あの世界では『ウマ娘歓迎』『ウマ娘お断り』みたいな施設に分かれてて、ウマ娘OKな温泉では髪も尻尾も浸けてヨシみたいなルールとかなのか。でも、新しい温泉郷シナリオのビジュアルではみんな髪は纏めてるんですよね。わからん。
どうでもいい話は置いといて、高評価への返礼としてオマケを書きました。評価等ありがとうございます。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
ダイイチルビーとの再会から1年が経った7月の夜。政界の重役たちとの会食を終えて屋敷に戻り、ルビーの待つ部屋へ早足で向かう。
今日は朝からルビーと別行動で、夕方あたりから『こちとら新婚だぞはよ帰らせろ』とずっと思いながらオッサン各位の話を聞いていた。
部屋の前に到着し、静かにノックをすれば『どうぞ』と控えめな声が帰ってくる。
壮麗な装飾の扉を開けて、ソファに凛と腰掛けるルビーを見てようやく荒んでいた心が平静を取り戻す。
恐らく次の社交場に必要な知識のため、本を読んでいたらしい彼女はパタリとページを閉じて、指輪を嵌めた左手で表紙をひと撫でしていた。
ハイネックの軽い黒ブラウス、ディープバーガンティでルビーらしい色合いのフレアなミディスカートと、それらをシックに締めるクロップド丈のアイボリーサマージャケット。アクセサリーは高いウエストの細ベルトと、左耳にルビーのピアスで軽やかに。
髪の長さやスタイルは変わらず、艶のある黒鹿毛を華麗に巻いて緻密に編み込んでいる。画になるね。
「おかえりなさいませ、ナツメさん。本日は早朝よりお疲れ様でした」
「ただいまルビー。はぁ~ホントに長かった……予定より長引いた上にまだ話したそうにしてたし」
「ナツメさんの正確無比な慧眼は、それだけの信頼をお持ちのことと存じます。方々より助言を求められるのは、何ら不可解なことではありません」
「そーかもだけど、俺が身に着ける知識やら技能の全部は『ルビーを支えるためのモノ』であって、自分に都合のいい言葉を欲しがる議員のためじゃないんです~。どうせ俺の言ったことの半分も受け取らないよ、あの人らは」
「ふふ、少々お口が悪いかと。どうぞ隣へ。なにか淹れてまいりましょうか」
「いや、今日はもう離れたくない。やっと一緒に居れる……」
「左様ですか。その……私も、本日は時間の経過がいつもより長く感じられました」
「ほんと?よかった、俺だけ寂しがってたらカッコつかないとこだった。新婚だし、やっぱ夫婦の時間は充分に取らないとダメだよな」
可愛いことを言ってくれるルビーの隣に座る。控えめに体重を預けてくる彼女の小さな頭を撫で、ようやく心からひと息つくことができた。
あぁー、愛らしいわぁ!我欲と思惑に塗れた大人たちに囲まれて陰鬱な気分だったからこそ、ルビーに触れることで湧いてくる幸福感が凄いんだから。いっその事、膝に乗せて朝まで抱っこしたい。
「ん……朝までとはいきませんが、今だけであれば構いません」
「え、声に出てたの!?ごめん……でもルビーが良いっていうならお言葉に甘えさせてもらうな。ありがと」
お許しが出たのなら遠慮はしない。ルビーの身体をひょいと持ち上げて、上等なソファに腰掛ける俺の膝の上に座らせる。彼女の気が変わっても逃げられないように、小さく愛おしい身体をしっかりホールドして、なんかこう……チャイルドシートになった気分。これは絶対に声に出さないけど。
顔こそ見えないが、ルビーの熱と重さをちゃんと感じられるから無問題。俺の目の前でピクピク揺れるお耳が可愛くて、彼女に頬ずりしてしまう。
「きゃっ……この体勢がお好きなのですか?」
「うん、好き。ルビーはそんなに好きじゃない?」
「いいえ、重くないのであれば……ナツメさんの鼓動を感じられて、私も好きです。貴方の膝の上は、私の特等席ですね」
「――ふふん。ルビー、ちょっとだけこっち向いて」
「はい?ぁ、ん――……ふふ、甘えん坊さんになりましたね。私が甘えるばかりだった現役の頃とは真逆です」
「あん時はなぁ。何がなんでもルビーを『最たるもの』にすることしか考えてなかったから。はぁ~ほんと大好き、愛してる……一日離れただけでこれはマズイか」
「そのような事はございません。平気な顔をされるより、こうして愛情表現をして頂く方が、私も……幸せです」
そのまま他愛無い会話で静かに過ぎる時間に身を任せ、今日一日離れ離れの荒んだ心が完全に癒えたところで『本題』に移る。
それは、兼ねてより話し合いを重ねている『新婚旅行』の話だ。お互いに譲れない条件があるから、いつまで経っても話が進まない……なんてことではなくて。
国の内外を問わず常に視線に晒される『華麗なる一族』の末、華々しい戦績と活動を積み続けるルビーと、特筆することのない家柄ながら顔と名前の良さ……あと能力で彼女の隣に立つ竜胆ナツメ。
ただでさえ注目に注目を重ねる夫婦の、おめでたい新婚旅行ともなれば『是非ともウチにお越しください!』という声の多いこと。
つまるところ、招待が多すぎてどうにも行き先を決めかねていた。
「今日の会食でも、何回か話題に挙がったよ。ありがたい話ではあるんだけどなぁ……」
「そうですね。お気遣いは痛み入りますが、これほど沢山のお声を頂いてしまうと……少々難儀してしまいます」
「ふむ……いっそのこと、全部無視してまったく関係ないとこ行くか」
「――……何故?」
思いつきで言ってみたが、案外アリかもしれない。折角の大切な時間、夫婦水入らずでゆっくりと過ごすのが理想ではあるが、その場所が招待されたモノであればどうしても『招待客としての振る舞い』をしてしまう。
ホストに対しての礼儀、ゲストとしての役割。そういったものを頭の片隅に置いたままでは、一族としての生活の延長線上だ。
華麗であれ、至上であれ、常に最たる輝きを。その玉条を全うするルビーは、重荷にすら思わず当然のものとして実行しているのも分かっている。
でも、新婚旅行のあいだくらいは少しだけ肩書きや視線を忘れて満喫したい。ただの一組の新婚さんとして思い出を作りたいのだ。
それらを伝え、ルビーは俺の上で暫し思案する。これはあくまで俺の思惑であり、ルビーはまた別の考えを持っているかもしれない。華麗なる一族の視点でみれば、これは機会のひとつでもある。
招待を受けることで、主催側とは大きく接近できるだろう。これを機に新たな交友関係の開拓や、すでに結んである繋がりを今まで以上に密接かつ強固なものにすることだってできるのだから。
やがて、沈黙の末にルビーが答えを出す。
♢
数週間後。俺はルビーと一緒に、数々の招待を切り捨ててお忍びで貸し切った、山奥の静かな温泉旅館に訪れていた。現役時代の3年目、福引の時の温泉旅行券に絡んだ一幕から、しばしば憧れを抱いていたらしい。可愛い。当時の俺はまったく気付いていなかった、ごめん。
湯けむりが月に照り、淡く白い帳となる。その中で湯に身を沈め、柔らかなぬくもりに包まれる。タオルを巻いたルビーも、肌を撫でる心地よい湯の感触を隣で堪能していた。
谷を望む造りの湯舟は、渓流が岩に砕ける音が聞こえてくるようで、上を見上げれば阻むもののない視界に広がる夜空に、無数の星が瞬く。
「ふぃ~、気持ちいいぃ~……若返るわぁ」
「ふふ……心地よいことには同意いたしますが、ナツメさんはもとよりお若いかと。正直に申し上げて、トレーナー時代からほとんどお変わりなく存じます」
「う~ん、確かになぁ。多分体質の関係で老化が遅いんだろうね……もう少しシブさが欲しいかもとか最近思うんだけど」
「シブさ、ですか」
「ルビーはどう思う?流石に年相応の男らしさがあった方がよくない?」
「私は、そうですね――」
ひとつ距離をつめてきて、しっとりとした肩が触れる。編み込みも巻きも解いた艶やかな髪の奥、赤らんだ頬で微笑む高貴な紫の瞳が向けられる。
「どんなナツメさんも素敵です。それに、同じ速度で歳を重ねられている実感があって、安心します」
「――……なるほどね。ルビーがそう言うなら、焦る必要はないな」
ウマ娘の老化速度は、人間と比べて遅い。一般的な男とウマ娘の夫婦であれば、同い年でも30、40、50代での外見年齢は少しずつ乖離していく。これは人間とウマ娘の種族間における、どうにもならないこと。
でも、竜胆ナツメであれば同じ歩幅で老いていける。ルビーを置いていくことなく、緩やかに皺を刻むことができるだろう。
それに安心を得られるのであれば、大人の渋さや老成した風格を今から欲しがる理由もない。自然な速度で歩いていれば、彼女の隣にふさわしいタイミングで得られるはずだ。
「……ふむ。そもそもナツメさんは充分に男性らしさを備えておられるのでは?」
「え、そうか?童顔気味だし、中性的な顔立ちだからたまにオジサマ方から変な視線がとんでくることあるけど」
「なるほど、いずれその御方には灸を据えねば。いえ、そうではなく。その…………随分と締まったお身体をされていますから」
「あぁ……あれ、ルビーさん?その指はなんですか?胸筋なぞらないで、尻尾も脚に絡んでます。落ち着いて?ここお風呂ですよ」
「……ふふ。確か、ナツメさんは膝に乗られるのがお好きでしたね」
「ダメダメ絶対ダメだから!急にどした、もしかしてのぼせた!?顔
♢
様子のおかしいルビーを回収して湯を上がり、部屋に戻って若干のぼせ気味だった彼女の熱を冷ます。温泉のぬくもりとは別に、ボクちゃんのタオル姿が血行を加速させてしまったようで。
幸いにもルビーはすぐに平常に戻り、浴衣姿の彼女とともに夕食を味わうことができた。『失態を演じてしまいました……』と引きずってはいたが。
気分転換に軽く散歩に連れ出してみても、簡単にその
女将さんの『仲睦まじいようでなによりです。どうぞ心ゆくまでお楽しみを』という意味深な微笑みも追い討ちになっている。入浴中を覗かれたワケでもないのに見抜かれとるがな。
よほど恥ずかしかったようで、『気にしないでいいよ』という言葉は最早意味をなさないだろう。なら、アプローチの方法を変えてあげようか。
隣同士のお布団で横向きに寝て、月明りのみの青白い部屋でルビーの手を取る。左薬指のリングがかち合う音が聞き取れるほどの静寂で、安らぎを与えるための言葉を紡ぐ。
「ルビー。恥ずかしがってるところ申し訳ないけど、俺はちょっと嬉しかったよ」
「……何故?」
「普段の玉条を張り巡らせたルビーなら、しないようなことをしてくれたから。俺はこの旅行で、俺にしか見せない
「ん……確かに、難しいお話です。一族として生をうけてより、試みたことのないコトですね」
「だよな。だからこそ、さっきのお風呂での一件は嬉しかった。なにもあの時ほど我を忘れろなんて言わないから、ほんの少しでも違ったルビーを独占したいなって思ってる」
「……なるほど。違った私……では、そうですね」
ルビーは少し思案の素振りを見せ、やがて『気恥ずかしさ』と『愛おしさ』を同居させた瞳で俺を見る。
「歳も変わらないことですから――旅行中は、ナツメ
――……ヤバい、それ。
高嶺にて凛と咲き続けるダイイチルビーからの、親しみと気安さを込めた呼び方。ちょっと、想定していなかった。
「あの……ナツメくん?お返事『ごめん』え、ぁ――ん、む……ど、どうされました?」
「悪い、ソレはマズい。理性が揺れる」
俺のことを『竜胆教官』『竜胆トレーナー』と呼び、渋々『ナツメさん』と呼んでくれるようになって、一緒に数々の栄光を駆け抜けてきた。引き裂かれるような別れと、叶うと思わなかった再会を経て、長い時間をかけて今……ルビーが俺を呼ぶ。
貸切の温泉旅館で薄暗い部屋の中、隣あった布団で手を取り合いながら、浴衣姿の妻が『ナツメくん』と。
「
「そ、そこまでですか。……ナツメく――んっ」
また言った。
再び言葉を待たずに唇を重ねてしまう。さっきよりも長く、深く。
「――っ、はぁ……ホントごめんルビー。それ以上呼ばれると、我慢効かなくなってくる。明日に響くからもうやめよう、てかやめてくださいお願いします」
「はぁ、ふぅ……ふふ。そのよう、ですね」
分かってくれたようで、助かった。今度は俺が失態を晒すとは。
納得した様子のルビーは、息を整えて小さく笑う。
「……堪え性のない、困ったナツメくんです」
濡れた瞳と、上気した頬で、囁くように煽るルビー。
瞬間、俺の中の大事なナニカがブツリと音を立てて切れたのが聞こえた。
――あぁ、もう知らん。俺は忠告した。
♢
「――ってカンジかな」
夜、寝室のベッドに腰掛け、膝に乗った少女の頭を撫でる。その背格好はルビーよりも小さく幼い。
「ふぅ、ただいま戻りました……おや。ナツメさんのお膝に乗って、何をお話ししていたんですか?」
「あ、
「まあ。それはそれは、私も聞いてみたかったです。トレーナー契約の時は、いろいろありましたから少々長くなるのも仕方のないことかと」
「そっから新婚旅行まで話した。いやー、懐かしいわホントに」
「な、長すぎませんか?……念の為にお伺いしますが、その、色々話せないところは伏せて頂きましたよね?」
「大丈夫、任せて。聞かせられないところは飛ばしたから」
「おとーさま、そのあとどうなったのですか?おかーさまとのりょこう、きになります!」
「ん、それは娘ちゃんがもうちょっと大きくなってからな。ルビーの
「旅行、制限?――ッ!?も、もう!お話しできる日は来ませんよ!」
「やべ、ルビー怒らせちゃった。ほら娘ちゃん、お部屋に逃げろー!」
「きゃあー!おとーさまのせいです!おやすみなさーい!」
「はーい、おやすみー!」
「……ふふ。はい、おやすみなさい」
膝をおりて元気に駆け出す笑顔の娘を見届け、外出から戻ってきたルビーを改めて迎え入れるため立ち上がる……つもりだったが、彼女はそのまま俺の前までやってきて、俺の膝を埋めた。
そこは、俺が愛するモノの特等席。
「おかえり、ルビー」
「おかえり、ではありません。私が留守の間に、小さい娘になんてお話をしているのですか」
「あはは、ごめんごめん。まだ話せないところは、さっきみたいにボカしたから」
「だから良いという訳ではないですよ。それに……私の『そういう一面』は、ナツメ
「――それもそうだな」
俺に体重を預けるルビーを抱きしめて、彼女の体温と鼓動を感じるためにより深く身体を重ね合わせる。俺を『ナツメくん』と呼ぶのは……二人とも翌朝の予定がないときだけだ。
俺の左手に、ルビーの左手が添えられる。互いの薬指に灯る輝きが冷たくも温かい。
「……なぁルビー」
「はい、どうされました?」
「俺を父親にしてくれてありがとな」
「――……それは、私もです。『母親』にしてくれてありがとう、ナツメくん」
改めて、ここまでお読みいただきありがとうございました。
スティルインラブの温泉旅行編は、プロットが難航気味なので一度『墜星』の原稿に戻ります。
もし良ければ、また覗きに来てくださると幸いです。