スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第105話 人間の選択と、神々のため息

 サン・ミゲル共和国は、熱病に浮かされていた。

 それは、希望という名の、そして絶望という名の熱病だった。

 月の巫女、鏡ミライが提示した、50年かけて築き上げる、確実で輝かしい未来の設計図。

 太陽の巫女、陽南カグヤが与えてくれた、「今、この瞬間」に自らの魂を解放し、最高の自分へと生まれ変わる、劇的な奇跡。

 秩序か、混沌か。

 忍耐か、解放か。

 未来への投資か、現在への渇望か。

 その、あまりにも巨大で、あまりにも根源的な二つの選択肢が、この国の全ての国民の魂に、重く、深くのしかかっていた。

 国民投票の日まで、あと一週間。

 その七日間、サン・ミゲルの民は、眠らなかった。

 

 首都サン・クリストバルの、国立大学。

 その講堂では、夜を徹して学生たちによる大討論会が繰り広げられていた。

「ミライ女史のプランこそが、唯一の道だ! 我々が今必要なのは、感情的な熱狂ではない! 飢餓を克服し、経済を安定させるための、冷静で科学的なロードマップだ! その土台なくして、いかなる魂の解放も砂上の楼閣に過ぎない!」

 経済学部の、優等生が叫ぶ。

「綺麗事だ!」

 芸術学部の、長髪の学生が反論する。

「君の言うロードマップは、我々を再び西側諸国の経済的な属国にするだけだ! 彼らの基準で、彼らの価値観で、我々の未来を設計されてたまるか! カグヤ女史が与えてくれたのは、我々自身の魂の言葉で、我々自身の文化を、芸術を、爆発させるための起爆剤なんだ! 魂の独立なくして、国家の独立などあり得ない!」

 

 街角の、薄暗い酒場。

 そこでは、日雇いの労働者たちが、なけなしの金で買った安酒を酌み交わしながら、怒鳴り合っていた。

「俺は、カグヤ様を信じる。あの方が俺の手に触れた時、俺は思い出したんだ。俺が、本当は百の屈強な男たちを束ねる、伝説の傭兵だったってことをな。もう、誰にも頭なんか下げてたまるか!」

「馬鹿を言え! お前が傭兵ごっこに夢中になっている間に、お前の子供は腹を空かせて死ぬんだぞ! 俺は、ミライ様が約束してくれた『5年後の給食』の方を信じる。俺はどうなってもいい。だが、子供たちには、少なくとも腹一杯飯を食わせてやりたいんだ」

 

 家庭の中でさえ、その亀裂は走っていた。

 食卓を囲む、ありふれた家族。

 年老いた父親は、長年の内戦と貧困に疲れ果て、ミライが示す穏やかな未来に安らぎを見出している。

「もう、争いはこりごりだ。ゆっくりでもいい。確実な平和が、一番だ」

 だが、その息子は違う。彼は、カグヤによって自らの内に眠る、偉大な音楽家の才能を「覚醒」させられていた。

「父さんは、分かってない! 俺たちは、こんな小さな国で、ただ飢えずに生きるためだけに生まれてきたんじゃない! 俺のこの魂は、世界を震わせるための歌を、持っているんだ!」

 母親は、その二人の間で、ただ泣きながら祈るだけだった。

 

 大統領、イザベラ・ロッセリーニは、その全ての声を、聞いていた。

 官邸のモニターには、国中に設置された監視カメラが捉えた、無数の人々の、あまりにも切実な議論の光景が映し出されている。

 彼女は、眠れなかった。

 どちらを選んでも、この国は二つに割れる。そして、選ばれなかった半分の国民の、その深い絶望を、自分は一生背負い続けなければならない。

 その、指導者としてのあまりにも重い責務に、彼女の心は押し潰されそうだった。

 彼女は、IAROの黒田とも、カオス同盟のケインとも、連絡を取らなかった。

 これは、自分たちの問題だ。

 自分たちの魂の形を、自分たち自身で決めなければならない。

 その、あまりにも当たり前で、あまりにも困難な真実。

 

 そして、運命の投票日、当日。

 その朝、サン・ミゲルの空は、まるでこの国の迷いを映し出したかのように、白でも黒でもない、灰色の雲に覆われていた。

 国中に、臨時の投票所が設けられた。人々は、家族とも、友人とも口を利かず、ただ一人、静かに、その投票用紙と向き合っていた。

 用紙に書かれていたのは、二つの選択肢。

 

【A:秩序の未来(プラン・ミライ)】

【B:混沌の解放(プラン・カグヤ)】

 

 だが。

 その二つの選択肢の、さらにその下に。

 イザベラ大統領が、昨夜、自らの独断と、そして最後の賭けとして、急遽追加させた、三つ目の項目が、小さな、しかし確かな文字で記されていた。

 

【C:我々の道(プラン・サン・ミゲル)】

 

 その選択肢に、具体的な計画は何も書かれていない。

 ただ一言、こう添えられているだけだった。

『――我々は、どちらの神の手も取らない。我々は、ただ我々自身の不完全な手で、我々自身の道を歩む』

 

 §

 

 その日の夕刻。

 投票が締め切られ、全世界が、その歴史的な選択の結果を固唾を飲んで見守っていた。

 IAROの司令室では、黒田がスーパーコンピュータ『ヤタガラス』が弾き出す、リアルタイムの開票予測データを、厳しい顔で睨みつけていた。

『――開票率10%。プラン・ミライ、48%。プラン・カグヤ、51%。プラン・サン・ミゲル、1%』

「……やはり、カグヤが優勢か……!」

 黒田は、唇を噛み締めた。

 ソラリスの司令部では、ケイン・コールドウェルが、同じデータを見て、その鉄仮面のような表情の下で、僅かに満足げな笑みを浮かべていた。

「……ふん。当然の結果だ」

 

 だが、開票が進むにつれて、その均衡は奇妙な形で揺らぎ始めた。

『――開票率30%。プラン・ミライ、45%。プラン・カグヤ、49%。プラン・サン・ミゲル、6%』

『――開票率50%。プラン・ミライ、42%。プラン・カグヤ、46%。プラン・サン・ミゲル、12%』

 第三の選択肢。

 あの、あまりにも無謀で、あまりにも非現実的な選択肢が、誰もが無視できないほどの速度で、その票を伸ばし始めていたのだ。

 

「……何が、起きている……?」

 黒田は、呻いた。

 ヤタガラスのAIアナリストが、冷静に、しかしどこか興奮した声で分析結果を報告する。

「……驚くべき現象が起きています。ミライ支持層と、カグヤ支持層。その両方の、特に穏健派の票が、土壇場でプランCへと流れている模様です!」

「なぜだ!?」

「……恐らくは、『恐怖』です。ミライの未来は、あまりにも遠すぎる。カグヤの革命は、あまりにも危険すぎる。人々は、そのどちらの極端な未来をも恐れ、そして……自分たちの手で未来を選ぶという、最も困難な道こそが、最も『人間的』であると、気づき始めたのかもしれません」

 

 開票率、80%。

 ミライ、35%。カグヤ、39%。サン・ミゲル、26%。

 開票率、95%。

 ミライ、33%。カグヤ、35%。サン・ミゲル、32%。

 三つの選択肢が、もはや誤差の範囲で、激しく競り合っている。

 世界は、沈黙した。

 誰もが、この小さな国家が、今まさに歴史のキャスティングボートを握っている、その奇跡の瞬間の目撃者となっていた。

 

 そして、最後の集計センターからの結果が、入力された。

 最終投票結果。

 巨大なモニターに、その数字が映し出された瞬間。

 黒田も、ケインも、そしてこの放送を見ていた全世界の人間が、我が目を疑った。

 

【プラン・ミライ:33.1%】

【プラン・カグヤ:33.2%】

【プラン・サン・ミゲル:33.7%】

 

 勝者は、プラン・サン・ミゲル。

 その差、わずか0.5%。

 彼らは、選んだのだ。

 秩序の神の手も、混沌の神の手も、そのどちらも振り払い、自らの足で、茨の道を歩むことを。

 

 §

 

 その夜、大統領官邸前の広場。

 イザベラ・ロッセリーニは、再び、瓦礫を積み上げて作った即席の壇上に立っていた。

 彼女は、マイクの前に立つと、深く、深く一礼した。

 そして、涙で声を詰まらせながら、その歴史的な選択の結果を、自らの国民に、そして全世界に告げた。

 

「――同胞たちよ。……我々は、選んだ」

「我々は、月の巫女が示す、50年後の輝かしい未来を選ばなかった。我々は、太陽の巫女が与えてくれる、今この瞬間の劇的な解放も、選ばなかった」

「我々が選んだのは、我々自身の、この泥にまみれた不完全な手だ。我々が選んだのは、明日食べるパンの心配をしながら、それでもなお、自分たちの子供たちのために、一つずつ石を積み上げていくという、あまりにも地道で、あまりにも遠回りな道だ」

「世界は、我々を笑うだろう! 秩序派は、我々を『愚か者』と罵るだろう! 混沌派は、我々を『臆病者』と嘲笑うだろう!」

「結構だ!」

 彼女は、叫んだ。

「我々は、今日、神々の物語から、完全に独立した! これは、我々サン・ミゲル共和国の、第二の独立記念日だ!」

「我々は、飢えるかもしれない! 孤立するかもしれない! だが、我々は決して、自らの魂を、誰にも売り渡したりはしない!」

「我々は、生きていく! 人間として!」

 

 その、あまりにも気高い、人間の尊厳の宣言。

 広場は、割れんばかりの、しかし決して熱狂的ではない、どこまでも、どこまでも温かい拍手と、そして歌声に包まれた。

 人々は、抱き合い、涙を流し、そして自らが選んだ茨の道を、共に歩むことを、静かに、しかし力強く誓い合った。

 それは、歴史の教科書には決して載ることのない、名もなき国家の、名もなき民衆による、あまりにも、あまりにも美しい革命の瞬間だった。

 

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