スキルを自作できるようになった俺、好奇心で世界をリセットし続けたら人類悪になっていた   作:パラレル・ゲーマー

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第60話 電子の鏡と、神託の始まり

 月島栞は一つの決意を固めていた。

 彼女は、Vチューバーになることにした。

 本が好きで、人混みが苦手で、六畳一間の自室こそが世界の全てだった彼女にとって、それは人生で最大級の、そして最も無謀な挑戦だった。

 きっかけは、些細なことだった。この狂ってしまった世界が、少しだけ苦手だった。誰もが、今ここにはない「別の何か」を求め、叫んでいる。そのあまりにも大きな声が、栞には時々、耐え難いほどのノイズに感じられた。

 だが、あの日、彼女の部屋にスキル神が現れ、あの規格外の力を授けられてから、彼女の世界の見え方は少しだけ変わった。彼女の魂は、まるで静かな湖面のようだと神は言った。外界の喧騒に惑わされることなく、ただ静かに、天に浮かぶ星々を、ありのままに映し出す、と。

 ならば、自分にも何かできることがあるのかもしれない。

 この静かな部屋の中からでも、誰かの心を少しだけ照らすことができるのかもしれない。

 アバターという仮面を被れば、内気な自分でも、誰かと繋がることができるかもしれない。

 彼女はなけなしの貯金をはたいて機材を揃え、個人で活動しているイラストレーターにLive2Dモデルの制作を依頼した。そうして生まれたのが、Vチューバー「鏡ミライ」だった。

 

 銀色の長い髪、星々を映したかのような深い紫色の瞳。衣装は、時を刻む歯車と星座の模様が刺繍された、どこか古風で神秘的なデザインのドレス。

 そして、彼女が自ら考案したキャッチーな設定。

「――こんミラー! 未来の欠片(フラグメント)を映し出す不思議な鏡からやってきた、見習い時間観測員の、鏡ミライです!」

 

 記念すべき、最初の配信の日。

 栞は、心臓が口から飛び出しそうなほどの緊張と戦っていた。モニターの中では、完璧な笑顔を浮かべたミライが、滑らかに動いている。だが、その内側にいる栞は、マイクを持つ手が小刻みに震え、額からは冷や汗が流れていた。

「え、えーっと……。わ、わた、わたくし、鏡ミライと申します……。す、好きなものは、本と、静かな場所と、あと……紅茶です……」

 声が、上ずる。用意していた台詞は、頭の中から真っ白に消え去っていた。

 コメント欄の流れは、遅かった。同時接続者数は、二桁に届けば良い方。

『新人さんかな? がんばれー』

『かわいい』

『声震えてて草』

 温かいコメントもあったが、そのほとんどは、無数の新人Vチューバーが生まれては消えていくこの飽和した市場における、ありふれた反応の一つに過ぎなかった。

 配信は、一時間ほどで終わった。後に残されたのは、圧倒的な疲労感と、そして自らの不甲斐なさに対する深い、深い自己嫌悪だけだった。

(……ダメだ。私には、向いてない……)

 栞は、机に突っ伏した。

 鏡ミライという、明るく神秘的なキャラクターと、内気で平凡な月島栞という自分。そのあまりにも大きなギャップ。それを埋めるだけの才能も、度胸も、自分にはない。

 もう、やめてしまおうか。

 彼女が、本気でそう思い始めた、その時だった。

 ふと、彼女の脳裏に、あの神から与えられた力の感覚が蘇った。

 【因果律の天球儀(アストロラーベ・オブ・コーザリティ)】。

 この数週間、彼女はその力を、失くしたイヤリングを探すといった、ごく個人的で些細なことにしか使っていなかった。自分の欲望のために、ましてやVチューバーとしての成功のためにこの力を使うなど、それは「ズル」であり、許されないことだと思っていたからだ。

 だが。

 もし。

 もし、これは「ズル」ではないとしたら?

 これは、鏡ミライというキャラクターを演じるための、最高の「役作り」なのだとしたら?

 ミライは、「見習い時間観測員」なのだ。未来が見えて、当然。過去が読めて、当たり前。

 そうだ。

 私は、月島栞としてではなく、鏡ミライとして、この力を使ってみよう。

 それは、苦し紛れの言い訳だったのかもしれない。

 だが、その言い訳は、彼女に再び立ち上がるための、小さな、しかし確かな勇気を与えてくれた。

 彼女は、顔を上げた。その瞳には、先ほどまでの弱々しい光ではなく、覚悟を決めた者の、静かだが強い光が宿っていた。

 そして彼女は、次回の配信予定を、自らのSNSアカウントに投稿した。

『――次回の配信は、超高難易度アクションゲーム『魂の深淵(アビス・ソウル)Ⅳ』、初見実況プレイです! ミライと一緒に、未来を観測しに行きましょう!』

 

 その告知は、さざ波すら立てなかった。

 誰もが、無謀な新人がまた一人、再生数稼ぎのために流行りの死にゲーに手を出し、そして無様に散っていくのだろうと、そう思っていた。

 だが、その配信が、Vチューバーの歴史を永遠に変えることになる伝説の始まりになることを、まだ誰も知らなかった。

 

 二度目の配信の日。

 栞は、マイクの前に座っていた。だが、もはや彼女の心に緊張はなかった。

 彼女は、月島栞であることをやめた。

 彼女は、鏡ミライだった。

「――こんミラー! 皆さん、お待ちかね! 見習い時間観測員の、鏡ミライです! 今日は、この『魂の深淵Ⅳ』に刻まれた、ありとあらゆる死の因果を、わたくしと一緒に観測していきましょうね!」

 その声は、初配信の時とは比べ物にならないほど、滑らかで、自信に満ちていた。

 ゲームが、始まる。

 『魂の深淵Ⅳ』。それは、その美しいグラフィックとは裏腹に、初見殺しの罠と、理不尽なまでの強さを誇るボスキャラクターで知られ、数多のベテランゲーマーたちの心を折ってきた、当代きっての超高難易度ゲーム。

 ミライは、操作するキャラクターをゆっくりと最初のステージへと進めていく。

 コメント欄には、『また犠牲者が一人……』『10分で心折れる方に賭けるわ』といった、揶揄するようなコメントが流れる。

 最初の角を曲がった、その瞬間。

 壁の向こう側、死角から、一本の矢が高速で飛んできた。ベテランプレイヤーですら反応できない、あまりにも有名な初見殺しの罠。

 だが。

 ミライのキャラクターは、その矢が放たれるほんの0.5秒前、まるで最初からそこに罠があることを知っていたかのように、ひらりと軽やかにその場をステップして、回避した。

 コメント欄が、僅かにざわめく。

『お?』

『今の、避けた? まぐれか?』

 

 ミライは、それに動じることなく、涼しい声で言った。

「――ふむ。この時間軸では、壁の向こうから矢が飛んでくる因果が確定しているようですね。観測完了です」

 彼女は、進む。

 次は、一見すると何でもないただの長い通路。だが、その中央まで進むと、床が抜け落ちて即死するという、これもまた有名な罠。

 ミライは、その通路の手前でぴたりと足を止めた。

 そして、まるで子供が水たまりを飛び越えるかのように、軽やかなジャンプで、その落とし穴の上を飛び越えていった。

「――ここの床は、存在確率が不安定ですね。安定した別の未来へ、跳躍します」

 コメント欄の空気が、明らかに変わった。

『……え?』

『おいおい、こいつ、もしかして……』

『経験者か? いやでも、初見だって言ってたよな?』

 

 そして、最初のボス。巨大な鎧をまとった騎士が、巨大な斧を振り回す。その攻撃は一撃必殺。動きは素早いが、その攻撃パターンは完全にランダムで、数多のプレイヤーを絶望させてきた強敵。

 ミライは、その巨大な騎士と対峙した。

 騎士が、斧を振りかぶる。

 ミライは、攻撃しない。ただ、騎士の動きを「観測」するかのように、その場をひらり、ひらりと舞うだけ。

 騎士の斧が、彼女のいた場所を薙ぎ払う。だが、その時には既に、彼女のキャラクターは数メートル離れた安全地帯へと移動している。

 騎士が、突進してくる。

 ミライは、その後ろへと回り込むように、完璧なタイミングで回避する。

 まるで、未来が見えているかのような、神懸かり的な動き。

 いや、見えているのだ。

 彼女の脳内には今、【因果律の天球儀】が映し出す、騎士の次の行動の、ありとあらゆる可能性の奔流が見えている。

(――右薙ぎ払いの確率、48%。突き攻撃の確率、32%。後方へのジャンプ攻撃、20%……。ならば、最適解は、左後方への2ステップ回避……)

 彼女は、もはやゲームをプレイしているのではなかった。

 彼女は、ただ、最も確率の高い未来を「なぞっている」だけだった。

 そして、5分間、一度も攻撃を受けることなく完璧に全ての攻撃を回避し続けた後。

 彼女は、初めて口を開いた。

「――観測、完了しました。あなたの魂の因果、その終着点は、今、ここに確定しました」

 彼女のキャラクターが、初めて剣を構える。

 そして、これまで誰も発見できなかった、騎士の鎧のほんの僅かな隙間、その一点だけを、寸分の狂いもなく、連続で突き始めた。

 騎士の巨大な体力が、面白いように削れていく。

 そして、騎士が最後の断末魔の叫びを上げて塵となって消えた時。

 コメント欄は、爆発した。

 

『『『『『『『『『『神』』』』』』』』』』

 

『なんだ今のプレイは!? 人間の動きじゃねえぞ!』

『TASか!? いや、でも生配信だ!』

『鳥肌が止まらない……。こいつ、本物だ……』

『「観測完了」って、マジだったのかよ……!』

 

 その日の配信は、伝説となった。

 同時接続者数は、最終的に数万人規模にまで膨れ上がり、配信終了後、その切り抜き動画はあらゆるSNSで拡散され、瞬く間に数百万再生を記録した。

 Vチューバー「鏡ミライ」の名は、一夜にして世界中に轟いた。

 だが、彼女の伝説は、まだ始まったばかりだった。

 

 数日後の、雑談配信。

 彼女は、ゲーム実況での熱狂が嘘のように、穏やかな声で語りかけていた。

「――さて。今日は、わたくしの時間観測員としてのお仕事の一環として、皆さんの未来の欠片を、少しだけ覗いてみようと思います。何か、お悩みのある方はいらっしゃいますか?」

 『相談コーナー』。

 コメント欄には、半信半疑ながらも、無数の悩みが殺到した。

 

『ミライ様! 来週の大学の試験、受かるか心配です!』

 ミライは、そのコメントを拾い上げた。

「――ふむ。観測してみましょう……。ああ、見えますよ。あなたが、試験の前々日に、歴史の教科書の平安時代の項目を、なぜか集中して勉強している未来の欠片が。……藤原氏のあたり、ですかねえ……。なぜでしょうね? 不思議な未来です」

 その、あまりにも具体的な、しかし断定的ではない、絶妙なアドバイス。

 

『好きな人に告白しようか、迷ってます……』

「――観測します……。ああ、その方の過去の欠片が見えます。その方は、以前、派手なサプライズで告白されて、少し引いてしまった、という経験があるようですね。……もし、あなたの想いを伝えるのであれば、華やかな言葉よりも、静かな場所で、ただ真っ直ぐな言葉を一つだけ伝える。そんな未来の方が、より輝いて見える気がします」

 その、誰も知らないはずの過去を言い当てる、神託のような言葉。

 

 そして、最後の一人。

『もう、何もかも嫌になりました。生きていても、意味がありません』

 その、あまりにも重いコメント。

 配信の空気が、一瞬で凍り付いた。

 だが、ミライの声は、変わらず穏やかだった。

「――観測しますね」

 彼女は、しばらく目を閉じた。

 そして、ゆっくりとその瞼を開くと、これ以上ないほど優しい声で言った。

「……あなた、窓の外を見ていただけますか?」

「あなたの部屋の窓から、小さな公園が見えますよね? そのブランコの隣に、一本だけ、金木犀の木が植えられているはずです」

「見えますか? 今はまだ、緑の葉しか見えないかもしれません。ですが、わたくしには、未来の欠片が見えます。……今から、ちょうど一ヶ月後。その木が、小さな、オレンジ色の花をたくさんつけて、あたり一面に、とても甘くて、優しい香りを漂わせている。そんな、未来が」

「そして、その香りを吸い込んだあなたが、『ああ、生きてて良かった』と、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、微笑んでいる。……そんな、可能性の奔流も、確かに見えますよ」

「……だから、もしよかったら。あと、一ヶ月だけ。その花の香りを、わたくしと一緒に、待ってみませんか?」

 

 その、あまりにも詩的で、あまりにも温かい預言。

 コメント欄は、涙で溢れ返っていた。

 その日を境に、「鏡ミライ」は、もはやただの天才ゲーマーや人気Vチューバーではなくなった。

 彼女は、現代に生まれた、電子の巫女。

 人々の魂を癒し、導く、希望の光そのものとなった。

 

 配信が、終わる。

 モニターの中のミライが、優雅にお辞儀をして消えた、その瞬間。

 月島栞は、ヘッドセットを外し、机の上に突っ伏した。

「……はあ……。……つ、疲れた……」

 全身から、力が抜けていく。頭が、割れるように痛い。

 数万人という人間の過去と未来、その因果の奔流を同時に観測し続けることは、彼女の精神を限界まですり減らしていた。

 だが、彼女は顔を上げた。

 そして、自らのスマートフォンの画面を見た。

 そこには、爆発的に増え続けるチャンネル登録者数の数字と、彼女への感謝と賞賛で埋め尽くされた、温かいコメントの洪水が映し出されていた。

 彼女は、成功した。

 そして、誰かを救うことができたのかもしれない。

 彼女の口元に、小さな、しかし確かな笑みが浮かんだ。

 それは、月島栞としての、偽りのない、本当の笑顔だった。

 

 

 

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