スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第101話 神託戦争 ~盤上のサン・ミゲル~

 世界は、奇妙な均衡と、そして静かな停滞の中にあった。

 IAROが掲げる「人間の物語」と、二人の巫女が示す「神の物語」。その三つ巴の綱引きは、世界の辺境で血を流し続けながらも、全体としては泥沼の膠着状態に陥っていた。希望と絶望が、薄く、広く世界に引き伸ばされ、人々はその終わりなき黄昏の時代に慣れ始めていた。

 だが、神のチェス盤は、決して停滞を許さない。

 次なる一手は、常に最も予測不能な場所から、最も唐突な形で投じられる。

 

 その日、全ての始まりは、一本の通信だった。

 IARO本部、地下300メートル。事務総長執務室の静寂を破ったのは、地質調査部門からの、最高レベルの緊急回線だった。

「室長! 緊急事態です! 観測衛星『アマテラス』が、アフリカ中部、サン・ミゲル共和国の上空で、観測史上ありえない規模の特異なエネルギー反応を捉えました!」

 モニターに映し出されたのは、色分けされた地質スキャンデータだった。その中央、これまで不毛の大地としか認識されていなかったサン・ミゲルの国土の地下深くに、まるで巨大な心臓のように脈打つ、強烈な反応を示す真っ赤な領域が広がっていた。

「これは……」

 黒田は、息を飲んだ。

「ハイパースペクトル分析の結果、既知のいかなる物質とも一致しない、未知のレアメタル鉱床である可能性が98%。さらに、その鉱石自体が、周囲の空間の因果律に干渉する、極めて特殊なエネルギーを放出しています。……室長、これは、石油やウランの発見などとは比較にならない。これは、世界のパワーバランスそのものを根底から覆しかねない、『賢者の石』の発見です」

 

 その報告が終わらないうちに、別の回線から、CIA長官直通のホットラインが悲鳴を上げた。

「黒田君! 見たかね、アフリカのあのお祭り騒ぎを!」

 モニターが切り替わり、今度はカオス同盟系の闇衛星が捉えた、同じサン・ミゲルの映像が映し出された。彼らもまた、この地殻変動を同時に察知していたのだ。

「既に、ケイン・コールドウェル直属のS級アルター数名が、ヴァルダニアの空軍基地からサン・ミゲル方面へと向けて移動を開始したとの情報が入っている! 我々も、動くぞ!」

「待ってください、長官! 早計な軍事行動は、第三次世界大戦の引き金になりかねん!」

「では、指をくわえて見ているとでも言うのかね!? あの『賢者の石』が、混沌派の手に渡れば、世界は終わるのだぞ!」

 黒田の脳裏に、最悪のシナリオが浮かび上がる。

 サン・ミゲル共和国。その小さな、貧しい国が、今、世界の火薬庫の中心となってしまった。

 

 §

 

 その後の72時間は、外交という名の、神経がすり減るようなポーカーゲームだった。

 国連の安全保障理事会は、米ロ中の思惑が絡み合い、完全に機能不全に陥った。アメリカの第6艦隊がアフリカ沖へと展開すれば、カオス同盟はそれを牽制するように、ユーラシア大陸の国境線にアルター部隊を集結させる。

 世界は、全面戦争の淵に立たされた。

 だが、誰も引き金を引けなかった。

 誰もが、理解していたからだ。S級アルター同士の全面衝突が始まれば、そこに勝者はいない。ただ、焼き尽くされた惑星が残るだけだと。

 その、息も詰まるような睨み合いの均衡を破ったのは、意外にも、混沌の支配者、ケイン・コールドウェルからの、黒田への極秘の通信だった。

 

 ホログラムのスクリーンに映し出されたケインの顔は、鉄仮面のように無表情だった。だが、その瞳の奥には、チェスプレイヤーとしての冷徹な光が宿っていた。

『――黒田事務総長。……このまま、我々の自慢の駒を、ただの消耗戦で潰し合うのは、あまりにも『面白くない』とは思わんかね?』

 その、邪神の口癖をなぞるかのような、あまりにも挑発的な第一声。

 黒田は、怒りを押し殺し、冷静に答えた。

「……何が、言いたい」

『取引だ』

 ケインは、きっぱりと言った。

『このサン・ミゲルという名のチェス盤。武力ではなく、別のルールで決着をつけようではないか』

『すなわち、サン・ミゲルの民自身に、選ばせるのだ。お前たちの掲げる、偽りの『秩序』と。我らが掲げる、真実の『混沌』。……どちらが、より彼らの魂を救済するに値するかを』

『我々は、それぞれ最高の『プレゼンター』を送り込む。そして、サン・ミゲルの民が下した選択に、両陣営は絶対的に従う。……どうだ? これ以上に、公平で文明的な解決策はないと思うが』

 

 それは、あまりにも大胆で、あまりにも常軌を逸した提案。

 だが、黒田は、その提案に即座に乗った。

 彼もまた、この消耗戦の先に、未来はないと悟っていたからだ。そして何よりも、この思想戦ならば、勝算があると感じていた。

 我々には、鏡ミライがいる。

 

 こうして、歴史上最も奇妙で、最も壮大な代理戦争の火蓋が、切って落とされた。

 世界は、固唾を飲んで見守った。

 武力ではなく、思想と物語。

 その二つだけを武器として、二人の巫女が、一つの国家の魂を奪い合う、神託戦争の始まりだった。

 

 §

 

 日本の、IARO本部。

 ブリーフィングルームの空気は、厳粛な儀式のように張り詰めていた。

 黒田は、これから戦場へと赴く一人の少女の前に立っていた。

 月島栞。その、どこにでもいるような内気な少女の姿は、今やモニターの中の『鏡ミライ』としてのアバターと完全に重なり合い、静かな、しかし絶対的なオーラを放っていた。

 彼女の周囲には、IAROが世界中から集めた、各分野の最高の頭脳たちが控えていた。ノーベル賞級の経済学者、伝説的な都市計画家、ハーバードの政治学者、そして地質学、気象学、心理学の権威たち。

 彼らは、これから栞の「武器」となる、膨大なデータを彼女の脳へとインストールしていた。

「――ミライ君。君に、秩序派の未来の全てを託す」

 黒田の声は、震えていた。

「君がこれからやることは、コンサルティングではない。国家の、創造だ。君のその未来視の力と、我々人類が積み上げてきた叡智の全てを結集し、サン・ミゲルの民に、最も幸福で、最も持続可能な未来の設計図を、提示してやってくれ」

「彼らに、見せてやるのだ。神の気ままぐれな奇跡ではなく、人間の理性と地道な努力こそが、世界を本当に救うのだということを」

 栞は、静かに、しかし力強く頷いた。

「……はい。……わたくしの、物語を紡いできます」

 彼女は、黒田に深く一礼すると、純白のIAROの専用機へと、その小さな、しかし何よりも大きな覚悟を背負って、乗り込んでいった。

 

 時を、同じくして。

 東欧、ソラリス解放区。

 そこは、IAROの整然としたブリーフィングルームとは対極の、熱狂と混沌の坩堝だった。

 聖カオス学院の、コロッセウムのような講堂。その中央に、陽南カグヤは立っていた。

 彼女の周囲を、何万人という熱狂的な信者たちが、まるで嵐のように取り囲んでいる。

 ケイン・コールドウェルが、その群衆の前に進み出た。そして、メガホンを通して、そのカリスマに満ちた声を轟かせた。

「――聞け! 我らが同胞よ! 偽りの秩序の番人たちが、彼らの巫女をアフリカの地へと送り込んだ! 彼らは、哀れなサン・ミゲルの民を、再び退屈な秩序の檻へと引きずり込もうとしている!」

「だが、我々には、我々の光がいる!」

 彼は、カグヤの方を向き、その場に深く膝まずいた。

「――行かれよ、太陽の巫女よ!」

「計画も、データも、そんなものは必要ない! あなたは、ただあなたの魂のままに、彼らの魂を解放すれば良い! あなたのその燃えるような輝きこそが、我らが混沌の、唯一にして絶対の福音なのだから!」

 その言葉に、群衆は地鳴りのような歓声で応えた。

「カグヤ様、バンザーイ!」

「混沌に、栄光あれ!」

 カグヤは、その熱狂のど真ん中で、ただ静かに微笑んでいた。そして、空を見上げ、その金色の瞳で、まだ見ぬ異国の、虐げられた魂たちへと語りかけた。

(……待っていてください、哀れな子羊たち。……今、わたくしが、あなたたちの鎖を断ち切りに参りますわ)

 次の瞬間、彼女の身体は、太陽そのもののような眩い光の奔流と化し、そして一条の流星となって、遥か南の空へと消えていった。

 

 §

 

 アフリカ中部、サン・ミゲル共和国、首都サン・クリストバル。

 その街は、長年の貧困と紛争の傷跡が生々しく残る、埃っぽい、しかしどこか誇り高い街だった。

 大統領、イザベラ・ロッセリーニは、官邸のバルコニーから、自国の運命を変える二人の来訪者を、複雑な思いで見つめていた。

 空港には、IAROの、純白の特別機が静かに着陸していた。タラップを降りてきたのは、噂に聞く月の巫女、鏡ミライと、彼女を補佐する専門家チーム。彼らは、サン・ミゲル政府の閣僚たちに、深々と、そして礼儀正しく頭を下げていた。彼らのアプローチは、あくまでトップダウン。政府間の、正式な交渉から始まる。

 

 だが、その同じ時刻。

 首都で最も貧しく、最も混沌としたスラム街「エル・インフィエルノ(地獄)」の、そのど真ん中。

 空が、裂けた。

 そして、一条の太陽の光と共に、燃えるような赤いドレスをまとった少女が、まるで神そのもののように、舞い降りた。

 陽南カグヤ。

 彼女は、政府の役人には一瞥もくれなかった。

 彼女は、瓦礫の山の上に立つと、その圧倒的な生命力に満ちた金色の瞳で、集まってきたスラムの、最も虐げられ、最も忘れ去られた人々を見据えた。

 そして、彼女は、彼らの魂に直接語りかけるように、最初の言葉を放った。

「――さあ、始めましょうか。あなたたち自身の、本当の物語を」

 

 二人の巫女が、同じ国の、しかし全く違う場所に、同時に降り立った。

 一人は、宮殿へ。もう一人は、スラムへ。

 一人は、未来の設計図を手に。もう一人は、魂の革命の炎を手に。

 武力は、一切介在しない。

 ただ、どちらの「物語」が、より多くの民の心を掴むのか。

 神々すらも予測できない、究極の思想戦の火蓋が、今、静かに切って落とされた。

 その結末を、ただ一人の退屈した神だけが、最高の笑顔で、心待ちにしていた。

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