昇星は光路にて再会する   作:はくとう

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ここまでお付き合いいただき、さらにたくさんの好評と感想までいただくことができました。本当にありがとうございます。
閲覧、評価、感想、誤字報告、マジでめちゃ嬉しいです。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。


スティルインラブ 温泉旅行

スティルインラブとの再会から一年が経ち、お世話になった親しい人たちだけを招いたささやかな挙式――アルヴが誰よりも泣いていた――が無事に終わり、平穏な新婚生活を送る初夏。

 

スティル……いや紅百合先生の文筆業は、ちゃんと軌道に乗せることができた。トレーナーの次の仕事がまさか編集者になるとは思わなかったけど、まあ死ぬ気でやれば俺にできない事なんてそうそうないわな。

出版社に属したりしているわけじゃないから、俺自身に給料は入ってこない。『私が稼ぐので、働きに行かず傍にいてください』というスティルたっての希望、それを現実的にする試みはちゃんと成功している。

初めて俺が携わった小説は、先日発表されてから今までにない反響があったらしい。正直言って僅かに不安もあったから、これでひと安心だ。人の数だけ正解があるこのテの創作物に、俺の技能が通じるのか確信なかったし。

 

ともあれ、一番の課題はクリアした。ならば他で控えている懸念に思考を移さねばならない……新婚旅行どこ行くか問題だ。

 

「スティルー?」

 

「もぐ……ん、はい。どうされました?」

 

リビングの二人掛けソファにて、隣ではなく俺の膝の上に陣取るスティル。プラム(すもも)の寒天ゼリーを頬張る彼女は、ミディ丈のセージグリーンワンピースを、涼しげな水色のサッシュベルトで柔らかく締めている。

優しい色合いで見てて癒されるわ、セーラー(カラー)から覗く胸を極力意識しなければだけど。

 

「新婚旅行さ、どこか行きたいとこある?」

 

「そうですね……新婚旅行、ナツメさんと……あむ」

 

俺に背を預けて、虚空を見つめつつ手と口を動かすスティルが、ちゃんと頭も動かしているのかは分からない。

旬の紅い果肉を包む、弾力ある柔らかさの冷たい寒天ゼリーは、まるで閉じ込めた初夏の午後そのもの。一口分をスプーンで掬い、小さな口に運び込まれている様を見ていると、なぜかそれだけで涼しさを分けてもらうような錯覚がある。

キュンとくるプラムの酸味と、それを包むほのかに甘いゼリーの口当たり。そして満たされたように微笑むスティル。楽しんでいただけてなにより、絶対に頭回ってないね。

 

仕方ない、聞いたタイミングが悪かったか。そう思いつつ、お昼の情報バラエティーを映すテレビに意識を向けなおす。なんとなく見たことあるような気がしなくもない芸能人が、ちょうど『この夏行きたい避暑スポット!』ロケで楽しそうにはしゃいでいた。

 

「……あ、温泉」

 

「え、温泉?どこ見てそう思った?温泉とか紹介されてなくね」

 

「薄着でレポートしている渓流や海が映ったので、そこから連想で……『合法的に肌を見れる場所で、旅行によさげな場所』なら温泉旅館かな、と」

 

「それ秘めなくて大丈夫?全部口に出したけど」

 

「……まぁ、その、私が根から貞淑ではないというのは、もうナツメさんもご存知ですし。それで嫌うような貴方ではないことも、身をもって理解していますから……」

 

「おぉ……愛らしいこと言ってる~。心境の変化?」

 

「心境の変化……そうですね。結婚したことが大きいかもしれません。見えない赤い糸を疑ったことはありませんが、こうして指輪の質感をちゃんと感じられると『つなぎとめる焦り』が無くなったというか……むしろ取り繕わない方がナツメさんも嬉しいんだろうなって考えられます」

 

「なるほど『そ・れ・にぃ』――ラブ?」

 

「私たちがバテちゃうくらいの愛を、身をもって理解(わか)らされた今となっては……ねぇ?」

 

「おぉん……ラブたちの勝負に乗った甲斐があったならよかった。けど、それ外で口にしないようにな?ちょくちょくご飯食べに行ってるアルヴとか相手に」

 

「アハハ!それは良識(スティル)次第ね――――絶対に言いませんからっ」

 

顔を赤くしてワタワタ慌てるスティルは、食べ終えた寒天ゼリーの器をローテーブルに置いて小さく咳払いする。

閑話休題、新婚旅行先をどこにするかの話に戻るらしい。

 

「ごちそうさまでした、美味しかったです。こほん……それで、温泉はいかがでしょう。現役時代に福引で頂いた温泉旅行券……あの時は両親にプレゼントしましたが、とても良い時間だったそうです。『ナツメさんと足を運べたらな』と思ったことは何度もありますし、雰囲気のある旅情の満ちた温泉街は、いつか執筆に活かせると思いますっ」

 

「そんな熱心にプレゼンテーションしなくても、むしろ今回は取材旅行とか考えずに、のんびり思い出作りしないと。スティルの行きたいところに文句ないし、いいじゃん温泉」

 

「……そうですか?賛成してくれるのはありがたいですが、少しでも希望の行き先があるなら言ってほしいです」

 

「んー……昔からの俺のよくないトコなんだけど、マジで俺自身の好みとかが無いんだよね。いつぞやに『趣味も好きなものもスティルインラブ』って言った通りで、スティルに関係しないぜ~んぶ興味湧かないんだ」

 

「それは……重症、ですね?あら、でも……ご飯やスイーツなど、好きなものがあるのでは?そういった観点で、旅行先を選ぶのも良いかと」

 

「あぁ。そういうのは全部『スティルが好きなもの』だから好きってだけだよ。無理に合わせてるとかじゃなく、好きな理由がそうって話ね」

 

「じゅ、重症ですっ……!」

 

妻、ドン引き。夫、ぐうの音も出ず。

もしかしたら、事故に遭う前の幼い頃であれば、人並みに趣味嗜好があったのかもしれんが。そういった無駄なものは全部()べてしまった、そうでもしないと俺には時間が無かったから。

今でこそタイムリミットの枷がなくなったものの、もうずっと続けてきた生き方はそう簡単には変えられない。俺はもうナニカにすべてを懸けることでしか生きられないんだから。

 

「……では、今回の旅行でナツメさん自身の好みを見つけてみませんか?グルメ、風景、なんでもいいですから『自分が好きだと思ったもの』を写真に撮っていきましょう」

 

「おー、なるほど?」

 

「思い出になりますし、何より私が貴方の好きなものを知りたいので……ダメですか?」

 

「いいよ、やってみよう」

 

「ふふ……ありがとうございます。どうか心のまま撮ってみてくださいね。もし0枚だったとしても、また別の場所に行ってみれば良いだけなんですから」

 

そう言って、スティルはただ優しく微笑む。

俺も知らない俺の心を柔らかく探索する提案は、まるでモノを知らぬ子どもに世界の広さや色を教えてあげるような、慈愛のニュアンスを感じた。

 

「――分かった、それじゃ行き先を決めようか。ところで『合法的に肌を見られる場所がいい』とか言ってたけど……混浴目当て?」

 

「ああ、憶えられていました……広いお風呂に一緒に入るなんて、なかなか経験できませんし――――明るい場所でナツメの身体に触れるいい機会だわ――――ということです……」

 

「海とかはダメなの?」

 

「海やプールは、沢山の人の目がありますから。私には開放的(オープン)すぎて、きっと羞恥心が勝って集中できません……どうしてそんな遠い目を?」

 

「ん……水着、見てみたいな、と」

 

「――……着るだけなら、いいですよ。家の中でナツメさんに見せるためだけなら……頑張ります」

 

「ダメ、絶対ダメ!部屋で着る水着は別の意味を持っちゃうから!」

 

「夫婦でしょ、いいじゃない。スティル、その時は私が選んであげるから――――ラブのセンスは大胆すぎるわ、着るなら自分で着て……」

 

その後『スティルとラブ(ふたり)がそれぞれ選んだ水着(ヤツ)を見たいです』という言葉を飲み込んで、逸れかけた話の路線をなんとか戻した俺たちは、実際に温泉を訪れた彼女のご両親にも相談しつつ旅程をまとめた。

正直なところ、混浴は嬉しさと同時に『他のヤツにスティルとラブを見せたくねぇ~』的な懸念事項があった。でもご両親曰く、家族や夫婦水入らずで楽しめる『貸切風呂』なんてのもあるらしく、そこはひと安心。良かった良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お互いスケジュールにあまり縛られない身、荷物や予約などの準備を済ませれば、気軽に出かけていける。

午前の早い時間に旅館へ入り、荷物を置いて浴衣に着替え、俺は『小さなデジカメ』も持ってスティルの隣に並んだ。今回の新婚旅行での俺の大事なこと。

 

俺自身が好きだと思ったものを、写真に収める。考えることなく、俺の心の赴くままに。

 

それからスティルは『可能なら私が気付かないうちに撮ってほしい』とも言っていた。なんでも旅館に戻って眠る前に、俺の撮ったものを見てみたいらしい。仰せつかった以上は、望みどおりにしてあげよう。

 

「わぁ……雰囲気ありますねっ」

 

旅館を出て大きな通りへと踏み出せば、アスファルトとコンクリートに見慣れた目にはいっそ幻想的に映る、石畳と木造建築物の街並み。風情あるロケーションに、スティルは2、3歩駆けて目を輝かせる。

右に左に興味を引くものが数え切れないほどある、レトロな景観の中で浴衣の裾をひらり遊ばせるスティル。

 

……撮っとくか。

 

「スティル。ヴェールしてないけど、日差しは大丈夫?」

 

「はい、問題ありませんよ。もうそれほど苦手でもないですから」

 

紅百合先生の世間的な認識(パブリックイメージ)からズラすため、アイコンであるメガネとヴェールを外したスティルは、初夏の日差しの下で軽やかに笑う。

それを俺は伊達メガネ越し――気持ち程度の変装だけど存外効果アリ――に見つめる。

 

「それにしても、前々から思っていましたがナツメさんのメガネ姿は良いですね。浴衣と羽織の相乗効果でさらにサマになっています」

 

「そう?ありがと」

 

「ええ本当に……外出の時にしか見られないのが勿体ないくらいで――――たまには部屋でも掛けてくれない?特に、夜とかね」

 

再会してから明らかになった――というか目覚めた?――ことで、彼女らはどうにもコスチュームが好きらしい。

作家業に活かされている想像力が存分に掻き立てられるのか知らないけど、頭の中でアレコレ爆発してテンション上がるんだとか。それくらいを受け入れるのは造作もない、最愛のひとが好きだというなら容易く受け入れられる。

 

ただ……勝負服のレプリカを引っ張ってきた上に、やけに出来のいいトレーナー的なバッジを渡された時は、果たしてこの空想に水をやっていいものか本気で悩んだ。水やったけど。サイズ的にちょい厳しくなった勝負服に負けて。

なんだ?文句あっか?

 

「はいはい、メガネメガネ。検討しとくから歩こうね」

 

眼に妖しい光を宿し始めたスティルとラブを促して、温泉街の散策を続行させる。

話が逸れる前に、旅程の続きといこう。非日常の浴衣を纏って幽玄なる街の景色を満喫したら、次なる目的は味覚を楽しませる食べ歩きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『温泉まんじゅう』と書かれたのぼりがはためく、歴史を感じる少し古びた茶店の縁台。スティルは宝石に触れるような丁寧さで、包み紙をそっと解いた。

指先にふわりとまとう湯気、温かい出来たての甘い香り。しっとりした皮の内に、餡の存在感を充分感じるそれを口にする。彼女の控えめなひと口でも、ぎっしり詰まったこし餡までちゃんとたどりついているようだった。

柔らかく崩れる皮と同時に舌に触れる、滑らかな餡の甘さと上品に香る黒糖の風味。小さな噛み跡のついた饅頭を手に、スティルの耳がピコピコと揺れる。

目を閉じて頬をモゴモゴさせながら、ひとつの小さな温もりを存分に堪能する姿。

 

――ファインダー越しで、収めておこう。

 

「……?ナツメさん、どうされました?あれ、もう食べ終わっていたのですか?」

 

「うん、ごちそうさま。今は甘味を楽しむスティルの心を想像してたとこ」

 

「そ、そんなことはしなくてもいいんですっ」

 

「するよ!ゆっくり好きなもの味わうスティルを見るのが俺は好きなの。この時間は俺の生活に絶対必要だから」

 

「えぇ……目が本気……夫の譲れないポイントがよくわかりません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

温泉街での情緒ある街並みと甘味食べ歩きを満喫し、旅館に戻った俺たちはこの旅行の本命であるお風呂へとやってきた。

瞬く星々と月光の降る開放的な景観を、スティルと同じ湯舟から隣り合って眺める。心地よい湯の中で堆積していた疲れがほどけ出ていく、静かで穏やかな癒しのひと時。

 

――最初のうちはね。

 

「へぇ、ふんふん……なるほどぉ」

 

「ンッフフ……あのさ、筋肉の溝をなぞっていくのやめない?くすぐったいし、なんか滅茶苦茶ハズい……見るだけじゃダメ?」

 

「何を仰いますかっ。折角はっきりと見える明るさの中で、この玉体をじっくり感じられるんです……見るだけなんて、ご無体です」

 

「玉体とかご無体とかワカラン……」

 

隣に居るのに身を乗り出すようにして、俺の身体を触りまくるスティル。お互いタオル一枚だけなんだから、なんというかあんま動かないでほしい。

彼女の指先が肌の上を柔らかくすべる感触、むずがゆさと気恥ずかしさでのぼせそうになる。

 

「均整のとれた締まった体……運動量は同じのハズなのに、こんなに差が」

 

「運動量?……あぁ、うん。まぁ後遺症で勝手に鍛えられてこうなってるだけだから……なんか悩み?」

 

「いえ、その……ナツメさんとお別れしてから、私の身体はそれなりに成長してくれました。ただ、その分ところどころ丸くなったと言いますか……」

 

「うーん、学園の頃が()っそりしすぎてただけだと思うけど。一緒に居た頃って中等部だろ?そりゃ成長もするさ、いいこといいこと」

 

「その通りではあるのですが……色々つっかえてしまって、当時の服もほとんど着られませんし」

 

俺から手を離して、今度はスティル自身の身体をペタペタ触り始めた。自然とそれを目で追ってしまう。

今でも充分スレンダーと言って差し支えない体型、腕や脚もまだまだ華奢な部類だ。

ただ昔の服とかの話になると、確かに厳しい――実際に何度か見たし――ものがある。当時が小柄で控えめすぎたというのも相まって、今の胸や腰まわりではちょっと……。

 

「――ナツメさん、計ってみますか?」

 

「計る?……身体を!?」

 

「はい……じっと見られているようなので……気になるのかな、と。私ばかり、好きに触ってしまいましたし……」

 

スティルは頬を赤く染めて、自分を抱くようにしながら上目遣いで尋ねてくる。そういう意味で見てたワケでは断じて無い、しかもぶっちゃければ『見ようと思えば見れる数値』でもある。

ステータスや適性のように、俺のアタマなら薄着の相手のサイズを算出するくらいは多分できる。キモすぎるからやってないだけで。

 

「……それは、なに。身体測定的な?」

 

「えぇと……そういうカンジ、です」

 

そっかぁ、身体測定的なカンジかぁ……。

 

……家だったらなぁぁぁぁぁぁぁ!お世話になる旅館様の風呂場じゃなけりゃなぁぁぁぁ!?

 

「ッ――また今度、な」

 

「……今度、ですね。わ、分かりました」

 

 

 

「では、白衣と聴診器を用意しておきます。その時はメガネなんかも掛けていただけると……」

 

待って。勝手に生々しい小道具(ディティール)足されてる、そのうち台本とか渡されそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きなお風呂を二人で満喫し、この地の特産がふんだんに盛り込まれたお夕飯も堪能したところで、畳の匂いが心地いい部屋で穏やかな時間を過ごす。

寝転がって身体を伸ばせば。虫の鳴き声に耳を傾ければ。欠けた月をただ眺めていれば、時計の針は進んでいく。

 

そして、今日の旅程の最後。明かりを消して月影さやかな夜の薄暗い部屋で、隣同士の布団に潜るその前に。

たくさんの景色を見て、たくさんの美食を味わった俺の、小さなデジカメをスティルに渡す。俺自身が本当に好きなものが何なのか、楽しみにしていた彼女への答え合わせ。

 

カチ、カチ、とアルバムの写真を送っていくボタンの音がするたびに、スティルの期待が萎んでいくのが感じ取れた。

 

 

 

「――これ、全部……()()()()ですか」

 

 

 

この時間がきてしまった、と思う。『俺の心が好きだと思うもの』を知りたかった彼女を、裏切る時間が。

どうやったって、俺にはスティルインラブ以外に好きなものが無いんだ。竜胆ナツメとしての生き方が心の底まで染み付いてしまっていて、昔日の中に置いてきた好みや感性の取り戻し方が分からない。

個人的な趣味嗜好を探索したがっていたスティルの望みは、どうやっても叶えられそうにない。『彼女の望みをすべて叶えたい』と無我になってしまったが故に。

 

竜胆ナツメのすべてを懸けて、俺はただ目の前の存在を――

 

――愛して。愛して。愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して

 

愛している。

 

 

 

だから、俺にはスティルインラブ以外の愛し方が分からない。こんな俺を、彼女は求めていないのに。

 

「……期待に応えられなくて、ゴメンな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……期待に応えられなくて、ゴメンな」

 

お布団の上で膝を崩して頭を掻くナツメさんの、覇気のない言葉。欠けた月の青白い光が僅かに映す、寂しそうに微笑む弱い彼。

そしてその軽い自責の態度と裏腹に、底の知れぬほど深い絶望と、思わず固まってしまうような愛を隠した灰の目。

 

 

 

理解は一瞬だった。

手元のカメラに収められた写真の数々。たくさんの情緒ある風景、たくさんの魅力的な美食。でもナツメさんが映しているのは、風景でも食事でもなくそれらを楽しんでいる()の姿。

善意のつもりの提案だったけれど、私はきっと酷なことをしてしまったんだわ――

 

――この人はもう、スティルインラブしか愛せないのに。

 

ナツメさんの過去と意志を知る今なら、想像に及ぶこともできたハズだった。

幼い日の中で人並みの未来が無いことを知って、残された時間でできる存在証明のために『足枷になる幼さ(ムダなもの)』を削ぎ落して、存在を懸けて駆け抜けるその生き方を『竜胆ナツメの生き方』だと定義した。

そんな彼が持てる愛の全てを向けられているのは、私自身。もはや他に咲く心などあるワケが無いのに、『他に好きなものを探しましょう』だなんて言ってしまった。

 

理性(わたし)が組み上げる、ナツメさんの心の在り方。そして同時に――――本能(ワタシ)が感じ取るナツメの愛の在り方。

 

アァ、そうなのね。アナタはいつも温かくて、明るくて、甘いから……そんな狂気を持っていただなんて気付かなかった。考えてみれば、自分に残った最後の数年を他人に賭けるようなナツメの愛情が、人並みの綺麗なモノにとどまるとでも?

彼の心につけられた事故の傷は膿んでしまっていて、そこに宿る愛もまた……とうに()()()しまっている――

 

――それでも、今までのナツメさんとの時間が健やかで綺麗だったのは、きっと私が無意識で求めていたから。愛する人との、月並みで人並みな幸せを。

 

 

 

「……ごめんなさい、ナツメさん。貴方に要らぬ苦痛を与えてしまいました。私たちには私たちなりの幸せがあるのに……」

 

「?謝る必要なんて――」

 

ナツメさんを苦しませてまで、彼の愛の矛先を探す理由がどこにあると言うの?いま目の前で、自分の在り方と愛のカタチに苛まれている姿に、私の求めるモノがあるとでも?

 

小さなデジカメを適当に放って、隣同士に敷かれた布団の上、ナツメさんに寄りかかってそのまま寝てもらう。

 

「おっ……と。スティル?」

 

珍しく戸惑う、愛らしい貴方。そんなナツメさんの困惑の裏にある『病的な愛情』が、もはや変えようのない生き方であるのなら。

 

『スティルインラブのすべて』を使って肯定しよう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――さぁ、出てきて本能(ラブ)

 

――フッ……本当に?折角の旅行だから、気を遣って引っ込んでいたのに……私が出ると、ソウイウコトになるわよ?

 

――いいわ。今は優しく抱きしめて眠るよりも、やりたいことがあるから。貴方もそうでしょう……彼の愛を知って、黙っていられる?

 

――フフ、アハハ!そう、そうね!こんなに大きくて重くて、ドロドロに甘い熱……喰らいたいじゃない!!!

 

 

 

彼の思考を抜き去って、唇を重ね、指も脚も尻尾も……絡められるすべてで竜胆ナツメを感じ取る。

 

「ん――ぷ、ぁ……スティ……いや、()()()()か?」

 

「……正解(セイカイ)っ♪あぁ、この感覚(カンカク)はひさしぶりです(だわ)

 

理性(スティル)本能(ラブ)が完全に重なる同調(シンクロ)の感覚。私たちが成すことはとても簡単なこと。

私たちだって充分に重い、二人分の愛があるのだから。目の前でナツメさんが抱える狂おしく病んだ愛を、受け入れて競い合って――凌駕したいわ。

 

「さぁ、貴方(アナタ)(アイ)をすべて(サラ)けだしてください(チョウダイ)……そして、それを()えるくらいに(アイ)させて!」

 

「……本当に、いいのか?期待に応えられなかった俺を、()()――」

 

「――えぇ。だって(ワタシ)は『()()()()()()()()』だから」

 

例えどれだけの仄暗い愛情が露わになろうと、今でも愛している。

さぁ、愛を重ねて、競い合いましょう?私たちらしく、ね?

 

 

 

触れて絡めてなぞって跡をつけて見つめて見せつけて囁いてねぶって嗅いで味わって飲み下して曝けて啜って呼んで噛み付いて乱れて狂って酔って崩れて砕けて壊れて感じて乞うて耽って競って競って競って――

 

 

 

 

 

競い合った愛の行く末は、多分引き分け。

 

「……あのぅ、つかぬ事をお伺いしたいのですが」

 

「どしたん、すっごい怖い聞き方」

 

「えぇと……その、ナツメさんは『子ども』とか、あまり関心がありませんか……?」

 

「?……あぁ、それは早とちりだ。前も言ったけど、俺はスティルインラブの好きなものが好きだし、愛してるものを愛する。俺に気遣って欲しいものを封じ込めるのは嫌だし、俺はスティルとラブの幸せが一番大事だ」

 

「――……ふふ。そう、でしたね」

 

「うん、だから健全な愛着の過程(プロセス)とは違うかもだけど……心配しなくても俺たちの子どもならちゃんと愛せるよ」

 

「よかったです。では今日は一緒に、そういったお話をしませんか?正直なところ、今日あちこちを散策するのは……体力が少々心もとなくて」

 

「あぁ……その節はなんていうか、申し訳ない」

 

「いえ、こちらこそラブがご迷惑を――――あら、同調しておいてワタシのせいにするつもり?ワタシを売る気なら、アナタのパソコンにある秘蔵の台本ファイルをバラ――――私がご迷惑をおかけしました」

 

「……台本かぁ。演技の練習しとくな」

 

「わ、忘れてください!それよりも家族計画とか、名前の候補とかを話しましょう!ねっ?」

 

 

 





あらためて、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

これが返礼になっていれば幸いです。
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