スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第25話 神の戯言と、閉鎖都市

その日の朝は、世界中の誰もが、昨日までと同じような朝だと信じて疑わなかった。

東京では、黒田が重い身体を引きずって対策室へと向かい、部下たちが淹れた苦いコーヒーで覚醒を促していた。スキル神の警告以来、対策室は再び臨戦態勢に戻ったが、敵の具体的な動きが見えないまま、ただ徒労感だけが蓄積していく日々だった。

アメリカ、アリゾナ州のホスピスでは、ジョシュア・レヴィンが、完全に回復した自らの肉体を持て余すように、中庭で星空を眺めていた。彼の周囲には、彼に触れようとするあらゆる物理法則を拒絶する【絶対領域】が、不可視の壁として常に展開されている。彼は、与えられた神の力と使命の重さに、静かに向き合っていた。

そして、ニューヨーク。眠らない街は、月曜の朝を迎え、新たな一週間を始めようとしていた。タイムズスクエアの巨大なビルボードは、最新の広告を煌びやかに映し出し、イエローキャブの群れが街の血管を流れ、ビジネスマンたちはコーヒーを片手に足早に行き交う。日常。昨日と何も変わらない、ありふれた、しかし、かけがえのない日常の風景。

その、全てが、一変したのは、東部標準時間の午前8時46分のことだった。

 

最初に異変に気づいたのは、マンハッタンの上空を飛んでいた、遊覧飛行のヘリコプターのパイロットだった。

「……なんだ、あれは?」

空が、裂けた。

まるで、漆黒のキャンバスに巨大なカッターナイフで切り込みを入れたかのように、何もない空間に、一直線の、光を呑み込む黒い亀裂が走ったのだ。それは、物理法則が悲鳴を上げているかのような、冒涜的な光景だった。

亀裂は、音もなく、マンハッタン島の輪郭に沿って、巨大な円を描くように広がっていく。そして、その亀裂から、まるで黒いインクが滲み出すように、半透明の、虹色の光沢を帯びた「膜」が、ゆっくりと、地上に向かって降下を始めた。

その光景は、あまりに静かで、あまりに美しく、そして、あまりに終末的だった。

地上では、何百万人ものニューヨーカーが、足を止め、空を見上げていた。スマホを構える者、呆然と立ち尽くす者、何かの撮影だろうと楽観視する者。その反応は、様々だった。

だが、その「膜」が、マンハッタンを囲む川の水面に触れた瞬間、人々の楽観は、絶叫へと変わった。

ザシュッ、という、ありえない音と共に、水面を航行していたフェリーが、シールドに接触した部分から、綺麗に、分子レベルで切断され、消滅した。爆発も、衝撃もない。ただ、存在が「なかったこと」になったかのように、消えた。

ラガーディア空港を離陸したばかりの旅客機が、シールドの上部に激突し、同じように、何の痕跡も残さず、乗員乗客ごと、この世界から消え去った。

阿鼻叫喚。

パニックが、爆発した。

人々は、我先にと、橋やトンネルへと殺到する。だが、遅かった。シールドは、マンハッタン島、そして、ブルックリンやクイーンズの一部を含む、巨大な円周を、完璧に、封鎖し終えていた。

それは、直径約20キロメートルに及ぶ、巨大なドーム。人類のいかなる兵器も、物理法則も、通用しない、絶対的な「檻」。

約1200万人の人間が、その檻の中に、閉じ込められた。

そして、その地獄絵図は、全世界に、リアルタイムで中継されていた。

ニューヨークだけではない。東京、ロンドン、北京、モスクワ。世界中の、ありとあらゆるデバイスが、強制的にジャックされたのだ。

テレビ、スマートフォン、パソコン、街頭の巨大ビジョン、カーナビ、病院のモニター、学校の電子黒板。逃れる術は、なかった。

全ての画面が、一度、暗転する。

そして、そこに、一つのテキストと、楽しげな、しかし、どこか歪んだ声が、響き渡った。

 

『やあ、地球の皆さん、こんにちは!』

 

声は、無邪気な少年のようでもあり、含み笑いをする老人のようでもあり、そのどちらでもない、聞く者の精神を直接揺さぶるような、不安定な音色をしていた。

 

『僕の事は、邪神でも、あやつでも、あるいは、混沌を望む者でも、何でも好きに呼んでくれて構わないよ。どうせ、君たちに、僕の本質は理解できないんだから』

 

東京、超常事態対策室。

黒田は、壁一面の巨大モニターに映し出されたそのメッセージに、全身の血が凍り付くのを感じていた。

スキル神の警告。

『次に鳴る警鐘は、破滅のファンファーレやもしれんぞ』

今、まさに、そのファンファーレが、全世界で、鳴り響いていた。

 

『さて、長話は嫌いだから、本題に入ろう。今日から、君たち全員を招待して、新しいゲームを始めたいと思うんだ!』

 

声は、心底楽しそうだった。

 

『見ての通り、まずは舞台を用意させてもらった。ニューヨーク。世界の中心。素晴らしいステージだろ? この街を、今から一週間、この綺麗なシールドで覆っておくね。ああ、安心して。電気や水道、あと、インターネットみたいな電波は、ちゃんと通るようにしておいたから。外部との物理的な接触は、まあ、不可能だけど』

 

邪神は、続ける。その言葉の一つ一つが、世界に、新たな絶望を刻み込んでいく。

 

『そして、ここからが、このゲームの重要なルールだ。僕は、この閉鎖都市ニューヨークに、一人の「魔王」を、配置した。僕が特別に選んだ、とっても強力で、とっても凶悪なアルターさ。君たち、シールドの中にいる約1200万人の皆さんには、この魔王を探し出して、殺してもらいたい。これが、このゲームのクリア条件。簡単だろ?』

 

「……殺せ、だと?」

黒田の隣で、佐伯が、信じられない、というように呟いた。

国家が、法律が、倫理が、必死に禁じてきた、その行為を、神を名乗る存在が、全世界に向けて、公然と、推奨している。

 

『もちろん、ただ殺せ、なんて言うわけじゃない。僕も、鬼じゃないからね。ちゃんと、ご褒美を用意した。もし、君たちが、一週間以内に、見事、魔王を殺すことができたら……。このゲーム中に、ニューヨーク市内で死んだ人間を、全員、生き返らせてあげよう』

 

その言葉に、世界は、息を飲んだ。

 

『それだけじゃない。おまけとして、蘇生させたついでに、ニューヨークにいる全員を、病気も、怪我も、なんなら、虫歯や水虫に至るまで、全てを完治させた、100%完璧な健康な状態にしてあげる。どう? まさに、神の奇跡だろ? 僕は、優しいんだ』

 

優しい、と、彼は言った。その声には、微塵の皮肉も感じられない。純粋な、善意の押し売りのように、それは聞こえた。

だが、その後に続いた言葉は、その偽りの善意を、奈落の底へと突き落とした。

 

『さて。殺せなかった場合、だよね。もし、一週間経っても、魔王がピンピンしていたら……。残念だけど、ゲームオーバーだ。ペナルティとして、ニューヨークにいる、約1200万人の皆さんには、全員、死んでもらいます。まあ、シールドごと、空間ごと、消しちゃうだけだから、痛みはないと思うよ。安心して』

 

絶句。

世界が、沈黙した。

1200万人の命。それが、今、神の気まぐれなゲームの、チップとして、テーブルに置かれたのだ。

 

『ああ、そうだ。大事なことを言い忘れてた。この世紀のゲーム、閉じ込められた人たちだけで楽しむのは、もったいないだろ? だから、専用の配信サイトを用意した。ニューヨーク市内の、ありとあらゆる場所に、僕が、超小型の観測ドローンを飛ばしておいたから、中の様子は、ほぼ全て、リアルタイムで観戦できるよ。世界中の皆で、このゲームの行方を見守って、応援したり、賭けをしたり、楽しんでくれたら、僕も嬉しいな!』

 

画面に、URLが表示される。

それは、あまりに悪趣味な、デスゲームの観戦チケットだった。

 

『じゃあ、ルール説明は、こんなところかな。ゲームは、もう、始まっている。せいぜい、頑張ってくれたまえ、愛すべき、人間たち。……それじゃあ、また、一週間後に会おう!』

 

その言葉を最後に、全ての画面は、ニューヨークの、上空からの映像に切り替わった。そこには、パニックに陥り、逃げ惑う、無数の人々の姿が、まるで蟻の行列のように、映し出されていた。

邪神の、一方的な、開幕宣言だった。

 

閉鎖都市ニューヨークは、その瞬間、世界最大の監獄であり、世界最大の舞台となった。

シールド内部では、地獄が始まっていた。

通信網は生きている。誰もが、外部の家族や、恋人に、助けを求める。

「助けてくれ! ここから出してくれ!」

「パパ! ママ! どこにいるの!」

だが、助けは来ない。シールドの外にいる者たちもまた、画面の向こうの地獄絵図に、ただ涙し、絶叫することしかできなかった。

そして、人々の心を、もう一つの、黒い感情が支配し始める。

「魔王」。

誰が、魔王なんだ。

そいつを殺せば、助かる。そいつさえ、いなければ。

疑心暗鬼が、伝染病のように、広がっていく。

邪神が用意した配信サイトには、早速、魔王に関する、最初のヒントが、ポップアップで表示された。

 

【魔王情報 vol.1】

名前:サイラス・グレイ

スキル:【絶望の囁き(ウィスパー・オブ・デスペア)】ランク:A

能力:彼の声を聞いた者は、精神に直接、最も聞きたくない「真実」や「絶望」を囁かれ、やがては精神が崩壊し、自殺に至る。物理的な接触は、必要ない。

 

その情報が、シールド内の人々のスマートフォンに、一斉に通知された。

最悪の能力だった。

直接的な戦闘能力はない。だが、彼の声は、それだけで、大量殺戮を可能にする、音響兵器だった。しかも、彼の顔写真や、現在の居場所は、一切、公開されていない。

ただ、「サイラス・グレイ」という名前と、その能力だけ。

ニューヨークに住む、何千、何万人という「サイラス」という名前の人間が、その瞬間、魔王候補となった。

魔王狩りが、始まった。

それは、正義の名の元に行われる、集団ヒステリー。魔女狩りの、再来だった。

マンハッタンの、とあるアパートで。

一人の青年が、隣人たちにドアを叩かれていた。

「開けろ! サイラス! お前が魔王なんだろう!」

「違う! 俺は、ただの、サイラス・ミラーだ!」

「うるさい! 顔を見せろ! 声を聞かせろ!」

恐怖に駆られた群衆は、もはや、理性を失っていた。彼らは、ドアを破壊し、青年の部屋になだれ込み、彼を、袋叩きにした。青年の悲鳴は、誰にも届かなかった。

 

ブルックリンの、食料品店で。

店主が、客たちに、詰め寄られていた。

「おい、あんた、サイラスって名前だったよな?」

「ま、待ってくれ! 俺は、ただの店主だ!」

「喋るな! 喋ったら、俺たちが狂っちまう!」

客の一人が、恐怖のあまり、手に持っていた缶詰で、店主の頭を、何度も、何度も、殴りつけた。

地獄の釜の蓋が、開いたのだ。

 

シールドの外では、世界が、この惨状を、固唾を飲んで見守っていた。

配信サイトの同時接続者数は、瞬く間に、30億人を突破した。

コメント欄は、人間の、あらゆる醜悪な感情の、掃き溜めと化していた。

 

『うわー、グロすぎwww』

『もっとやれ!』

『魔王は、あの黒人じゃないか? なんか、怪しいぞ』

『頑張れNYPD! 早く、魔王を射殺しろ!』

『このゲーム、勝つ方に100ドル賭けるわw』

 

人々は、恐怖し、嫌悪しながらも、その目を、逸らすことができなかった。それは、あまりに刺激的で、中毒性の高い、究極のリアリティショーだった。

 

対策室では、黒田が、その配信映像を、唇から血が滲むほど、強く噛み締めながら、見つめていた。

アメリカ大統領から、緊急のホットラインが入る。

「黒田室長! 何か、手はないのか! スキル神は、何と言っている!」

「……大統領。我々には、何もできません。スキル神も、邪神のこの行動は、予測できていなかった、と……」

嘘だった。スキル神は、警告していた。だが、その事実を、今、口にすることはできなかった。

我々は、無力だ。

アメリカ軍が、シールドに対して、あらゆる兵器を試していた。戦術核ミサイルですら、その表面に、傷一つ、付けることはできなかった。

無力。絶対的な、無力感。

黒田は、このゲームの、本当の恐ろしさに、気づいていた。

邪神の目的は、ニューヨークの、1200万人の命ではない。

この地獄を、全世界に、一週間、見せつけ、共有させること。

他人の死を、娯楽として消費させ、人間の倫理観を、根底から破壊すること。

そして、「目的のためなら、殺人すら、正義となりうる」という、歪んだ価値観を、全世界に、植え付けること。

このゲームが終わる頃には、たとえ、ニューヨークが救われたとしても、世界は、もう、二度と、元には戻らない。

我々は、神の掌の上で、踊らされているピエロだ。

 

保護施設で、この配信を見ていた神崎勇気は、テレビの画面を、殴りつけていた。

「ふざけるな……ふざけるなよッ!!」

彼の拳が、モニターを粉々に砕く。だが、虚しいだけだった。

彼の力は、この、絶対的な檻の前では、何の意味もなさない。

「俺が、俺がそこにいさえすれば……!」

SS級の器は、その力の使い道を与えられないまま、ただ、無力感に、身を震わせるしかなかった。

 

そして、その全ての地獄絵図を。

空木(うつぎ) 零は、自室で、実に、満足げに、眺めていた。

彼の机の上には、映画館で売っているような、特大サイズの、ポップコーンと、コーラ。

彼は、ポップコーンを一つ、口に放り込みながら、様々なモニターに映し出された、人々の絶望を、最高の映画でも見るかのように、楽しんでいた。

 

「……うん、うん。やっぱり、人間は、追い詰められた時が、一番、面白い顔をする」

 

彼の仕掛けた、壮大なデスゲーム。

善も、悪も、ヒーローも、国家も、全てが、彼の筋書き通りに、翻弄されていく。

これこそ、彼が求めていた、最高のエンターテイメント。

究極の、退屈しのぎ。

 

「さあ、見せておくれよ、人間たち。君たちの、醜くて、滑稽で、そして、最高に美しい、生の輝きを」

 

神は、笑う。

世界の終焉を、心から、待ち望みながら。

破滅への、一週間のカウントダウンが、今、静かに、始まった。

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