スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第108話 神聖絆壊ゲーム ~第二楽章:死の淵と英雄の契約~

無。

 

意識とは、かくも容易く断ち切れるものなのか。

 

相田翔太の最後の視界に映ったのは、粉々に砕け散っていく灰色の空と、そこに浮かぶ信じられないものを見るかのようなクラスメイトたちの顔、そして絶叫する白石莉奈の美しい涙だった。

 

風切り音。

落下する独特の浮遊感。

走馬灯のように駆け巡ったのは、この教室で過ごしたありふれた、しかし彼にとってはかけがえのない日々の記憶。

そして、地面に叩きつけられる一瞬の、全てを無に帰す絶対的な衝撃。

 

痛みは、なかった。

 

ただ、ぷつりとテレビの電源が切れるように、彼の世界は終わった。

 

光も、音も、思考すらも存在しない、完全な虚無。

 

死。

 

ああ、これが死か。

あまりにもあっけなく、そしてあまりにも無価値な、自分の人生の結末。

 

彼は、自らの死をどこか他人事のように、冷ややかに受け入れていた。

 

モブキャラAの退場だ。

物語は、これからも続くだろう。俺がいなくても。

 

莉奈は、助かっただろうか。

 

それだけが、唯一の心残りだった。

 

その最後の思考の残滓が、虚無の海に完全に溶けて消えようとした、まさにその瞬間。

 

彼の意識の、最も深い場所で。

一つの小さな光が、灯った。

 

最初は、星屑のように儚い光だった。

だが、その光はゆっくりと、しかし確実にその輝きを増していく。

やがて、その光は彼の閉ざされた意識の闇を、温かく、そして優しく照らし出した。

 

彼は、目を開けた。

 

いや、目を開けたという感覚ではなかった。

彼の「存在」そのものが、再び世界を認識し始めたという方が近い。

 

彼は、どこかにいた。

 

そこは、床も壁も天井もない、無限の広がりを持つ静寂に満ちた空間だった。

彼の足元には、磨き上げられた黒曜石のような床がどこまでも続いており、その床の上には、天の川のように無数の星々がゆっくりと流れていた。

 

ここは、どこだ。

天国か? 地獄か?

 

彼は、自らの身体を見下ろした。

肉体はなかった。

彼の姿は、半透明の淡い光を放つ人型の輪郭として、そこに存在していた。

 

死んだはずなのに、恐怖はなかった。

ただ、圧倒的な静けさと、不思議なほどの安らぎが、彼の魂を包み込んでいた。

 

その静寂の、ど真ん中に。

 

それは、音もなく、気配もなく、いつの間にかそこに立っていた。

 

質素な、しかしシミ一つない白い和装を身にまとった、一人の穏やかな老人。

 

彼の顔には、幾千年、幾億年という歳月を刻み込んだかのような、深い皺が走っている。

だが、その瞳は、まるで生まれたての星々を無数に湛えているかのように、どこまでも深く、そして若々しく輝いていた。

 

その存在が、ただそこにいるだけで、この無限の空間の法則そのものが、彼を中心に回っているかのような、絶対的な存在感。

 

翔太は、息を飲んだ。

 

声を出そうとしたが、声帯がない。

ただ、思考だけが彼の存在の全てだった。

 

老人は、ゆっくりと、その深い瞳で翔太の魂の輪郭を見つめた。

 

それは、値踏みするような視線ではない。

 

それは、傷だらけで、疲れ果てて、それでも最後に気高い輝きを放った一つの魂の、その軌跡をただ慈しむかのような、温かい眼差しだった。

 

やがて老人は、満足げに、そして深く頷いた。

 

そして、その声が翔太の魂に直接響き渡った。

 

それは、声というよりも意味そのものの奔流。

宇宙の始まりの音のように重く、そして絶対的な響き。

 

『――うむ。ようやった、人の子よ。……その、あまりにも気高い最初の『失敗』を、ワシは確かに見届けたぞ……』

 

その、労いの言葉。

 

翔太の魂が、震えた。

 

生まれてこの方、十六年間。

彼が、誰かからこんなにも真っ直ぐに、その行動を認められたことは一度もなかった。

 

「失敗」。老人は、そう言った。

だが、その言葉には侮蔑や嘲笑の色は一切なかった。

むしろ、その失敗の尊さを心から讃えているかのような、温かい響きがあった。

 

(……あなたは……誰ですか……?)

 

翔太の問いかけは言葉にならず、ただ思念の波としてその空間に広がった。

 

老人は、にこりと優しく微笑んだ。

 

『ワシは、スキル神。……お主たちの、その矮小で、しかし愛おしい歴史の中では、そう呼ばれておる存在じゃ』

 

『そして、この理不尽な遊戯(ゲーム)に、ささやかな、しかし決定的な『理』をもたらすため、お主に一つの対抗手段を授けに来たのじゃ』

 

スキル神。

 

その、あまりにも巨大すぎる名。

翔太の魂に、衝撃が走った。

 

(スキル神……!? まさか……あの、教科書で習った……!?)

 

歴史の教科書。

現代社会の、必修科目。

 

そこには、必ず記載されている。

数年前に突如として世界に出現した「アルター」の起源。

そして、その力を人々に与えたとされる二柱の超越的な存在。

「秩序」を司るスキル神と、「混沌」を司る邪神。

 

翔太にとって、それは日本神話のアマテラスやスサノオと同じ、遠い遠い神話の時代の登場人物。

現実感のない、ただの知識でしかなかった。

 

その神話が。今、目の前にいる。

 

『うむ。そのスキル神じゃ。……まあ、お主たちが教科書で学んでおるワシの姿は、ワシという存在のほんの表層を撫でたに過ぎんがな』

 

スキル神は、くつくつと喉の奥で笑った。

 

そして、その星々を湛えた瞳で、再び翔太の魂の芯を真っ直ぐに見据えた。

 

『……相田翔太よ。改めて、お主に問う』

 

『お主はなぜ、あの少女を庇った?』

 

それは、単なる質問ではなかった。

それは、彼の魂の資質そのものを根源から鑑定するかのような、神の問いだった。

 

翔太は、必死に自らの最後の行動を振り返った。

 

(……なぜ……?)

 

分からない。

 

論理的に考えれば、あの行動は全くの愚行だった。

 

モブキャラの自分が、クラスの華である白石莉奈の代わりに死んだところで、クラスの状況が好転するわけではない。

むしろ、彼女のような中心人物が生き残った方が、クラスの士気は保たれたかもしれない。

それに、自分には何の勝算もなかった。

ただ、衝動的に死地へと飛び込んだだけ。

 

無意味な、犬死に。

 

そう断じられても、仕方のない行動。

 

(……分かりません……。ただ……夢中で……)

 

翔太は、正直に、その混乱した思考をそのままスキル神へと伝えた。

 

(あの時、彼女が……白石さんが恐怖で震えている姿を見ていたら……。もう、何も考えられなくて……。気づいたら、体が勝手に動いていました。……いても立ってもいられなかったんです……)

 

その、あまりにも不器用で、あまりにも正直な魂の告白。

 

それを聞いたスキル神は、再び、深く、深く頷いた。

 

『うむ。それで良い』

 

『その計算なき魂の衝動こそが、お主の最も気高く、そして美しい部分じゃ』

 

『邪神の仕掛ける遊戯は、常に論理と計算、そして人間の利己的な欲望を前提として構築されておる。じゃからこそ、その遊戯を打ち破る鍵は、論理を超えた場所にある。……お主のような、採算度外視の、馬鹿げたほどの『利他性』。それこそが、奴の盤面を覆す唯一のイレギュラーとなり得るのじゃ』

 

『相田翔太よ。その性根、見事なり。……故に、お主にはこのスキルが相応しい』

 

スキル神が、すっとその右手を翔太の魂の輪郭へと差し伸べた。

その手のひらの上に、小さな、しかし凝縮された光の球体が、ゆっくりと形を結んでいく。

 

『じゃが、心して聞け。何事にも、代償は必要じゃ』

 

『ワシがお主に与えるのは、祝福であり、同時に、お主の魂を永遠に苛むことになる呪いでもある』

 

スキル神は、まずその祝福の内容について語り始めた。

 

『――お主に、『死に戻り』の力を授けよう』

 

(……死に戻り……?)

 

『うむ。これは、この閉鎖空間でのみ行使可能な、限定的なスキルじゃ。お主がこの遊戯の中で命を落とした時、お主の意識だけが、その遊戯が始まる直前の時間まで自動的に巻き戻る』

 

『お主は、未来を知る預言者となる。だが、その預言は、お主が何度も死んで得た、血塗られた知識じゃ』

 

『仲間を救う英雄となるじゃろう。だが、その英雄譚は、お主以外の誰も知ることのない、孤独な叙事詩となる』

 

その、あまりにも強力で、あまりにも魅力的な能力。

翔太の魂が、歓喜に震えた。

 

(やった……! これなら……!)

 

これなら、助けられる!

あの地獄のような光景を、変えられる!

白石さんを、クラスのみんなを、全員救うことができるかもしれない!

 

絶望の淵にいた彼に、一条の、あまりにも眩しい希望の光が差し込んだ。

 

だが、スキル神は、その燃え上がった希望の炎に冷水を浴びせるように、静かに続けた。

 

『……うむ。そして、代償も話さねばなるまい』

 

(……代償……?)

 

『うむ。代償じゃ』

 

スキル神の、その穏やかだった表情から、ふっと全ての感情が消え失せた。

その瞳は、ただ宇宙の冷徹な法則を告げる、絶対者のそれに変わっていた。

 

『このスキルを受け取った者は、最終遊戯が終了した、まさにその瞬間。……確実に、死ぬのじゃ』

 

翔太の、歓喜に震えていた魂が、一瞬で凍り付いた。

 

(……死ぬ……? ゲームが、終わったら……?)

 

『そうじゃ。これは、死というこの宇宙における絶対的な因果律を、お主が何度も、何度も捻じ曲げる行為の、当然の帰結じゃ。お主は、川の流れをその細腕で無理やり堰き止めるようなもの。その力は、確かに仲間を洪水から救うじゃろう。じゃが、堰き止められ、行き場を失った因果の濁流は、その圧力の全てを、ダムであるお主自身の魂へと向けられる』

 

『遊戯が終わった時、お主の魂は、その因果の重みに耐えきれず、完全に崩壊し、消滅する。それが、この契約の絶対的なルールじゃ』

 

希望は、一瞬で絶望へと反転した。

 

助けられる。

でも、自分は助からない。

 

いや、それどころか、助ければ助けるほど、自らの死の運命がより確実なものとして確定していく。

 

あまりにも、残酷な天秤。

 

スキル神は、そんな彼の魂の葛藤を見透かすように、最後の選択肢を提示した。

 

『……もちろん、この契約を拒否することもできる。それが、お主の自由意志じゃ』

 

『いやなら、ワシはこの話をなかったことにしよう。お主の、この邂逅の記憶を完全に消し去り、お主の魂を再び死の虚無へと還すだけじゃ。……そしてワシは、別の人物にこの契約を持ちかけることになるやもしれん。あるいは……このクラスを見限り、誰かがあの遊戯を奇跡的にクリアするのを、ただ天の上から願うだけになるやもしれんがな』

 

究極の選択。

 

この祝福であり、呪いでもある力を受け入れ、仲間を救うために戦い、そして確実に死ぬか。

それとも、この契約を拒否し、全てを忘れ、傍観者として仲間たちの、そして愛する少女の死の運命に身を委ねるか。

 

翔太の魂は、激しく揺れ動いた。

 

死にたくない。

 

当たり前だ。まだ、16年しか生きていない。

やりたいことも、見たいものも、たくさんあった。

 

それに、自分がいなくなった後、悲しんでくれる人などいるのだろうか。

両親は、どうなる?

いや、邪神は言っていた。自分たちの記憶は、もう世界から消されていると。

 

ならば、自分が死んでも誰も悲しまない。

 

なんて、孤独な死だ。

 

だが。

 

彼の脳裏に、あの光景が蘇る。

恐怖に震えながらも、クラスのためにじゃんけんの敗北を受け入れ、毅然と橋の前に立った、白石莉奈の姿。

そして、自分が落下する最後の瞬間に見た、彼女の絶叫する顔。

あの、涙。

 

ああ、そうだ。

 

彼女は、俺みたいなモブキャラの死のために、泣いてくれたじゃないか。

 

彼の迷いは、消えた。

 

彼の魂は、一つの、あまりにも無謀で、あまりにも気高い決意によって、鋼鉄のように固まった。

 

モブキャラでいい。

傍観者でいい。

 

だが、この物語の結末をただ指をくわえて見ているだけの無力な自分でいることだけは、もうごめんだった。

 

自分が、この物語の脚本を書き換える。

たとえ、その結末に自分の役名がクレジットされていなかったとしても。

 

(……分かりました)

 

翔太は、顔を上げた。

 

その半透明の魂の輪郭は、もはや揺らいでいなかった。

そこには、一人の覚悟を決めた男の、揺るぎない意志の光が宿っていた。

 

(……その呪いを。……僕に、ください)

 

その、あまりにも静かで、しかしあまりにも重い決断の言葉。

 

スキル神は、何も言わなかった。

ただ、その深い瞳をほんの僅かに細めた。

 

そして、その表情には初めて、憐憫でも賞賛でもない、ある種の「敬意」にも似た色が浮かんでいるように見えた。

 

『……承知した』

 

スキル神は、その光り輝く右手を、ゆっくりと翔太の魂へと近づけた。

 

翔太は、最後の決意を誓いとして、神に、そして自分自身に宣言した。

 

『――僕は、死んでも良い。けど、白石さんには……クラスのみんなには、生きてて欲しいから』

 

『この理不尽なゲームを。……僕が、全員で攻略して見せます!』

 

その、英雄の産声。

それに応えるかのように。

 

スキル神の手のひらから放たれた光の球体が、翔太の魂のそのど真ん中へと、静かに、そして深く融合していった。

 

彼の意識が、再び白い光に包まれていく。

だが、それは死の虚無へと向かう光ではなかった。

それは、新たな地獄へと、そしてたった一つの奇跡を掴み取るための戦場へと、還るための光だった。

 

彼の意識が、現実世界へと戻るその最後の瞬間。

彼の魂の奥底で、スキル神の最後の呟きが静かに響いた。

 

『――行け、人の子よ。……お主が紡ぐその孤独な物語の結末を、このワシが、確かに見届けてやろうぞ……』

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