スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第103話 混沌の福音と、欲望の肯定

 サン・ミゲル共和国首都、サン・クリストバル。

 その街の魂は、静かに、しかし確実に二つに引き裂かれようとしていた。

 鏡ミライが国立大学で行ったあの歴史的な演説。そのニュースは、IAROの強力な情報戦略によって、瞬く間に国中のメディアを席巻した。『サン・ミゲル、アフリカの獅子へ――奇跡の50年計画』。そのあまりにも魅力的で、あまりにも論理的な見出しが、新聞の一面を飾った。

 政府も、知識層も、そしてささやかな安定を願う中産階級も、その光の物語に熱狂した。自分たちの国が、いずれ大陸を背負って立つ指導国家になる。その輝かしい未来のビジョンは、長年の貧困と紛争に喘いできた彼らにとって、何物にも代えがたい希望の灯火だった。人々は、ミライが示した長く険しい「茨の道」を、共に歩む覚悟を決め始めていた。

 秩序派の完璧な勝利。誰もが、そう信じかけていた。

 

 だが、その光は、この国の最も深く、最も暗い場所までは届いていなかった。

 首都で最も貧しく、最も混沌としたスラム街、「エル・インフィエルノ(地獄)」。

 そこに集う、何十万という忘れ去られた魂たち。彼らの耳に、ミライの演説は、遠い豊かな国のおとぎ話のようにしか聞こえなかった。

 50年後の繁栄。

 その言葉は、今日の食事にも、明日の薬にも事欠く彼らにとって、あまりにも空虚で、あまりにも残酷な響きを持っていた。

 彼らの心には、ミライの論理的な言葉ではなく、数日前にこの地に舞い降りた太陽の巫女、陽南カグヤが与えてくれた、あの劇的な「魂の解放」の記憶だけが、鮮烈な炎のように燃え盛っていた。

 そして、その燻っていた炎は、ミライの勝利宣言によって、逆に絶望的な焦燥感へと、その姿を変えつつあった。

「……俺たちは、また見捨てられるのか……?」

「政府は、あの日本の巫女と手を組んだらしい」

「50年後だと? 俺たちは、明日を生きられるかも分からないっていうのに!」

 疑心暗鬼と、無力感。せっかく灯ったはずの革命の炎が、秩序という名の冷たい風に吹き消されようとしていた。

 

 その絶望の空気が最高潮に達した日の暮れ時。

 エル・インフィエルノの中央広場。

 瓦礫を積み上げて作られた粗末なステージの上に、彼女は再び、何の前触れもなく舞い降りた。

 燃えるような、鮮やかな赤色のドレス。鴉の濡れ羽色のように艶やかな黒髪が、夕暮れの風に揺れている。そして、その溶かした黄金を流し込んだかのような瞳が、集まってきた何万人という信者たちの、その魂の奥底までを容赦なく見透かすかのように、静かに見据えていた。

 陽南カグヤ。

 彼女は、マイクなど使わなかった。だが、その声は、広場の隅々にまで、そしてそこにいる全ての魂に直接語りかけるかのように、力強く響き渡った。

 

「――わたくしの愛すべき、同胞たちよ」

 

 その第一声。

 広場は、水を打ったように静まり返った。

 

「聞いていますわ。月の巫女、鏡ミライが、この国に囁いたあの甘い、甘い子守唄を」

 カグヤの声には、憐憫と、そして隠しようのない怒りの色が滲んでいた。

「彼女はあなたたちに、輝かしい未来が待っていると演説した。素晴らしい。実に素晴らしい物語ですわね。50年後、この国はアフリカ大陸を背負う有数の国家に成長すると」

 彼女はそこで一度言葉を切り、そして集まった民衆の、その一人一人の瞳を覗き込むように、静かに、しかし鋭い問いを投げかけた。

「――ですが、その物語の中に、あなたたち自身の姿はありましたか?」

「50年後、あなたたちは生きていますか? あなたたちの子供は、孫は、その輝かしい未来の果実を、本当に手にすることができるのですか? それとも、その未来のために、ただ黙って耐え忍び、そして忘れ去られていく、名もなき礎の一つになるだけですの?」

 そのあまりにも的確で、あまりにも残酷な問い。

 人々の心に、動揺が走った。

 

「月の巫女は、あなたたちに『忍耐』を説く。地道な努力こそが尊いのだと。……ですが、わたくしは問いたい。あなたたちは、これ以上何を耐えろというのですか!?」

 カグヤの声が、熱を帯び始める。

「あなたたちは、もう何十年も、何世代にもわたって耐え忍んできたではないか! 紛争に、貧困に、そして大国の理不尽な搾取に! そのあまりにも長かった忍耐の果てに、あなたたちが手にしたものは何ですの!? さらに50年続く、新たな忍耐の物語だけですわ!」

「ふざけるなと、わたくしは言いたい!」

 彼女の、その魂の叫び。

 広場に集まった人々の、その瞳に、再び怒りの炎が灯り始めた。

 

「月の巫女は言うでしょう。開発に時間がかかるのは、仕方のないことなのだと」

 カグヤは、その秩序派の常套句を、心底馬鹿にしたように鼻で笑った。

「――ええ、そうでしょうね。彼女たちの、その退屈な『人間の理屈』の中では!」

「ですが!」と、彼女は叫んだ。

「我々には、その理屈を根底から覆す力が、既にあるではないか!」

 

 彼女は、群衆の中から、数日前に彼女自身がその魂を解放した、片足の元兵士を指さした。

「あなた! あなたは、かつてこの国の誰よりも優れた軍人だった! あなたのその魂には、数万人を率いる将軍の器が眠っている! あなた一人いれば、この国の腐りきった軍隊の改革など、一年もかからずに成し遂げられるでしょう!」

 彼女は、別の老婆を指さした。

「あなた! あなたのその歌声は、国境を越えて人々の心を癒すことができる! あなたの歌一つで、この国にどれだけの富と名声がもたらされるか、想像もつかない!」

「そしてあなた! あなたも! あなたもですわ!」

 彼女は、そこにいる全ての人々を指さし、そして高らかに宣言した。

「あなたたち一人一人が、この国を数十年、数百年単位で発展させることのできる、奇跡の才能(スキル)の原石なのです! それなのに、なぜ50年も待つ必要があるのですか!?」

 

「――そんなもの、アルターが短縮してくれますわ!」

 

 その、絶対的な肯定の言葉。

 人々の間に、熱狂的な、そして確信に満ちたどよめきが走った。

 

「そうですわ! 秩序派の連中は、アルターの力を恐れている! 彼らは、その力を自らの管理下に置き、少しずつ、少しずつしか使おうとしない! だが、我々は違う!」

「貴方に必要なのは、ただ一つ! その魂を、完全に解放することだけ!」

「過去も、常識も、そしてあなた自身が『自分はこういう人間だ』と思い込んでいるその全ての鎖を断ち切るのです! そして、あなたの魂の最も深い場所で燃え盛る、純粋な欲望の声に、ただ耳を傾けなさい!」

「もっと強くなりたい! もっと豊かになりたい! もっと愛されたい! ……素晴らしい! それこそが、生命の本来の輝き! それこそが、我らが神の望む混沌の姿なのです!」

「さあ、混沌に従いなさい!」

 彼女は両手を広げ、天を仰いだ。まるで、天にいる神そのものと交信する、神託の巫女のように。

「そうすれば、力が手に入ります! あなたが心の底から望んだ、あなただけの本当の力が!」

 

 そして彼女は、とどめの一撃を放った。

 その金色の瞳が、この世のものとは思えないほどの、神々しい輝きを放つ。

 彼女は、そこにいる全ての魂に直接、悪魔の囁きを、あるいは神の福音を、叩き込んだ。

 

「――何より、全てが手に入りますわ」

 

「富も、名声も、愛も、そしてあなたたちがこれまで奪われ続けてきた、その人生そのものも!」

「月の巫女が約束するのは、50年後の誰のものかも分からない未来の繁栄。ですが、わたくしが約束するのは、今この瞬間の、あなた自身の絶対的な幸福ですわ!」

 

 彼女はゆっくりと、その視線を再び民衆へと戻した。

 そして、この国の、いや、この星の全ての虐げられた者たちを、次なる革命へと煽動するかのように、その最後の言葉を紡いだ。

 その声は、もはや巫女のものではなかった。

 それは、歴史を動かす革命家、そのものの声だった。

 

「――さあ、この星の運命が、貴方たちの手に握られていますのよ!」

 

「あなたたちがここで立ち上がるか、それとも再び、50年という長い、長い冬の眠りにつくのか! 世界が、神々が、あなたたちの選択を見つめています!」

「選びなさい! そして、掴み取りなさい! あなた自身の、手で!」

 

 その演説が終わった瞬間。

 エル・インフィエルノの、その汚れた空が割れた。

 地鳴りのような、そして火山が噴火するような、何十万という魂の咆哮が、サン・クリストバルの空を、そして全世界の秩序を、激しく、激しく揺るがした。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

「カグヤ様! カグヤ様! カグヤ様!」

 人々は、もはや彼女を巫女としてではなく、唯一無二の「神」として、その名を叫び、崇め、そしてその足元にひれ伏していた。

 彼らの瞳に宿っていた、ほんの僅かな迷いは、完全に消え失せていた。

 彼らは、選んだのだ。

 遠い未来の、約束された幸福ではなく。

 今この瞬間の、自らの手で掴み取る、燃えるような革命の炎を。

 

 そのあまりにも劇的で、あまりにも危険な魂の革命。

 その光景を、大統領官邸のモニターで見ていたイザベラ・ロッセリーニは、ただ顔面蒼白で立ち尽くすことしかできなかった。

 ミライが提示した、美しい未来の設計図。

 それが今、カグヤが放ったたった一つの情熱の炎によって、灰燼に帰そうとしていた。

 サン・ミゲルの魂の天秤は、再び、そして今度は決定的に、混沌の側へと大きく、大きく傾いた。

 二人の巫女の思想戦。

 その最初の戦いは、太陽の巫女の、あまりにも圧倒的な、そしてあまりにも暴力的な勝利によって、その幕を閉じたかに見えた。

 だが、物語はまだ終わらない。

 月の巫女が、このまま黙って引き下がるはずがなかった。

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