魔法使いの夜 第1.5部   作:古志たんたん

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14th night

「当然、有珠もやってくれるわよね?」

 

青子の提案に有珠は面食らった。

 

リビングの机の上に置かれているのは1枚のケーキ屋のチラシだった。

 

一瞬、パチンコ店か何かのチラシかと勘違いしてしまう程の目に優しくない派手な色使い。「浜宮についにオープン! 本格派のケーキ屋さん」と大きく書かれている。ケーキに本物も偽物もあるのだろうかという疑問はさておき、その下の文字にもぜひ注目である。「フランスで12週間修行したオーナーパティシエが作るケーキをぜひご賞味あれ」と書かれていた。逆効果な宣伝方法に、このオーナーのやばさが簡単に窺えた。

 

「草十郎がお金のことを気にせずに勉強だけに集中するためなんだから覚悟を決めなさい、有珠」

 

新たな厄介ごとに有珠はまたもや苛立っていた。

 

「手ぶらで帰ってくるならまだしもこんなものを持って帰って来て何で上からなのよ。成果が無かったとしても今回は責めるつもりなどなかったわ。けど、これは……」

 

青子がそれは内緒でしょと呆れたように唇に指を当ててジェスチャーしてきたので、それも有珠をさらに苛立たせることになる。

 

「なんで私が……、…………………………………………はあ。それで、本当に1日だけなのよね?」

 

「ええ! 時給は良いから2人でやれば明日だけで稼ぎ切れるわ」

 

最後にもう一度深いため息をつき、有珠は諦めたように続きの哲学書を手に取った。もう話すことは無いと、これは彼女が納得したという合図なのである。

 

たまに分からない会話もあったけれど、この2人が明日は草十郎のために身を削ってくれることだけは理解できたし、何よりもこの件については草十郎のほうがベテランなジャンルだ。だから、どれだけ大変かも理解している。

 

「蒼崎、有珠、本当にありがとう。明日は俺ひとりで勉強をこなしてみせるよ」

 

           ◇

 

翌日、朝7時半。玄関前。

 

青子が張り切った様子で待っていると、あくびをしながら(もちろん口元は手で押さえている)有珠がやって来た。どうやら文句も言うつもりはないようだ。

 

「おはよ。覚悟は決まったみたいね」

 

「もう変えようがないのだから何も言わないだけよ」

 

そう答え、ふんと首を横に振る有珠。

 

彼女なりの想いがあって決心したのだ。本当に納得がいかなければ有珠は強硬手段にでる子だ。青子はそれをもう十分に理解、経験しているのだ。

 

「有珠の気持ちが揺るがないうちに出発しましょう」

 

「いってらっしゃい」

 

「うわっ!?」

 

突然のお見送りの声に青子と有珠は驚く。

 

「草十郎、居たのね。気がつかなかったわ」

 

さっきから居たんだが、と自分の存在感の無さを恨み泣き、しかし切り替えて2人を見送るのだ。

 

「分からないところがあったらメモ書きしておいて。帰ったらそれくらいなら面倒見れると思うから」

 

「いや、今日は疲れると思うからそこまでは頼めない」

 

「今日本当なら私の番だったから、それくらいは任せなさい」

 

「私も手伝うから大丈夫よ」

 

と2人はかっこよく旅立った。

 

草十郎はやる気に満ちていた。あの2人がここまで協力してくれている。苦手だからといってやらないわけにはいかないだろう。まだ時間は早いのだろうが、この気持ちをぶつけてやろうと図書室へと向かった。

 

           ◇

 

夕方になり、机に広がっていたオレンジ色の光もだいぶ薄らいできた。テキストの文字も読みづらくなり、ここいらが潮時か。そそくさと机の上を片付け始める。先ほど休憩がてら読んでいた本を元あった場所にしまう。

 

自室へは向かわず、そのままリビングへと移動した。2人が帰って来た時にすぐに出迎えるためだ。

 

紅茶を淹れてもひとりだし茶葉も勿体ない気がして、いつもの如く掃除でもしようかなと思いきや、ソファに座りテキストを読み始めた。暗記物ならここでも勉強はできるだろう。

 

今日の草十郎は違った。

 

それから1時間も経たずに青子と有珠は帰って来た。

 

「ただいまー」

 

草十郎はご主人様が帰ってきたわんこのように急いで玄関へ向かう。

 

「おかえり、今日は…………2人とも大丈夫か?」

 

青子と有珠は玄関先で背中をくっつけ合いながら座り込んでいた。

 

「草十郎、分からないところはあった?」

 

「ああ、沢山あったよ」

 

何を誇らしそうに言っているのだ。しかしながら、2人とも突っ込む気力すらない。

 

「ごめん、今日は勉強見るの無理」

 

青子は手をひらひらと振った。

 

「青子、明日は卒業式でしょう。必然的に私が今日の分のツケも面倒みることになるじゃない」

 

「じゃあ、今日やっちゃう?」

 

「いいえ、無理」

 

有珠は目を閉じて現実を見ないようにした。このまま眠ってしまってもおかしくない。

 

「帰ってきた途端、どっと疲れが出たみたい」

 

「今日はすまなかった。本当に」

 

「ああ、そうだ、はい、お土産」

 

草十郎は青子から大きな箱を手渡される。それを見て有珠は思い出した。

 

「そうだわ、草十郎君、お寿司の出前を頼んでちょうだい。特上で」

 

草十郎はその言葉のせいで固まってしまった。

 

「いいのか、特上なんて……」

 

「今日は全員頑張ったんだからいいの」

 

青子はグーサインを出した。

 

「わ、わかった」

 

草十郎は2人を労うため、出前を頼み、お茶を出し、お風呂を沸かし、出前を受け取り、食卓を準備し、お土産を開け、再びお茶を出し、食卓を片付け、皿洗いまでもこなすのだった。

 

青子はお寿司をつまみながら今日あった苦労話を草十郎に話し、草十郎はそれを黙って聞き入れ、有珠はお寿司を無言でもくもくと食べながらも青子の話にたまに相づちをうつのだった。

 

「草十郎、勉強ごめんね。明日卒業式だから今日はもう寝るわね。おやすみー」

 

「私も。おやすみなさい。片付けありがとう」

 

まだ皿洗いをしている草十郎の背中に挨拶をすると、2人はふらふらと自室に向かった。

 

「ああ、おやすみ!」

 

有珠は初めての経験であっただろうし、青子は昨日も消耗し切って夜遅くに帰って来ていることを考えると、今日どれだけハードワークだったのか想像に難くない。

 

とはいえ、草十郎だって明日も勉強漬けの日々なのだ。当然だが今日は家庭教師が隣にいなかったため、自分の力だけで無理繰り勉強を進めたせいもあって相当に脳が疲れていた。

 

風呂に入って休もう。そう思ってリビングを出ていこうとしたところ、テーブルに厚めの茶封筒が置いてあることに気が付いた。青子と有珠が置いたものだ。中身を覗かせてもらう。やはりお金だった。彼の予想よりもはるかに多いお札の量だった。

 

「本当にありがとう」

 

さっき言えなかった感謝の言葉を述べた。意味は無いのだが言わずにはいられなかったのだ。

 

(2人には恩を返さないといけないな)

 

草十郎は封筒をありがたく受け取り、リビングの電気を消した。

 

           ◇

 

翌朝。

 

青子はまだ疲れの残る体に気合いを入れる。身支度を済ませると朝早くに出かけた。

 

冬の厳しい寒さも和らぎ、随分と過ごしやすい気温になってきた。

 

残念ながら学校の桜が咲くのはもう少し先だろう。それでも澄み渡った青空は間違いなく卒業式日和だと言えた。

 

(それにしても敵の姿があれから見えない。一体、どこに潜んでいるのだろう。今日の行事が済めば本格的にまた明日から、いえ、今日の夜から対応しないと。そうしなければ、いつまで経ってもこの非日常は終わらないのだから)

 

学校に着くと、既に先生たちが体育館に集合していた。年に1度の一大イベントだ。彼らも張り切っているのだろう。先日お世話になった山城先生の姿もそこにあった。一旦、体育館横を通り過ぎて生徒会長室へと向かう。

 

予想通り、鳶丸が既にいた。今日もばっちり完璧に固めたオールバックがきまっていた。

 

「おう、蒼崎。その後、調子はどうだ?」

 

「おかげさまでこの通りよ」

 

青子はため息をつきながら椅子に座る。

 

「なんだ、回復してなさそうじゃないか」

 

「昨日も浜宮に用事があってさ。色々あったのよ。あ、そうだ、そこで芳助と会ったんだけど、奴が私の話をしたら教えて。締めるから」

 

「なんだそれ。まあ、いいぜ。ってか、やっぱり元気そうだな」

 

「元気じゃないわよ。何度もナンパにあってさー。私の存在感って三咲の域を出ていなことがよく分かったわ」

 

「ははは。自惚れ過ぎたな。まずは今日の行事に専念するしかない。精進あるのみってやつだ」

 

「はいはい、そうね。さて、私は先生がたにご挨拶しに行くけど鳶丸、あんたはどうする?」

 

「俺はもう挨拶し終わってるよ。何なら設営まで手伝ってる。始まるまでここでダラダラしてるさ」

 

「はやっ!」

 

「今日はただのゲストさ。気張れよ、生徒会長」

 

ここでいつもならば言い返したいところだが、鳶丸には大きな貸しがある。

 

「ぐぐっ。分かったわよ」

 

青子は重い腰を上げ、扉に指をかけた。

 

「そうだ、鳶丸、草十郎のことだけど。春休みの間、彼を遊びや行事に連れ出さないでね」

 

「は? なぜだ」

 

「春期講習で猛勉強中なの」

 

「はあ? あいつはお塾なんて柄じゃないだろう」

 

「私と有珠で教えてんのよ。じゃね」

 

「あっ、おい! ……退屈な休みになりそうだぜ。…………うん? 待てよ、そういえば俺も約束してたよな。いけね」

 

鳶丸はとある約束を思い出したようだった。

 

           ◇

 

卒業式はそつがなく進行していた。

 

在校生代表の挨拶もつい先ほど終わり、今は青子もひと安心である。緊張はしていなかったものの、連日の疲れで頭と口が回るか不安だったのでそういった意味では肩の荷が下りた気がしたのだ。

 

教師陣の席は体育館の右端に固められていた。卒業する3年生たちを真横から見ているような位置だ。そこの末端の席に鳶丸と隣り合わせで青子は堂々と座っていた。ちなみに、話の長い三咲市の関係各者は対岸となる左端に席が置かれている。

 

どれも知った顔ばかりだったので、今日仮に目立ってたとしても知名度は広がらないわねーなんて青子は考えていた。しかし、今日は保護者も参列しているのだ。その中に浜宮の住民もいるだろう。だから、いつもの行事よりはマシかなんて思いながら卒業する3年生の後ろに位置する保護者席を見ていた。

 

すると、一番後方の席に座っている黒髪おかっぱ頭の子供が青子の目に入った。まだ幼さの残る容姿は、性別を分からなくさせている。小学校高学年くらいだろうか。お兄ちゃんかお姉ちゃんが卒業生なのだろう。親の付き添いとはいえ、まあ退屈だ。小学校の校長の挨拶でさえ我慢ならない年頃なのに、固く形式張った尺の長い、ましてや思い入れのない学校の卒業式など。そういえば私も姉貴の卒業式に出たことあったわねと青子は過去を思い出した。

 

けれど、足を揺らしたり、キョロキョロと周りに目を向けているわけではない。さすがにそろそろ飽きている頃だろうが忍耐強い子なのだろう。前を向き、三咲市長の話を熱心に聞いているらしかった。

 

えらいなあと見続けていると、とあることに気がついた。卒業式に合わせてきたのだろうか、真っ白な服装に違和感は無かったのだが、よく見ると金色の刺繍が施されたガウンのような、むしろ修道着のようなものを着ているのだ。まるで教会の人間のようなーーーーーー。

 

目が合った。

 

大人のような落ち着きと風格を感じさせるような瞳。

 

手を振ってあげようと手を挙げた。

 

「アオザキ アオコ」

 

ぞわっと全身に鳥肌が立った。

 

挙げた手は自然と垂れ下がる。

 

「どうかしたのか?」

 

鳶丸が前を向きながら絞った音量で声をかけてきた。

 

「……いえ、なんでもないわ」

 

子供をもう一度見ると、先ほどと同じく前を向いていた。

 

(気のせいだったのかしら)

 

いつもなら錯覚や幻聴など自分を疑うことはしない主義の青子でも、さすがに今の疲労度を考慮せずにはいられなかった。

 

勘違いならそれはそれで良い。

 

卒業式は平穏に進んでいく。

 

           ◇

 

久遠寺邸の図書室では、復習ならぬ昨日のやり直しに勤しんでいた。

 

昨日はすべての教科でもれなく鉛筆が止まってしまった箇所があり、それを律儀にノートにまとめていたので、上から順番に教えていくしかなかった。しかしながら、自習中に自分の好きな教科、例えば歴史だけに逃げなかっただけ立派な気はしてしまう。

 

1問1問解説をしながら理解するまで説明の反復が必要であり、教科も代わる代わるのため午前中にも関わらず有珠も脳をフル回転させながらの作業となった。

 

有珠の提案でいつもより早めの小休憩を取ることにした。2人で紅茶を飲む。

 

「量が多くてすまない」

 

「いいのよ。それに、今回の勉強に付き合う件について、謝罪はしなくて良いと何度も3人で話したでしょう」

 

「そうなんだが、つい。ただ、昨日の件については本当に感謝しかないんだ」

 

「………………………………そうね、感謝して」

 

感謝を求めるほどに、昨日がどれだけ大変だったのかを物語っている。

 

「昨日の夕食中にも軽く聞きはしたが、やはり大変だったんだな。そんなにお客が来たのか?」

 

「お客が途絶えることは一度たりとも無かったわね」

 

「へー、それは大盛況だったんだな。俺がクリスマスの時にケーキ屋でアルバイトをした時にそんなことは無かったから」

 

それは良かったわ、と有珠は紅茶を口に運んだ。

 

「それにしても有珠が大勢の人と会話しているのは想像が難しいな」

 

「失礼ね。社交場に行く機会は多々あったから、こう見えて案外不得意でもないのよ」

 

「社交場ってよく鳶丸が嫌いと言っているあれか。でも、そこに自分よりも幼い子は少なかっただろう。有珠が年下の子と話しているイメージだけはどうしても出来ないな」

 

「確かにそうね。私としても子供は好きではなかったから。どう接していいのか分からなかくて困ったわね」

 

有珠の口元がわずかに緩んだのを草十郎は見逃さなかった。

 

「そうか。それでも、昨日有珠には何かしらの変化があったみたいだな。可愛いよな、子供はさ」

 

そう言ってくしゃりと笑う姿に、あなたが一番誰よりも子供っぽいのよねと有珠は思ってしまった。

 

「さてどうかしらね。それじゃあ、そろそろ再開しましょうか」

 

有珠は何かを隠すかのように授業を再開した。先生の言うことは絶対なので、草十郎もテキストの続きのページを開いた。

 

今日も隣り合わせで座り、有珠と草十郎は同じテキストを見ながら教え教われ合っている。

 

有珠は彼に説明をしながらも、この時実は別のことを考えていた。先ほどの会話が妙に気になったからだ。

 

妙に引っかかる。とても気持ちが悪い。この違和感はなんだ。

 

感謝、クリスマス、ケーキ、社交場、鳶丸、子供ーーーー

 

子供?

 

少年

 

ーーーーメレムーーーーソロモン

 

「はっ」

 

ガタンッ。

 

有珠は立ち上がり、椅子を倒してしまった。

 

(思い出したわ。イギリスに住んでいた頃、母様のプロイの噂を聞きつけてやって来た人物の中のひとりにメレム・ソロモンという人物がいたことを。確か世界中の宝物を収集していて、教会関係者であり信仰者だった気がするわ。母様に声をかける大人は数多くいたけれど、その中に唯一少年がいたので記憶に残っていた。もちろん金額をいくら積まれても譲りはしなかったはずだが。あの時、母様はーーーー)

 

 

「有珠、あの子と仲良くしたいの? 私は止めておいたほうが良いと思うわ。だって、あの子、有珠より……いいえ、私よりよっぽど年上だもの」

 

 

「草十郎君、ごめんなさい、大事な用を思い出したの。だから……」

 

有珠の顔が青ざめている。そんな表情を見るのはあの日以来だ。草十郎は瞬時に察した。

 

「俺のことは気にしないでくれ。昨日だけでも自習は慣れたさ」

 

「……ありがとう」

 

有珠は図書室を飛び出すと、そのまま久遠寺邸を発った。

 

有珠は急ぎ坂道を下る。

 

青子はメレム・ソロモンを老人だと話していた。先ほど思い出した記憶はもう10年以上前の話ではあるが、それから少年が老人になるとは考えにくい。老人は、彼の使い魔なのか、それとも変身した姿なのか、それは不明だ。有珠の母親の発言も気になる。もし仮に、奴の正体があの時の少年なのだとしたら。

 

問題は、青子が少年の姿を知らないということだ。

 

嫌な予感がする。

 

風が通る穏やかな春の陽気に、彼女には似つかわしくない汗を額に滲ませながら、有珠は三咲高校へと急いだ。




【次回予告】
運命のすれ違い

【お知らせ】
8月16日(土)から開催のコミックマーケット106にて、この「魔法使いの夜 第1.5部」の小説本を頒布します。今回のお話で出てきた青子と有珠のケーキ屋でのアルバイト。その壮絶な1日を描いた幕間ストーリーを新たに書き下ろし収録しています。こちらは投稿日未定ですので、あらかじめご了承ください。もしご興味がある方がいらっしゃれば、ぜひお立ち寄りください。お手数ですが、詳細はXまで。→@koshitintin
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