スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第100話 【Web特集】希望のメス、あるいは秩序の鎖:IARO新制度『暫定ヒーラー』育成プログラム密着レポート

【Web特集】希望のメス、あるいは秩序の鎖:IARO新制度『暫定ヒーラー』育成プログラム密着レポート

発行日: 20XX年X月XX日

配信元: WORLD ALTER REPORT (WAR) - 特別調査報道班

執筆者: ジャーナリスト 山本 健太郎

 

副題:新潟の悲劇から半年。世界を揺るがした『愛美ちゃん法』の下、禁じられた奇跡は希望へと変わるのか。IAROが設立した極秘の教育機関に、我々は世界で初めてカメラを入れた。そこで見たのは、厳格な教官の下で自らの力と向き合う癒し手たちの苦悩と、秩序の光と影だった。

 

序章:英雄の不在証明と一滴の涙

世界は、英雄の不在を嘆いていた。

数ヶ月前、新潟の山村でこぼれ落ちた6歳の少女の命。その悲劇は、IARO(国際アルター対策機構)が築き上げてきた「完璧な秩序」という名の巨大な壁に、一つの小さな、しかし決して塞ぐことのできない亀裂を入れた。

『なぜ救えるはずの命が救えなかったのか』

その問いはSNSを通じて全世界へと拡散され、これまでIAROを秩序の守護者として絶対的に支持してきた民衆の心に、初めて深刻な疑念の種を蒔いた。鏡ミライも陽南カグヤも、このあまりにも個人的で、あまりにも救いのない悲劇に対しては沈黙を守った。神々の壮大な物語の中では、一人の少女の死はあまりにも些末な出来事だったのかもしれない。

だが、その些末な出来事こそが、人々の日常と地続きの無視できない痛みだった。

英雄は、不在だった。

後に残されたのは、自らが作り上げたシステムの欠陥を真正面から突きつけられた、秩序の番人たちの深い苦悩だけだった。

 

そして、世界がその怒りと悲しみの矛先を見失いかけていた時、IAROは動いた。

鉄の男、黒田事務総長。彼は、自らが犯した罪を認めるかのように、全世界が見守る緊急記者会見の席で深く、深く頭を下げた。そして、IARO設立以来の最大のタブーとされてきた法改正――『アルター技能管理法』の緊急時における未認可スキルの限定的行使を認める、通称『愛美ちゃん法』の制定を宣言したのだ。

それは、硬直した秩序が自らの過ちを認め、よりしなやかな形へと進化しようとする痛切な決意表明だった。

 

あれから半年。

世界は、IAROのそのあまりにも誠実な対応を、驚きと、そして僅かな希望をもって見守ってきた。そして今、あの法律の下で一つの極秘の教育機関が設立されたという噂が、我々ジャーナリストの間で囁かれ始めていた。

未登録の治癒能力者――これまで法律の影でその力を呪いとして隠し持ってきた「野良ヒーラー」たちを集め、公的な医療従事者へと育成するための機関。

我々WORLD ALTER REPORT (WAR)は、半年に及ぶ粘り強い交渉の末、ついに世界で初めてその禁断の学び舎への密着取材許可を取り付けることに成功した。

そこは希望の揺りかごか。それとも、新たな秩序の鎖を生み出す工場か。

我々が見たのは、神の奇跡と人間の理性が激しく火花を散らす、魂の最前線だった。

 

第一章:集いし癒し手たち――罪と祈りの教室

その場所は、日本のどこにでもあるような、少し古びた大学のキャンパスを改装して作られていた。だが、その周囲はIAROの最新鋭のセキュリティシステムによって厳重に警備され、部外者の侵入を一切許さない。ここが『IARO関東支部・特殊技能者再教育センター』、通称『白百合の丘』。記念すべき第一期生として集められたのは、日本全国から自らの意志で名乗りを上げた30名の未登録治癒能力者たちだった。

 

我々が案内された講義室の空気は、希望よりもむしろ、どこか懺悔室のような重苦しい静寂に満ちていた。集まった生徒たちの年齢は、18歳の少年から80歳を超える老婆まで様々。だが、その表情には共通して、長年社会の片隅で祝福であるはずの力を呪いとして背負ってきた者だけが持つ深い疲労と、そしてほんの少しの安堵の色が浮かんでいた。

 

その中に、あの老婆の姿があった。

佐藤ヨシエさん、78歳。新潟のあの悲劇のきっかけとなった人物。彼女のスキルは、【軽度の鎮静(マイナー・セデーション)】。IAROの調査によれば、Eランクに分類される極めて微弱な能力。

彼女は、我々のインタビューに震える声で、しかしはっきりと答えてくれた。

「わしは……罪人です」

彼女は、深く皺の刻まれた手で自らの胸を強く押さえた。

「あの日、わしがもっと早く……いや、わしにもっと力があれば……。愛美ちゃんは助かったのかもしれない。……IAROさんを恨んではいません。恨むべきは、この役立たずの力と、そして何もできなかったわし自身です」

「じゃから……。ここに来ました。もう二度と、あんな悲劇を繰り返さんために。この老いぼれの身体で何ができるかは分かりません。じゃが、ここで学んで少しでも人の役に立てるなら……。それが、愛美ちゃんへのたった一つの償いになると思うて……」

彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

彼女だけではない。ここに集まった者たちのほとんどが、似たような「後悔」の記憶をその魂に刻みつけていた。

大学で救急医療を学ぶ20歳の青年、田中海斗君。彼のスキルは、【血液凝固促進(ブラッド・クロット)】。C級に分類される、比較的強力な能力だ。

「半年前、サークルの仲間がバイク事故を起こしたんです。目の前で、血がどんどん流れていく。俺の力を使えば、少なくとも出血を一時的に止めることはできたはずだった。でも……怖かったんです。法律を破ることが。もし失敗して、逆に彼を死なせてしまったらって。俺は何もできなかった。……幸い、彼は一命を取り留めました。でも、俺は一生あの時の自分を許せない」

「だからここに来ました。もう二度と、『分からなかった』なんて言い訳をしないために。正しい知識を、そしてこの力を使う覚悟をここで学びたいんです」

 

彼らは、望んでこの堅苦しい義務と教育の場へとやってきた。それは彼らにとって罰ではない。それは、過去の罪を乗り越え、未来へと歩み出すための唯一の巡礼路だったのだ。

だが、そのあまりにも人間的で、あまりにも切実な祈りに満ちた教室の空気を、一人の女性の氷のように冷徹な声が切り裂いた。

 

第二章:金色の鳥かごから来た教官――ミカミ・メソッド

「――感傷に浸るのは、そこまでにしていただきましょうか」

 

講義室の前方に、いつの間にか一人の女性が立っていた。

IARO公認ヒーラーの純白の制服に身を包み、その知的な眼鏡の奥の瞳は一切の感情を映さず、ただ目の前の生徒たちを「分析」するかのように見据えている。

ミカミ・アヤネ。B級ヒーラー。かつて我々の取材に、「金色の鳥かご」の苦悩を語ってくれたあの女性だった。だが、今の彼女からはあの時の迷いや葛藤の色は微塵も感じられない。そこにいるのは、ただ完璧な、そして非情なまでのプロフェッショナルだけだった。

彼女こそが、この『白百合の丘』の初代教官長だった。

 

「皆さん、初めまして。私が、これから半年間あなた方を指導するミカミです。最初に言っておきます。ここは学校ではありません。ここは戦場です。そして、あなた方がこれから学んでいくのはただの知識ではない。人の生死をその指先一つで左右するための、あまりにも重い『技術』と『責任』です」

彼女の声は静かだった。だが、その一言一句がまるで鋭利なメスのように、生徒たちの甘えや感傷を切り刻んでいく。

「あなた方の動機が贖罪であろうと、自己実現であろうと、私には関係ありません。私があなた方に要求するのは、ただ一つ。『完璧な結果』です。これから行う訓練において、一度でも基準に満たない者は即刻その資格を剥奪し、故郷へとお帰りいただきます。……よろしいですね?」

 

そのあまりにも厳しい宣告。

生徒たちの間に、緊張が走る。

ミカミは手元のタブレットを操作し、講義室の巨大なホログラム・ディスプレイに、一枚のあまりにもおぞましい人体の断面図を映し出した。

 

「では、最初の講義を始めます。テーマは、『治癒スキルが引き起こす最悪の医療過誤』について。……あなた方のその善意が、いかに簡単に人を殺せるか。そのメカニズムを、まずはその頭蓋骨に徹底的に叩き込んでいただきます」

 

『ミカミ・メソッド』。

後にそう呼ばれることになる彼女の教育方針は、徹底したリアリズムと科学的合理主義に貫かれていた。

彼女は治癒スキルを「奇跡」とは決して呼ばなかった。彼女は、それを「未解明の生体エネルギーによる因果律への限定的干渉現象」と定義した。

彼女の授業では、精神論や倫理観が語られることはほとんどなかった。代わりにそこにあったのは、膨大な量の解剖学、生化学、そしてスキルエネルギー物理学のデータだった。

 

「佐藤さん」

ミカミが、ヨシエ老婆を指名する。

「あなたのスキル【軽度の鎮静】。その本質は、対象の神経伝達物質、特にノルアドレナリンの分泌をスキルエネルギーを用いて強制的に抑制することにあります。バイタルを安定させる上では有効ですが、もし対象が重度のアナフィラキシーショックを起こしていた場合は? 血圧を上昇させるべきその局面で、あなたのスキルは対象の心停止を招くただの『毒』と化す。……その判断を、あなたはコンマ数秒で下せますか?」

「田中君」

彼女は、次に海斗を指名した。

「あなたの【血液凝固促進】。確かに、外傷性出血には有効でしょう。ですが、もしその血液の塊――血栓が血管内を移動し、脳の血管を詰まらせたら? あなたは、出血多量で死ぬはずだった人間を、今度は脳梗塞で半身不随にするだけかもしれない。……そのリスクを、あなたは患者に説明できますか?」

 

彼女は、生徒たちが抱いていた自らの力への甘い自己評価を容赦なく、そして論理的に粉砕していった。

奇跡は、万能ではない。

奇跡は、常に最悪のリスクと隣り合わせの、ただの医療技術の一つに過ぎないのだと。

生徒たちの顔から、次第に血の気が引いていく。

彼らは初めて知ったのだ。

自らのその手に宿る力が、どれほど恐ろしく、そしてどれほど扱いが難しいものなのかを。

 

第三章:魂のトリアージ――奇跡の限界を知る時

実技訓練は、さらに過酷を極めた。

最新鋭の医療用シミュレーターと、IAROが開発した生体ホログラム技術を組み合わせた訓練室。そこは地獄だった。

多重衝突事故現場、大規模な火災現場、そして混沌派による無差別テロ現場。

生徒たちは、次々とその仮想の戦場へと送り込まれていく。

耳をつんざくような悲鳴、血の匂い、そして次々と運び込まれてくるリアルな負傷者たちのホログラム。

彼らの使命は、ただ一つ。

『トリアージ』。

限られた時間、限られた自らのスキルエネルギーの中で、誰を助け、そして誰を「見殺し」にするか。その、神ですらためらうであろう究極の選択を、彼らは何度も何度も強制させられた。

 

「――なぜ、あの子供を先に治療した!?」

訓練を終え、精神的に消耗しきった海斗に、ミカミの容赦ない声が飛ぶ。

「彼のバイタルは、まだ数分は持ったはずだ! その間に、あちらの腹部を負傷した警官を止血していれば二人とも助かった! あなたの感情的な判断が、一人の英雄を殺したのよ!」

「……で、ですが……。子供が苦しそうに……」

「救命の現場に、『ですが』はない!」

ミカミは、一喝した。

「我々が救うのは感情ではない。ただ、冷徹な『生命』そのものよ。その優先順位を見誤る者は、ヒーラー失格。……もう一度シミュレーションをやり直しなさい。……彼が、あなたの目の前で死ぬまで何度でも」

海斗は唇を噛み締め、涙を堪えながら、再び地獄のシミュレーションルームへと戻っていった。

 

そのあまりにも非情な教育方針に、我々取材班はミカミ本人に直接その真意を問うた。

彼女は、静かな、しかしどこか遠い目をして答えてくれた。

「……私は見てきましたから」

「IAROの公認ヒーラーとして、数え切れないほどの地獄を。……善意だけで何も救えない現実を。……そして、中途半端な奇跡がより大きな悲劇を生む瞬間を」

彼女の脳裏には、おそらく我々には想像もつかないほどの凄惨な記憶が焼き付いているのだろう。

「彼らには、英雄になってもらっては困るのです」

彼女は、きっぱりと言った。

「彼らには、ただ冷徹で、正確で、そして自らの限界を誰よりも知っている優秀な『医療技術者』になってもらう。……それだけです。……そうでなければ彼らは、いつか必ず壊れる。……私のように」

最後の、そのあまりにもか細い呟き。

我々は、その言葉の本当の重みをまだ理解できていなかったのかもしれない。

 

その祈りに満ちた教室の空気を、一人の女性の氷のように冷徹な声が切り裂いた。

「――感傷に浸るのは、そこまでにしていただきましょうか」

教官長ミカミ・アヤネ。IARO公認のB級ヒーラーにして、かつて我々に「金色の鳥かご」の苦悩を語った女性。だが、今の彼女からはあの時の迷いは微塵も感じられない。そこにいるのは、ただ完璧な、そして非情なまでのプロフェッショナルだけだった。

『ミカミ・メソッド』。彼女の教育方針は、徹底したリアリズムと科学的合理主義に貫かれていた。彼女は、生徒たちが抱く「奇跡」への甘い幻想を容赦なく、そして論理的に粉砕していった。

「治癒スキルとは、万能の魔法ではありません。それは、世界の理に僅かなバグを生じさせる、極めて危険な医療技術です。そして、バグには必ず代償(リスク)が伴う。あなた方の善意は、容易に人を殺せるという事実を、まずはその魂に刻み込みなさい」

 

実技訓練は、過酷を極めた。

最新鋭の医療用シミュレーターと生体ホログラムが再現する、地獄のような事故現場。生徒たちは、そこで何度も何度も自らの無力さと向き合わされた。救える命と救えない命を選択する、『魂のトリアージ』。そのあまりにも重い決断に、多くの生徒が訓練後に嘔吐し、泣き崩れた。

誰もが思った。自分は、ここにいるべき人間ではないと。自分に、人の命を救う資格などないと。

教官たちは予測していた。この地獄の坩堝に耐えきれず、脱落者が続出するだろうと。おそらく、卒業できるのは3分の1にも満たないだろうと。

だが、その予測は最も美しい形で裏切られることになる。

 

第四章:脱落者ゼロ――魂の強度の証明

プログラムが折り返し地点を過ぎた、三ヶ月目のことだった。

ミカミ・アヤネは自室で第一期生30名の進捗データを見つめ、静かに眉をひそめていた。

おかしい。

何かが、おかしい。

シミュレーションにおける失敗率は、依然として高い。生徒たちの精神的なストレス値は、とっくに限界を超えているはずだった。だが、誰一人として「辞める」と言い出さない。それどころか、彼らは互いに支え合い、励まし合い、そして驚くべき速度で成長を続けていた。

模擬戦で自らの力を制御できずパニックに陥った田中海斗君を、冷静な佐藤ヨシエ老婆がその穏やかな鎮静の力でなだめる。老婆が過酷な訓練で倒れれば、今度は海斗君がその若い力で彼女を支える。

彼らは、一つのチームとしてこの地獄を乗り越えようとしていた。

だが、それだけでは説明がつかない。彼らの魂の、そのあまりにも強靭な「粘り」。それは、単なる団結心だけでは説明のつかない、何か根源的なもののように思えた。

 

ミカミは、IARO本部にいる黒田事務総長に緊急のテレビ会議を要請した。

「事務総長。報告します。第一期生の脱落者、現在までゼロです」

『……ゼロだと?』

モニターの向こうの黒田の声に、隠しようのない驚きの色が浮かぶ。

「はい。正直、私の予測を遥かに超えています。彼らは確かに苦しんでいる。ですが、決して『折れない』のです。まるで、その魂が最初から我々凡人とは違う特殊な金属でできているかのように……」

そのミカミの言葉。

それが、黒田の脳裏で一つの雷鳴のような啓示を呼び覚ました。

彼は、数年前にあのスキル神が語った一つの言葉を思い出していた。

『――『器』というものがあるからのう』

『スキルとは、超高濃度のエネルギー体。それをその身に宿すには、その力に耐えうるだけの強固な魂の『器』が必要なのじゃ』

 

「……ミカミ君」

黒田は、震える声で言った。

「……もしかしたら、我々は前提を間違えていたのかもしれない」

「前提、ですか?」

「そうだ。我々は、スキルを持つ者を『特別な力を持ったか弱い人間』だと考えていた。だから保護し、管理し、そして時にその暴走を恐れてきた。……だが、もし逆だとしたら?」

黒田の瞳に、畏怖と、そして確信の光が宿る。

「スキルを持つことが彼らを弱くしたのではない。スキルという神の奇跡をその身に宿すことができるということ自体が、彼らが元々並外れて強靭な魂を持っていることの『証明』だったのだとしたら……?」

 

その、あまりにも逆説的な、しかしあまりにも美しい仮説。

ミカミは息を飲んだ。

そうだ。

その通りかもしれない。

彼らは弱者ではない。彼らは、最初から選ばれた者たちだったのだ。ただ、その力の正しい使い方を知らなかっただけで。

そして、その選別の目。それは、IAROでも混沌派でもない。

もっと遥か高みにある、超越的な存在の。

「……まるで見えざる神の手が、最初からこの30人を選び抜いていたかのようだ。……恐ろしくなるほど、完璧な慧眼でな」

黒田は、天を仰いだ。

 

第四章:卒業――三十の希望のメス

半年後。

卒業式の日の『白百合の丘』の講堂には、30名の卒業生が誰一人欠けることなく、その晴れやかな、しかし覚悟に満ちた顔で整列していた。

壇上に立った黒田事務総長の祝辞は、もはや半年前のそれとは全く違う、確信に満ちたものだった。

「――本日をもって、諸君をIARO暫定公認ヒーラーに任命する」

「諸君は、この半年間の試練を通して、自らがただのアルターではないことを証明してくれた。諸君は、祝福と呪いを同時にその身に宿しながらも、決して折れることのない強靭な魂を持つ選ばれし『人間』だ。……我々は君たちを信じる。そして、君たちのその力を未来へと託す」

「行け。そして、救え。君たちのその手こそが、我々秩序派が世界に示す最も温かく、そして最も強き三十の希望の光なのだ!」

 

その力強い言葉を、卒業生たちは微動だにせず、ただ静かに、しかし誇らしげに受け止めていた。

その中には、佐藤ヨシエ老婆の姿もあった。彼女は穏やかな笑顔で、天国の愛美ちゃんへと心の中でそっと報告していた。

(見ていておくれ、愛美ちゃん。……わしはもう大丈夫。わしの隣には、こんなにも頼もしい仲間たちがおるんじゃからのう)

 

結び:神の慧眼と人間の物語

IAROの『白百合の丘』は、世界中の予想を裏切り、100%の卒業率という奇跡的な成果を上げた。

卒業した30名の暫定ヒーラーたちは、直ちに世界中の医療過疎地へと派遣され、これまでであればこぼれ落ちていたはずの無数の命を救い始めた。

彼らの活躍は、IAROへの信頼を完全に回復させ、秩序派の理念の正しさを再び世界に示す力強いプロパガンダとなった。

それは、一人の少女の悲劇から始まり、無数の人々の後悔と祈りを経て、そして最後は神の気まぐれな選別眼という、あまりにも壮大な伏線によって結実した一つの美しい物語だった。

だが、その物語の本当の意味を、まだ世界は知らない。

黒田とミカミだけが、心の奥底で理解していた。

スキル神の慧眼は、確かに彼らに希望を与えてくれた。

だが、それは同時に、この世界の運命が今もなお我々の理解を超えた超越的な存在の掌の上にあるという、揺るぎない事実を突きつけているのだと。

本当の戦いは、まだ始まったばかりなのかもしれない。

秩序と混沌、そしてそのどちらでもない気まぐれな神々。その壮大なチェス盤の上で、人類という名の駒はまた一つ、ささやかで、しかし確かな一歩を未来へと踏み出した。

 

(記事はここで終わっている)

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