慣れない仕事に奮闘する二人の姿を描いた「魔法使いの夜」二次創作小説です。
本作は、前編・中編・後編の全3回に分けて投稿します。
こちらは、現在連載中の「魔法使いの夜 第1.5部」のサイドストーリーとなります。
本編を読んでいない方でも、このお話だけで楽しめる内容になっておりますので、ぜひお気軽にお楽しみください。
そして、もしこのお話を楽しんでいただけましたら、原作のその後の三人の物語を描いている本編も読んでいただけると嬉しいです。
※本作は、コミックマーケット106で頒布した同人誌に新規書き下ろしとして収録した「Intermisson night2」を一部加筆・修正したものです。
三咲市のお隣に位置するおしゃれな地域、浜宮市。人口およそ3万5000人。閑静な住宅街が8割を占め、残りの2割はほぼ商業店が占めている。ビジネス街や繁華街のようなきらびやかな建物は無く、一番高い建物はホテルと市役所である。三咲市やその周辺で現在トレンドになっている都市開発計画も進んでいない。どちらかと言えば、町の雰囲気を大事にしていきたいと、街路樹の設置や街灯デザインの統一、道路の整備などに力を入れている。数ある商店街の中でも一番距離が長く浜宮のメインとも呼べる商店街では、組合だけでなく、行政も介入してお店を誘致、精査しているのだ。そのおかげもあって、個人経営のおしゃれな雑貨店、飲食店、カフェがだんだんと増えていき、他市からの訪問者も増えてきた、という統計も最近になって出てきたようだ。
そんなおしゃれ路線高度成長期を迎えている浜宮だが、メイン商店街の中央広場の一角に、また新参者がやって来たらしい。
本日オープンのケーキ屋、その名も「パティスリー・HAMAMIYA」だ。
横文字を使うことで、それだけでおしゃれ感を醸し出し、なおかつ地元名を店名に入れ込んでしまうことで、ここの郷にちゃんと従いますよという従順かつ歩み寄る姿勢を表現し、さらには地元民にも親近感を持ってもらえる、まさにベストネーミングなのである。
「ねっ、素敵な店名でしょう」
「あまりにも安直だと感じてしまったのだけれど」
お店の前で反対の反応を示すのは、蒼崎青子と久遠寺有珠の2人だった。
◇
青子の第五魔法により生き返った草十郎の存在は、異端を許さない聖堂教会にとって排除すべき対象となってしまった。それを知った青子と有珠は、春休みの間、草十郎には外出を控えてもらい、なおかつその事実も伏せることに決めた。早速、草十郎には先日の彼の期末テストの結果が著しく悪かったことを伝え、二人は家庭教師となって休みの間交代で彼に付きっきりで勉強を教えることを約束させた。この説得(脅迫)が断られないように、実は草十郎は退学の可能性があり、春休み後に彼だけ進級テストが執り行われるはずだという情報も付け加えて彼に吹き込んだのだ。こんなデタラメ、すぐにバレてしまいそうなものだが、そこは山出身の草十郎。こんなにも純粋無欲でスポンジみたいな人は早々いないのである。バレるわけがないのだ。ただし、残念ながら成績が良くないのは本当のことのようで……。
しかし、嘘をついてしまった2人も彼の命を想ってのことであり、仕方の無いことだった。そして、草十郎も心配してくれた2人のために、そして急遽休みをくれたアルバイト先の人たちのためにも懸命に勉強を頑張ろうとしている。今回の件、誰も悪くないのだ。
ただひとつ問題があるとすれば、それは草十郎がこの春休みで稼ぐはずだったであろう学費である。
青子も有珠も学生生活を送る分には何ひとつ不自由の無い生活をしている。しかしながら、他人の学費まで工面できるほど経済的余裕は無い。だから今回の作戦を決行する際も、お金の件については難題としていた。
だが、その問題もわずか1日で解決できる素晴らしい策を青子は見つけたのだ。それがこの「パティスリー・HAMAMIYA」である。
青子は、草十郎を狙う教会からの刺客を探しにこの浜宮を訪れたのだが、それは失敗に終わってしまった。打ちひしがれる中、偶然このケーキ屋の前を通り、オープン日と当日開催される店頭販売のアルバイト募集の案内に気が付いたのである。募集人数はわずか2名。そして、時給はなんと三咲市と浜宮市の平均時給のおよそ5倍であった。青子は、この情報を持って帰れば成果の出なかった結果をチャラにできるじゃない!(これで有珠に小言を言われずに済む)と意気揚々に、オープン前のお店の門をくぐったのであった。
運の良いことにオープン前日にも関わらずアルバイトはまだ決まっていなかった。募集を開始してから1ヶ月以上経っているにも関わらずだ。
理由は2つあった。まず、時給が高すぎること。案内を見た人が詐欺ではないかと疑ってしまい、そもそも立候補者が少なかったということだ。ここまで時給が高いと喜びよりも先に嫌疑がきてしまうようだ。
そしてもう1つの理由。それは採用条件が厳しいということだ。
青子が木の扉を開けると、カランカランとベルの音が鳴った。
すぐに厨房からは立派な口ひげを生やした男性が顔を出し、青子を見て一言。
「合格!」
「え?」
採用条件、それはビジュアルが良いこと、それだけだった。だが、侮ってはいけない。道ですれ違った時に思わず振り返ってしまうレベルでないといけなかったらしいのだ。あと、オーナーの若干の好みも入るそうだが。
そのため、数少ない希望者がベルを鳴らしたとしても、すぐにまたベルが鳴る。そんなことが繰り返されていたようだ。ギリギリまでアルバイトが決まらないのも無理はなかった。
そして、青子はその非常に厳しい採用条件を知らないまま、時給の額面だけで吸い寄せられてしまったのである。
「採用ってこと、ですか?」
「もちろんデース。あなたのビジュアルなら、私の野望も叶いマース」
「よしっ!」
青子はその場でガッツポーズした。よほど青子に旨みがあると見て取れる。
「申し遅れました。私、オーナーパティシエのイーリエと申しマース」
長く白いコック帽と赤いチーフにサングラス。そして、誰がどう見ても日本人の容姿をしていた。しかし、青子は怪しまない。疑わない。
そんなことよりも。
「お願いがあるんですけど、私の友達もアルバイトを探していて。2名募集しているんですよね? 一緒に雇って欲しいんですけど、駄目ですか?」
イーリエの目が鋭く光る。
この子の知り合いなら期待はできる。類は友を呼ぶと言うではないか。
「お友達の見た目は、どんな感じでデスカー?」
「見た目? そうね、お人形、かな?」
自分で言っておいて疑問文なのは、きっとあんなにも鬼畜で無慈悲で残酷な人形など他に存在しないからだ。一瞬にして比喩表現が適切ではないと感じてしまったのだ。
「お人形チャンですって!?」
イーリエは、この子が言うならそうなんでしょうと青子の言葉を信じることにした。何よりオープン日は明日である。時間も無いことだし、このタイミングでもう1名確保できるなら、諦めかけていた彼にとってこれら儲けものである。
「よーし、決定! お嬢ちゃん、明日お友達とぜひ来てくだサーイ!」
青子は採用条件も把握しないまま合格してしまった。だが、もしも条件を知っていたとしても、きっと彼女はあの扉を開けただろう。青子はそういう人間なのだ。
こうして、青子と有珠、両名のケーキ屋アルバイトが決定したのだった。
◇
そして、翌朝9時ちょうど。
オープンまであと1時間。
扉を開けると、ベルの音がけたたましく店内に鳴り響いた。なんでベルの量を増やしたの?と青子は思った。
昨日と同じく、厨房からイーリエが現れた。細長い口ひげが重力を無視して横にピンと伸びている。気合いが入っている証拠だ。
「おはようございまーす! 友達連れてきましたよ。有珠、こちらイーリエさん」
「あっ、あっ、あああああー!?」
イーリエはうろたえていた。
「ど、どうしたの?」
「お嬢ちゃん、ナーイスッ!!!」
イーリエはグーサインを掲げた。
「良いじゃん、良いじゃん! ビジュアル完璧ジャーン!」
「なんなの、この人。いきなり大声出して。耳障りよ。帰るわ」
ちょっと待った!と青子は慌てて有珠にすがりつく。
「有珠は誤解しているわ」
「青子もどうかしているわ」
こんな怪しいパティシエは初めて見た。サングラスの奥の目は見えない。何を考えているのか分からない。胡散臭そうとはこのことだと有珠は思った。だからこそ、彼をかばう青子も何を考えているのか理解できなかった。
「確かにちょーっと変わってるけどね」
青子も有珠の突っ込みに少しは冷静になったらしい。
「ちょっと待ってくだサーイ。私はテンションが上がってるだけデース。お嬢ちゃん昨日は知らなさそうだったけど、実はアルバイトの採用条件はビジュアルが最高な子!だったから、2人が来てくれて感謝してるだけなのデース」
なるほど、だから有珠を見た瞬間、様子がおかしかったのかと青子は腑に落ちた。
「なら納得よ。良かったわね、有珠」
有珠は首を横に振った。
有珠は別段嬉しくないようだ。慣れていないというよりは異性に容姿を褒められること自体好きではないのだ。
「なおかつお嬢ちゃんたちはビジュアルの方向性も違うし、違ったジャンルの需要に応えられるじゃない? 私の野望に1歩近づいた感じデース。エクセレーント!」
「これで分かったわ。厳しい条件をクリアしなければいけないから時給が高かったのね」
「それだけじゃないデース」
青子の発言にすぐさまイーリエは被せる。
「なぜ、なけなしの初期投資資金からアルバイト代をここまで払うのか。それは……」
「それは?」
「これなのデース!」
イーリエは近くに置いてあったポールハンガーに被さった布を勢いよく剥いだ。
そこから現れたのは、フリフリスカートの純白と純黒が組み合わさったメイド服だった。それが2着掛けてある。おまけにスカートの丈が短いときている。
「青子、私は帰」
待ったー!と有珠を止める反射神経がだんだんと良くなってきている青子は既に疲労困憊だ。
「違うの違うの。私の趣味じゃなくて、これは戦略なのデース。これは集客するための必須アイテムなんですよ。これをお嬢ちゃんたちに着てもらうことで注目を集められるでしょ。それに一時でもメイドさんにお世話してもらえる感覚を味わえると思うのよ。日本では富裕層しかメイドさんを雇わないみたいだから新鮮だと考えたのデース」
それを聞いた青子は意外と乗り気な雰囲気だったが、有珠はまだ納得していないようで衣装から目を背けている。
「楽しそうよね。メイド服なんてなかなか着れないし」
有珠は悩んでいた。自分の尊厳とプライドを捨ててまで着るべきであろうか。その代償が一体何を生むのかと。
青子はわざわざ有珠の目の前に回り込み語りかける。
「忘れたわけじゃないでしょ、有珠。これは結果的にあいつを守ることになるんだから。だから、頑張りましょ。着るは一時の恥、着なぬは一生の恥って言うでしょう」
「訳分からないのだけど」
青子の説得は失敗した。どうにも口で説得するのは苦手で。悲しいかな、やはり拳で語りかける方が得意なのである。
「でも、お嬢ちゃんの言うとおりデース。ここで着ないと一生着ることは無いかもしれないよ。これ、わざわざ英国から取り寄せた特注品なんだから」
「へー。有珠の母国じゃない。メイドさんの本場って感じよね」
有珠はふと幼い頃を思い出した。
イギリスの久遠寺邸にはメイドが常時10人以上雇われていた。今の久遠寺邸よりもさらに大きな敷地とお屋敷だったので、それでも少ないくらいだった。彼女の母親は、常々メイド服を着てみたいと話しており、その度に家族やメイドたちから止められていたのだった。それを見ていた有珠は、「代わりに私が着てあげます」と提案し、「もう少し有珠が大きくなったらぜひ着て欲しいわ。ありがとう」と、有珠のメイド服姿をとても楽しみにしていたのだ。
有珠の表情は穏やかになると、そしてため息をひとつ零した。
「……やるわ」
青子のポジティブさとイーリエの諦めない心が実ったのだ。
「ありがとう、お人形チャン!」
「その呼称、やめてくださる?」
「おー、ごめんなさい。それじゃあ……」
イーリエは沈黙する。
「あれ、そういえば、おふたりのお名前知らないデース」
履歴書も要らなければ面接もない。当然、契約書も存在しない。こんな危ないアルバイト、誰がやるのだろう。しかし、受かったのは非常識なこの2人。これは偶然か必然か。
3人の非常識人が合わさることで、果たしてこの「パティスリー・HAMAMIYA」の初日は上手くいくのだろうか。新たなビジネスモデルを形成するべく、壮大で怪しげな商売が今、始まる。