スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第22話 くだらない奇跡

日本政府による「アルター」の公式発表と、それに続く謎のアプリ『神々の戯れ(ゴッズ・ガチャ)』の出現から、数週間。

世界は、新たな日常――「くだらない奇跡」が飽和した混沌の時代を迎えていた。

 

『内閣官房・超常事態対策室』。

室長の黒田は、かつてないほどの疲労と無力感に苛まれていた。

ケイン・コールドウェルのようなS級の脅威も恐ろしい。だが、今、彼らの社会基盤を根底から揺るがしているのは、もっと質の悪い、悪意すらない「混沌」だった。

 

「報告します! 新宿区で【シャンプーの泡立ちが異常に良くなる】スキルを持つ主婦が、ご近所トラブルの末、相手宅の風呂場を泡だらけにして威力業務妨害で検挙!」

「渋谷では、自称ヒーロー『キャットマン』が、【猫の気持ちが少しわかる】スキルを使い、木から降りられなくなった猫を救出しようとして電線に引っかかり、大規模停電を発生させています!」

「秋葉原では、【トランプの絵柄を自由に消せる】スキルを持つ男が、トレーディングカードのレアカードを白紙に変えるテロ行為を予告! 現在、捜査員が向かっています!」

 

対策室に飛び交う報告は、もはやSFパニックではなく、珍事件ニュースの様相を呈していた。

『神々の戯れ』は、人々に、あまりに無価値で、どうでもいいFランクスキルをばら撒いた。その結果、アルターという存在は恐怖の対象から、珍獣や厄介者へとその意味合いを変えつつあったのだ。

 

「ふざけている……」

 

黒田は、こめかみを押さえながら呻いた。

法整備は全く追いついていない。「爪が異様に早く伸びる」スキルは罪になるのか? 「鼻歌がプロ級に上手くなる」能力者をどう管理すればいい?

さらに厄介なのは、この混沌に乗じた新ビジネスの横行だった。「あなたのスキル、鑑定します!」と謳うスキル鑑定士(もちろん詐欺だ)や、アルターによる損害を補填するという触れ込みの「アルター保険」。秩序の崩壊は、思わぬ形で社会を蝕んでいた。

 

黒田は直感していた。

これは、敵――「邪神」の、真の狙いなのではないか、と。

派手な暴力で世界を破壊するのではない。ただ、世界の「常識」や「当たり前」を、くだらない奇跡で飽和させ、じわじわと、しかし確実に、社会の機能そのものを麻痺させる。

あまりに悪質で、底意地の悪い、壮大な「嫌がらせ」。

見えない敵の、その悪趣味な巨大さに、黒田はこれまでとは質の違う、底なしの恐怖を感じ始めていた。

 

「室長、法務省刑事局の村上審議官がお見えです。例の『特殊技能保持者基本法案』の件で……」

部下の報告に、黒田は重い身体を椅子から引き剥がした。また、あの不毛な議論が始まるのか。

 

会議室の扉を開けると、そこには書類の山を前に、神経質そうに眉間に皺を寄せた村上の姿があった。

「黒田さん、何度言ったら分かるんです。あなたの提案する『スキル登録制』など、現状では到底不可能です!」

村上は、黒田の顔を見るなり、堰を切ったようにまくし立てた。

「考えてもみてください。『神々の戯れ』によって、潜在的なアルターは今や数千万人単位に上るかもしれない。その全てのスキルを、どうやって申告させ、どうやって真偽を確認するんです? 『私のスキルは、ネクタイを少しだけ上手く結べることです』なんて申告を、いちいち我々が検証するんですか!」

「だが、村上さん、何らかの形で管理下に置かねば、もはや警察組織だけでは限界だ。昨日は、大阪で『必ずじゃんけんに勝てる』スキルを持つ男が、暴力団の賭場を荒らし、報復として監禁される事件が起きた。我々が踏み込んだ時には、男はスキルで組長にじゃんけんで勝ち続け、組長が精神的に衰弱しきっていた。これは一体、傷害罪なのか? それともただの賭博なのか!」

「だから、その判断基準がないと言っているんです! その男は、暴力団を相手にしていたからまだしも、もし、子供相手のじゃんけん大会で無双して景品を総取りしたら? それを罪に問えるんですか!?」

「問えるわけがないだろう! だが、その線引きが、我々にはできない! 法が、このふざけた現実に全く追いついていないんだ!」

 

黒田の怒声が、会議室に響き渡った。

法とは、安定した社会常識という土台の上に築かれた、繊細な建造物だ。その土台そのものが、毎日、毎週、予測不能な形で変質していく今、既存の法体系は、もはや砂上の楼閣と化していた。

二人の議論は、どこまでも平行線を辿った。それは、この国の法と秩序を守るべき二人が、共通の敵を前にしながら、有効な武器を一つも持たないという、絶望的な現実の裏返しだった。

 

その頃、対策室のオペレーションルームでは、若手の分析官である田中が、死んだような目でモニターの光を見つめていた。

彼の仕事は、SNSやネット掲示板を監視し、新たなスキル発現の報告や、それに関連する事件の兆候を拾い上げることだった。数週間前までは、世界の危機に立ち向かうという使命感に燃えていた。だが、今、彼の目に映るのは、人間の愚かさと、どうしようもない混沌の奔流だけだった。

 

(……またか……)

 

田中の目に、あるインフルエンサーのライブ配信映像が留まった。

『みんな、見て見てー! 私の新しいスキル、【投げキッスで鳩を呼べる】! やってみるよー! ちゅっ!』

画面の向こうで、インフルエンサーが投げキッスをすると、どこからともなく、おびただしい数の鳩が、彼女の元へと殺到し始めた。配信のコメント欄は「すげー!」「神スキル!」と盛り上がっている。だが、その数分後、田中が別のモニターで確認している交通情報マップでは、その配信現場周辺が「原因不明の鳩の大量発生により、道路封鎖」という警告で赤く染まっていた。

田中は、機械的に、その情報を関連部署へと転送する。感情は、もはや湧かなかった。

これが、俺の仕事。神々の気まぐれの後始末。世界の危機とは、もっと、こう、シリアスで、悲壮なものだと思っていた。だが、現実は、ただただ、馬鹿馬鹿しい。

彼は、机の引き出しに隠してある胃薬を、水なしで飲み下した。

 

社会の変質は、対策室が観測するよりも、遥かに速く、そして深く進行していた。

かつては「持てる者」と「持たざる者」の格差が語られた。今、そこに新たな軸が加わった。「スキルを持つ者」と「持たざる者」。それは、新たなカースト制度の萌芽だった。

最初は、些細なことだった。

会社では、【スマホの充電が一切減らない】スキルを持つ社員が、営業部のヒーローとしてもてはやされた。一方で、何のスキルも持たない者は、時代遅れの烙印を押され、疎外感を味わった。

学校では、クラスの人気者が、【消しゴムのカスを綺麗に集められる】という、本当にどうでもいいスキルを披露し、称賛を浴びた。その小さな奇跡が、スクールカーストの序列を、微妙に、しかし確実に、変動させた。

スキルは、もはや、力や脅威ではない。それは、新しい「個性」であり、「ステータス」だった。

テレビのワイドショーは、その風潮を、さらに加速させた。

『衝撃! 今週の面白スキルランキング!』

『あなたもアルターに? 専門家が教える、スキル覚醒の兆候とは!』

司会者やコメンテーターたちが、深刻ぶった顔で、しかしその目は完全にエンタメとして、この世界の変容を消費していく。かつて鬼神の脅威を真剣に語っていたはずの専門家が、今や「この【靴紐が絶対ほどけない】スキルは、日常生活において非常に有用でして…」などと、熱心に解説している。

その光景は、あまりにシュールで、滑稽だった。

この世界の誰もが、巨大な現実から目を逸らし、目の前の小さな、くだらない奇跡に夢中になることで、かろうじて精神の安定を保っているかのようだった。

 

その歪な平穏を、複雑な思いで見つめている者がいた。

神崎(かんざき) 勇気。

彼は今、政府が用意した都内の高層マンションの一室で、「保護」という名の軟禁生活を送っていた。

あの日、彼が命がけで鬼神と戦った霞が関の戦いは、今や、テレビの中では、数ある「アルター事件簿」の一つとして、面白おかしく編集されたVTRで紹介されるだけになっていた。

彼は、ソファに座り、ワイドショーが映し出す、脳天気な光景を、無表情で見つめていた。

 

(……俺の戦いは、一体、何だったんだろう)

 

彼は、鬼神の、あの圧倒的な暴力と殺意を、今でも鮮明に思い出せる。死ぬかと思った。本気で。

世界を救うため、とまでは思っていなかった。ただ、目の前の暴力を止めなければ、と。その一心だった。

だが、世界は、彼が思っていたよりも、ずっと、どうでもいいことで満ち溢れていた。

彼の戦いは、この巨大な茶番劇の、派手なオープニングアクトに過ぎなかったのかもしれない。

「スキル神」は、自分を「希望の星」だと言った。だが、その希望の星は今、誰からも忘れ去られ、豪華な鳥かごの中で、ただ、無為な時間を過ごしている。

彼は、自らの掌を見つめた。

そこには、今も、世界を滅ぼすことも、あるいは、救うこともできる、規格外の力が眠っている。

だが、その力の使い道を、彼は完全に見失っていた。

この、くだらない混沌の中で、自分は、一体、何をコピーし、何と戦えばいいのか。

深い虚無感が、彼の心を、霧のように覆い始めていた。

 

黒田の懸念は、最悪の形で、現実のものとなりつつあった。

警察組織内部。

その日、警視庁捜査一課の、ある取調室で、一人の刑事が、連続窃盗事件の被疑者と向き合っていた。

「いい加減に吐いたらどうだ。お前がやったんだろう」

「……やってません」

被疑者は、頑なに否認を続けていた。物証は乏しく、捜査は難航していた。

刑事は、ふっと、息を吐いた。そして、にやり、と口の端を吊り上げた。

「……そうか。なら、仕方ないな。俺の『スキル』を使うとしようか」

刑事は、そう言うと、人差し指をこめかみに当て、目を閉じた。

「……俺のスキルは、【微弱な嘘の匂いを嗅ぎ分ける】。お前の言葉からは、腐ったドブのような、嘘の匂いがプンプンするぜ」

その言葉に、被疑者の顔色が変わった。

アルター。この刑事も、そうなのか。

被疑者の心に、動揺が走る。その僅かな隙を、刑事は見逃さなかった。彼は、畳み掛けるように、被疑者を心理的に追い詰めていく。

そして、数時間後。被疑者は、ついに、犯行を自供した。

その刑事――五十嵐は、取調室を出ると、同僚たちから称賛の声を浴びた。

「さすが五十嵐さん! またお手柄ですね!」

「いやあ、便利なスキルを持ったもんだな!」

五十嵐は、得意げに胸を張った。

彼のスキルは、確かに、捜査に役立っていた。だが、彼の心の中では、何かが、確実に蝕まれていた。

(俺がいなければ、こいつらは、迷宮入りの事件を増やすだけだ)

(この組織は、俺の力なしでは、もはや機能しない)

増長。傲慢。

そして、彼は、まだ誰にも言っていなかった。

彼のスキルは、時々、間違えるのだ。強い思い込みや、プラシーボ効果によって、「嘘の匂い」を感じてしまうことがあることを。

だが、彼は、その不都合な真実を、隠し続けていた。自らの手柄と、優越感のために。

正義の組織に巣食い始めた、小さな、しかし、致命的な「癌」。

黒田が最も恐れていた、内部からの崩壊は、彼の知らないところで、静かに始まっていた。

 

そして、その全てを、文字通り、神の視点から、一人の男が観測していた。

空木(うつぎ) 零。

彼の部屋の壁を埋め尽くすモニターには、今、この瞬間も、世界中で起きている、ありとあらゆる「混沌」が、リアルタイムで映し出されていた。

対策室で頭を抱える黒田の苦悩。

ワイドショーで馬鹿笑いする司会者。

無力感に苛まれる神崎勇気の葛藤。

正義の名の下に、僅かな嘘をつき始めた刑事の、歪んだ自尊心。

その全てが、彼にとっては、最高のエンターテインメントだった。

「はは……あははははは!」

零は、腹を抱えて笑っていた。手には、コンビニで買ってきた、アメリカンドッグ。それをケチャップとマスタードで汚しながら、彼は、人間たちの、滑稽で、惨めで、そして、どうしようもなく愛おしい、狂騒曲に、喝采を送っていた。

 

「うん、良い感じに、腐ってきた。実に、良い感じに、どうでもいいことで、みんな悩んでるなぁ」

 

彼の仕掛けた『神々の戯れ』は、彼の想像以上に、効果を発揮していた。

派手な破壊や、分かりやすい絶望よりも、よほど、効率的に、人間の社会を、その精神を、内側から、ぐちゃぐちゃにかき混ぜてくれている。

「邪神の仕業」?

違う。これは、神の悪戯ですらない。

ただの、退屈しのぎだ。

彼の、たった一人の、退屈を癒すための。

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