ナツメと別れてから5年が経った、ある春の日。
私は主に『三つの装い』を繰り返す生活を送っていた。
ひとつは、競技者としてターフを駆ける勝負服。ふたつに、在籍している学園の生徒としての――童顔であるがゆえに着れなくはない――制服。そして最後に、テストに合格なさった方と
今はふたつめ……トレセン学園にて時間の有効活用中。もはや受ける意義のない座学をパスして、数件溜まっている婚約者候補の情報を整理している。覗かれる心配のない鍵をかけられるトレーナー室でひとり、机に広げる
それなりの影響力を持つ資産家の跡取り。次々と事業を成功させている敏腕起業家。あら……長年政界で活動されている議員まで。他にも何人か、皆さん随分とご立派な経歴ですこと。
この中に私を屈服させられる方が居るとは、到底思えませんけれど。
私の組んだ『私に勝てばよい』という単純明快な図式は、未だ隣に立つ人間を選択していない。まぁ、
私の力はもう最盛期を越える事はないでしょう。いくら弛まぬトレーニングを続けたとて、衰えを緩やかにする以上のことはない。時が経つほどに私を越えるハードルは低くなっていく。
竹取物語でもあるまいし、私とて絶対に達成できないような無理難題を求婚者に押し付けているつもりはありませんのに。
……もしかしたら、私の基準は狂わされてしまったのかしら。
誰もいない部屋にため息がひとつ落ちる。席を立ち、なんとなく硬いソファに身を投げた。寝転がって天井を見上げ、この私が唯一力負けした5年前に状況を重ねてみる。
当然ながら喚起される感覚など何もない、というか正直に申し上げればあの時のことを私ははっきりと憶えていない。時の流れと共に記憶が風化したワケではなく、まるで心に鍵をかけられたように思い出せない。
表面的なやり取りや、私をゾクリと震わせるような力。あとは……その、少々強引な口づけくらい。それも、この場で起きた事実だと認識できるだけで、胸中に湧いていた感覚や感情は閉ざされたまま。
「……思い出せたところで、むなしいだけね」
身体を起こし、姿見の前に立って皺の寄らぬように制服を正す。少々乱れた髪をほどいてポニーテールのリボンを結びなおしたところで、ポケットで震えるスマホに気付いた。
液晶に表示される着信画面、相手は……お父様?
「はい。何か急ぎのお話でも?」
『ジェンティル。今は学園か、今日の予定はどうなっている』
「予定?午後からのトレーニングを終えた後は、普段通り
『ふむ……近々会わせたい人間がいる。次の休養日に、連絡を寄越すように』
「?ええ、承知いたしましたわ。では私はこれで――」
――い っ て き な
「!……いえ、お待ちになって」
前触れなく囁く第六感に、思考の回転数が上がり始める。お父様がわざわざ学園に居る私に電話をかけてくるなど、滅多にないこと。しかも『今日が空いていないなら次の休みに』なんて唐突、よほどすぐにでも『会わせたい人間』とやらの場を設けたいのでしょう。
それでも有無を言わせず家に呼びつけるような真似をしないのは、『強き者』として私をお認めになったが故の尊重と譲歩か。
なんにせよ、
「本日のスケジュールは白紙に戻します、どうせただのルーチンワークになるだけでしょうから。いつでもお会いできますわ……時間と場所、ドレスコードを教えてくださいます?」
『――……フッ、そうか』
『時間は……クク、いつでも良かろう。服装も、制服のままで構わん。場所は、普段お前が顔合わせの場に指定している、贔屓のホテルを押さえておく』
通話を終えた後、私の頭には疑問符が敷き詰まっていた。『会わせたい』などと仰るわりに、随分と雑と言うか……テキトーすぎる。時間の指定が無いだなんてどういうこと?何故か笑いが漏れていたようだし。
てっきり大層な
「……まぁ、それなりに急ぎましょうか」
求婚者の資料を片付け、所用による早退を学園に届け出て、トレーナーに午後のトレーニングのリスケを頼み、本日顔合わせ予定の候補者には日程の変更を伝える。
学園の外にクルマを呼び、制服のまま乗り込んでホテルへ向かう道中で、待ち受ける人物の予測を立てるものの全く像が組み上がらない。お父様の威容と重圧を僅かでも砕き、ただの
しばらくして、普段から贔屓にしているホテルのラウンジに到着する。時刻は正午、お父様の予期せぬ電話から、大体1時間ほど。それらしき先方の姿はない。
何度も訪れているはずの場所ではじめて、なぜかナツメとの時間を思い出した。契約して間もない頃、このホテルの
……お父様の口ぶりこそ軽かったけれど、気楽に流せる相手ではなさそうだし、終わったら何か飲んで帰ろうかしら。リラックスできるような、レモンバームにリンデンをブレンドしたハーブティーでも――
『ジェンティルドンナ様』
寄り道していた思考はここまで。フロントから声が掛かり、部屋のカードキーが手渡される。なるほど、お父様の手回しね。案内を申し出た馴染みのベルアテンダントを丁重にお断りして、歩き慣れた庭のように迷いなく目当てのスイートルームの前までたどり着く。
ルームキーを渡されたということは、好きに入って構わないという意味でしょう。
『カチャ』と小気味の良い音のしたドアを開け、先客の迎えを待たずに部屋へ一歩踏み入る。
この先に待つのは交友か、事業か、はたまた縁談か。何だって良い、退屈さえしないのならば。
「――おい、早いトコ最後の
――……は?
リビングスペースの奥、ベッドルームの方から届いた声を耳が捉える。
時が止まるような感覚がした。
「『じきに分かる』っても、何もないままもうすぐ1時間だぞ。まさか忍耐力テストなんて言わねぇよな」
鼓動が脚を急く。廊下を抜けて視線の先でスマホを耳に当てる後ろ姿、
記憶の中で佇む姿とほとんど変わらない、存在しないハズの彼。
「チッ……俺ぁアンタじゃなくジェンティルに会うために帰っ…………て?」
ふと彼が振り返り、灰色に燃える瞳が突き刺さる。渇いて、涸れて、冷めきっていた心を焦がす熱。
胸の内でとめどなく溢れそうになる感情を、私は――
――力で抑えつけた。
「……ごきげんよう。随分と懐かしい顔ね」
泣きださない、飛びつかない、簡単に弱みなんて見せてあげない。耳も尻尾も勝手に動きださぬよう、力で固めて不敵に笑う。
騒ぎ出す心にもう一度鍵をかけて、閉ざしきる。『見ないうちに情けなくなった』なんて思われないように。貴方の隣に立つには、強い私が必要でしょう。
「――あぁ、久しぶり!ソッチは制服か、お互いにカッコ変わんねぇな」
不機嫌そうだった声は嬉しげに跳ね、何度も見てきた爛漫な笑みが咲く。
揺れそうになる感情をグッと抑えて、ナツメとの再会はここに成った。
♢
『もうお分かりだろう、竜胆君。あとは
ジェンティルを前にして、彼女の父親との通話を終える。普段通りの腕組みと強者の微笑、幾分か成長が見られるが相も変わらず可愛らしい顔立ち。
指先に少し力が入っているし、耳や尻尾の動きが固いのは、若干の緊張でも呑み込んでいるのか。表に出すまいとしている以上、久しぶりの再会の場で暴き立てることもない。
それよりも話さなければならないことはいくらでもある。
「亡くなった、と聞いていたけれど。化けて出てきたにしては顔色がよろしいじゃない……しっかりとご説明頂けるのよね?」
「勿論そのつもりだよ。正直なところ『なんで生きてるのか』に関しちゃ、俺もはっきりとは分かんねーけどな」
「……構いませんわ。立ったままするようなお話でもないでしょうから、まずは座りましょう」
「そうだな。さて、何から伝えるべきかね……」
ジェンティルに促され、リビングスペースの上質なイージーチェアにそれぞれ腰掛ける。時間が時間だし、昼飯を兼ねてもいいかと思ったけど『私は結構よ』とバッサリだった。
それじゃあ面白くもない、俺たちが別れたその後を語ろうか。
――行方をくらました先での、命を賭け金にした勝率0%の期待しなかった博打。俺は確かに死を迎えたハズだった、それがどこをどう間違ったのかこうして時間を手にしている。
冥々なる道に閉ざされて幕引きであった竜胆ナツメは、何の因果か暗きを抜け再会を果たした。
故に、今なら頭を下げることも叶う。
「ごめんなジェンティル」
「それは、何に対して?」
「色々だよ。俺の行き先を黙ってたのも、戻ってくるのに5年かかったことも」
「……その謝罪、受け取れるワケないじゃない。貴方には誰にも話せない戦場があったというだけのお話でしょう。『私に言わず遊び惚けていた』とでも言っていただけたほうが、まだスッキリしたわ」
「あぁ……もし遊んでただけだったら、許してくれてた?」
「そうね……7割程度の
「生き返って早々に死ぬな。遊ばずに闘病しててよかった」
「あら、まだすべてを許した覚えはなくってよ」
ジェンティルは意味深な笑みを深め、どこからともなく取り出した鉄球をゆっくり撫でる。
うわこっわ。
「話を聞く限り、もっと早く私に顔を見せられたのではなくて?帰国してから2週間ほど経っているわ」
「あー、その話する?言っとくけどあんま俺悪くないと思うよ」
「?へぇ、お聞かせ願えるかしら」
ジェンティルの言う通り、俺が帰国してから――メッシュ入れなおしたり服装を5年前に寄せたりの準備こそあれど――今日までしばらく時間があったのは事実。その間に何があったかと言えば……彼女の父親が課してきた『
長年沈黙していた以上、アポなしでジェンティルに突撃するのもどうかと思った。まずはご両親にひと声かけておくべきだろう。それをあの
数年前に『トレーナーを辞めてくれ』と言ってきた時に言い返したのを根に持ちやがって、俺ですらちょいしんどいくらいにアレやれコレやれと。まぁ父親とはもう会わないと思ってたから、最後に散々言った俺も悪いんだけど。
『詳しく、すべて聞かせて』と関心を寄せるジェンティルに、試練の
「なるほどね……それらはすべて、私が現在募集している婚約希望者に課しているモノですわね。もっとも、難易度や合格基準はかなり引き上げられているようだけれど」
「婚約希望者!?ははぁ、そういうこと……まだその席が空いててよかったよ。じゃあ、最後のテストを合格したら俺は胸張って隣に立っていいワケだ」
「最後のテスト。内容は?」
「ジェンティルに認められること」
「……ほほほ、すべては私次第ね。どうする?まどろっこしいことはやめて、さっさと合格点を渡しましょうか?」
「ナメすぎだから。どんな内容でも俺は真っ向から勝ち取るよ……俺に任せろ」
「ふふ、あっはは!――よろしい。では普段通りの内容で行きましょう、後悔なさらないでね」
今まで張っていた耳が、ようやく僅かに揺れる。ジェンティルは弄んでいた鉄球を置いて立ち上がり、俺の手を引いて迷いない足取りで――
……………待って、さすがに嘘だろ?俺の想像してることが普段通りの試験内容だったら、脳が壊れちゃうんだけど。いやまぁアタマはもう壊れてるか。
「ナツメは一度やったわね……私との力比べ」
「力比べ……そうか、よかった。いやいや、お前結婚する気ないだろ。誰が合格できるんだそんなん」
「あら、自信がないの?」
「うーわ1回負けてるクセに生意気。俺以外には無理って意味な」
手を握りなおし、両の手の五指すべてが絡み合う繋ぎ方に。お互いに
若い男女がベッドを尻目に、雰囲気もなく好戦的に笑う異質。
今回はジェンティルが、はじめに
「普段、私が見合う方に課す方式ですわ。私を力で押し込めば、
「あぁ、そう。ジェンティルを動かせなきゃ負け、押し倒せば勝ちね。なんつーテストしてんだか……それも今日で終わりだ。覚悟はいいな?」
「貴方こそ。敗者を認めてあげるほど優しくはないから……ナツメが負ければもう逢わない。その覚悟を持って」
握られた手に込められていく力に、ほんの僅かながら彼女の不安を感じた。
「5年も空けたのは悪かったけど、忘れちゃってるなら思い出させないとな――誰に
少しずつ、少しずつ、俺もジェンティルの力に応えていく。その出力は重なり添い合って、やがて拮抗する点までたどり着く。
ならばあとは越えるだけ。俺が決めた運命の相手が求める決着を、もし描けないのなら俺の命に意味は無い。さあ――もう尽きることのない炎を燃やして、勝ってしまおうか。
ゆっくりと、痛くしないように、優しく、丁寧に。図らずもじっくりと追い詰めるようなカタチで。
驚き、さらに出力を上げて、半歩下がって、それでも止まらず、もうどうしようもないほどに押されるジェンティル。
特上の柔らかさを持つぶ厚いマットレスが、ついに彼女の背と俺の体重に沈む。赤い目に映りこむ俺が見えるほどの、吐息の温度どころか互いの鼓動すら聞こえてきそうな至近距離。
「――?ウソ、でしょう?こんな呆気なく……?」
やめてくれよ、その
もう俺に
「――自慢のパワーで2回も負けちまったな、ジェンティル」
……あぁ、最悪。俺はお姫様待遇で甘やかすのが好きなのに。
♢
「――自慢のパワーで2回も負けちまったな、ジェンティル」
ナツメが私の上を取って、言葉を垂らす。その音に込められた、初めて感じる魔力。灰色の瞳の奥に混じった、
強く在ろうとする私に絡みついて、胸の奥を侵食される。鍵をかけて閉ざされていたはずの、5年ぶりの感覚と感情が湧き上がってくる。
完膚なきまでにすべてを制圧される。鍛え、競い、勝ち、遥か高みに居る私を、敗北の底に押さえつける彼。
世界で唯一の相手、竜胆ナツメという存在の強さを最も感じられる瞬間。ナツメだけが私に与える、どうやっても破れない不自由に屈服するこの感じ……。
知覚した高揚の論理は、段々とグズグズに熔けて分からなくなる。まだ生きている自分の感覚が、広がっていく熱にゆっくり焦がされていく。
「あとは好きにしていいんだっけ?」
「?――ぇ、あ……んぅ――?」
まともな返事を組み立てる前に、断りなく触れるナツメの唇に、甘美な電流が身体を駆け巡る。強引な口づけが、加速度的に思考を廃れさせる。
逃げ場のない熱が吐息にこもり、瞳を濡らしているのがかろうじて自覚できる。
二度、三度――幾度、許可なく繰り返される触れるだけのキス。ますます私が灼けつき、言葉を編む理性と時間を殺され続けた。
僅かに残った理性は、こうしてただ状況を教えてくれるだけの無力な傍観者に成り下がっている。
これ以上は、いけない。しっかりと繋がれた手を押して、私に欠片も存在しない
一瞬だけ、僅かに浮いた私の手は、すぐにベッドへと沈められた。
片手間で屈服される瞬間、胸の奥からまた悦楽が滲み出る。
「どうした、なんか言いたいことあんのか」
「ぅ、な……なんで、キスばかりなの……?」
「勝てば好きなコトしていいって言われたから」
「それ、だけ……?もっとしたいこと、あるでしょう――」
「――クっ、はは!俺はキス以上をするつもりないよ。まだ昼間だし、学生服着てる
本当に愉しそうに、私を優しく壊す。今の彼に触れるたび、私の『強さ』が剝がされていく。
「……不満なら、力ずくで俺の上を取ってみろよ。その時はジェンティルのしたいことをすればいい」
挑戦的に私を見下ろすナツメに、ゾクゾクするような高揚と危機感を感じた。早くここから抜け出さないと、爛れるほどの熱と甘さが、私をぐちゃぐちゃに掻き乱しきってしまう前に。
そう思って、私はナツメを押し返す力を込めるのに、構図は数ミリすらも変わらなかった。
体勢的な問題がどうこう以前に、腕に力が伝わらない。それどころか、障害を打ち壊し、欲するものを奪い取ってきた私の力が、まったくもって湧いてこない。
「?――っ、??」
なんで?どうして?片隅で生きていたはずの思考が、疑問符で埋まる。
その回答は、温かな退廃を湛えたナツメからもたらされた。
「……あーあ、もう勝てないよお前。
ナツメの唇が再び接近する。でもそれは私の口元ではなく、メンコに包まれた耳に添えられた。
「安心しな、強くないお前も愛してるよ。か弱くて負けたがりの、俺の可愛い
か弱い?負けたがり?誰が?――私が?
それは多分、聞いてはいけない言葉だった。取り返しがつかないほど致命的な、私の心を塗り替えてしまう甘い呪い。
強く在ってこそのジェンティルドンナなのに、今の私を受け入れるの?
人間の男であるナツメに押し負けて、成すすべなく無様に組み伏せられて、力に潰されたことに高揚してしまう弱い私も、愛するというの?
ダメよ、そんな事を言っては。そんな風に普通の娘として扱われてしまうと――
「――……♡」
貴方に負けるのが、クセになってしまう。
♢
ジェンティルと再会してから1か月が経った、夏が近づくとある日。彼女の一族が暮らす屋敷の廊下で、背後から声が掛かる。
「あ、
「おー……ただいま弟クン。ジェンティルはまだ学園の方で手続きがあるからね。そうだ、キミの新しいプロジェクト、ちゃんと目ぇ通したよ。すごいしっかりしてるわ」
「本当ですか!義兄さんにそう言ってもらえるなら、このまま安心して進めます!」
「あはは、ありがとう……ただ、始めるタイミングはもう少し待った方がいいかも。たしか持ってるタブレットに資料が……ほら、これ見て」
「どれです?ええと……これは、プロジェクト展開予定の国での新法案ですか?こちらには関係無いように思えますが」
「直接はね。これに猛反対してる企業のひとつに、弟クンの一番の競合になるだろうトコのトップが居るんだよね。こっちの資料の、ああこの人。結構無茶な反対活動とかがちらほら見えてて、今めっちゃピリついてるから、ここに割り込むのは余計な火の粉が飛んでくるかも」
「なるほど……相手取るには分が悪すぎますね。足がかりにする場所を変えるべきでしょうか」
「いや、待つだけでいいと思う。そもそもこの法案は多分通るし、逆にチャンスもあるんだ。この企業の反対活動に付き合わされてる団体に疲弊が見えてるから……キミの『人を纏める力』を発揮して、その人らを取り込んじゃおうぜ?」
「僕が、取り込む?――あっはは!簡単な話ではないのに、義兄さんに言われると、何故か『できる』と確信してしまいます」
「だってできるからな。俺が居る以上、失敗は無いし……なにより君の強さを信頼してる」
「……ありがとうございます、義兄さん。そうだ、これから話を詰めませんか?義兄さんに見てほしいプランがいくつか『あらまぁ、楽しそうね』――チッ……姉さん」
弟クンの言葉を割断する、愉快そうなジェンティルの帰還。弟クンは先ほどまでの上機嫌を放り捨てて、舌打ちとため息で応えた。
ジェンティルと彼の間に立つ俺の居心地よ。
「おかえりジェンティル。弟クン、また時間作るから、温めてるプランを一緒に詰めようか。新しいプロジェクトに関しても、展開に最適なタイミングは俺に任せてほしい」
「はい、よろしくお願いします義兄さん。では、僕は失礼しますね」
弟クンが立ち去ったのを尻目に、制服姿のジェンティルが隣に立つ。
「随分と懐かれてしまったわね、ナツメ」
「ホントな。俺まだ義兄じゃないし。嫌われるよりは嬉しいけど……きょうだいの中で男一人だからかな」
「それもあるでしょう。でも一番はそこじゃないわ。
「ふーん、そういうもんか……」
「ただ、あまり甘やかさないでちょうだい。ナツメは私のパートナーなのだから……レースを引退したこれからの私にとって、弟は家督を争う相手。支える相手は選びなさいな」
「いいじゃん、相手は強い方が越え甲斐がある。俺が全部使って支えるジェンティルが、手伝ってるだけの弟クンに負けるワケないさ」
「……あっはは!そう、そういうことね。であれば、よろしい。貴方であればその言葉を十全に果たすのでしょう」
「もちろん、俺に任せな。さて……改めて今までレースお疲れ様。今日は夕食に出かけるんだっけ?」
「ええ。誰の邪魔も入らない、私たち二人きりのね。ちなみに、私たちが向かうのは
わざとらしく言葉を溜めて、俺との距離を無くしたジェンティルは腕と尻尾を絡ませた。見上げられる瞳の奥に、企みの影が見え隠れする。
「……ホテル側のご厚意で、
「うん?うん……………あー、理解した」
昼ではなく夜に、制服ではなくフォーマルで、無職ではない一家に認められた俺と一緒に。
「そんじゃ着替えたら行きますか。それから――今日は勝てるといいな?」
「っ……当然、勝者は私に決まっているじゃない」
「はは、ご冗談。俺のか弱い婚約者が何分で涙目になるか、時間でも計っとくか」
「あ、貴方……言い過ぎではなくて?」
「ごめんごめん、ジェンティルの嬉しそうな顔見てたらつい」
「~~~!お黙りなさい、嬉しがってなんていないから」
ふくれっ面になって俺の腕を締めるように抱くジェンティルに連れられ、もう慣れた豪奢な廊下を進み部屋へ向かう。
竜胆ナツメはジェンティルドンナとともに、光の中をふたり歩く。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ジェンティルドンナ編は完結しました。
いつも通りウマ娘のガイドライン的にアウトかセーフか、書いてて分かんなくなってきたので、冷静な時に見て「これアカンわ」と思ったら描写を一部修正します。
評価、お気に入り登録、誤字報告などありがとうございます。
感想までいただき大変光栄です。この場を借りてお礼申し上げます。めちゃ嬉しいです。
改めて、ここまでお読みいただきありがとうございました。