魔法使いの夜 第1.5部   作:古志たんたん

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10th night

地面に横たわっているロボットから機械独特の軋む音が聞こえた。そのまま永遠に眠りについて欲しかったのにと、片膝を着きながら青子は悔しげに目線を向けるしかなかった。

 

白く長い髪の毛の隙間から無機質でけだるげな両目が覗いていることに気が付く。青子に向けるその視線は実に冷めきっていて、だが闘志が宿っているようにやけに鋭い印象を受けた。どうやらまだ気を抜いてはいけないらしい。

 

突然、ぬくりと立ち上がるや否や再び刃の切っ先を青子に向けてきた。飛び道具を出してこないのは多少なりとも故障しているのだと思いたいし、動きに先ほどまでの機敏さは感じられず、ぎこちのない歩みに見えるのは果たして希望的観測だろうか。

 

とはいえ、今攻撃されたら確実に避けきれまい。

 

気合いだけでどうにか青子も立ち上がると、魔弾を撃つか一瞬迷ったがやめた。弾を込めても砲台がボロボロならばそれは意味の無いことだ。魔力の無駄使いに他ならない。

 

「狂暴な割に可愛い顔してるのね。私の知り合いにも似たようなやつがいるのよ」

 

「…………」

 

会話は無理。ここは逃げの一手である。青子は後ずさる。青子からすれば実に不本意なことかもしれないが、今許される選択肢はひとつしか残されていないのだ。

 

走ろうと試みたがどうやら手足に力が入っていかない。体中に重石を付けられているような感覚だった。それでも青子は校庭の真ん中をひた歩く。そして、その後を執拗に追ってくるロボット。

 

さして時間も掛かることなく青子は校庭の端まで追いやられた。足を止めロボットに向き直る。このまま追いかけっこを続けても分が悪いのは青子のほうである。

 

(強がらずに有珠にも加勢してもらえれば良かったかしら)

 

ロボットはチャンスとばかりに距離を詰めてくる。

 

(けど、草十郎が狙われるよりはマシか。あいつは私が大きな代償を払って助けた命なんだもの。こんなところで殺されるのは何だかむかつく)

 

その場で深呼吸をする。

 

(それに、私の問題は未だ何も解決してないんだから。こんなぐちゃぐちゃの状態で死ぬのはごめんだわ)

 

青子は心を落ち着かせ、ゆっくりと前に手をかざした。

 

 

「念のため準備だけはしておいたわ。使う使わないは自由よ。ただ、青子の魔力量では世界を構築するだけで御の字だと思いなさい。使用した後は気を保てないかもしれないわね」

 

「それじゃあ戦闘で使えないじゃない」

 

「いいえ。さっきも言ったでしょう。発動するだけで精一杯なのだから、すぐに――――」

 

「なるほどね。それならあたしにも活かすことができそう」

 

「時間が無いから教えるわ。詠唱は―――」

 

 

心配なんてきっと杞憂で、一度しか聞いていないのに頭にこびり付いていた。

 

必ず唱えることになると、頭のどこかで分かっていたのかもしれない。

 

それは世界を創る動作。

 

「外では霜と目も開かぬほどの雪

  吹き荒れる気まぐれな嵐風の狂気

   室内では暖炉の赤い輝きと子供時代の喜びの巣

    魔法のことばが汝をしっかり捕らえ

     汝は荒れ狂う風雨に気づくこともない」

 

詠唱を唱え終えると、辺りは一瞬の静寂に包まれる。

 

そして、すぐさま彼女の足元には紫色の魔法陣が展開した。最初はぼんやりとしていた輝きが次第に増していき、急激に拡がり始めた魔法陣は校庭をほぼ埋め尽くした。

 

青子は腕を組む。その表情はどこか満足げだ。

 

「意識飛んじゃいないわよ、有珠」

 

この光景は、青子の不安の半分を消し去ってくれた。

 

           ◇

 

草十郎を連れて久遠寺邸に無事帰って来れた有珠は、お昼も取ることなくすぐに自室へと篭ると、プロイの調整に取り掛かった。

 

整理整頓された部屋は彼女の性格をよく表していた。研究と勉学をしない限り、机の上には常に何も置かないようにしている。今はまさにその作業の真っ最中のため、物が沢山置いてあった。しかし、どこか整列されてるように見えてしまうので、そこに乱雑さは不思議と無いのだ。

 

机の端には、綿を限界まで詰めてぱんぱんになっている正方形のクッションが置かれ、その上には獣の牙らしきものが一本大事に載せてあった。赤い液体が時間と共に変色し黒ずんでいる箇所が複数見受けられるがそれはご愛嬌だ。その隣では、片手で収まる程の黒い球体が宙に浮いており、糸を出すように上に向かって煙を上げていた。他にも包み紙の模様がオシャレなチョコレートを収納した高級感溢れる宝石箱。ひし形の木製手鏡、カドが折れて幾年と年季の入ったトランプが置かれていた。

 

これからこの量を仕上げていくとなると骨の折れる作業なのは間違いなかった。それでも顔色ひとつ変えずに淡々とこなしていくその姿勢は、彼女の強みだ。

 

作業の合間、木棚の中で何かが光り始めた。それは真っ白な子猫の置物だった。作業に没頭するあまり彼女はすぐに気が付かなかったのだが、木棚がカタカタと揺れ始めたので流石の有珠もその異変に顔を上げた。

 

木棚のガラス戸を開けて優しく手に持つと、子猫は内側から淡い光をゆっくりと点滅させていた。

 

これが何を意味しているのか有珠は当然理解していた。

 

「それほど強い相手ということかしら……」

 

加勢しに行くわけにはいかないだろう。なぜなら今私たちは三咲町で一番安全な場所にいるのだから。

 

有珠は再び椅子に座り直すと何事も無かったように作業を再開する。有珠と青子はあくまでも魔術師として協力関係の元に繋がっている。出来うる限りのことは手を貸すし共闘だってもちろんする。だが、血縁関係や友人でもない。命を賭ける義理も無ければ、敵討ちなどもっての外である。だから、万が一のことがあったとしても悲しみに暮れたりする必要もないのだ。

 

私たちの関係というものはそんなものでしかない。

 

その後、有珠はいつもよりも倍の時間をかけてプロイの調整を終わらせた。

 

           ◇

 

校庭に広がる魔法陣に果たして何を見たのかロボットは歩みを速めた。脚からは軋む音を鳴り響かせ、無茶をしていることがよく分かる。どうやらあのロボット、意志があるようだ。機械にも嫌な予感というものが存在するのだろうか。

 

怪しげに輝く魔方陣を根本から断つため、すぐにでも青子に飛び掛かりたいロボット。だが、残念なことに間に合いそうもない。

 

魔方陣がゆっくりと回転し出した。

 

直後、地鳴りと共に無数の木がゆっくりと地面から迫り上がってきた。1分も経たないうちに周囲は緑の葉で埋め尽くされると、視界だけでなく太陽の光までもが遮られた。校庭にいた2人は森の中に迷い込んでしまったかのようだ。

 

魔方陣はいつの間にか消失し、その代わりに地面には草が生え、踏んだ感触は腐葉土のような柔らかさ。ロボットは困惑しながらも見えなくなってしまった青子を追いかけようと、先ほど彼女が立っていたであろう方角に進むしかなかった。

 

そんな中、森の中央から轟音が鳴り響く。

 

地面が揺れ、木々の隙間から紫色の尖った屋根が見えたかと思えば、それはどんどん上へと伸びていった。途中からそれが塔の屋根であることが分かった。次々と違う大きさの塔も現れ、最後には城門や城壁までもが用意されていた。

 

揺れが収まると、森の中央には校舎よりも高い立派なお城が完成した。外壁はピンク色で可愛らしい印象を受ける。その一方で、人の気配は一切無く、逆にその可愛らしさが不気味さを醸し出していた。

 

ふと視点を変えれば、空にはいつのまにか巨大なチェス盤が逆さまに浮かんでいた。駒たちが意味ありげに配置されているのはゲームの途中だからなのかもしれない。

 

不思議の世界に迷い込んだロボットは、顔色ひとつ変えないが(顔色が変わる機能が備わっているのか疑問だが)、己の使命を果たさんと青子を探し続けるだけだった。しかし、こうも見通しが悪いと困難を極める。

 

あるいは、木々をすべて切り倒すか。その判断を採用することにしたロボットは両腕を刃に変形させようとしたその時。

 

(ここ!)

 

青子の稲妻のような飛び蹴りが木々の合間をくぐり抜け、ロボットを襲う。

 

ロボットは彼女の気配に反応した。瞬時にその場でブリッジするように体を反らせる。

 

青子の蹴りは、ロボットの数センチ上を掠めた。

 

(これ避けるんだ)

 

青子に驚いている暇などない。そのまま地面を滑りながら着地すると同時に土を蹴ってロボットとの距離を詰める。その間、走りながら魔弾を連射。敵の圧倒的な反射速度で躱されているが、それでもいい。今は相手に隙を与えないのが最重要だ。間合いに入るぎりぎりまで魔弾を飛ばし、距離が縮まったところで魔力が圧縮された拳をロボットの顔面にお見舞いした。防御に集中していたロボットは後方へと吹っ飛び、木に激突した。

 

青子は辛そうにしながらも姿勢を正した。その呼吸は極めて荒い。

 

木に寄りかかるロボットの体からは、熱を排出するような音が聞こえ、細かい煙をいくつか上げていた。

 

「ふー。正直ここで終わってくれないと……」

 

ロボットの閉じられていた目がゆっくりと開く。青子を捉え離さない。その瞳には明らかに殺意が残存している。

 

青子はそれを感じ取ると再びロボットへと走り出す。今度こそ仕留めるつもりなのだろう。しかし、ロボットの腕が校舎内で見たものと同じ銃に変形したので、慌てて自らにブレーキをかけた。

 

「ずるいってば!」

 

今度は躱せそうもない。退却と判断する。青子はその場で木よりも高くそして大きく跳躍した。視界が一気に広がると、ピンク色のお城が手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じた。それほど巨大なお城なのだ。

 

そんなお城が校庭に収まるはずもない。世界観の構築だけに飽き足らず空間の歪み(拡張)にまで手を伸ばしてしまっている。

 

(久遠寺家はバケモノね。こうなると、よくもまああの遊園地騒動を生き延びたものだわ)

 

結局のところ自画自賛である。

 

青子は地上に着地すると、お城に向かってすぐに駆け出した。

 

背中から感じる重圧。けれども振り向く余裕もない。前を向け、止まるな、ひたすら走れ、そして耳を澄ませろ。自らの身体と感覚に命令を下す。

 

30メートルほど後ろから木や葉が何かに擦れる音が聞こえた。その瞬間、青子は振り返りもせずその場でスライディングした。すると、彼女の頭上擦れ擦れをロボットの砲撃が掠め飛んで行った。青子はスピードを緩めることなくそのまま走り出す。

 

ロボットにとってもここで青子を仕留められなければ、逃げられたも同然と言える。壊れる覚悟で攻撃を続けるしかないのだ。

 

一方的な攻撃は止むことがない。次々と青子を狙ってくる。草むらに飛び込み、木を盾に使い、跳躍し、バリエーション豊かに避けるその様は余裕に見えて実に必死である。青子も同じ状況なのだ。ここを抜けなければ恐らく待っているのは死のみなのだから。

 

だんだんと木が少なくなり視界が広がってきた。どこまであいつが近づいているのかは分からない。ただ、音と弾の間隔や狙撃の精密さから判断すれば距離は確実に縮まっている気がした。次の攻撃はもう逃げられまい。そう直観した。

 

残るすべての魔力を両脚に集める。青子はみるみる加速を開始し、森の中を疾走する。木を通り過ぎる度に耳の奥でひゅんひゅんと音が遅れて聴こえてくる。その導線はまっすぐに。それが最速のルートだ。だからこそこんなに狙いやすい的もないだろう。

 

当然、攻撃の気配。その弾道は抜群であった。

 

だが、最高速度に乗ってしまった青子にもはやロボットの砲撃は追いつけない。弾速にも勝る彼女のトップスピードは、地面に青色の稲妻を生み出した。

 

森を抜けた。視野が急に広がると同時に、両脚に激痛が走る。脚がもつれ、身体はその速さを維持したまま盛大に転倒した。幸いなことに辺り一面が芝生だったためそのクッション性に助けられた。それでも転倒の衝撃と痛みで意識を保つことだけで精一杯だった。

 

「くっ、動か、……ないっ」

 

もう唯一動かすことができるのは顔と腕だけのようだ。腕で踏ん張りながら辛うじて顔を起こすことはできた。ここで初めて後ろを振り返った。ロボットがまだ追いついていないことを確認すると、次に芝生の向こう側にはお城の門があることに気が付いた。石造りの城壁に紫色の大きな城門。しかし、扉は閉じられている。扉の両端には動物の銅像が置かれていた。お城の屋根では多くの旗が風でたなびいていた。そして、人の気配はやはり無かった。

 

「注意を逸せるものがない」

 

時間を稼がないといけないのに。障害物の多いお城の中に入ることができれば希望もあったのだ。

 

(あれ、そういえば私の周りだけ地面が暗い。ここ日影だったかしら。周りに木なんて……)

 

後ろを振り返ると、ロボットがすぐそばで立っていた。すでに腕を上げ刃を構えていた。

 

思考よりも先に青子の腕が反応した。だが、すでに魔力は底を尽きていた。

 

(あっ、これはまずい)

 

手立てさえ思い浮かばないこんな状況の中。自分の祖父や有珠、姉との戦いの中で自身に向けられていたもの。あれは殺意などではなく単なる制裁だったのだと悟る。だってこれはあまりにも無責任で無慈悲な憎悪が込められた惨殺なのだ。

 

そして、躊躇うことなくロボットの腕が振るわれた。

 

ーーーーーーーーーーーー。

 

ーーーーーーーー。

 

ーーーー。

 

しかし、刃が青子を裁くことはなかった。

 

青子が目を開けると、視界に飛び込んできたのは獅子と一角獣の姿だった。

 

ロボットの倍以上の大きさもあるライオンが、その片足一本でロボットを踏みつけ、地面に這いつくばらせていた。

 

ライオンはロボットに鼻を近づけると、苦い表情になりすぐに顔を離した。

 

「なんだーこいつぁー? くんくん。うっわ、くっせーっ! アブラのニオイすんぞ」

 

「だったらカがなければいいのに」

 

ユニコーンがため息をつく。ユニコーンの象徴とも言える角の先端には、千切れたロボットの片腕が突き刺さっていた。

 

「ハナがひりひりする。ちくしょう。おマエさてはキカイだな。オレたちのセカイにはいちゃいけねーやつだ」

 

「セカイのチツジョがクズれかねないからね。ハヤくオいダしてしまおうよ」

 

言葉を話すことよりも、青子が苦戦する程のパワーと渋とさを兼ね備えたロボットに対し圧倒する力を持っていることに青子は心底驚いた。

 

「……なぜ助けてくれたの?」

2匹は顔を見合わせ、何を言っているのだと笑った。

 

「キミ、アリスのアイボウなんでしょう」

 

「オレのオンナのアイボウならタスけてトウゼンだ。イわせんな、そんなこと」

 

照れるライオンに愛想笑いをしつつ、青子は城門の前にあった銅像が消えていることに気が付いた。

 

(この世界の門番ってところかしら)

 

青子は苦悶の表情を浮かべつつ、何とか上半身を起こす。

 

「お礼を言うわ。私のことは有珠から?」

 

「そうさ。キミのことはいつもキかされてるよ。ミジュクなマジョだとね」

 

「へー、そうなの」 

 

青子はムッとした。

 

いや待てよ。今のボロボロの自分を客観視してみる。先ほどの発言、否定できないわねと思ってしまったのでひとり苦笑い。よもやこんな醜態な姿をして今さらなんだというのだ。プライドなんてとうに捨てた。それよりも大事なものがあるのだ。

 

「なら、恥を忍んでお願い。私はこいつを止めたい。手伝ってほしいの」

 

青子は両手を合わせた。

 

「イわれなくてもやってやらあ。おい、ぺがさす。ジカンもねえだろう。ジョウちゃんをオクってやれ。テツくずはオレにマカせな」

 

「ボクのどこにハネがハえてるのさ。アイツとイッショのかてごらいずはイヤだっていつもイってるよね? それにボクのほうがウツクしさはウエね」

 

「ツノよりハネのほうがイいだろう」

 

「はあ。もういいや。さて、ボクのセナカにノっておくれ」

 

「実は動けなくて」

 

青子は赤面する。

 

「ああ、なるほど。キがキかなくてごめんよ。なら」

 

ユニコーンは今まで角に突き刺さっていたロボットの腕を顔を振って投げ捨てた。そして、角を器用に使って青子の洋服を摘まむと首を縦に振り青子を背中に飛ばし乗せた。

 

「しっかりツカまっておくれ。あっ、ツカめないのか。まあ、いいや。そろそろジカンだろうからイソごう」

 

「オレのオンナによろしくな」

 

余裕な表情のライオンに見送られ、ユニコーンは青子を乗せて走り始めた。

 

お城を離れて再び森の中に入ると、森が一気にざわつき出した。

 

本来動くはずのない木がユニコーンを避けて道を作ってくれるではないか。おかげで一直線に森を抜けることができる。これも能力の一部なのだろうか。ロボットがああも簡単に制圧されてしまう存在なのだ。この世界では最強なのかもしれない。

 

「なんとかマにアいそうだね」

 

「あなたたちの主にも感謝しないと」

 

「キにしなくてもいいんじゃない? アリスもキミにカンシャしてるみたいだったし」

 

「私に?」

 

「セイカクにはキミのセイカクとソンザイにかな。キミのセイカクはアリスとはマハンタイだ。だからニチジョウがイッキにニギやかになったらしい。ヨくもワルくもさ。それはカノジョにとってハジめてのケイケンだから。ギャクにカチキなところやマけずギラいなところはキミたちそっくりだよね。それがイいシゲキになってるんじゃないの?」

 

「……初めて聞いたわ、そんなこと」

 

「カオにデないしワからないよねー。ああ、そうだ、キミのこと、イッショウアイイれないソンザイだとマエにツブヤいていたよ。ふふふっ、キミたちナカがワルいんだね」

 

「ぷっ、そっか。そうね、その通りよ」

 

無事に帰れたのなら、やっぱりありがとうの一言くらいは言うべきであると思った青子だった。

 

木々の向こう側に校舎の屋上が見える。森は広大だがもうすぐだ。

 

その時だった。後ろから大きな音が鳴り、同時に肌に触れるような熱を感じた。何かが爆発したらしく、先ほど通り過ぎた木たちが粉々に砕け散り、地面は焼け焦げ、煙を上げている。その煙の中から奴が飛び出してきた。というか、翼のようなものを背中に携え飛行し追ってきた。

 

「はい⁉︎ 飛べたのなら早く言いなさいよ!」

 

「あーあ、アニキのやつ、しくじったな。オちないようにイノってて」

 

「待

 

ユニコーンは勢い良く飛ぶと、ロボットの放ったミサイルをすんでのところでかわした。ミサイルは前方で木に当たり爆発する。

 

青子は全体重をユニコーンに預けるくらいしかできず、その身は宙に浮いてしまう始末。受け身もできない今、振り落とされるのは致命的だ。

 

ユニコーンの着地と同時にしつこく飛んでくるミサイルに、ロボットの諦めの悪さがよく表れていた。

 

再度ギリギリでかわすのは彼女の落下のリスクを伴う。そのため、ユニコーンは走って逃げるしかなかった。

 

「あれオいかけてくるタイプのやつじゃないか」

 

右に左にと方向転換するもなかなか振り切ることができない。童話の世界では科学に則った物質に対して有効手段が少ないのだ。はっきり言って相性は悪い。

 

さらに、ユニコーンを避ける木の習性が逆にここで仇となっていた。障害物が無いに等しい。何よりも青子を乗せたままなのだ。ユニコーンだけなら掻い潜れるとしてもこれ以上の無茶はできまい。青子もそれは察していた。

 

「私を置いていって」

 

青子の目は真剣だ。

 

「それはムリ。アリスにどんなシオきをウけるかワからないからね。なによりそれはウツクしくないオコナいだから、ボクがイヤなんだよね」

 

「……頑固さは有珠譲りね」

 

魔弾のひとつでも撃てればこんな局面難なく逃れられるのに。魔力さえあれば……。

 

「ねえ、あなたこの世界では大抵のことはできるの?」

 

「こんなトキにヘンなシツモンするね。ミサイルをヨけるイガイはムズカしいことじゃないよ」

 

「なら、私にあなたの魔力を供給できるかしら?」

 

「トウゼンだよ。でも、キミが……」

 

「大丈夫よ。ミサイルのひとつやふたつ凌いでみせるわ」

 

「……やっぱりキミもソウトウだね。わかった、ボクのマリョクをあげるよ」

 

すると、すぐにユニコーンの背に触れている青子の手のひらから魔力が流れ込んでくる感覚があった。他人の魔力で魔術回路を起動することに手こずる可能性も大いにあり得はしたが、それは杞憂だったようだ。これは言ってしまえば有珠の魔力。普段から触れているおかげで身体が受け入れやすかったのかもしれない。

 

死んでいた青子の腕、さらには細胞が水を得た魚のように瞬時に活性化する。ガソリンは満タン。しかし中身はボロボロだ。腕も満足に上がらない。射撃の精密さなど皆無であろうが、今は気にしていられる状況ではない。

 

「このまま真っすぐよ。森を抜けたところで止まって」

 

「ワかった。キミをシンじるよ」

 

ミサイルはぴったりとユニコーンの後ろに張り付いている。

 

森を抜けた。ユニコーンはすぐに足の回転を緩めると、反転しながら滑るようにして止まった。

 

青子は左手で右腕を支えながら手のひらをミサイルに向けた。そこから青の閃光が放たれる。

 

森の切れ目で互いが衝突した。ミサイルの爆音と爆風が辺りの木々の葉を大きく揺らす。

 

立ち昇る煙の中からロボットが飛び出すと、今度はミサイルを全身から射出した。その数、11発。

 

青子が右腕を上げようとするも、既にその感覚は失われていた。

 

「くっ」

 

もう魔術回路の起動すらままならなかった。

 

青子の異変に気がついたユニコーンが咄嗟に走り出す。

 

ミサイルのスピードには敵わない。だから、たった数秒の時間稼ぎ。

 

それでも、

 

「遅いんだよ、いっつも」

 

ユニコーンは賭けに勝ったのだ。

 

突然、ライオンが間に割り込んできた。ライオンはその場で口を大きく開けると、黄色の光線を吐き出した。ミサイルが次々と撃破されていく。

 

「マにアったじゃねえか」

 

ニヤリとするライオンにユニコーンは釘を刺す。

 

「トりニガしてるジテンでかっこワルいでしょ」

 

「いーや、カけつけたたいみんぐがどんぴしゃだったろう。これは」

 

「まだ来てる!」

 

青子が2人の会話に割って入った。

 

ロボットがツバメのような低空飛行でライオンの首を狙う姿を捉えたからだ。

 

ライオンは後ろを振り返る。もう間に合わない。

 

「ほれ」

 

ライオンは尻尾を勢いよく振ると、逆にロボットの首を粉砕した。

 

「さっきはああイったけどアニキはベツね。このセカイでユイイツのぱわーばかだから、カガクとはアイショウイいみたいなんだ」

 

「コンドこそニガさねーからな!」

 

ライオンは頭部だけになったロボットを転がして楽しんでいた。

 

「ユイイツジャクテンがあるとすれば、イロイロとヌけてるところだね」

 

青子はその光景を見て、自らの緊張が解けていくのを感じた。顔や服はススだらけ。強張った肩の力もみるみる抜けていった。

 

「頼もしいやつら。あははっ」

 

先ほどまで命のやり取りをしていた感覚が彼らのせいで冗談だったのではないかと一瞬でも疑ってしまい、それが実におかしいことなのだと彼女は思った。

 

青子はユニコーンの背から降りてライオンとユニコーンにあらためてお礼を述べていると、再び地面には魔方陣が浮かび上がった。辺り一面が白く輝いたかと思えば、突然、地面が鏡へと変貌した。それはまるで湖の上に浮かんでいるような光景だった。森が鏡に反射することで緑は一層と濃くなり、より童話の世界へと潜っていく。

 

じきに鏡がすべてを飲み込み始めた。森の木や草、そしてお城までもが沈んでいく。鏡に溶けていくかのようだ。それはライオンやユニコーン、そしてロボットも例外ではない。

 

青子の魔力供給量ではこの世界を構築するだけで精一杯であり、持続させることはできない。

 

時間の制約に縛られた世界の終幕。

 

青子は鏡から1人離れる。

 

「コンドこそじゃあなーアオコ。こいつはイッショにツれてイくぜ。アンシンしな」

 

「ボクたちができるのはここまでだ。アオコがブジにカエれることをネガってるよ」

 

「助かったわ。ほんとに感謝してる」

 

青子は笑顔で彼らを見届ける。そして、鏡に沈みかけたロボットにも声を掛けた。

 

「さようなら、会えたらまた会いましょう」

 

「…………殺すから」

 

と、少女のような幼声で確かにそう言って、ロボットは鏡の国へと旅立って行った。

 

鏡は最後に空へ届かんばかりの光を放ち、そして消え去った。

 

気がつくと、そこはいつもの学校の校庭だった。

 

見慣れた光景に青子は安堵する。

 

「あーあ。ガラスと壁さえ壊れてなきゃ完璧だったのになー」

 

校舎の3階を尻目に、青子は今度こそ膝から崩れ座り込んだ。もはや倒れないよう踏ん張っているだけでも奇跡に近い。

 

だが、こんな絶好のチャンスにも関わらずソロモンは現れない。彼の性格やこれまでの言動から察するに、このタイミングで青子の目の前に嬉々として現れないのはどうにもおかしい。

 

そんな疑念がボロボロの青子を奮い立たせ、その体を校舎まで運ぶことができたのだろう。

 

しばらくして、昇降口前の石段で座り込んでいたところを彼女の帰りが遅いことを心配し探していた山城に発見され、すぐに保健室へと運ばれたのだった。

 

卒業式のリハーサルを無事に終えた鳶丸が保健室に駆けつけ、色々と押し付けられてしまったその彼が文句を言えなかったほどには青子は一時的に衰弱していたし、鳶丸もそんな彼女を見るのは初めてのことだった。

 

今回の理由については、ここ最近受験勉強で徹夜が続いていたこと、卒業式を成功させなければという連日のプレッシャーから来ているのだろうということ、その2点を両人には解釈しておいた。当然、鳶丸も山城も完全には納得してくれていない様子だったはものの、結局青子への信頼度もあってそれ以上のツッコミは入らなかった。

 

徹夜は本当の事だ。だが、後者は果たしてどうだろうか。普段、青子が学校の行事でプレッシャーを感じることなど先ず以て無いのだから。

 

けど、あながち嘘は付いてないのかもしれないと青子は保健室のベッドの上でひとり納得すると、ほんの一時の安らぎを得たのだった。




【次回予告】
不機嫌な有珠
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