さらに、まさかの書籍化まで発表され、長年作品を追いかけてきた身としては本当に夢のようなニュースばかりです。今年は『魔法使いの夜』が再び大きく盛り上がる一年になりそうで、今からとても楽しみにしています。
本編の更新につきましては、大変長らくお待たせいたしました。更新が空いてしまったにもかかわらず、読み続けてくださっている皆様、本当にありがとうございます。
夏のコミックマーケットはサークル参加を見送りますが、冬のコミックマーケット109には参加を申し込む予定です。『魔法使いの夜』本の新作をお届けできるようこれから準備を進めていきます。
原作の盛り上がりに負けないよう、そして冬コミに向けても、本編は継続的に更新していく予定です。
これからも楽しんでいただけましたら幸いです。
草十郎は、普段よりも1人分少ない食器を黙々と片付けていた。
青子はといえば、夕食が終わるや否やソファの上であぐらをかきながら本を開いていた。しかし、その視線と意識は、目の前の活字にはどうやら向いていないようで、中空を漂っていただけだった。
「蒼崎……、やはり探しに」
「だめ。もしこれが教会の仕業なんだとしたら、今ここを離れるのは得策じゃない」
そうやって彼を嗜めながらも自身は両足をパタパタと揺らし、落ち着きのない様子の青子。
そんな彼女を見兼ねての提案だったのだが、バッサリと二度目の却下を下されてしまったのだった。草十郎も有珠のことが心配なのは当然で、だけれど自分なんかが言ってはいけないのだろうなと感じた。
鈍感な草十郎でさえ察してしまう程に今の青子は狼狽えている。彼がしてあげられることといったら、ほぼ止まっているであろう彼女の時間をほんの少しでも進めてあげることくらいのものだ。
だから、草十郎は今まで気になっていたことをぶつけてみようと思った。
「俺の勘違いなら良いんだが、詠梨神父たち以外にも俺を殺そうとしている人がもしかしているんじゃないのか? 有珠が帰って来ないのもそうだし、蒼崎も連日疲弊しているだろう。俺の勉強の面倒やお金の工面も負担をかけているのは間違いないが、卒業式と合わせたとしても蒼崎がそうなるのはおかしい気がするんだ」
青子は久しぶりに草十郎の顔を見た気がした。そして、大きくため息をひとつ。
「褒めてくれてるってことで良いのかしら」
最悪の事態を考えると、もう隠していても仕方ないと判断した青子は、彼に最低限の情報を教えることにした。
「そうよ。名前はメレム・ソロモン。こいつも教会の人間で、先日私が戦った相手なの。草十郎のことを探していたわ。交戦的なジジイでね。ロボットみたいな使い魔を従えてた。そっちは倒せたんだけど……、ソロモンのほうは逃したわ」
青子が遠い目をしながら、懺悔するかのように重く語る。
あの時、最善は尽くしたつもりでも、自分が許せなくなるのはもう彼女の性分としか言いようがないだろう。
「有珠が帰って来ないのはそのソロモンと言う人物と関係しているということなのか」
草十郎は独り言のように呟く。
自分が渦中にいるにも関わらず、何の反応も見せることなく、何の被害も受けておらず、何の対処もしていない。けれども刻々と進んで行く不条理な日常。こんなこと彼にとって初めての出来事に他ならない。
問いはしないが、答えはする。
攻撃はしないが、迎撃はする。
原因とはならないが、結果に影響は及ぼす。
受けては流す、そんな人生だったから。
今回はそれでは成り立たないのだと言っている。だとすれば、やはり理解してもらうしかないのだろう。
「蒼崎、ソロモンの居場所は検討がついているのか?」
「知っていたら対処の仕様があるんだけどね、とだけ答えておくわ。もし知っていたとしても草十郎にはこれ以上の情報は教えない。また何をしでかすか分かったもんじゃないもの」
残念ながら先日の詠梨神父たちの一件以来、草十郎への信頼はゼロに等しいらしい。
青子は頬を膨らませると、勢い良くソファに背中を預けた。
「あー、待つのは性に合わないのよねー」
青子はため息をもうひとつ吐きながら天井を仰ぐ。行動していればこんなに考えなくて済むのにと思う。
青子は考える前に本能で動く。有珠はよく考えてから合理的に動く。そんな真逆の二人が同居しながらここまでやって来れたのは奇跡に等しい。
(有珠の気持ちが少し分かってしまったわ……)
そんな感情に浸っていると、ここにいるはずのない青い物体が急に屋敷へと飛び込んできた。
疲れたように重く羽をばたつかせながら身を上下に揺らすのは、何を隠そう有珠の使い魔であるコマドリだった。
普段、有珠の周りを事あるごとに飛び回ってピーチク嬉しそうに鳴いているやかましい奴で、かと思えば急に鳥籠に入って首をうなだれていることもある、実に気が散る鳥としか思っていない青子。
そんな彼女の反応も今日だけは違うようだ。
コマドリを見るや否やソファの上に立ち上がりジャンプすると、無事にコマドリをゲットした。
「痛ーっ! 苦労して飛んできた矢先にこの扱いっ! 乱暴なのはマイ天使だけにして!」
青子は、やっぱうるさいわねと掴んだ拳に力を少しこめてみる。
すると、グエッと微かに聞こえた気がして、コマドリはやがて大人しくなった。
同時に、地面にするりと手紙が落ちた。
青子は何かを察してコマドリをテーブルに置いてあげると、すぐに手紙を拾い上げた。
中には有珠の書いた字と思われる文字が書き連ねてあった。青子は口に出して読んでみる。
『ソロモンの正体が分かったわ。青子も気がついていたかもしれないけれど、彼の本当の姿は少年よ。見た目は黒髪でおかっぱ頭の男の子。そして、青子が闘ったあの老人は、おそらくやつの使い魔か何か。昼間、体育館で話せれば良かったのだけれど。あと、事故だったとはいえ、顔に傷を付けてごめんなさい。今日はプロイに関わる用事で帰れないのだけど、明日には帰れるはずよ。それまでは不用意な行動は避けるように。あ、ちなみに私は無事よ。 有珠』
草十郎はそれを聞いて心底安堵した。
対して青子は、少々の沈黙の後、青白い顔色でぶつぶつと文句を言い始めた。
「なーにが無事よ、よ。ついでのように言っちゃってさ。こっちはずっと待ってたんだからね。そもそも出かける前にひとこと言えば良いじゃない。人の意見も聞かずに相談もせずに身勝手過ぎよ。あんの根暗魔女!」
いつの間にか青子の向かいのソファに大人しく座っていた草十郎は、ついまたいけないことを思ってしまう。
(蒼崎も似たようなものなのでは……)
ぐっとその言葉を飲み込む。
だが、青子はそれを見逃さなかった。
「草十郎、今、何か失礼なこと考えたでしょ?」
「失礼に当たるかどうかはその人次第だ。それよりも有珠が無事だったことと、敵の正体が分かったことは事態が好転していると考えて良いのか?」
草十郎は嘘がつけない。ただ最近、とある悪友兼バイト仲間から話題をすり替えるという手法を教わっていたので、事なきを得ることができた。
「好転したとまでは言い切れないわ。だけど、最悪の事態だけは免れたと言えるわね。有珠がなぜやつの正体を暴いたのかはさておき、正体がまさかのガキんちょとはね。でも逆に悪い情報でもあるけど」
「どういうことだ?」
「私が倒せなかったジジイが使い魔となれば、その使い手であるソロモンはそれ以上の実力を持っていると考えるのが自然でしょう」
「なるほど。それは一理あるな。しかし、当人が弱いからこそ身を守るために護衛のようなものを付けることだってあるんじゃないのか」
「確かに。その線も捨て切れないわ。ただね、私たちは常に最悪を想定して動くしかないのよ。魔術の世界は前例のないことばかりだから。経験がものを言うにもどうしたって限度があるのよ」
最近分かってきたんだけどね、と青子は頭の中で付け加えた。
「そうか。想定外のことばかりな世界なんだとしたらそれは怖いことだな」
「草十郎が育った世界だって予期してないことは沢山あったでしょう?」
「いや、なかったと思う」
えっ、と青子。
「山で起きることは大概、他の住人から聞かされていたことばかりだった。だから対処できたし、苦労したとも思っていない。蒼崎の言う世界とは真逆なんだろうな。あそこは経験と場数がものを言う世界だったから」
草十郎の当たり前と考えていた世界は、きっとこちらでは充分に異常と呼べるものなのだろう。彼の価値観や身体能力、精神力を見ればそれは明らかだ。
「成程ね。でもさ、さすがにひとつくらいはあるでしょう?」
興味本位で聞かれた質問に草十郎は真剣に臨み考える。
「…………あっ、そういえば。何の用事だったのか忘れてしまったんだが、夕方、崖の近くを歩いていた時、突然、シカが草むらから飛び出してきたんだ。それを避けようと飛び退いて、そのまま崖から落ちたことならあったよ。あれは予期していなかったことだったな」
「何よ、それ。誰が予期できんのよ……」
こんな話を笑いながらできる草十郎に、青子の顔は引き攣っていた。
「それでどうなったのよ?」
「落下時の対処方法を聞いていたから何とかなったよ」
「そっちは予期してたんかい」
崖から落ちるのも日常茶飯事ということだろうか。魔術世界と大して差のない外界から閉ざされた世界ではないかと、青子は思った。
草十郎は自身の話を積極的にするタイプではないし、特に過去の話はあまり話したがらない。
記憶とは、その時の感情と出来事が強く結びついて構成されている。だからこそ、彼は過去の記憶が少ない。
草十郎は先ほど使用したテクニックをもう一度使ってみることにした。それに、有珠の手紙の内容で気になった部分もあった。
「そういえば、手紙に昼間と書いてあったようだけど、有珠は今日三咲高校に来たのか? 蒼崎は卒業式に出ていたはずじゃないのか?」
青子は髪を掻き上げると、きょとんとした顔をした。
「それが私にもさっぱりよ。今朝は早かったし、有珠とはそもそも今日一度たりとも会っていないわ。でもこの書き方からして今日の昼間っぽい感じなのよね。あと、顔を傷つけたというのも覚えが無いのよね」
青子はまた目線を天井に移す。そして、自分が何だか腹が立っていることに気がついた。
本当に心当たりはないけれど、でも確かなことがある。
手紙の内容がそのままの意味だとすれば、青子が卒業式に出ている間、有珠は確実に何かを成していたのだ。
そして、青子の見ていないところで今も戦っている。
その行為が許せないというよりも、自分がその隣で戦えていないという不甲斐ない状況にイライラしている、と言ったほうが正しいのかもしれない。
そんな青子に対して、空気を読むこともなく、
「手紙の内容はどうであれ有珠が無事で良かった」
と草十郎は優しく語りかけた。
それに不思議と怒りが和らいだ気がした青子も一緒になって微笑む。
「ええ、そうよね」
これでは全然青子ではないと、攻めなくてどうするのかと、蒼崎の血、そして魔法使いの血が語りかけている気がした。
じきに、青子の手を合わせる音が鳴った。
「草十郎! 明日やって欲しい事が2つあるの!」