟(モノ)を灯して見せてくれ。俺が今、アンタに見せているように。

 

それができないなら、残念だけど今日のところは――帰ってくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名家に産まれ、三冠をはじめ多くの冠を獲り、画家として特集が組まれるほどには成功しているアルダンにしては、少々手狭に感じなくもないアトリエ。

画材や絵具跡が散らばった、彼女の生活拠点。その部屋の片隅に押し込まれた、簡素なシングルベッドに並んで腰掛けているのが現在の状況だ。

 

招かれざる来客は退散し、メジロのばあちゃんも屋敷へと帰った。

 

 

落ち着きを取り戻したアルダン――尻尾はガッチリと俺の腰に巻き付いてるが――と、ようやくゆっくり話せる時間……まずは『打ち明ける』ことから始まる。

 

事故、後遺症、余命。そしてアルダンと別れてからの、この5年の空白期間。

戻ってこれるとは思わなかったし、なぜ俺の道が続いているかは謎だ。でも、こうして再び言葉を交わす機会を得た。

ならば、しっかりと()()()()べきだと思う。メジロのばあちゃんが特別に気にかけるほどには、彼女の心に闇を抱えさせてしまった。

 

 

 

「……だから、今までゴメ――――ん……?」

 

 

俺の誠意は、途中で止まった。話を聞いてくれる態勢だったはずのアルダンは、俺の唇に人差し指をあてる。

 

 

「――謝ってほしくないです。ナツメさんもまた、私の知らぬ場所で苦しみと戦っていた。それを責める道理は、持ち合わせていません……貴方の5年は罪ではないのですから、謝罪をしないでください。存在しない罪の赦し方なんて、私は知りませんよ」

 

アルダンは懐かしい柔らかさの微笑みで、指を離した。

 

……これは、困ったな。まずはこの話から始めないとって思ってたから、怒られも恨まれもしないのは……据わりが悪いっていうか。

アルダンの気遣いは嬉しい。けれど、それはそれとして彼女が苦しんだ時間の責任は取らなければならないという気持ちがある。

 

「苦いお顔……ナツメさんの優しさは、私にばかり向いていますね。それを少しだけご自分に向けて、笑って欲しいです。折角、こうして再会できたのなら――私の大好きな温かい貴方と、()()()()をしたい」

 

「――……そっか、そういうことなら……うん、分かった。反省会はここまでにする」

 

アルダンの心には深い傷がついている。それでも、傷より何より今と未来を見ようとしていた。

だったら、俺がするべきは『過去に頭を下げる』ことではなく『今したい話をする』べきなのかもしれない。

 

「はい、そうしてください♪ では、その罪悪感をおしまいしていただいたところで――……そろそろ甘えても、いいですか?」

 

「勿論! さぁどうぞ、今の俺にできることならなんでも!」

 

隣で座るアルダンに、パッと手を広げて見せる。きっと俺はまだ少し硬い笑顔を浮かべていて、彼女も抱えてきた傷をなかったことにできるワケじゃない。

それでもこの時間は、過去ではなく今と未来を。

 

5年の孤独を埋めるのは、『謝罪の言葉』よりも『遠慮のない抱擁』が最適みたいだ。

何の因果か、俺の鼓動はこの場所にあって、アルダンの鼓動もまた、途絶えさせること無くここまで繋いでくれている。

 

「……ナツメさん、今は何を感じています?」

 

「え? そうだな……『心拍が少し早いな』とか『体温が上がってるな』とか」

 

「それだけ……?」

 

「うーん……えっと、『筋肉量落ちたな』……?」

 

「――私、魅力ないですか」

 

「いろいろ柔らかくてドキドキしまァす!!!」

 

そういうコト!?

 

「良かったです、もう少しで立ち直れなくなるかと……でも、まだちょっと物足りない気もしますよ……? もっと満たしてほしいです」

 

「物足りない!? もっと!? えー、あー……」

 

どういうコト!?

 

「スゥ……ヒント、もらってもいい?」

 

「……一回だけですからね」

 

 

 

互いの拍動を押し付けるような抱擁を離れ、少し頬を膨らませたアルダンの顔が目の前に在る。

そして彼女は、僅かに色を帯びた紫水晶(アメジスト)の瞳を、ゆっくりと閉じた。

 

 

 

 

――こういうコトか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん――……あの、ナツメさん……」

 

「どうしたの」

 

「大変申し上げにくいのですが……私は、愛を囁いていただければ、それでよかったのですが……」

 

「ホアッ」

 

――間違えたっぽい。意識を注ぐべきは唇ではなく、耳だった……恥ずかしい、めっちゃ先走ったじゃん。『最適解』の名が泣いてるわ。

 

「も、勿論その、口づけを頂けるのはとても嬉しいです! それに、私が浮かれて曖昧な物言いをしたのが原因なので――……ふ、ふふっ……お顔を、真っ赤にする必要は……ふふふ、ンンっ……んふふふふ」

 

「消えたい……ハズすぎる」

 

「ふふふ……はぁ、すみません……あまりに見慣れない、愛らしい照れ姿でしたから。もう笑わないので、冗談でも『消えたい』と仰るのはご容赦ください」

 

「確かに、うん言わない。あー恥ずかしかった……さて、それじゃ再トライしてもいい?」

 

「……いえ、ダメです」

 

「ダメなん!?」

 

「ナツメさん、何か企んだ瞳をしています。貴方のことですから、愛を囁くだけにとどまらず私に仕返しをして、イーブンに持ち込むつもりですね?」

 

「――バレとる」

 

ピンと立った耳を手で押さえて、イタズラっぽく舌を出すアルダン。なるほど、『聞きませーん』ってことね……ちくしょう可愛い。

 

 

 

……ん? けどさ、それ逆にノーガードじゃないの? 両手を頭に持って行って、耳以外がガラ空きですが。

 

 

 

 

なんの抵抗もなく、()()()()()()()()()()()()()()ことができましたけど。

 

「ッ!? ナ、ナツメさん……?」

 

目を白黒させながらも、依然としてアルダンは自分の耳を塞いだまま。仕方ない、ゴリ押そう。

『彼女を満たす』最適解を読み違え、間違えた回答(キス)をしてしまったけど。結果的に『満たす』ことさえできれば……不正解もギリ正解ってことになるかもしれない。

 

いやー、完全にズルだな。申し訳ねぇ〜。

何回間違えたら、アルダンは正解にしてくれるかなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

ん、はぁ……――こ、これ以上は……もう、大丈夫ですっ……! ナツメさんの愛情は、大変よく分かりました……まさか、こんな強硬策を取られるとは……」

 

「ね〜、俺らしくないね。ゴメンな? スマートにできなくて……こういうゴリ押しは良くないよな〜」

 

「――……いえ、その……驚きこそしましたが、良くないワケではないかと」

 

「そう? それなら安心した!」

 

「ただ、腰を抱くのはおやめください……私には刺激が強すぎます」

 

「……マジか。アルダンも尻尾でギュッてしてくれるから、てっきり好きなのかと思っ……あ、無自覚? 顔がどんどん赤く……え〜可愛いな、もっとよく見せて」

 

「し、知りませんっ! 尻尾は結んで引っ込めますから、もうダメ――――ダメ、ですって……」

 

今度はこっちが『聞きません』ってことで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再会から数日後、俺とアルダンはメジロのお屋敷にいた。

ばあちゃんからの呼び出しを受けて、たった今話し終わり部屋を出たところ。

 

「ふぅ、メジロのばあちゃんは相変わらず威厳あるなぁ」

 

「ふふ、本当にそう思っていますか? 今までのお客様の中で、ナツメさんほど自然体で話す方は記憶にないですが」

 

「んー、そうかな……もしかしたら、もう『お客さん』じゃなくて『身内』になったからかもね?」

 

「――……なるほど♪」

 

まぁ身内と言っても、今の俺はあくまでアルダンの『婚約者(フィアンセ)』であり、籍を入れるのはまだ先の話。

つい先ほどその話をしてきたばかりで、実はアルダンたっての希望でもある。

 

『僭越ながらお婆様……その、夫婦になる前に――恋人期間があってもよいと思うのですっ』

 

5年前から直々に呼び出して勧誘する程度には、竜胆ナツメをさっさと引き込みたいばあちゃんを前に、アルダンはそう熱弁した。

流石にそんな場所から第三の意見が飛んでくるとは思わなかったのか、少し言葉を選ぶ時間があったけど。

 

見間違いでなければ、メジロのばあちゃんは僅かに口の端を緩めていた。

 

「さて、それじゃ俺は『アルダンの恋人』兼『メジロのトレーナー』として頑張りますか」

 

「……ナツメさん。ワガママを重ねるようで恐縮ですが、できればその……私より熱心にメジロの()を見るのは……」

 

「勿論、俺の熱を捧げるのは唯一愛してるアルダンだけだぞ! だからワガママでもなんでも我慢しないで求めてくれ、俺はそのために居るんだからな!」

 

「――――へー、ふ~ん……なんでもですか?」

 

「え? うん、なんでも……いや待って掛かってるなアルダン落ち着いて」

 

「イ・ヤ・です♪ そうと決まれば、私のアトリエまで行きましょうね? 恋人としての甲斐性を期待してますから♡」

 

「わァ……オッケーっす。欲しがりお嬢サマのどんなワガママも、竜胆ナツメが誠意を込めてご対応します」

 

5年の孤独は、きっとすぐには埋まらない。でも大丈夫だ、今の俺たちには、末永い時間がある。

上機嫌に『掛かり』の文字を浮かべるアルダンに腕を取られながら、これから何度も世話になるだろう屋敷の廊下を一緒に。

 

 

 

 

 

竜胆ナツメはメジロアルダンとともに、光の中をふたり歩く。

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
メジロアルダン編は完結しました。




評価、感想、お気に入り登録、当然ながらご閲覧含め。
めちゃ嬉しいです。悦。

改めて、ここまでお読みいただきありがとうございました。
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