「それで?」
有珠は、先ほどから鋭い視線を緩めることもなく、まっすぐそれを青子にぶつけている。
「もちろん断ったわ」
「断って済む連中ではないでしょう」
「そりゃあ、そうでしょうね」
青子は暑い紅茶を一気に飲み干し、渇いた喉を潤した。
「あの第五魔法は半自動的に発動したものであって、自らの手で解除することは不可能なんだと説明してやったわ」
「そんな嘘すぐにばれてしまうわね」
「時間稼ぎなんだから何だっていいのよ。それにあながち嘘ってわけでもないしね。解除することは簡単だけれど、正直どうなるのか分からないのよねー。特にあいつが」
青子は大人しくそこに立って紅茶を楽しんでる草十郎に目を移した。
草十郎は背中に悪寒が走るのを感じた。
蒼崎に逆らってはいけないのだと。自分の命は彼女に握られているのだと。彼の潜在意識がそう叫んでいた。
「蒼崎、このタイミングで俺を見てニヤつかないでくれ。それはとても意地悪なことだと思う」
「あら。私はそんな風に見てませんけど?」
こういう時の青子は、学校での彼女とは違い、とても子供っぽく大人げがない。丘の上の洋館でしか見せない貴重な一面なのだ。
「それよりも青子。あなた、これからどうするつもりなの?」
「二択しかないでしょ。そんなことは分かってる。なに? まさか有珠、こいつを見捨てるほうを取るの? それは草十郎がかわいそうよ」
「そうは思ってないわよ。彼を見捨てずにどう解決するのかと聞いているのだけれど」
「有珠の考えはもともと一択しかないってわけか。ふーん、あの有珠がね、いつの間に。良かったわね、草十郎。ずいぶんと気に入られてて」
「何のことを言っているんだ?」
草十郎は三人分の紅茶のおかわりを淹れているところだった。
「青子、調子に乗らないで」
「はいはい。真面目にやるわよ」
今回、教会が問題視しているのはあくまで魔法単体であり、その行使者ではないということ。だからその魔法さえ止めれば彼らは手を引くと言うことらしい。第五魔法は一度発動すればその精算が終わるまでは発動中の状態であり、それがどのように世界に影響を及ぼすのかがまったくの未知であり、それが許せない、ということらしい。
「知ったこっちゃないけどね。自分の魔法は自分でケリは付けるつもりなんだから、ほっといてほしいわ」
「青子らしい魔法よね」
「それほどでも」
褒めてないわよと有珠は深くため息をした。
「自分たちの世界(テリトリー)に侵入されるのを最も嫌う連中なのよ。それがまた得体の知れないものや人知を超えたものなんだから、彼らからすればもっての外でしょうね」
「青子は把握しているの?」
「だいたいはね。でも、あたしの中でまだ整合性が取れてないのよ。祖父に尋ねるのも良いんだけど、それは最後の手段ね」
青子は祖父に可能な限り会いたくはないようだ。もちろん、今の言動は彼女の性格もあるかもしれないが。
草十郎はおもむろに二人の間へと入ると、彼女らのティーカップに慣れた手つきで紅茶を注ぎ始めた。
「蒼崎。聞いてもいいか?」
「あらたまってなによ」
彼は、持っていたティーポットを音もなくテーブルに置く。
「なぜ俺は教会の人たちに命を狙われないのだろう。俺が死ぬことでその魔法とやらが止まるんじゃないのか?」
「そんな単純なものじゃないのよ。そうだとしたらあんたはとっくにあのエセ神父に殺されてるわよ」
「……そうか。そうなんだな。分かった。それじゃあ、今回のことはどうやって解決するんだ?」
「先に断っておくと、草十郎に手伝ってほしいことは無い。この件はあたしが勝手にやったことで、あたしの判断の結果なの。だからあんたが気に病むことではないわ。そして、今後の方針も考えてはいる。動くのはこれからだけど」
「今日できたことは時間稼ぎだけということね」
「そういうこと。教会のやつらが動くのは早くて2日後、遅くて3日後ってところでしょう」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「今回は教会の本部直々にお怒りらしいのよ。今日エセ神父が本国に再度報告をしているはず。そして明日、本国のお偉い方が議論を重ねる。すぐに結論が出れば、エセ神父に連絡が返ってくるのは最短でその日の夜。ひと晩作戦を練ったうえで合田教会が動くのはさらに翌日でしょうね。本国の議論が長引けばプラス一日って計算よ」
「そんなに工程がいるものなのか」
「組織なんてそんなもん。関わる人間が多ければ多いほど時間がかかるものなのよ」
「やっぱり蒼崎はすごいんだな」
青子はふふんと鼻をとがらせ、有珠に目をやった。
「……」
有珠というのは予想通りにいかないから有珠なのだ。
ずっとそう思っていた青子だからだろう。
こうも分かりやすく面白くない顔をする有珠の表情を見て、青子は言葉を失った。
「ちなみに。あなたがどういう作戦を立ててるか皆目見当も付かないけれど、私は今回、協力しないからそのつもりでいてちょうだい」
「ちょっ、ちょっと待って。そこは話し合いましょう有珠。ねっ?」
◇
時を同じくして、合田教会。
「と、青子さんは考えているはずです。なので、これから襲撃しましょう」
「待ってください。先ほど本部に連絡を入れたばかりなんですよ。指示を待たずして動くのは懲戒処分では済まされません。最悪、」
「本部の者たちがすぐに結論を出すでしょうか。それは否です。その間に彼女らに策を講じられるだけです。魔女は準備がうまいですからね」
「たしかに一理あるわね」
「姉さんまで何を言うんですか! 確かにそうかもしれませんが、これで襲撃を失敗でもしたら私たちは……」
「だからですよ。成功率を上げたければ今夜です。本部が専門家を寄こすとしても最低でも一週間はかかるでしょう。そうなるともう彼女たちの思うつぼです。万全の体制でやられます。そうなると手に負えなくなった教会は、どうすると?」
「私たちに責任を、負わせます……」
「そのとおりです」
「唯架ちゃん。気が進まないのは分かるけど、私も付いてることだし、ねっ?」
「戦力的にはあまり変わらないのでそれはどちらでもいいんですが」
「唯架ちゃんひどい!」
姉の律架は真っ赤な顔をしながら妹の肩を揺らした。
「分かりました。その代わりやるなら本気でお願いします」
「無論です」
詠梨神父は、静かに立ち上がる。
「今できる万全の準備をして向かいましょう」
詠梨神父は、いつも通りの穏やかな顔でそう言った。
身体の奥から湧き上がってくる震えを抑えもせずに。