魔法使いの夜 第1.5部   作:古志たんたん

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13th night

魔法使いにも不可能なことがあるーーーー。

 

ドアマンに開けてもらい中へ入ると、急に良い香りがした。歩くとまず床がふかふかであることに気が付いた。ロビーには椅子とソファが配置されており、隣との感覚が広めに取られていて、なおかつクッションが厚そうだ。また、それらとセットで置かれている木製のローテーブルは柱の部分の装飾が細かく彫られており凝ったデザインだ。電気の光量が意図的に絞られているようで窓も無いことから昼間でもほの暗く大人の雰囲気がある。会話は聞こえても静かな印象を受けるのは、客層がご年配や高価な洋服を着飾っている中年がほとんどを占めるからであろう。フロントは最奥だ。

 

外面モードを発動する。これは生徒会長になってから会得した技だ。

 

「失礼します」

 

鳶丸が聞いたら気持ち悪りーと揶揄されそうな丁寧な声。

 

「いらっしゃいませ」

 

彼女の中では今は教会の関係者。ソロモンをお迎えしに来た聖職者という設定だ。言いたくはないが、教会の者としての気品や落ち着いた所作は必要だと思っている。

 

「お尋ねしたいのですが、先生がこのホテルに泊まっていると聞いて迎えに来ました。どの部屋に泊まっているか知りたいのですが」

 

「申し訳ありません。宿泊者様の情報は守秘義務がございますのでお教えできないのです」

 

「あー、なるほど」

 

内心慌ててはいるが、表情は保っている。

 

「念のため、その方のお名前を教えていただけますか?」

 

ここで咄嗟に何かをひらめいた青子。

 

「いいえ、結構です。それでは御本人に直接お部屋をお聞きしてからまた参ります。失礼いたしました」

 

そう言って、青子は深々とお辞儀し、ここを立ち去ることにした。

 

その足でホテルまでの道中に見かけたファーストフード店に向かった。青子はここで早めのお昼を済ますことにしたのだ。

 

受け取ったハンバーガーをテーブルに置き、簡素な椅子に腰掛ける。あごに手を当てながらポテトを1本口に運ぶ。熱心な学生聖職者を演じるに当たり、今日は高校の制服を着てきたが無駄足に終わってしまった。しかし、まだ作戦はあるのでここで時間を潰すのみだ。

 

若者が集まるお店に女子高校生がひとり。しかも見た目は上級。声をかけられないわけが無かった。他校の男子生徒に声をかけられたが、「は?」の一言で顔色を変えて撤退してしまった。本人に脅したつもりなど自覚はない。考え事をしている最中だったからとっさに出た言葉があれだったのだ。聖職者でもなくなったわけだし、油断して素が出てしまったようだ。ナンパだったんだろうけど、断る手間も省けたのだし、まあいっかと今度はハンバーガーを頬張った。

 

          ◇

 

「草十郎君って特技と呼べるものあるのかしら?」

 

今さら自己紹介をする間柄でもない。それでもそんな質問をしてしまったのは、あまりにも要領が悪くそして理解力が乏しいので、「じゃあ、あなたは何なら上手にできるの?」という言葉を有珠なりに柔らかく表現し、例の如く口から思わずそれが出てきてしまっただけなのだ。

 

ここは久遠寺邸の図書室。魔術書をはじめあらゆる学術書が一通り揃っている。蔵書数も半端が無い。唯一揃っていないジャンルがあるとしたら教科書くらいのものだった。草十郎は自室から持ってきた教科書を持参した。知識欲の多い有珠とは違い、欲が少ない草十郎にとってここは勉強するのには最強の環境だ。普段、有珠が使わない大きな机に教科書を広げる草十郎と、今読んでいる哲学書を持参している有珠が隣り合って座っている。最初、対面に座ってみたのだが、予想以上につまる場面が多く、教えるのに不便だと感じて有珠が彼の隣に移動したのだった。

 

「今の俺の特技は“山"とつくものは大抵得意なところだと思っているよ」

 

「山?」

 

「そうだな、例えばだけど、山登りや山菜採り、山籠もりとか。山で生活してたから当たり前なんだけど、ここでは珍しいことみたいだから、今は特技と呼んでもいいのかなと思ったんだ」

 

有珠の辛辣な質問に対してまっすぐ答える草十郎。こうやって人の気分を中和させる能力こそ特技なのではないだろうか。

 

「確かにそんな人がそこかしこにいても困るわね。あとその特技、他にもありそうよね。山犬の撃退、山男との遭遇、雪山を下山、山火事の鎮火、火山の噴火、山わさびの山盛り……」

 

「最後のが一番恐ろしいんだが」

 

「思わず脱線してしまったわ。それじゃあ、続きをしましょうか」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

草十郎は膝に手を当て律儀にお辞儀をする。彼からしたら勉強を教えてくれる人皆が先生に等しいからだ。

 

しかし、有珠は最後にどうしても気になったことを彼に聞いてみた。

 

「山の中での特技は何だったの?」

 

草十郎は鉛筆を置くと、先ほどとは違い迷いなく即答した。

 

「再現すること、それだけだったよ」

 

草十郎はおかしそうに笑った。

 

          ◇

 

青子はファーストフード店を出ると、一番近くの公衆電話へと向かった。幸いにも誰も使用していなかったので、電話ボックスへと入る。備え付けのタウンページを開き、ニューヨークホテルの電話番号を確認した。

 

ホテルのフロントにはすぐに繋がった。

 

「お電話ありがとうございます。ニューヨークホテル、フロントでございます」

 

「もしもし。宿泊者に電話を繋いでほしいのですが」

 

青子は訪問した時の声よりも低いトーンで話すことを心がける。聖職者とは別人の設定である。

 

守秘義務とは言っていたが、それはホテル内でのこと。電話越しであれば案外簡単に繋いでくれるのだ。そのことを会話の最中に思い出し、咄嗟にその場を諦めたのはさすがだった。というのが彼女の感想だ。ホテルに行く前に思い出せば尚良かったのにと突っ込む相手もいないので、青子の自己肯定感は今なお高い水準を保っていた。映画の知識がここで役に立ったわと満足げでもある。

 

「承知しました。宿泊者のお名前をお聞かせ下さい」

 

高級ホテルなので最悪伝言対応になるかとも思っていたがラッキーである。

 

「メレム・ソロモンです」

 

「承知しました。このままお待ちくださいませ」

 

電話から紙をめくる音が聞こえる。

 

10秒以上経っても返答が無い。

 

すぐに分かりそうなものだが……。

 

「お待たせしました。申し訳ありませんが、メレム・ソロモン様というようなお名前の方は現在、宿泊しておりませんでした」

 

(予想を外してしまった? いえ、まだよ)

 

「先生は外国の方なので、お名前の申告が若干違うのかもしれません。特徴は、修道着を来たご老人です。覚えはありませんか?」

 

浜宮市でさえ外国人は珍しいだろう。何よりここは高級ホテルだ。海外からの宿泊者は真っ先に全従業員に情報共有されるはずである。文化の違いから問い合わせや困りごと、案内すべきことも多く十分な気遣いが必須だからだ。

 

「外国のお客様ですか、最近ですと子連れのお客様くらいしか……、そうですね、お名前もまったく違いますし……」

 

その後、会話を少し挟んだ後、青子は悔しそうに受話器をガチャンと置いた。

 

「外れたー!」

 

爪を噛みながら公衆電話を出た青子は、有珠の顔を真っ先に思い浮かべてしまう。彼女も避難はさすがにしないだろうが、小言の1つや2つ、嫌味の3つや4つは覚悟しておくべきだ。青子にとってはそれだけでも大層我慢ならない。

 

(私の予測、良い線いってると思ったんだけどなー)

 

青ざめた顔に傷心のオーラ。これはまるで今まさに電話越しで彼氏に別れを告げられ、失恋を したばかりの女子高生、に見えなくも無い。

 

その姿に騙されたように男が寄ってくる。

 

「へいへーい、彼女ー、どうした? オレっちが話聞いてあげんよー?」

 

まずは様子見。

 

「…………………」

 

反応が薄いようだ。こういう時は相手に合わせるに限る。

 

「おいおい、本気で落ち込んでんじゃん。俺、真剣な話もできんの。ゆっくり話そ。学校じゃ恋愛相談の鬼のタクちゃんで通ってるから」

 

一気にトーンを変えることでこちらの本気度を伝える。

 

これでかんぺ、

 

「だまれ」

 

き、

 

「へ?」

 

だ。

 

「黙れと言った。この場から消え失せろ」

 

と、満面の笑みをこぼす失恋中の女子高生。

 

男のくすぶっていた炎が一瞬で消火される。タクちゃんの心は壊れた。

 

「お、俺は、俺は……鬼の……うぅ」

 

鬼同士の対決は勝負にすらならなかった。ナンパされ慣れている青子ならば毎度の如く丁寧に上品に後腐れ無く断れただろうに。これはタイミングの問題。あの男の運が悪かっただけのことである。

 

三崎市で彼女にナンパをふっかける人など今はもういない。隣の市に来るだけでこうも環境が違うとは、頑張りが足りないのかしら?なんて悩んでしまう青子は超人で。

 

(じゃなくて。このまま何の土産もないまま帰れないわ。どうするか)

 

青子がその場で立ちすくんでいると、あるものが目に入った。

 

          ◇

 

草十郎にとって歴史の勉強、特に世界史は新鮮だったようで数学と違い、意欲的で実に教え甲斐があった。比べて酷いと思ったのは数学だ。基礎ができていないのに高校レベルの数学をこなすのは至難の業である。となればやるべきことはレベルを下げることであり、中学校の数学公式、場合によっては小学校の算数式まで遡る必要が出てくるのだ。なので、1つの問題を解くにしても暗号を解いているような感覚であった。

 

その点、世界史はテキストがすべて、暗記がすべてなので有珠も特段教えることもないのだが、数学で口から煙を出し始めたのを察知したため休憩がてら暗記物に切り替えたというわけだ。

 

学校ではヨーロッパの中世に差し掛かっているところであり、世界史の難所の1つだ。

 

「ヨーロッパと呼ばれる大陸に有珠が昔住んでいたイギリスがあるんだな。地図だけだと分からないんだが、ここから遠いのか?」

 

「例えば、持参した本を3冊は軽く読めるかしら。それくらいの時間はかかるわね」

 

「個人差があるからその例えだとよく分からないな。俺だと3日かけて1冊読めるかどうかだから最低9日はかかってしまう計算になるぞ」

 

「ふふっ、そうね。そんなものだと思っておけば良いわ。ところで、先ほどからページをめくるのが早いと思うのだけれど頭に入っているの?」

 

「ああ、何とかね」

 

「嘘よ。だってルイ14世まで既に来てるじゃない。他にもフィリップ、シャルル、ヘンリもいるのだから、こんなにも世代交代があれば何世が何をしたのか混乱するはずよ」

 

そうやって否定をしながらも、有珠は当然の教養として覚えているため、説得力は皆無である。しかし、今はごく一般的な感覚を言っているのだ。

 

「いや、逆に覚えやすいんだ。横文字は苦手だけど人の名前に数が入っているほうが俺はどうやら頭に入りやすいらしい」

 

あえて数学は苦手なのにとは言わなかった。

 

「他にもあるじゃない、特技」

 

「あははっ、確かに、今はそうかもしれないな。山では番号で呼ばれることもあったからだと思う」

 

「…………」

 

有珠は笑うに笑えなかった。

 

「前から聞きたかったんだけど、草十郎君はもしかしてーーーー」

 

やめた。

 

この先を聞いてしまえば、彼との関係性が確実に変わってしまうと有珠の直感が働いたのだ。今のままが楽だし心地よいと言ってもいい。しかも変わることをそもそも望んでなどいないのだ。

 

なぜだろうか。有珠の頭の中には青子の姿が浮かんでいた。

 

良いか悪いか、このタイミングで久遠寺邸の門が開かれる。どうやら機嫌は良さそうだ。

 

有珠はいつの間にか肩が触れる距離まで近づいていた草十郎からゆっくりと離れ立ち上がった。

 

「騒がしい同居人が帰って来たわ。今日はここまでにしましょう」




【次回予告】
○○からの帰還、そして卒業式へ
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