青子の性格を知ってか、間合いを瞬時に詰めてきた彼女に対し、周瀬姉妹は後ろへ一歩引いた。
彼女たちがつい立っていた場所に青子の鋭い蹴りが通過する。
青子は着地と同時に、左腕から魔弾を発射した。青い衝撃はすぐに黒衣へと到達し、そしてかき消えた。
青子は再度距離を詰めるかと思いきや、後ろへと飛んだ。
風を切る音が聞こえ、そして何かが地面を重く叩く音、そして最後には、電気が火花のように散りゆき、不快な音が鳴り響く。聞いているだけで痛みを伴いそうだ。
唯架が何かを引いている。
「悪趣味ね」
「あなたの単細胞な魔弾よりは繊細で使い勝手も良いですけどね」
「羨ましくないし。実に唯架にお似合いの武器だと思うわ」
「それはお互い様です」
油と水の関係性を持つ2人にとって、会話とは罵り合いのことを指すようだ。
唯架が腕を下ろすと、その武器の正体がよく分かる。黒く長く、そしてらせんを描きながら地面に横たわるムチ。それが彼女の相棒。
「蒼崎青子。あなたを粛正できることに感謝いたします」
「ええ、せいぜい感謝しなさい、よっと」
唯架が再び腕を振るうと、ムチは蛇行し震えながらまるで生き物のように青子へと迫った。
距離を取っていたおかげで、容易にそれを避ける青子。しかし、近距離ではどうか。
唯架がムチを一旦引くと、青子との距離を詰めるため駆け出す。そして、冷たい空気を引き裂くようにしてムチが振りかざされた。
青子は攻撃のタイミングを予想し、地面にしゃがむ。頭上で不吉な音がした。髪が何本か持って行かれたようだ。
彼女の動体視力を持ってしても厄介な武器である。暗闇という環境も良くない。ムチの長さが感覚的に把握しづらく間合いを読むことさえできない。それは、無駄に精神と体力を削られてしまうことに他ならない。
持久戦は不利と判断した青子は、即座に真横へと走り出すと、両腕に魔力を充填し始めた。
唯架は、それを追うようにして横にムチをしならせる。
が、青子はそれも予測し、既に地面を蹴り跳躍していた。上空にいる相手ほど当たりやすい的もないだろう。しかし、ムチは空しくも彼女の下をくぐったばかり。手元に戻し、再度ムチを振るうまでかかる時間はどんなに早くてもおよそ3.5秒はかかる。それは、青子が魔弾を発射するには十分過ぎるほどの時間である。
両腕にかかる青が先端へと収縮すると、それは両手から一気に放たれた。二本の光線が唯架を襲う。
今まで避けることをしなかった唯架が咄嗟に腕で顔を覆う。
黒衣の魔力抵抗と魔弾が衝突すると、轟音と共に、土煙が高く舞い上がった。
青子はこのチャンスを逃しまいと唯架めがけて駆け出す。
近づくと、唯架の黒衣がところどころ裂けており、魔力抵抗が弱まっていることが見て取れた。
唯架自身もムチを地面にしなだれさせ、その場で立ち尽くしていた。先ほどの衝撃で一時的に気を失っているのかもしれない。それでも倒れずに踏ん張っている姿はさすがの一言だ。
だからといって躊躇はしない。相手はあの聖堂教会。迷いは己を殺す。
確実に沈黙をさせる致命傷を。助走をつけ、浮き上がると、そのまま脳天めがけてかかとを落としたーーーー
かに見えたが、その刹那、青子に横殴りの重たい一撃が襲った。
無防備な胴体への強烈な攻撃。軽く5メートルは吹っ飛ばされた。青子も一人の華奢な女の子であることを思い出させてしまう。
「くっ」
しかし、肩を押さえながらすぐに起き上がり、痛みを与えた張本人を睨みつける。
そこには、なんともうひとりの唯架がいた。
唖然としていると、立ち尽くしていた方の唯架がボロボロの黒衣を脱ぎ捨て、
「青子ちゃーん、ごめんねー」
唯架が絶対に言わないであろう台詞を放つ。あろうことか舌を出してウインクまで。
「姉さんの変身術を忘れてくれていて好都合でした」
もう一人の唯架がムチを引き寄せながら微笑んだ。
「なるほど。うちに通っていた頃は人にすら化けれなかったくせに、ね。油断したわ……」
平静を装って話始めたものの、ムチによる打撃の影響は大きく、青子はしゃがみ込んでしまった。やはりただのムチではない。体が痺れている。魔力かそれに近しいものを秘めているようだ。
「唯架ちゃん、やり過ぎー。青子ちゃん、苦しそうじゃない」
両腕を組み、頬を膨らませる。唯架が唯架を叱っていた。
「その顔で甘ったるい言葉を出さないでくれるかしら。気色悪いのよ。さっさとその変身解きなさいよね」
「ぶー。。私の華麗な変身っぷりを見て欲しかっただけなのにー」
そう言ってどこからか白い星形のステッキを取り出すと、それを一振りする。一瞬、全身が白く光り、そして律架の姿へと戻っていた。
「何よ、それは」
「可愛いでしょ-。教会の人にお願いして作ってもらったの」
ステッキを顔にくっつけながら、子供のような無邪気な笑顔。
「そういえば律架はそういうアニメ好きだったわね。双子でもこうも違うとは。ただし、悪趣味な武器は一緒ね。さすが双子といったところかしら」
「ここにおしゃべりしに来たわけではありません。そろそろ再開してもよろしいですか?」
唯架が答えなど待っていない質問をしてきた。
(稼がせてはくれないか……)
青子は未だ痺れる身体を起こし、気丈な様子で立ち上がる。そんなものは関係ないと、それ以上に身体が疼いて仕方がなかった。
青い光が青子の両手と両足から浮き上がった。魔弾を打つときのような腕にまとわりつくあの荒々しい光とは違う。それは静かで纏うような光だった。
「ボロボロなくせに、まだ戦う気でいるのですね」
「当然。魔術の世界でもあんたたちの世界でもちょっとは有名になってきたようだし? ここで名折れは恥よね」
(それに……)
離れてしまった有珠の方を見やる。
戦いの目的、スタイル、そのどちらも変わりつつある青子の勢いを止めるものはいないだろう。
「そうですか。では、頑張ってください」
「応援どうも」
二人は身構えると、即座に戦闘を再開した。
◇
「青子さんと離れて良かったんですか?」
「ええ、彼女なら心配はいらないし、向こうもきっとそんなに心配していないから」
「ほう。それは信頼なのですか?」
「さあ。少なくとも彼女が負けるとは思っていないわ。それに戦闘スタイルが合わないもの。戦いにおいて連携は取れない」
「奇遇ですね。私もシスター達と連携は取れません。いえ、すべての者、と言ったほうが正しいでしょうね」
「なぜかしら」
「斬るのに夢中になってしまうので。無意識と同じです。厄介なんですよ、私って」
おかしいですよね、と言って、詠梨は笑う。
「知ってるわ」
「有珠嬢の神秘も周りを気にされない戦い方でしょう。外見からは想像もつかないほど荒々しく血生臭いものと存じておりますが。通ずる部分もあるのですね」
「不思議なものね。これ以上嫌いになれないと思っていたのに、まだ私の心は限界を知らないみたいだわ」
「ふふっ。なら、」
マントからしなやかで細長い彼の腕が出された。背丈もさることながら、腕はその比例以上に伸びているように見える。まるでそれだけでも武器になり得るような凶器さと狂気を備えているようだった。
濃霧が発生すると、急ぐように瞬時にして有珠の周りを囲んだ。
「躊躇無く殺れますよ」
詠梨が言い終わるか終わらないうちに、霧が揺れた。
遅れて風が舞う。
詠梨の腕は動いていない、ように見える。
有珠もその場を動いていない。
対峙しているだけにも関わらず、2人の間では何かしらの現象が発生しているようだ。
先に痺れを切らしたのは、霧のほう。吸い込まれるかのように霧が詠梨へと迫る。
詠梨はここで始めて腕を動かしてみせる。
マントから彼の腕よりもさらに細長く鋭利なものが取り出された。
それは刀と呼んで良いのだろうが、しかし、つばも装飾も施されていない代物だった。
唯一、特徴を挙げるとするならば、それは色だ。刃先から持ち手まですべてが白い。
詠梨は頭上で両手に構える。
月光に照らされ輝く刀に導かれるように、霧が迫り来る。
ーーーーもう終わっていた。
すべてを喰らい尽くす久遠寺屋敷の猟犬。
青子をも苦しめたそのグレートスリーのひとつが彼の一閃によって消失した。後に残るは遠吠えのような力の無い鳴き声のみ。
有珠は瞬きをしていなかった。にも関わらず、彼女の記憶が確かならば、彼が刀を振り落とす動作、工程が抜け落ちている。構えから振り落とすまでが省略されてしまっていた。
したくはなかったが、けれども有珠は理解した。恐ろしいまでの早さ。その一点であると。単純に腕を振り下ろすよりも、刀を持っている分、そこには重さが加わり早さが増す。しかし、それだけであの芸当は恐らくできまい。何かを犠牲にし、数え切れない程の時間を鍛錬に費やしているはずだ。何よりも彼には一振りの迷いが無い。切る行為が息をするくらい自然なことなのだ。だから刀と心に摩擦を生まない。それが究極の芸当へ繋がっている、と。
だからと言って霧状のワンダースナッチをなぜ刀で分断できるのだ。そんなことまかり通ってはならない。現代の魔女は唇を噛んだ。
(青子は魔術を使えないと言っていたけれど)
「不思議そうな顔をしていますね。ええ、使えませんよ。センスと言いますか、素質、いえ、もう思考回路が魔術を受け付けないのだそうです」
「なら、あの技は何なの?」
「ご覧の通り切ったというだけです。霧は空気中に漂う液体のようなもの。私にとって液体は切れる対象です」
ならば仕方ない、と納得できるはずもなく。しかし、この男の異常性だけは把握した。
詠梨は、有珠の警戒心が強まったことを肌で感じ取った。
「私のこと、少しは分かっていただけたようで嬉しいです。……だからこそ、早めに終わらせましょう」
今度は刀を横に構える。先ほどもだが、動作が静か過ぎて、良い意味でも悪い意味でも存在感がそこには無い。人の行為というよりも自然現象に近い。だからこそ見逃してはならない。気がついた時点で既にそれは死を意味するのだから。
詠梨の意識が腕へと集中する。それは歓喜の声。
白い刀がわずかに揺れる。
それが合図だった。
白い残像を残しながら詠梨から離れていく刀。およそ人間が出すには限界を超えた速度で刀が横一線に振られた。
有珠は、やはりその神業を視覚で追うことができなかった。
……しかし、問題など無いだろう。
有珠めがけて白く伸びる一閃を、巨大な影が突如出現し、邪魔をした。
詠梨神父は動揺することなく、弾かれた原因を見上げ、構えをやめる。
「……ロンドン橋ですか」
相手は有珠だからといって、手は抜いていなかった。石を切った時のような感触が一瞬あった。密度が高すぎて刀が入り込めない、そんな実感と直感があった。
彼にとって、見えるものはすべて切れる、というのが持論だ。というよりも、力技で可能にしてしまっている。しかし。その力説も久しぶりに防がれてしまったということだ。
悔しさなど毛頭無し。不可能はないと信じて疑わず、次の一手を思いつく。あるのは純粋な楽しさだ。
「ふふっ、落としがいがありそうです」
教会で町の人と談笑している時とは明らかに違った。
自分以外の生物はみな切って良い対象であり、そこに情など一切ない、孤高感を伴った冷たい微笑。まるで別人のそれだ。
だからといって有珠は物怖じしない。
グレートスリーのひとつ、テムズトロル。千年以上の歴史の重みが彼女を守っているのだ。
そこに輪をかけるように、ここは久遠寺邸の森。神話力が強まるこれ以上の無い最高の環境。どんな理由があろうと負けることが許されない魔女の領域。
「さあーーごっこ遊びをしましょう」