昇星は光路にて再会する   作:はくとう

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キングヘイロー

ナツメさんと最後に会った日から5年が経ったある春の日。その日の朝は少し妙だった。簡単な朝食――なかなか上達したほう――を済ませて出勤の準備中、唐突に「第六感」が囁いた。

 

――みどりのリボン

 

「……はぁ?みどりのリボン?」

 

私以外に誰もいない部屋なのに、思わずキョロキョロと辺りを見回してしまう。仕事の時にこの感覚を感じることはあるが、単なる日課にすぎない「今日のワンポイント選び」を囁かれるとは思いもしなかった。

正直少しだけ気持ち悪いわ、ナツメさん。好みがあるなら直接言いに来なさいよ。

 

「うーん、まあいいけど」

 

第六感のおっしゃる通り、シックな緑のリボンを手に取る。そういえば、もう少し幼いデザインのものは学生時代によく身につけていた。その時は髪の一束をワンサイドアップにしてたはず。

 

「さすがに昔みたいにはできないわね……」

 

一応、学生時代のように髪をとってみる。そのまま鏡を見て、恥ずかしくなってやめた。

手入れは怠っていない腰まで伸びた髪を、うなじのあたりで緑のリボンを使って少しルーズに纏める。ここで髪型まで囁かれたら無視してやろうと思ったけれど、そこまでの指定は無いようでよかった。

姿見の前に立ち、全身をチェック。ドレープ感のある白のシルクブラウスとワンポイントに揃えた緑のリボンタイ、ライトグレーなタイトスカートにタイツ。一応ショート丈の軽いコートも持っていくことにする。

 

「いつから今日のラッキーアイテムまで教えてくれるようになったのよ」

 

独りごちるものの返事はない。ちょっと期待したのに。

 

 

 

 

ちょっとナツメさん!?緑のリボンがラッキーアイテムなんじゃないの!?トラブルまみれじゃない!

 

終業時刻を目前にして、私はデスクに撃沈していた。ゴンと天板に額をあてて、細く長く溜め息が漏れ落ちる。周りも声を掛けていいものか困惑する様子。普段ならこんな姿、決して他人に見せたりしないけれど、今日だけは許してほしい。

 

出社して早々、進行中の仕事の何件かが唐突な仕様変更。事務所内で使っているデザインソフトがエラー落ち。ワガママクライアントの思いつき追加注文。学生時代が頭をよぎるくらい、今日は右に左に走り回った。こんな日はさっさと帰ってお風呂でのんびりするに限る。幸い明日はお休みだし、帰り道で書店だけ寄るのもアリね……。

 

「お、キングさんお疲れ様〜。今日はお互い大変だったよねえ?今晩空いてるなら、俺いい店知ってるからどう?」

 

「ああすみません、先約あるんで。今日はお疲れ様でした」

 

「あはは、ツレないねえ。もし予定がキャンセルとかなったら、いつでも連絡してよ〜」

 

「はあ……そうですね、その時は」

 

先輩の安い誘いを回避しつつ、ダル重い体に鞭を打って、なんとか帰り支度を終える。本当はまだゆっくりしたいけど、先約という言い訳を使った以上はこの場に残っていられない。ぞろぞろと退勤していく仕事仲間に続いて、私もデスクを離れた。

忙しすぎて確認できていなかったスマホの通知に目を落としながら、事務所の正面玄関まで感覚で歩く。

 

「お母さまからメッセージ……?」

 

その時の私は、お母さまから「今日の夜は空いているの?」と夕食の誘いが届いていたことに気を取られて、事務所の受付あたりがやけにざわついているのにまったく気付かなかった。

なぜか立ち止まっている同僚にぶつかりそうになって、あわやスマホを取り落とすところで、ようやく道をふさぐ人だかりを認識する。

その向こうで何が起こっているのかは知らない。それよりもお母さまへの返信と疲れた身体のために、裏口から出ようと身を翻して……

 

「あ、緑のリボンがチラっと見えた」

 

人だかりの向こうから聞こえてきた声で、今度はしっかりとスマホを落とした。

 

 

――ナツメさんなの?

 

 

信じたい気持ちと信じられない気持ちがごちゃ混ぜになって、思わず動けなくなる。

「ごめん、ちょっと通してくれます?」と近づいてくる声は、思い出の中にずっと響き続けていたモノで。

「竜胆トレーナーだ、うわ懐かし……」と声を潜めた同僚が口にした名前は、再会をずっと焦がれていた人のモノで。

振り向いたそこにあったのは、相変わらずトレーナーらしくないラフな格好で、もう会えるはずのない赤いメッシュの黒髪と灰色の瞳を持つ彼そのもので。

 

「キング。お仕事お疲れさん」

 

私は。私は――もうどこにも行ってほしくないナツメさんを抱き

 

……」

 

抱きしめる前に意識を失った。

 

あぶねっ!セーフ……あれ、キング?おーい……

 

 

 

 

 

 

「ぅ~ん――?」

 

瞼越しの明かりの感覚と、後頭部の馴染みない感触に目を覚ます。

覚醒したばかりのぼやけた視界に映るのは……私を見下ろす優しい光を湛えた灰色の瞳と、前髪と毛先を赤く染めた黒髪の青年。

理性がその人影に名前を当てはめた時、せっかくはっきりしつつあった眼は、熱を帯びてまた滲んでいく。

 

「おはよキング」

 

返事は……しない。きっと倒れる前に支えてくれたことも、膝を貸してくれているお礼も、5年前に私に絶望の淵を教えた恨み言も、結局色褪せぬまま残り続けた愛情も、こうして目の前に居る理由も、今はいい。

身体を起こして、重力に従い頬を伝う涙を、拭わずにただナツメさんに腕を伸ばす。首に手を回し、夢でも妄想でもない存在を抱く。

 

「おっ、と……そうか」

 

少し遅れて、ようやく彼も私の背に腕を回す。

責められるとでも思ったの?おバカね……硬いけど、温かくて、ちゃんと拍動しているあなたを感じることができるなら、それ以外はもういいのよ。

どうせ言葉なんて出て来やしないわ。諦めてた温もりがこんなに近くにあるせいで、喉が震えて仕方がないんだから。

だから、精々交わせるのは一言だけ。

 

「ただいま、キング」

 

ええ……!おかえりなさい、ナツメさん……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キングと抱き合って俺は、自分で傷つけた愛するヒトが落ち着くのを待った。

 

――その間に、無遠慮にブッ刺さる数々の視線を感じながら。

 

ここはキングの職場であるデザイナー事務所の正面玄関の脇、テーブルや自販機が備えてある待合スペースのソファ。周囲には空気を読んで沈黙に徹しているデザイナーの方々と、俺の背にはキングのお母様。

 

「……えっ」

 

あ、キングが気付いた。俺の腕の中から、恐る恐る辺りを見回し、多分お母さまと目が合った。

 

「キング。気は済んだかしら」

 

「――ハイ」

 

押し付けられたキングの胸から、スパートをかける心臓の拍動が伝わる。ゆっくりと身体を離してソファの上で姿勢を正すキング……ここは俺が謝罪しつつ場を納めないとな。

このままにしておけばきっとキングが頭を下げるだろうから、その前に彼女の持ち物であるショート丈のコートと、幸い画面に傷の入っていない彼女のスマホを持たせる。

それらを抱えるお姫さま(キング)を、俺がさらに抱き上げた。

 

「ちょ、え」

 

「すみません皆さん、どうもお騒がせしました。このお詫びはまた後日……では、俺とキングはこれで失礼します。お義母さんも、行きましょうか」

 

「まだあなたにお義母さんと呼ばれる筋合いはありませんが。皆さん、いつも娘がお世話になっております。本日はお騒がせいたしました」

 

「お母さまも!?ナツメさん待って、降ろしなさい……もう!あなたまだそんなに力強いの!?」

 

「ほら靴危ないから暴れない」

 

 

 

十数分後、俺はキングのお母様が抑えてくれた料亭の個室で、キングに俺のこれまでを話す機会を作ってもらった。洗練された老舗のお座敷でキングと対面する。

キングは背を正して、俺の話を聞き届ける姿勢を取ってくれた。それに応えるため、そして最後に今の竜胆ナツメを判じてもらうため、打ち明けられるすべてを説明する。

 

事故、後遺症、余命。それから、死を迎えたあとのこと。

故に、俺は頭を下げた。俺の死を知ってキングの生活が変わってしまったことを聞いていたから。こうして謝罪する機会を得たから、この筋は通すべきだと思った。

 

そんなことどうでもいいわ

 

一蹴された。キングは据わった目で続ける。

 

「このキングを甘く見ないでちょうだい。私は今の生活を私が選んだの、別の場所で戦ってたあなたが勝手に責任を感じないで」

 

思わず面食らってしまった。再び目が覚めてからずっと「謝らないと」と思い続けてきた俺は、キングという存在を見くびっていたんだ。年下の女の子は、光の中で歩む時間を経て、ひとりの女性として成長していた。

キングは笑う、口の端をゆるめる優しい笑みで。俺の罪悪感を見透かして「まだ子供ね」とでも言うかのように。

 

「はあ……悔しいな〜、あのお転婆お嬢さまがこんな立派な女性になるのを見逃したんだな」

 

「おーっほっほっほっ!ええそうよ、精々悔しがりなさい!」

 

「すげえ!まだできるのかその高笑い!」

 

「ふふん、キングといえばコレでしょう?まあナツメさんが居なくなってからは、ほとんどやってないけれど。正直今のは少し無理したわ……ん゛ん゛っ

 

「無理してまでやらなくていいから。……あ、ご飯来た。わ~豪勢な和食!お義母さんに改めてお礼言わないとな」

 

「ええ、お母さまの気遣いに感謝……ってそうよ!あなたどうしてお母さまと一緒にいたの!?このキングを放っておいて、なんで先に連絡するのが親なのよ!」

 

「なんでもなにも……まずは娘さんに今更ながら会いたいですって話通しとくのが筋かな〜って。キングがどこで何してるかも教えてもらわないといけないし」

 

「嘘ね。私の事ならあなたのお母様がご存知のはず。本当は?」

 

「はいすみません。チキりました、もし彼氏いたらどうしよとか思って情報収集しました」

 

「いるわけないでしょ!!!今のが一番アタマにきたわ!」

 

マジメな話から一瞬で「あの頃のトレーナー室」の空気感に切り替わる。キングがもういいと言ったのなら、湿っぽい雰囲気は必要ない。ただの竜胆ナツメとキングヘイローとしての時間を過ごす。

 

 

 

それから、俺たちは抜け落ちた時間を埋めるために沢山の話をした。その多くは3年間の中で共有した明るい思い出で、後半になると少しアルコールの入ったキングがデザイナーとしての日々を愚痴交じりで吐き出す。やれ「母親の背中が遠すぎる」だの「鬱陶しい食事の誘いが多い」だの、現状に対するささやかな鬱憤をシラフの俺があやす時間が続いた。

やがて、赤らんだ顔で饒舌に語っていたキングは落ち着き、静かなあくびを手で覆い隠す。時計の針が日を跨ぐのはまだ遠いが、俺に会ってぶっ倒れるくらいには今日の激務が効いているらしい。無理はさせられない、そろそろお開きにしたほうがいいだろう。

 

「キングちゃんはオネムみたいだし、今日は解散しようぜ。病気から戻ってきた俺のせいでキングが病気になったら笑えない」

 

「キングちゃん言わないで。う〜ん……それはそうかもしれないけど……」

 

「渋るなぁ。それじゃ俺から一つ話したいこと話して、それでキリよくおしまいでどうだ?」

 

「ナツメさんの言いたいこと……ええ、聞かせてちょうだい。このキングを満足させたら、今日のところはお開きにしてあげる」

 

「ハードル上げてくれちゃってもう、しょうがねぇなー」

 

ワザとらしい咳払いを一つ、ゆっくり席を立つ。そして、机を挟んで対面で形のいい眉をひそめるキングの隣へと座りなおした。唐突な俺の席替えに対して怪訝な目を向けるあたり、彼女は俺の話したいことに見当がつかないらしい。

まあそのほうが俺にとって都合がいい。さっきからもう俺の心臓がズキュンドキュン走り出してヤバい、この緊張がバレたらカッコつかないからな。

 

「なんでコッチ来たの?」

 

「ん~、大事なことだから。俺のこれからの話をちゃんとしとこうと思ってさ……ああいや姿勢正さなくていい」

 

「そういう訳にもいかないでしょ。はーーふーー……はいどうぞ」

 

俺の隣、目の前で居住まいを正すキングに見上げられる。そんなに整った顔で見つめないでほしい、心臓が出ちゃうかもしれない。

出さなきゃいけないのは俺の内側、心だ。

 

 

 

「なんでか拾った命、俺はキングに懸けたいと思ってる。前みたいに隣で一緒に走り抜けて、俺たちの存在を証明したい。前みたいにすべてを懸けることで、俺だけが見せられる景色に連れていきたい。ただ――前とは違ってこれからの肩書は恋人がいい

 

キングの柔らかな頬にゆっくり指を添えて、ただ彼女を見つめる。

静かに返事を待った。顔を背けるのならそれでもいい、まだその時じゃないということ。彼女のタイミングを大事にしたい。

長い、永い数秒。熱が巡り、赤く染まり、耳がピンと立ち、シッポが揺れる。

 

そして、潤むブラウンの瞳は静かに閉じた。

距離は縮まる。もうハナ差もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春といえど夜になれば肌寒さが通り抜けていく夜、キングの隣でまた歩ける現実を噛みしめながら彼女を送る。街灯に照らされた薄い光の中を、二人分の足音が進んでいく。

改めて今の想いを通じ合わせた男女……しかし幸せに浮かれた様子はなかった。

 

「ほんとにごめんて」

 

「おバカ。へっぽこ。力任せ。考えなし。そのくせ変に常識的」

 

「悪かったからこっち向いてくれ~」

 

キングはそっぽ向いて愚痴吐きマシーンになってしまった。これでしっかり手を繋いでいなければ、俺は本当に「嫌われた」と思ってたかもしれない。

ようするに現在進行形の照れ隠しな訳だが、要因は主にふたつある。

 

 

 

ひとつは料亭の個室にて。キングが目を閉じ唇が触れるまであと数センチというところで、キングのスマホが盛大に鳴り出した。

当然ながら二人して動きは止まり、机で振動するスマホを横目に見る。スクリーンには「お母さま」、緑と赤の受話器ボタン。偶然の着信が雰囲気を粉々にした。

 

『は……はあ~~~!ホントに、お母さまってば困っちゃ「逃げないで」ぅん!?む――ぁ――

 

まあしちゃったよね、強引に。ここ逃したらまたしばらく宙ぶらりんな関係になりそうだったから、キングがスマホに伸ばした手を押さえて。

そらもうキングは顔面着火の真っ赤っか、ついでに羞恥心にも着火、すんごい怒られた。

 

 

 

ふたつは料亭を出て帰ろうかというタイミング。キングを家に送る流れで、俺はこれからどこで生活するのか、という話になった。

帰国してからまだ数日、今は実家にいるがキングの近くで暮らしたくはある。そのほうがすぐに会えるし、彼女がマンション住みなら隣の部屋を借りたいぐらいだ。

 

『そ、それなら……このキングと一緒の部屋に住む権利をあげてもいいケド……

 

『――いや、それはちょっと……バリバリやってる女の子の一人暮らしに無職の年上男が転がり込む画がヤダ』

 

『なんで変なところで真っ当なこと言うのかしらこの彼氏さんは……!』

 

今思えば恥ずかしがり屋のキングがすんごい勇気で提案してくれたんだよな。ほんま申し訳ない、でも手に職ついてないうちは同棲するの気が引ける。

結果として、手を繋いで痴話喧嘩する構図が出来上がった。俺が悪いね。

 

 

 

多分これから先、キングとは痴話喧嘩を挟みながらも同じ時間を行く。

あーあ、幸せだ。こんな時間が続くって言うんだから、生きていてよかったと思う。

キングにもそう思ってほしい。そのために――

 

まずは、キングを支えられるよう俺もデザイナーになっちゃうか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これからこの事務所でお世話になります、竜胆ナツメです!まさかニュースになるとは思いませんでしたが、ご存じの通りキングヘイローとは同棲と婚約をしてるので、俺の顔は遠くから眺めるだけにしといてください。俺はキングのモノですし、キングは誰にも渡しません」

 

「なななナツメさん!?あなた最初の自己紹介くらいはその自意識を引っ込めなさいよ!?」

 

「「「顔赤~い、推せる~~~」」」

 

「なんなのよもうーーー!ナツメさんも混ざらない!」

 

 

 

竜胆ナツメはキングヘイローとともに、光の中をふたり歩く。






ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
キングヘイロー編は完結しました。









もし好評であれば、温泉旅行編など考えてます。書くとしても先の話にはなるかと思いますが。

改めて、ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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