「わーったよ、たくっ。お前が突然都合が悪くなるのはいつものことで慣れっこだ。こっちは何とかする」
だから早く行っちまえ、と手をひらひらさせるのは、この学校の副会長である鳶丸だ。
「悪いわね。埋め合わせは必ずするから」
「へーへー、期待しないで待ってるさ。本番当日さえ来てくれればそれで良い」
今日は卒業式のリハーサルなのだ。生徒会長の役目は、生徒代表として卒業生へ言葉を贈ることなのだが、やはりただのリハーサルなので、今日は登壇するだけで実際にスピーチをするわけではない。だから鳶丸は蒼崎がリハーサルをサボタージュすることを許したのだった。
「私が言えた義理じゃないけど、鳶丸、丸くなったわよね」
青子はマフラーを巻きながら、ご機嫌そうに言った。
「そりゃあ会長様のおかげだ。事あるごとに、大事な用事とやらで空席にしやがるので、毎度毎度その席を埋めてれば不思議なもんで心も身体も慣れてくるんだよ」
鳶丸の嫌味たっぷりなセリフも今の青子には通じてないらしく、彼女は嬉しそうに鞄を持ち上げた。
「なんだよ、その顔は。俺が悪者みたいじゃねえか」
「今の鳶丸のほうが好きよ」
なんて捨て台詞を吐き、この学校の生徒会長様は生徒会室から颯爽と出て行ったのだった。
鳶丸は、パイプ椅子の背もたれに深くその身を預けると、天井を睨みつける。
「その言葉、一年の時にぜひ聞きたかったぜ。まったく。……さてと。行くか!」
机を叩いて勢いよく立ち上がると、彼もまた颯爽と生徒会室を出るのだった。
◇
堅苦しい学び舎の行事が1つ減ったことで肩の荷が少しだけ降りた青子は、足取り軽く、この三咲町唯一の教会へと足を運ぶ。
道中、三咲高校の生徒何名かとすれ違う。
すれ違いざま、恐る恐る会釈をしてきたり、ひそひそと何やら良からぬ噂話をし始めたり、黄色い声をあげる者もいた。しかし、大半の生徒は、青子を見るなり道路の端に寄って彼女が通り過ぎるのを待つか、もしくは、別の道に逃げ込むのだった。
それに対し青子は、慣れたように会釈を返したり、手を振ったり、見て見ぬ振りをしてあげるのだった。
学校を出てまで取って食いはしないわよ。私だって会長の仕事をサボって下校してるんだし。
魔術の世界へと足を踏み入れた時点で、彼女は普通の生活を諦めた。友達と仲良く下校して買い食いのひとつでも、といった高校生では当たり前の光景に羨望の眼差しを向けることは皆無だったのだ。
ただし、合田教会に行く時だけは例外だった。
他の生徒の自由奔放さが羨ましくもあり、妬ましくもあった。顔と態度には表わさないものの、この憂鬱な気分が珍しくも彼女をネガティブ志向へと仕向ける唯一の時間だからだ。
軽かった足取りも、いつしか氷の上を歩くかのように小さな歩幅で慎重にゆっくりと、そして自然に重たくなっていった。
会田教会の三角屋根が見えた。
卒業式のリハーサルが百倍マシに思える今日この頃。鳶丸の嫌味も何だか懐かしい。
会田教会の敷地に足を踏み入れた瞬間、青子は体に電気が走ったような刺激を感じた。
「っつ〜」
彼女の長い髪の毛の端が微動した。
「そういう態度で来るんだ。私って信用されてないのね。まっ、当然か」
なんて納得した言葉を発していても、全然納得していないのが青子だ。
少々乱暴気味に扉を開けると、三人の姿がそこにはあった。
じっと待っていたのだろう。
いや、待ち構えていたといったほうが正しいだろうか。
とにかくここには、救いの手を差し伸べてくれるそんな暖かい空気は置いていなかったし、ただただ冬の冷え切った空気と、まるで真空のような音の無い空間だけがそこには存在していた。
「おはようございます、青子さん」
重たい扉が閉まると、一番奥にいた長身の神父がいつものように決まった挨拶をした。
「生徒会長の役務でお忙しいところ、ご足労かけて申し訳ない」
ニコリとした詠梨神父の表情に、青子は奥歯を嚙んだ。
「思ってもないこと、どうもありがとう。それにしては手荒い歓迎だったけど、一体どういうつもり?」
「今の状況と青子さんの性格を考慮すると、こちらも少々準備せざるをえなかったことはご理解いただきたいのです」
「あらそう。私のことを信用していない相手と会話なんてできるわけないでしょ。それじゃ、今日のところは帰らせてもらうわ」
踵を返した青子の背に、何かがしなる音、それに金属音のようなものが伝わってきた。
「ごめんね~、青子ちゃん。せっかく来てくれたんだし、私たちのお話を聞いていってほしいのよ」
「あなたの好戦的な態度が私たちの行動を限定的なものにしていることに、いい加減お気づきになったらどうです?」
青子をタダで教会から出すつもりは毛頭ないらしい。
双子の唯架と律架は、言い方は180度違えど、その意味合いはまったくもって同じことを伝えていた。
特に妹の唯架は、青子に飛び掛かるのを自身で縛り付けているため全身に力が入ってしまい、シスターとは到底思えないバツの悪い顔をしていた。
「およしなさい。彼女に失礼をしたのはこちら側です。青子さん、非礼をお詫びします」
詠梨神父が二人の姉妹の前に立ち、彼女らを制すると、ゆっくりと青子に向って一礼した。
虫も殺せないほどの無害な顔をした神父。そんな彼の無防備な態度に、青子も緊張の手を緩める
両者の間にあった火花が中和されていくような、そんな柔らかいオーラを彼は自然に発していた。
「私も彼女らもあなたとお話をするために呼んだのです。戦う意思はありません」
「……わかった。さっきの行為は許すわ。それで話って何なのよ」
「感謝しますよ、青子さん。早速ですが、お話したいのは、先日あなたが行使された魔法の件についてです」
でしょうね、と青子はため息をついた。
「その魔法なんですが、教会がその存在に難色を示してしまい、最重要異端事項と認識されました。ですから即刻、発動を解除していただきたいのです」
青子は凍り付く。
そんな大それた恐ろしい身勝手な話を、眉ひとつ動かさずに言えてしまう者が、今目の前にいるのだから。