スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第102話 秩序の福音と、未来の設計図

 アフリカ中部、サン・ミゲル共和国。

 その国は、世界のチェス盤の上で、今まさにキングとしての役割を与えられてしまった、名もなき歩兵(ポーン)だった。

 首都サン・クリストバルの空気は、この数日間、熱病のような興奮と、そしてその裏側にある深い困惑によって支配されていた。

 太陽の巫女、陽南カグヤ。

 彼女が、この国で最も貧しく、最も忘れ去られたスラム街「エル・インフィエルノ」に舞い降りてから、わずか数日。だが、彼女がもたらした『混沌の福音』は、燎原の火のように、虐げられた者たちの魂を燃え上がらせていた。

「俺は、ただのゴミ拾いじゃない! 偉大な芸術家だったんだ!」

「私は、ただの売春婦じゃない! 千の物語を紡ぐ詩人だったんだ!」

 カグヤのスキル【可能性の万華鏡】によって、自らの「あり得たかもしれない最高の自分」を幻視した人々は、次々と覚醒していった。彼らは、長年その魂を縛り付けていた諦観という名の鎖を断ち切り、剥き出しの才能と生命力を爆発させていた。スラム街は、もはや絶望の掃き溜めではなかった。そこは、危険で、無秩序で、しかし間違いなく「生きている」魂たちの、巨大な実験場へと変貌していた。

 だが、その熱狂は、サン・ミゲルという国に、新たな、そしてより深刻な亀裂を生み出してもいた。

 政府も、知識層も、そしてささやかな日常を守りたいと願う中産階級も、そのあまりにも過激で、あまりにも破壊的な「魂の革命」を、深い恐怖と警戒の目で見つめていたのだ。

 このままでは、国が二つに割れてしまう。

 誰もが、そう予感していた。

 

 その一触即発の緊張のど真ん中に、もう一人の巫女は、驚くほど静かにその布石を打っていた。

 鏡ミライ――月島栞は、カグヤのように民衆の前には姿を現さなかった。

 彼女が最初に訪れたのは、サン・ミゲルで唯一の、そして世界レベルからは数十年遅れている古びた国立大学の、その地下にある資料保管室だった。

 彼女は、IAROから派遣された各分野の最高の専門家チームと共に、そこに司令部を設置した。そして、最初の三日間、彼女はただひたすらに「観測」を続けた。

 彼女のSSS級スキル【因果律の天球儀】が、その真価を発揮する。

 彼女は、この国の数百年にわたる全ての歴史を読み解いた。部族間の対立の歴史、植民地時代の搾取の記憶、独立後の内戦の傷跡、そして大国に翻弄され続けた、その屈辱の物語。

 彼女は、この国の全ての地質データを読み解いた。どこに水脈が走り、どこに鉱脈が眠り、どの土地がどんな作物を育むのに最も適しているのか。

 彼女は、この国の全ての経済活動を読み解いた。輸出入のバランス、国内の産業構造、そして人々の金の流れ。

 彼女は、この国の全ての人々の魂の声を聞いた。彼らが何を望み、何を恐れ、そして何を夢見ているのか。

 それは、もはや分析ではなかった。

 それは、一つの国家という名の巨大な生命体を、その細胞の一つ一つに至るまで完全に理解する、神の御業だった。

 

 そして、三日目の夜。

 彼女は、サン・ミゲルの大統領イザベラ・ロッセリーニを、その質素な司令部へと招いた。

 イザベラは、憔悴しきっていた。カグヤがもたらした熱狂と、それによって引き起こされた国内の混乱。彼女は、もはや打つ手を失いかけていた。

「……ミライ様」

 彼女は、目の前のあまりにも若く、あまりにも静かな日本の少女に、最後の望みを託すように問いかけた。

「……貴女は、我々に何を与えてくださるのですか? 貴女の言う『秩序』とは、一体何なのですか?」

 その、あまりにも切実な問い。

 ミライは、静かに頷いた。

 そして彼女は、イザベラの前に一枚の、しかしあまりにも膨大な情報が書き込まれたホログラフィック・データシートを展開した。

 そのタイトルは、『サン・ミゲル共和国国家再生50年計画』。

 

「……これは……?」

「わたくしが、この国の因果を観測し導き出した、最も確実で、最も持続可能な未来への設計図です」

 ミライは、淡々と、しかし絶対的な確信を持って語り始めた。

「大統領。貴国が今、最も必要としているのは、カグヤが与えるような一時的な魂の高揚ではありません。それは麻薬と同じ。いずれ、より大きな虚無感となって、この国を蝕むことになるでしょう」

「貴国に必要なのは、食料です。教育です。そして、安定した雇用の創出です。すなわち、国民が明日の生活を心配することなく、自らの足で立つための、強固な『土台』です」

 彼女は、設計図の一点を指さした。

「最初の5年。貴国が発見した『奇跡の鉱脈』の利権の一部を担保に、IAROから技術支援を受け、国内の農業インフラを徹底的に改革します。この国の土壌と気候に最適化された作物を導入し、このデータ通りの灌漑設備を整えれば、5年後、貴国の食糧自給率は120%に達します。飢えは、この国から完全に消え失せるでしょう」

「次の10年。安定した食糧供給を土台に、教育改革を断行します。全ての子供に、無償で世界最高レベルの教育を受ける機会を。特に、ITと金融工学の分野に特化した人材を育成します。10年後、この国は、アフリカで最も高い識字率と、最も優秀な頭脳を持つ国の一つとなるでしょう」

「そして20年後。その優秀な人材を使い、我々はついに、『奇跡の鉱脈』の本格的な自国による開発に着手します。もはや、大国の言いなりになる必要はありません。あなた方は、自らの手で自らの富を管理し、そしてそれを元に、アフリカ全土を牽引する新時代の金融センターを、この地に築き上げるのです」

 そのあまりにも具体的で、あまりにも壮大で、そしてあまりにも「現実的」な未来のビジョン。

 イザベラは、言葉を失っていた。

 それは、カグヤが与えるような情熱的な夢物語ではなかった。

 それは、数字と、データと、そして揺るぎない因果律の予測に基づいた、完璧なまでの国家経営の「教科書」だった。

 

「……ですが、そのためには、国民の『忍耐』が必要です」

 ミライは、静かに言った。

「カグヤが与えるような劇的な奇跡は起きません。ただ、地道で、退屈で、そして痛みを伴う改革の日々が続きます。……ですが、その先にこそ、誰一人として切り捨てられることのない、本物の繁栄が待っている」

 彼女は、イザベラの、その指導者としての魂の奥底を、真っ直ぐに見据えた。

「――大統領。あなたには、その茨の道を、国民と共に歩む覚悟が、おありですか?」

 

 その問いに、イザベラは深く、深く頷いた。

 彼女の瞳から、一筋、熱いものがこぼれ落ちた。

 それは、絶望の涙ではなかった。

 生まれて初めて、自国の本当の意味での「未来」を見た者の、歓喜の涙だった。

 

 §

 

 その翌日。

 サン・ミゲル共和国の、国立大学の大講堂。

 そこに、鏡ミライは初めて民衆の前にその姿を現した。

 講堂は、政府関係者、知識人、学生、そしてカグヤの熱狂に懐疑的な目を向ける市民たちで、埋め尽くされていた。

 ミライは、教壇に立つと、深々と一礼した。

 そして彼女は、語り始めた。

 その声は、カグヤのように情熱的ではなかった。だが、その静かな声には、聞く者の理性に直接語りかけ、その魂を内側からゆっくりと、しかし確実に説得していく、不思議な力があった。

 

 彼女はまず、この国の歴史を語った。

 自らが観測した、数百年にわたる苦難の物語を。

 そのあまりにも的確で、あまりにも共感に満ちた語りに、講堂にいた誰もが驚愕した。なぜ、この異国の若い少女が、我々の魂の傷を、これほどまでに深く理解しているのかと。

 そして彼女は、語った。

 自らが設計した、あの50年計画のその全てを。

 ホログラムのスクリーンに、未来のサン・ミゲルの姿が映し出される。緑豊かな農地、最新鋭の校舎で学ぶ子供たちの笑顔、そして世界中から資本と人材が集まる、輝かしい未来都市の姿。

 それは、夢物語ではなかった。

 その全てのビジョンに、具体的な数字と、データと、そして揺るぎない理論的な裏付けが、添えられていた。

 

「――わたくしは、あなたたちに奇跡を約束するのではありません」

 ミライは、静かに言った。

「わたくしがあなたたちに約束するのは、この設計図を元に、あなたたち自身の手で未来を築き上げるという、『権利』です」

「カグヤは、あなたたちに『本当の自分』を思い出させると言う。だが、それは偽りです。それは、過去のあり得たかもしれない栄光という名の幻影に、あなたたちの魂を縛り付ける呪いです。……人間は、過去に生きるのではない。未来を創るために生きるのです」

「確かに、わたくしの示す道は、長く険しいかもしれない。ですが、その道のりの一歩一歩が、あなたたち自身の、そしてあなたたちの子供たちの、本物の血となり、肉となるのです」

 

 そして彼女は、その演説を、あまりにも壮大で、あまりにも美しい一つの預言で締めくくった。

 

「――わたくしには、見えます」

 彼女は、目を閉じた。

「50年後。あなたたちの国サン・ミゲルが、もはや援助を待つだけの貧しい国ではなくなっている未来が。……いいえ。それどころか」

 彼女は、目を開いた。その紫色の瞳は、絶対的な確信の光で、神々しいまでに輝いていた。

 

「――サン・ミゲルは、将来、このアフリカ大陸の全ての国々を、その経済力と、その叡智と、そしてその気高い精神で背負って立つ、有数の指導国家へと、必ず成長します」

 

 そのあまりにも力強い、神託のような宣言。

 講堂は、静まり返っていた。

 カグヤの演説の後とは、全く違う。

 熱狂ではない。

 それは、静かな、しかし地殻の底から湧き上がってくるような、巨大な感動のうねりだった。

 人々は、忘れていた。

 信じるということを。

 自らの、人間の可能性を。

 そのあまりにも当たり前で、あまりにも尊い真実を、この異国の月の巫女が思い出させてくれたのだ。

 一人の老教授が、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、静かに、しかし心の底からの敬意を込めて、拍手を始めた。

 その拍手は、一人、また一人と伝播し、やがては講堂全体を揺るがす、嵐のようなスタンディングオベーションへと変わっていった。

 人々は、泣いていた。

 それは、カグヤの信者たちのように、自らの解放に歓喜する涙ではなかった。

 それは、自らがこれから背負うことになる未来の、そのあまりにも重く、そしてあまりにも気高い責任の重さに、魂が打ち震えることによって流す、大人の涙だった。

 

 その日。

 サン・ミゲルの魂の天秤は、確かに、秩序の側へと、大きく、大きく傾いた。

 二人の巫女の最初の戦いは、月の巫女の、あまりにも静かで、しかしあまりにも完璧な勝利によって、その幕を閉じたかに見えた。

 だが、物語はまだ終わらない。

 太陽の巫女が、このまま黙って引き下がるはずがなかった。

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