魔法使いの夜 第1.5部   作:古志たんたん

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7th night

 

午前6時。

 

目覚まし時計も置かず、時間指定された機械のようにすんなりと起床する。

「しまった。寝坊した」

 

人のことは言えないほど殺風景な部屋で、学生服にするすると着替える。コートを羽織って鞄を持ち、音を立てないように扉を開ける。

 

ひやりとした廊下に、人影は無い。この洋館で自分ひとりしか住んでいないんじゃないかと錯覚してしまうような静かさだ。

 

あんなことがあったのだ。青子も有珠もきっと寝ているのだろう。彼にとっては好都合だった。

 

玄関を開けると曇り空。寒さに輪をかける天候だ。

 

今朝はアルバイトも無いので、このまま学校へと向かう。

 

登校中、ふと気がつく。

 

「そうか、同じ学校だった……」

 

思わず言葉が出てしまった。

 

            ◇

 

学校に着くと校門は既に開かれていた。朝早く学校に来ることが初めてだったので草十郎は安心する。

 

なるほど、グラウンドでは生徒が列を形成しながらランニングをしている。体育館では靴と床が擦れる音が聞こえてきた。朝から青春を謳歌する若者たちにどうやら学校は寛容のようだった。

 

部活をうらやましいと思ったことはないが、ある種のコミュニティだと考えると村のようなものなのかもしれず、故郷を考えると何にも属していない今の自分が信じられない。

 

教室に着くと、どうやら一番乗りのようだ。当たり前か、と思いながら机に鞄を置いた。

 

コートを羽織ったまま、窓を開ける。校庭を見下ろすと、先ほどランニングをしていた生徒たちの列は分解され、そこには差が生まれていた。孤高に先を往く者。あぶれどんどん差を広げられる者。群れて中心に位置する者。

 

自分は今一体どの位置に立っているんだろうか。あわや周回遅れになりそうな者か。いや、それとも周回遅れにしてやろうと目論む先陣人か。それは無いなと頭を振る。ましてや中心にいるなどとんでもない。

 

(それとも……未だどこにも位置していない、か)

 

青子ならば間違いなく最下位の者を3周遅れにはさせるのだろうと想像すると、おかしくって一人でくすりと想像を楽しんでしまう。

 

「早いじゃない」

 

後ろから気だるげな声が聞こえた。

 

クラスメイトの久万梨だった。

 

「やあ、おはよう」

 

「おはよう、静希君。早いのね」

 

「早いのは久万梨の方なんじゃないのか、俺はいつもより少し早いくらいだ」

 

「ああ、そうね、そうかも」

 

机に突っ伏す彼女からは暗いオーラが発せられている。

 

「どうかしたのか?」

 

人前で感情を態度で表すのは珍しかったからだ。

 

「……。前に話した受験のことなんだけど、この前の模試の結果がそりゃあ悲惨なものでさー。このままだとまずいかもって思い始めたら、寝れなくなって。家に居ても仕方ないし、学校に来たってわけ」

 

「そうだったのか。受験のことはよく分からないけど、久万梨はよく頑張ってると思う。アルバイトも続けてるしな。思ったのは、アルバイトをやめるか減らすのが良いんじゃないか。その時間を勉強にあてたらどうだろう」

 

「それも考えたんだけどね。ひとり暮らしと大学の費用を考えると、まだ貯金が足りないのよ。だからバイトは続けるしかない」

 

「なるほど。それなら勉強するしかないんだな」

 

草十郎には学力を上げるアドバイスなど人にできないので、敵に打ち勝ちたいのなら攻撃力を上げろとばりに当たり前のことを言うしかない。

 

久万梨は深くため息をつき、再び机におでこをくっ付ける。

 

相談をあまり受けたことのない彼にとってここで終わらせてはいけないと、一生懸命に思考を回し思い付いたことを口にしてみる。

 

「そうだな。勉強できる人に教わるのはどうだろう」

 

「青子にはもう断られたわよ。あたしにはまだ早すぎる、人にモノを教えられるほど人間ができていないの、だったかしら」

 

「ああ、たしかに。前に授業で理解できなかった問題を蒼崎に教わったんだけど、気がついたら説教が始まっていたんだ。学校の先生よりもよっぽど怖かった」

 

「……それは災難だったわね」

 

「だから、以降は鳶丸に教わってるんだ。よくは分からないけど、あいつは教えるのがうまいんだと思う。ああ、そうだ、久万梨も鳶丸に教わるのはどうかな?」

 

「それは……」

 

急に小声になる。

 

「……駄目でしょ、さすがにさ」

 

よく聞こえなかったが、彼女が笑っていたのでそれは承諾の意と見て取れた。しかしこの時、草十郎は勘違いをしていた。

 

久万梨は笑ってなどいない。頬を引きつらせていただけなのだ。

 

「善は急げだ。俺からお願いしてみるよ」

 

よほど人から相談されたことが嬉しかったのだろう、今日中にだとか明日までにはといったあいまいな約束はせずに即行動に移す。彼の性分な気もするが、きっとそうに違いないのだろう。

 

今度は久万梨が教室でひとりとなった。

 

彼女は椅子から動かない。先ほどまで抱いていたはずの将来に対する不安は、どうやら彼方へと飛んで行ったらしい。今あるのは恐怖だ。そして、ほんの少しの……。

 

「あっ」

 

草十郎に相談を持ちかけたのは何も愚痴を聞いてほしいからだけではない。親が営む中華料理屋「まっどべあ」で今日予定を組んでいたアルバイトの子が風邪で休みになってしまったのだ。いつもであればバイトの無い日は自らが入るのだが、今は少しでも勉強に時間を充てたい。そこで草十郎もしくは芳助に代打をお願いしようと思っていたのだが。予想外の展開にお願いするのを忘れていた。

 

しかし、勉強などできるのだろうか。何も手が付かない気がしてならない。まったく。相談相手を間違えたか。後悔先に後を絶たず。

 

その後、教室のドアが開く度に振り向く久万梨を芳助は面白がったが、冷たいまでの完璧な無視によって退散させることに成功していた。

 

結局、草十郎が教室に戻ってきたのは始業のチャイムがなる直前だった。

 

                  ◇

 

草十郎が皿を洗い、久万梨がそれを拭く。

 

最後のお客が帰り、店内は2人だけ。今日もお客の腹を満たしたお店を労うように後片付けを始めていた。

 

「今日はありがとう」

 

「気にしないでくれ。俺もアルバイトに入れて助かったんだ」

 

蒼崎と会わなくて済んだよとは言えないと思ったので、意識して口を閉じた。

 

「え、ああっ、バイトもそうね。おかげでその間、勉強できたし。それもそうなんだけど、朝の勉強会のことも感謝してるから」

 

「お礼ならぜひ鳶丸に言ってやってくれ」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「むしろ今までなぜ鳶丸にも相談しなかったんだ? 同じ生徒会なのに」

 

「忙しいと思ったから。間近で見てるしね。おうちのこととかさ。気を遣ったのよ」

 

「なるほど」

 

「それよりも、もう一度確認したいんだけど、本当に勉強会をやってくれるって言ってたのよね?」

 

「ああ、2つ返事だった」

 

「そ、そう。……どんな感じで言ってたか覚えてる?」

 

「そうだな」

 

            ◇

 

生徒会室に入ると、灯油の臭いがした。

 

ストーブを近くに置きながら書き物をしている鳶丸がいた。

 

「よう、草の字。話なら待っててくれ、すぐ済ますから」

 

そういって書いているのは何やら見るからに難しそうな内容だった。

 

現在の2年生からの提案で、受験に勤しむ多忙な3年生での行事が極端に少ないということを懸念し、新たに1泊2日の沖縄(勉強)合宿を催してほしいとの内容だった。ちなみに昼は浜辺でバーベキュー、夜はフォークダンスと男女ペアの肝試し付き。

 

それに対し、真っ向から予算化の否決をするために、その理由を詳細に記載しているところだった。

 

「なーにが合宿だ。受験のストレスを異性交遊で発散しようとしたいだけじゃねーか。他人を巻き込むなっつーの。色恋なんざ勝手にやってろ。なぜこんなアホな提案に俺が真面目に回答しないといけねーんだ」

 

文句を言いながらも鳶丸のボールペンは走り続ける。

 

「そうは思わないか?」

 

「うーん。俺には恋愛はよく分からないからな」

 

「確かになー。草の字に彼女ができたら俺はすぐに結婚をするぞ」

 

「なぜだ?」

 

「距離間は一定であるべきだと思ってるからだ……それはうまくないな。分かりやすく言うとだな、そっち方面で草の字に遅れを取るのは人間として駄目な気がしてな」

 

「なんだかすごく失礼なことを言われてるんじゃないか?」

 

「はははっ、間違いない。ようは、彼女作んなよってことだ! よしっ、終いだ!」

 

ボールペンを置き、伸びをする。

 

「待たせたな。それでどんな用事だ?」

 

「ああ、実は久万梨のことで相談したいことがあるんだ」

 

彼女の現在の成績が芳しくないこと、このままでは志望校の合格が危ういので、彼女に勉強を教えてあげてほしいことを伝えた。

 

「ふむ。俺は構わん」

 

「ほんとか、それは助かる。だけど、鳶丸にしてはあっさりだな。驚いた」

 

鳶丸は頭をかきながら真面目な顔をする。

 

「あいつ上京して1人暮らしするためにバイトしてるだろう。時間の捻出が厳しいんだろうなとな。の癖に書記の仕事は必要以上にこなしてるし、少しは手伝ってやろうと思ってな」

 

「久万梨は頑張り屋だからな」

 

「そういうこった。ただ、俺も暇じゃねえ。とりあえず卒業式が終わってから。そして、生徒会の活動日のみ。あいつの仕事が終わり次第ここでそのまま勉強させて俺が見る。残っても7時までだ。お前から伝えておいてくれ」

 

「わかった」

 

草十郎としても鳶丸はきっと断らないだろうと踏んでいた。自分が頼むからとかそういうわけでなく、鳶丸はこういうやつなのだと短い付き合いながら分かっていた。

 

            ◇

 

「卒業式が終わってから……」

 

「遅かったか?」

 

「いいえ、逆。心の、準備が……」

 

「ああそうか、予習しないといけないのか。応援してるぞ」

 

「う、うん」

 

久万梨の方だけどんどんと皿がたまっていくため、最後は草十郎も皿を拭くのに加勢し、片付けをなんとか終えた。

 

草十郎は外に出ると、少し迷ってからコートを羽織った。

 

「ありがとね」

 

彼の背中に声をかける。

 

「応援してるよ。久万梨なら大丈夫だろう」

 

「今日のバイト代、色付けとくようにお父さんに言っておくから」

 

「それはありがたい。それじゃあ、お疲れ」

 

「お疲れさま」

 

疲れなんて1ミリも感じさせない笑顔で去って行く。その姿を感謝の気持ちで見送ると、最後に店の暖簾を外すことにした。

 

後は電気を消せば、長かった今日が終わるのだ。

 

「お嬢さん、少しいいかな」

 

「はい?」

 

お店はもう閉めましたけど、と言おうと振り返る。しかし、すぐにそれがお客ではないことに気がつく。

 

傍には白髪の老人が立っていた。

 

上からシルクの修道衣を羽織り、胸には大きなルビーのペンダントをぶら下げ、指には大小様々な宝石の指輪をつけていた。

 

これは手を持ち上げるのも億劫だわと思った久万梨は、鼻も背も高い老人を見上げる。外国人なのだろうと雰囲気で察する。

 

そしてゾッとした。

 

装飾の入った黒く細い眼鏡。その奥の瞳が明らかに通常のそれとは違うのだ。瞳の中に丸ではない別の形の模様が入っているようだったが、暗く商店街の街灯では見えない。

 

目線が合っているのに合っていない感覚。

 

久万梨は反射的に一歩後ずさる。しまったと思った。

 

「警戒する必要はない、道を訪ねたいだけでね」

 

「ご、ごめんなさい。それでどこに行きたいんですか?」

 

「この町唯一の教会だ。合田教会というらしいが、ご存じか?」

 

「それならこのまま商店街をまっすぐ進んでください。商店街を抜けて5分ほど歩くと左手に公園があるので、その先の十字路を右に曲がると着きます」

 

「それは分かりやすい。ありがとう、お嬢さん。夜分に失礼した」

 

老人は軽く会釈すると、あっさりと立ち去って行った。

 

その姿が見えなくなるまで見送る。というか、見送らざるをえなかった。

 

のれんをもう一度外し直そうとして、自分の脚が震えていたことに気が付く。

 

先ほどまでの日常が遠い過去のように現在(いま)がぼやけている。

 

その場で深呼吸をして冷たい空気を肺に無理矢理送り込む。

 

それで少し冷静さを取り戻せた。

 

「きゃっ!」

 

学校では聞くことができない甲高い声を出すスモールベア。その原因は地面にあった。15匹程のねずみ達がどこからか現れ、彼女のすぐ横を興奮気味に通り過ぎていったのだ。

 

偶然にも彼らは、老人が去って行ったのと同じ方角へと消えて行った……。

 

「年末に駆除したばかりなのに……」

 

突然、久万梨に今日一日の疲れがどっと押し寄せてきた。

 

もう今日は勉強せずに寝ることにする。そう誓って今度こそ店の中へと戻って行った。




【次回予告】
老人の正体とは……。そして、有珠が三咲高校へ。
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