スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第23話 神の慈悲と、秩序の呪印

「ふざけている……」

 

黒田は、こめかみを押さえながら呻いた。

法整備は全く追いついていない。「爪が異様に早く伸びる」スキルは罪になるのか? 「鼻歌がプロ級に上手くなる」能力者をどう管理すればいい?

さらに厄介なのは、この混沌に乗じた新ビジネスの横行だった。「あなたのスキル、鑑定します!」と謳うスキル鑑定士(もちろん詐欺だ)や、アルターによる損害を補填するという触れ込みの「アルター保険」。秩序の崩壊は、思わぬ形で社会を蝕んでいた。

 

黒田は直感していた。

これは、敵――「邪神」の、真の狙いなのではないか、と。

派手な暴力で世界を破壊するのではない。ただ、世界の「常識」や「当たり前」を、くだらない奇跡で飽和させ、じわじわと、しかし確実に、社会の機能そのものを麻痺させる。

あまりに悪質で、底意地の悪い、壮大な「嫌がらせ」。

見えない敵の、その悪趣味な巨大さに、黒田はこれまでとは質の違う、底なしの恐怖を感じ始めていた。

 

その日の深夜、黒田は一人、対策室の自室で、仮眠も取れずに山積みの報告書に目を通していた。カフェインの過剰摂取で、心臓が嫌な音を立てている。窓の外の東京の夜景は、いつものように輝いているが、その一つ一つの光の下で、どれだけの「くだらない混沌」が渦巻いているのかと思うと、眩暈がした。

もう、打つ手がない。

我々は、このまま、意味のない奇跡の洪水に飲み込まれて、緩やかに死んでいくのか。

彼が、本気でそう思い始めた、その時だった。

彼の執務室の、何もない空間が、ふわり、と柔らかな光を帯び始めた。

黒田は、驚きもせず、ただ、静かに椅子から立ち上がった。この現象には、見覚えがある。

 

「……スキル神、か」

 

光が収束し、あの、性別も年齢も超越した、白いローブの神が姿を現す。

だが、今日のスキル神の纏う雰囲気は、これまでとは少し違っていた。フードの奥から、静かな、しかし確かな「怒り」と「失望」のオーラが、滲み出ているように感じられた。

 

『……黒田よ。見ておるぞ。この世界の、惨状を』

 

その声は、いつも以上に重々しく、そして冷たく響いた。

 

『邪神の奴め……。まさか、このような手で来るとはな。力ある者同士の戦いならば、まだワシも対抗のしようがあった。じゃが、奴は、ゴミを、ただひたすらに、世界にばら撒きおった。意味のない奇跡で、汝らの秩序を、常識を、内側から腐らせる。……ワシの、想像以上に、悪趣味な相手だったわい』

 

スキル神の言葉に、黒田は唇を噛み締めた。やはり、これは邪神の仕業だったのだ。そして、あのスキル神ですら、この事態を憂いている。

 

「我々も、手をこまねいていたわけではありません。ですが、法も、警察力も、この、あまりに広範囲で、あまりにくだらない混沌の前には、無力です。一体、我々に、どうしろと……」

 

黒田の、悲痛な問い。それは、この数週間、彼が抱え続けた、偽らざる心の叫びだった。

その問いに、スキル神は、しばし、沈黙した。

そして、重々しく、告げた。

 

『……嘆くことはない。ワシも、このまま、奴の好きにはさせん。本来であれば、人間同士の問題に、ワシが過度に介入すべきではない、と思っておった。じゃが、もはや、悠長なことは言っておれんようじゃな』

 

スキル神が、すっと、その実体のない手を、黒田の前に差し出した。

 

『――汝らに、新たな力を授けよう。邪神がばら撒いた、ゴミを掃除するための、「箒」をな』

 

「……箒?」

 

『うむ。奴の狙いが、低級スキルの飽和による、秩序の麻痺であるならば、その低級スキルそのものを、無力化してしまえば良い』

 

スキル神の手のひらの上に、小さな、しかし、極めて複雑で美しい紋様が、光の粒子で描かれていく。それは、古代の魔術のようでもあり、最新の量子回路のようでもあった。

 

『これは、【秩序の呪印(オーダー・シール)】。この印が刻まれた場所、その周囲一定空間において、Dランク以下のスキル、その全ての効果を、完全に封じる力を持つ。これさえあれば、汝らは、邪神のくだらない嫌がらせから、聖域を守ることができるであろう』

 

黒田は、息を飲んだ。

低級スキルを、無力化する。

そんなことが、可能なのか。

シャンプーの泡立ちも、猫の気持ちも、トランプの絵柄も、全てが「ただの日常」に戻る。

それは、彼らが、失って初めてその価値に気づいた、あまりに尊い「普通」を取り戻すための、唯一無二の希望の光だった。

 

「そ、そのようなことが、本当に……」

『疑うか? ならば、試してみるが良い』

 

スキル神が指を鳴らすと、その光の紋様が、一枚の金属製のプレートの上に、焼き付けられた。プレートは、ゆっくりと、黒田の目の前の机の上に、音もなく置かれる。

 

『その呪印を、外に持っていき、効果を確かめてみるがよい。……さすれば、ワケの分からぬ自称ヒーローも、ただの不審者に戻るであろうよ』

 

その言葉を最後に、スキル神の姿は、再び光の中に溶け、掻き消えた。

残されたのは、静寂と、机の上に置かれた、一枚の金属プレート。そして、呆然と立ち尽くす、黒田だけだった。

 

数分後。

対策室の若手分析官、田中は、上司である黒田に叩き起こされ、訳も分からぬまま、深夜の渋谷の街へと連れ出されていた。

彼らの目的は、今や渋谷名物となりつつあった、自称ヒーロー「キャットマン」の確保だった。

キャットマンは、今夜も、ビルの屋上に登り、愛猫「レグルス」と、【猫の気持ちが少しわかる】スキルを使い、何やら真剣な「対話」をしていた。

「レグルス、お前の言う通りだ。この街の闇は、俺が思っているよりも、ずっと深い……」

「にゃーん(せやな)」

 

その、あまりにシュールな光景を、黒田たちは、ビルの下から見上げていた。

「……田中君。これを」

黒田は、あの金属プレートを、田中に手渡した。

「室長、これは……?」

「いいから、それを持って、彼に近づけ。何があっても、プレートは手放すな」

田中は、困惑しながらも、プレートを固く握りしめ、ビルの非常階段を駆け上がった。

屋上にたどり着き、キャットマンと対峙する。

「キャットマン!……さん! 対策室の者です! ご同行願います!」

「ふん、国家権力の手先か。俺の正義は、誰にも縛られん!」

キャットマンは、そう言うと、レグルスを抱きかかえ、隣のビルへと飛び移ろうとした。彼のスキルは、猫の身体能力を、僅かに自身にフィードバックさせる効果もあったのだ。常人離れした跳躍力。

だが。

田中が、プレートを掲げた、その瞬間。

キャットマンの跳躍は、ただの、運動神経の悪い中年男性の、無謀なジャンプへと成り下がった。

「あれ……? にゃ、にゃんとぉ!?」

彼は、情けない悲鳴を上げながら、ビルとビルの間に、吸い込まれるように、落下していった。

幸い、下に設置されていた、ゴミの山がクッションとなり、大怪我には至らなかったが、彼は、何が起きたのか理解できず、ただ、ゴミ袋の山の中で、呆然としていた。

彼のスキルは、綺麗に、消え去っていた。

 

対策室に戻った黒田たちは、その実験結果に、歓喜した。

本物だ。スキル神が与えてくれたこの力は、本物だ。

「直ちに、この【秩序の呪印】の量産体制に入る! 国内の主要な研究機関に、このプレートの構造を解析させろ! そして、官公庁、病院、学校、全ての重要インフラに、この呪印を設置するんだ!」

黒田の号令に、沈みきっていた対策室の空気が、一気に活気づく。

もう、邪神の嫌がらせに、一方的に苦しめられることはない。

我々には、対抗する「武器」がある。

日本政府は、この「奇跡の呪印」の存在を、すぐさま全世界に公表した。各国首脳は、その情報を手に入れるため、日本の外交ルートに殺到した。日本は、一夜にして、対アルター技術の、世界最先進国となったのだ。

スキル神の威光は、地に落ちかけていた人類の希望を、再び天高く掲げさせた。

 

そして。

その全ての狂騒を、仕組んだ張本人。

空木(うつぎ) 零は、自室のオフィスチェアに深くもたれ、実に満足げに、その光景を観測していた。

彼のモニターには、活気を取り戻した対策室の様子と、呪印の設置が進み、くだらない奇跡が消えていく街の様子が映し出されている。

 

「……うん。これで、舞台が、少しは綺麗になったかな」

 

彼の目的は、秩序の回復などではない。

むしろ、その逆だ。

彼がやったことは、ゲーム盤の上から、余計な「雑魚キャラ」を一掃したに過ぎない。

FランクやDランクの、ノイズのようなスキルが消えたことで、Cランク以上の、本物の力を持つアルターたちの存在が、より際立つことになる。

ヒーローは、よりヒーローらしく。

ヴィランは、よりヴィランらしく。

これまでは混沌の中に紛れていた彼らが、否応なく、互いを意識し、そして、衝突せざるを得ない状況。

それこそが、彼の望んだ、新たなステージだった。

 

「さて、と」

 

零は、にたり、と笑った。

その手には、いつものカップ焼きそば。

神は、秩序という名の「箒」を人間に与えた。

だが、それは、これから始まる、本物の「嵐」の前に行う、ささやかな掃除に過ぎないことを、まだ、誰も知らなかった。

彼の退屈は、まだ、当分、癒やされそうになかった。

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