昇星は光路にて再会する   作:はくとう

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ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
また、高評価や感想など本当に嬉しいです。

このお話が返礼になれば幸いです。


ジェンティルドンナ 温泉旅行

ジェンティルドンナとの再会から一年が経った、ある夏の日。

義弟(おとうと)クンと一緒に、彼の新たな事業について展望のすり合わせを行っていた朝の食卓。目を輝かせて溌剌に話す義弟クンに相槌を打ちつつ、途中から首を突っ込んできた義父(オヤジ)の相手もしてやる。

 

「いやぁ〜、マジでしっかりしてるなぁ義弟クン。素直で有能なキミと仕事の話するの楽しいわ」

 

「あ、ありがとうございますっ。でも僕はまだまだです、義兄(にい)さんのような辣腕は振るえません」

 

「そう?充分やり手じゃない?ていうか俺は事情ありきの例外だから、追いかけない方がいいよ。今のキミはちゃんと自分のやり方で、世界に力を証明できてると思う。オヤジは、最近の義弟クンになんか感想ないの?」

 

「ふむ……ジェンティルと竜胆君が走り始めてから、人を纏める能の芽生えはあったが……今の息子は『世界の器』たるやもしれん、と思うこともある」

 

「か、過分なお言葉ですお父様……ここ最近の業績は、義兄さんの助力ありきのモノですから」

 

「俺はあくまで手伝いだよ。それに、キミは俺の助言を受けてるけど、何気に俺の要求してることは毎度簡単なコトじゃないからな?問題なく実行できてる義弟クンは文句ナシで優秀だ。正直、流石に『元ご当主サマ』の血を引いてるだけあるよ」

 

「ほう?竜胆君から一目置かれているとは思わなかったな。ジェンティルの今後についてトレーナーの時の君を呼び出して以降、見限られたものとばかり」

 

「思ってもないこと言いやがる……そんな殊勝な人間が、ここまで家をデカくできるか。あのジェンティルが敬する数少ない人間だ、実際にオヤジの手腕を見たことなくても認めるくらいしてやる」

 

「ふむ……そう言われては、モノを知らぬ竜胆君に力を見せてやりたくなってくるな。息子たちの楽しそうな力比べに、私も混ぜてもらおうか?」

 

義父の軽い口調とは裏腹な目の光に、俺と義弟クンは顔を見合わせる。次の代に家督を預けておいて、その争いに割って入ると言ったのか。

話の方向がどんどん面倒な方に進んでいく……けれど、面白い。義弟クンもまた、父親への畏敬は抱きつつも過度に竦んだ様子はない。

 

「ハッ……俺とジェンティルの居るフィールドにわざわざ負けに来るなんて、大層なご趣味だ。大人しく後進に道を譲った方が、余計な恥をかかずに済むぜ?」

 

「義兄さん、言い過ぎでは!?コホン……ですが、僕たちの家督争いに混じると言うのなら、お父様を降せばこれ以上ないアピールになる事も事実。それどころか、姉さんも義兄さんもお父様も、まとめて傘下にする良い機会ですね」

 

「!……クックッ……ひと言多い義息(むすこ)にあてられたか、(オマエ)もまた良い眼光になった」

 

力こそ正義の邸宅で一族の男たちが集い、朝の食卓に似つかわしくないバチバチの空気。今にも空間が軋むような三者三様の圧力のせめぎ合い――

 

「あら、なぁに?この雰囲気」

 

「あれ!?おはようジェンティル!もう少しで起こしに行ったのに……着替えまで済ませちゃったのか。あとで髪を結うよ」

 

「ええ、お願いするわ」

 

ジェンティルの起床によって、俺は男どものガンの飛ばし合いからいち抜けた。義弟クンとオヤジは若干の拍子抜け。知らん知らん、ジェンティル優先に決まってるだろ。新婚さんやぞ。

シアー素材で肩周りに透け感のあるブラウスと、エレガントなラインのマーメイドスカートを、モノトーンで上品に纏めている。メンコも服に合わせ――いや逆か。メンコにテイストを合わせてるんだな。

シックなスタイルなのに『可愛い』って思っちゃうのは、相変わらず幼くて愛らしい顔立ちだからかな。

 

「はいこっち座って、何食べる?」

 

「うぅん……ナツメは何を頂いたの?」

 

「俺は……ブリオッシュのフレンチトーストにイタリアのチーズ(リコッタ)クリームを添えた。同じの作ってこようか」

 

「ブリオッシュは少々甘いわ、バゲットに変えてもらえる?それからスペアミントのお茶も淹れてくださいな」

 

「ミルクティーにする?それともブレンド?ルイボスとかカモミールあたりかな」

 

「そうね……ミルクで」

 

「はいよ、それじゃ少々お待ち~」

 

ジェンティルの頭を指輪の嵌めた左手でひと撫でさせてもらってから、彼女のオーダーを叶えるべく食卓を出る。もう使い慣れたキッチンで手際よく準備しながら、片手間の思考で『今日の予定』をさらいなおす。

 

いよいよ待ちに待った海外への新婚旅行――の前に、片付けておかねばならないコトがあった。ジェンティルと共に育てている事業の現地調査だ。

彼女がレースを引退してから、次の事業(フィールド)として選んだのは『トレーニング分野』だった。強者がさらに強者と成るように、そしてソレを追いかける者たちもまた鍛えぬくための、『最先端な超高負荷』を追い求める。

元よりこの家が抱える事業のうちのひとつを世界に届く牙とするべく、日夜ジェンティルと一緒に駆け抜けている際中。

 

そして今日は、ハネムーンで席を外す前にその施設を実際に現地で見ておかねばならない。画面や資料越しだけでは見えないものもあるだろう。

ぶっちゃけ問題が無く順調そのものなのは分かりきってるが、やるべきことな以上はやっとかないとな。

 

それからなんか『サプライズ』もあるらしいし。ジェンティル曰く『愉快なオタノシミよ。ご期待なさって?』とのこと……なんだろな~。

マジで期待していいなら、併設してるリラクゼーションとしての温泉とか一緒に入れたりして。いいねぇ!一泊するみたいだし、ゆっくりできるなら最高。

 

まぁ折角のサプライズ、アレコレ予想をたてるのは無粋だからやめにしよう。

俺はただ、愉快なオタノシミを期待してればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を終え、ジェンティルの柔らかな髪を結いあげ、俺たちが育てている複合トレーニング施設へ。ルンルン気分だった俺を出迎えてくれたのは――『筋骨隆々(ナイスバディ)のタフガイ達』だった。ざっと20人ほど、中には『ジェンティルの婚約希望者』の記憶に引っかかる者もいる。

皆一様に、俺に対しての敵意を隠そうともしない。精神弱いヤツがやられたら卒倒するぞ。

 

そこで頭の中で嫌な想像が繋がり、俺の隣で不敵に笑う妻に対して苦々しく問いかけた。

 

「あー……もしかして、オタノシミってコレのこと?」

 

「ほほほ……ナツメに全部掻っ攫われて、納得できない方々がいらっしゃるみたいなの。ですから、ハネムーン前にケリをつけてくださる?久々に、存分に発奮なさってちょうだい」

 

「そっかぁぁぁぁぁ……」

 

俺の淡い期待は無残にも砕け散り、残ったのは引導を渡すべき男どもだけ。大方、中のトレーニング器具を使って俺に勝てば、もう一度ジェンティルに挑戦できる機会を得るとかの触れ込みだろう。

 

『本当に若いしヒョロいじゃないか』『ここで勝てばジェンティルさんを手に入れるチャンスが……』『彼女も一家の後釜も、全部俺が奪うんだ……!』

 

相手方は皆、ジェンティルを手中に収めるべく滾っている。そしてそれを隣で見るジェンティルは相変わらず愉快そうに微笑み、自らを賭けたこの勝負をヨシとしていた。

正直なところ、俺はこの状況を前向きに楽しめるほど寛容ではない。顔にも口にも出さないけど……面白くない。

 

ジェンティルドンナを『景品(トロフィー)』としか見ていない。相手も、ジェンティル自身も。

――少しだけ、ムカつくな。

 

けど今は、胸中に湧く不愉快を押しとどめる。妻がお愉しみいただけるよう、精々本気で競ってやろう。これからの彼女との生活のためにも、後顧の憂いはここで完全に断ち切る。

 

「そんじゃ行ってくる。顔が良い夫の強さ、しっかり見ててくれよ」

 

「ならば、この場で一番強いことを証明なさい?」

 

「はいはい……力ずくで目を奪うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長ったらしい根性勝負の末に、暑苦しい筋肉の皆様は敗者としてお帰りいただいた。併設された温泉――というか温泉地にジムを引っ付けてるんだけど――で汗を流し、張り付いた疲労感を少しでも剥がす。

流石に20人相手はしんどい……ジェンティルが見ている以上、絶対に負けないにしても体力はかなりもっていかれた。疲れてるトコとか見られたくなかったけど、そうも言ってられんわ。

 

「はぁ~……切り替え切り替え」

 

湯舟の中で無機質な天井を見上げる。当然露天風呂なワケもなく、幾分か安らぐと言えど体力は半分も戻ってこない。

さらに言えば、精神的にポジティブとは程遠い時間だったのも、身体を重くする一因だった。ジェンティルの為であれば個人的な感情などは捨て置けるが、愛する妻を景品扱いする時間が愉快なはずもない。

総合して――疲れた。

 

こんな時はジェンティルを甘やかすに限る。限るったら限る。

普段から彼女に対してはかなり甘めだが、今からはいつも以上にお姫様扱い決定。

 

なんで普段からダダ甘かと言われれば……それは、ねぇ?たま~にイジメちゃうからその罪滅ぼしといいますか……どうにも『負けたがる彼女』を見てるとそうしてあげたくなるといいますか。

 

ともかく、お風呂出て着替えたら、ジェンティルにベッタリナデナデ寝るまで一緒作戦を決行する!俺は今日ちゃんと頑張ったから、きっと許される!

 

 

 

 

――とか、思ってたんだけどな。

 

「ジェンティルさん、()()()()()()()()()()()?」

 

「なんで?……ふふ、それはね。全部ナツメに勝つために仕組んだことだったからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツメを誘導するのは、呆気ないほどに容易かった。

リラクゼーションとしての温泉とともに、宿泊可能な部屋も備えている複合トレーニング施設。一泊するために押さえていた部屋に帰ってきた、お風呂上がりのナツメ。

いくら人並み外れた彼であっても、流石に日中の疲労が残っているのが見て取れる。それに加え、どういうワケか私をしきりに甘やかそうとする都合のいい精神状態。

 

私の望みをなんでも叶えたがるナツメは、いとも簡単に私にベッドに寝かされた。彼と出会ってから今に至るまでで初めて、()()()()()()()()()()()()

 

「?……えっ、と。つまりはアレか。俺はハメられたってコトか」

 

「そういうコトになるわね。普段ほどの力は出せないでしょう?」

 

私に言われて、試しに彼の手に力が入る。でもダメ、この体勢と貴方の今のコンディションでは私をどけるには至らない。

 

「うんうん、今回はちょい厳しいかも」

 

「ええ、そうでしょうね。長かったけれど……ようやく私の勝ち。今回ばかりは、それでよろしくて?」

 

押さえつけて、見下ろして、完全に主導権を手中に収めた。力での勝利こそ私の好むものだけれど、必要であれば策を弄する理性もある。むしろ、理性の中で振るう力こそが美しい強さだ。

あとはナツメから『俺の負けだ』という言葉が出れば、それでいい。力での屈服が成った以上は、今日のところは満足してあげる。疲労した彼を『その後』に付き合わせるほど鬼ではないつもりだから。

 

「そっか……見事に策略にハマっちまった。いっこだけ聞きたいんだけど、婚約希望者とかは全部仕込み?」

 

「いえ、あの方たちは本物よ。私にはもうナツメが居るのに、まだアプローチが続くものだからまとめて切らせてもらったの」

 

「じゃあ、俺が頑張った意味はちゃんとあったのか。いやー、良かった良かった――」

 

「ナツメ?それ、どういう――ッ?」

 

言葉は続かなかった。瞬きの内に、想定し得ない理解の外にある強烈な力の流れを感じ――気付けば私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はは……天地返し。なんてな……さすが俺、案外上手くいくもんだ」

 

「な、なに……どこにそんな力があるのよ、貴方」

 

「さぁ、どこだと思う?」

 

ナツメの声に温度はなく、今までにない『何か』を彼から感じる。落胆?侮蔑?いや、そういったものじゃない。愛想を尽かされたとかとは違う。

 

「なぁ。俺さ、ちょっとだけ()()()()んだ」

 

――あぁ、そう。『怒り』か。今までにほとんど向けられてこなかったから、私の想定から抜け落ちてしまっていた彼の感情。疲れきっているはずのナツメが私に突きつける、怒りの力。

 

「お昼の一件。ジェンティルを狙うヤツを返り討ちにするくらいはいいんだ。そんなモンでどれだけ疲れたって不機嫌にはならない。でもさ……愛してやまない俺の大事な妻を、勝てば手に入る『景品(トロフィー)』扱いされたら、俺だって内心穏やかじゃないんだよ。しかも当の本人がそれをヨシとしてるから、複雑で仕方ないさ」

 

「――……それは、その……ごめんなさい」

 

ナツメに言われて、今回の催しは私の不徳であると悟った。私は私の価値を自覚しているし、私を求めて鍛え競う方々を見慣れていたから、特段深く考えることなく自分を景品にしてしまった。

なんでも受け入れてくれる彼にも、当然ながら譲れないモノはある。今回がまさにそう……『彼が愛してやまない大事な妻(ジェンティルドンナ)』をぞんざいに扱った、私が軽率だったのかもしれない。

 

……うまくナツメの顔を見れなくて、思わず目を伏せる。まさか自分が愛されていないなどと感じたことは無い。ちょっとだらしないくらい、普段から引っ付いてきてはアレコレ尽くす彼の好意を疑うはずもない。

けれど、いやだからこそ。いつでも私にゾッコンで私ファーストなナツメの、愛ゆえの怒りをこうも真っ直ぐ向けられると……少し照れる。

 

胸の奥をくすぐられるようで、自然と上がりそうになる口角を律する。お互いに歳を重ねて大人としての触れ合いを続けるうちに、恥ずかしがることが減って、夫婦としての揺るがない愛が育った。

でも今の私は、ナツメに心からときめいてしまっている。『私はこの人に恋をしている』という当たり前のことを思い出さされて、鼓動が早まるごとに顔に熱がこもる。

 

「?……反省、してる?顔が赤いけど」

 

「な、なんでもないわ……もう自分を景品扱いするのはやめるから、許してくれる?」

 

「そっか。分かってくれてありがとう、ジェンティル」

 

少し呼吸を整えて、私に熱を巡らせる呼び起された恋心を落ち着けてからナツメを見る。私の反省を受け止めてくれたのか、冷ややかだった灰色の双眸はニッコリ笑う彼のまぶたに閉じられ、今では窺い知ることはできない。

 

――あら?

 

「ねぇ、ナツメ?」

 

依然として、私はベッドに倒されたまま。組み伏せられて抜け出せない。試しに力を込めてみても、同じ力が返ってくるだけ。

 

「あの……」

 

同じ構図、同じ笑顔、同じ力。なぜか本能が警鐘を鳴らし、冷や汗が流れるのを感じる。思えば、ナツメは『分かってくれてありがとう』と言っただけで『許した』とは口にしていない気がする。

その思考を補強するかのように、変化は訪れた。私の手を包み込むように繋いでいた彼の手は、するりと下りて私の()()()()()。今までにない、はっきりとした『拘束の意思』に心臓が跳ねる。

 

ウマ耳も尻尾もないナツメの、固まったままの笑顔から読み取れない想い。恐る恐る、問いかける。

 

「もしかして……まだ怒ってたり、するかしら……?」

 

 

 

「――オタノシミだなんて言われて混浴とか期待した俺に暑苦しい筋肉ダルマたちの相手させて、あまつさえジェンティルを甘やかしてイチャつきたかった俺を誘導して、俺の気持ちぜーんぶ使って罠にハメて……そう簡単には許せないよな

 

口元に笑みを浮かべるナツメが再び開いた目には、煮えたような妖しい『色』が宿っていた。それを認めた瞬間、さっきまでの甘酸っぱいドキドキは引っ込んで、理性を焦がす熱が呼び起される。

……ただ同時に、いつもとは明らかに違うナツメへの、僅かな()()が心の片隅で顔を覗かせる。……恐れ?私が?

 

「ホントはこんなコトやりたくないんだよ。でもさ、悪だくみをする妻を放ったままにはしておけない……『もうやっちゃダメ』だって理解(わか)らせないと」

 

『その可愛らしいイタズラ心を潰すまで、寝かさないから』

 

 

 

一段深く体重がかかる。距離が埋まり唇が塞がる。私に反省を促すための長い長い沈黙(キス)――――――少し長すぎる、その意思表示のために腕に込めた力は……微動だにしない。まるで『知らないよ』と()()()()()()()()()、強く押さえ付けられる。

唇が離れて再開した呼吸の中で見るナツメは……愉しそうに薄く笑っていた。

 

「はぁ、はぁ、ナツ『ほら、息吸いな』――ん、む――っ!」

 

言葉を交わす間もなく、続きが始まる。またも長い長い沈黙に、肺の空気がジリジリと削られていく。そして息が尽きる少し前に、ナツメは身体を退いて満足げに私を見下ろす。

 

「はぁっ、はぁっ、貴方、まさか『喋るとキツいぞ』――ぁ――んっ

 

満足に呼吸を整える暇なく、息が閉じる。間違いない、まずい、今日のナツメの獣性にはいつもの優しさが無い。求める私に応える彼じゃない――本気で教育を施しにきている。

理解と同時に拍動は加速して、そのせいで余計に苦しくなるのが早くなる。身体の末端から力が失せていく、どん詰まりな方へと進んでしまう。

 

「はぁっ、ちょっと、休『喋んなって』――ッ――ぅ」

 

言葉が通じるとかの話じゃない、何も言わせてもらえない。喋ったせいで苦しさを引きずったまま、暴れ続ける鼓動に追い詰められていく。

……あれ、これ、ほんとうにまずい。押し戻せない、抜け出せない、主導権どころか私の意思の余地が無い。

 

薄い酸素が思考を遠のかせて、やがて理性すら腐っていく。ただ熱く、甘く、痺れるように熔ける。

 

「ふぅ……肺活量、落ちたんじゃないか?鍛えなおしてやってもいいぞ」

 

「ハ――ハッ――はぁ――」

 

「……それどころじゃないな。はい、深呼吸していいよ」

 

『深呼吸』、そのワードを認識した私は、考えることなく息を吸い――()()()()()()()

 

「え、待っ『待たない』――」

 

肺をからにしたばかりの、一番弱いタイミングをナツメは差しに来た。反射的に身じろぎして彼を振りほどこうとするのに、そこまでしても拘束は緩まない。

こんなの、甘く濡れているだけの絞殺――でも、熱と息苦しさで掠れた思考をナツメにグチャグチャにかき回されるの……気持ちいいのかも

 

「――ぷ、は……興奮すると鼻呼吸できないって、マジだな。ところで、俺を振り落とそうとしたみたいだけど……キスはもう無理か?」

 

息も絶え絶え、思考は途切れ途切れ、上手に言葉を編めず荒い呼吸で頷く。完全に屈服した勝負心と、熱病に浮かされたようにまだナツメを求める心。背反するふたつが私を欲望の坩堝(るつぼ)に突き落とす。

発火しそうなほど熱を帯びる身体、知らない領域に足を踏み入れてしまった高揚、知らずのうちに溜まった涙でぼやける視界。どれもこれも、もはや理性の枷など気にも留めない。

 

――もっとほしい、好きにされたい、私をこんな風にできるのは貴方だけなんだから

 

「んー……そうだ。ずっと気になってたんだよな……ジェンティルの耳

 

……耳?いま、みみっていった?

 

「――……ダ、ダメ!絶対ダメよ、耳だけは本当にっ!」

 

「コレクションしたり服の方を合わせるほどこだわってるメンコの内側が、どんなもんか興味あったんだ。俺にウマ耳は無いし」

 

「ごめんなさい、私が悪かったわ……もう反省したの、二度と貴方を(たばか)ったりしないから……ね?お願い、(ソコ)だけはやめて……!」

 

「……反省?」

 

涙で僅かに揺れる視線の先、ナツメは少しだけ思案しているようで――すぐにため息をついた。

 

「はぁ……反省してるヤツは、そんなに口元緩めて誘う表情(カオ)をしないんだよ。それに拒絶なら言葉じゃなくて力でやってみろ」

 

「だ、だって力なんて今更勝てな『動かすな、噛んじまうぞ』――待って、無理ぃ……ン、くうぅぅ――」

 

私の片耳に顔を近づけて、ナツメは器用に口だけでメンコを脱がす。昂りを滲ませた息遣いと、僅かに当たる歯の感触が、身体の奥底を伝って足の指先までゾクリと駆け抜ける。

待って。本当に無理。ソコだけは絶対ダメ、ダメダメダメ無理無理無理無理――

 

 

 

「どんなに泣いて乱れても、ここには俺たちしか居ないからさ。安心して負けていいよジェンティル……か弱くて情けない姿も愛してる」

 

温かく、優しく、柔らかく――()

 

 

 

 

 

「ぁ――はぁ――――♡――しゅき――なつめ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、ナツメ……?おはよう……」

 

「おはよ、ジェンティル。でもまだ早いぞ」

 

「うん……貴方はいつから起きて、私を撫でてるの」

 

「1時間くらい前、かな」

 

「相変わらずの睡眠時間ね……」

 

「はは、どうにもならないからな。……さて、起こしちゃったみたいだし撫でるのやめてジムでも行ってこようかな」

 

「ダメよ……ナツメが隣に居た方が安眠できるもの」

 

「――ホント可愛いねキミ。甘やかして良いってんなら、喜んで一緒に居させてもらお」

 

「ええ、そうして……昨晩(きのう)の振る舞いで随分と自己嫌悪してるみたいだし、私の安眠と貴方の精神回復で一石二鳥でしょう」

 

「いやほんと仰る通りで。俺はお姫さま待遇してあげたいのに……完全に我を忘れてました。ごめんなさい」

 

「……またしてくれるなら、ゆるしてあげる」

 

「――ウソだろ、全然反省してないじゃん。ある意味、昨晩(きのう)の勝負は俺の負け……か?」

 

 

 





完全にラインが分からんくなってしもうた。

墜星の次を、誰を書くかちょっと決めかねてるので、更新未定です。
また気が向いた際に覗いて頂けると嬉しいです。
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