青子は校内であろうが迷いなく自身の魔術回路を叩き起こした。駆動音が聞こえてきそうなほど回路が急激に活性化し始めると、体内の工程をスキップすることなくその純粋な速さのみで並の魔術師の起動時間を凌駕する。
すかさず天高く手を伸ばし魔弾を発射すると、魔弾は校舎の横を上昇しながら2つに分離。一つはソロモンの心臓をめがけ飛んで行く。
一方、ソロモンは魔弾に動じたりなどせず、地上にいる術者を依然として見下ろし、否、見下したままである。だんだんと迫り来る攻撃に気にも留めていない様子だったが、魔弾が直撃する寸前でようやく顔を上げると正面にするりと手をかざした。
すると、たったのそれだけで魔弾は音も無く呆気無く、彼の手の平に吸い込まれるようにして消失した。
青子はその光景から目を背けずに、その代わりゆっくりと息を吐いた。こんなことは予想済み。相手は教会側の実力者。魔術を退ける術なぞ1つや2つあってもおかしくはないのだから。それに目的はまだ達成していない。こんなことで立ち止まってる暇など無いからである。
青子の目がまだ死んでいないことを確認できたからだろうか、ソロモンは笑みを浮かべ、そして何を思ったのか頭上に手をかざした。
直後、彼の頭上から魔弾が降り注いだ。先ほどの片割れだ。
まるでそれを予期していたかのように、頭に目でも付いているかのように、青子の攻撃はまたもや防がれた。死角を狙ったとて読めてしまえば、それはもう既に死角ではない。
青子は「ちいっ」と悪態をつくと、すぐに右手に魔力を装填し始める、次は重たい一撃を放つと決めた。通じないのなら威力を増せば良い。
一方、ソロモンも黙っているわけにもいかない。すべての攻めを凌ぐのも相手の絶望を味わうことができるので一興なのだが、残念ながら教会の指示は違った。そろそろ仕掛けなければ。
(ここで右脚は無理だな。右腕が無難か)
今度はこちらの番だとソロモンが右腕を広げた瞬間のことである。
「なに!?」
ソロモンの後方から魔弾が突然襲って来ていることに彼は気配と殺気で察知する。しかし、もはや避けきれる距離ではない。振り返って手をかざす猶予も無いだろう。
(いつ放った?)
青子は2発目の魔弾がソロモンの頭上に到達した段階でさらに分散させ、そのまま頭上に落とす魔弾とは別に、3発目として後方に迂回させ忍び飛ばせていたのだ。
3度目の攻撃でようやく届いた。
彼女の機転が功を奏し、ソロモンの背中に衝撃が走るーーーーー
ーーことはなかった。
先ほどと結果は同じで、いとも簡単に当たり前のようにして青子の攻撃がかき消された。
何が起こった。手で防ぎ切れなかったはず。間に合わなかったはずである。あれは間違いなくソロモンに直撃する一撃だった。
だが、それでも攻め続けるのが青子という生き方で。トリックが分からなくても、装填中の魔弾を発射する。そのみなぎる攻撃は放物線を描き、彼の顔面を狙う。スピードも威力も今までのものとは桁違いなことは、それが放つ光量でよく分かる。
間髪を入れずに、棒立ちのソロモンへ4度目の魔弾が襲う。
……正直なところ、青子も結果は見えていた。彼の勝ち誇ったような表情がその証明である。
だが、気づいたこともある。
「私の攻撃を手で防いでなんていなかったのね」
ソロモンの修道衣に仕掛けがあっただけなのだ。しかもかなり強力な魔術抵抗を有していると思われる。ああ、そんな単純なことに気がつかないとは。
怒りが湧いてくる。騙されたからというわけでは無い。これは命を賭けた闘いで、騙す戦法も当然のものだ。そうではなく、青子を嵌めたにも関わらず、相手はそれをまったく活かそうとしていないことに腹が立った。反撃をしてくるわけでもない。だとすれば、単純に青子を試しているか楽しんでいるかのどちらかだ。それは実に自分の立場が滑稽なことに違いなかった。
「そんな顔をするな。先ほどの不意打ちは中々だった」
「あらそう」
しかし、何よりも許せないのは……。
「私が褒めるのは珍しいのだがな」
まんまと騙された己の不甲斐なさだった。
「褒められて伸びるタイプじゃないのよね、私って」
「くくくっ。そうか、ではお前の落ち度を話してやろうか」
嫌な予感がした。
「蒼崎青子とやら。ずいぶんと相手に余裕を見せるのだな。くくくっ。制約をつけて私と戦うから通じんのだよ」
まさか。
「傷つけたくないのだな、ここを」
やめろ。
ソロモンはわざと屋上を踏みつけて見せると、目を輝かせながら修道衣を翻し、校内へと消え去った。
目の前の事実に、青子にしては珍しく血の気が引いた。それに彼女は自覚することもなく、校内へと直ぐさま入り、階段を駆け登る。
攻めていたつもりなのに、無意識に学校を傷つけないようにと守りに入ってしまっていたようだ。
これ以上自分を責めるのは後だ。まずはこの最悪の展開を乗り切る方法だけを考えろ。ただひとつ幸いなことは、既にリハーサルが始まっているため、校舎には誰も居ないということだった。運はまだ青子の味方をしてくれているようだ。
もう何段飛ばしているのかよく分からないが、足の赴くままにがむしゃらに。不思議と呼吸は要らない。
青子の足は3階で止まる。なぜなら相手は隠れ潜む気は無いようで、三咲高校に在ってはならない雰囲気がこの階には充満しているからだ。殺気と歓喜と嘲笑が混じった黒いモノが。
廊下に出ると、その先にソロモンが待ち構えていた。いや、構えていたというのは語弊がありそうだ。
「なんだね、その顔は。ここで戦うのはそんなに嫌か?」
「あんたみたいな奴が教会の人間ってのは笑えるわね」
「単に役割が違うだけだよ」
「それが公共の施設を戦場にする理由にはならないわ」
「ふん。長年生きているとな……人の嫌がることが大好きになってしまうのだよ」
「最低ね」
青子の冷たい目はしばらく忘れていた魔女の血を呼び起こさせる。相手が相手ならそれだけで戦う気が失せてしまうような凍てつく眼。なのにまったく動じることなく対峙している姿は、彼の経験値が伺い知れるというもの。
青子に先手を選ばない理由は無い。試そうが舐められていようが今は好都合。ソロモンへと近づきながら四肢に魔力を通していく。徐々に青い光が手足にまとうと、彼女は走り出し、同時に全身へと魔力が拡がるのを感じた。走る速さが増し、青白く発光するその姿は、まさに魔弾のよう。
彼女の風圧で「廊下は走るな』と書かれた注意喚起のポスターが剥がれ落ちた。校則を守らない生徒会長は、校則以外のものを守るために廊下を駆け抜ける。
出力を上げて放った魔弾も無効にしてしまうあの修道衣は厄介そのもの。だからこそ近接戦闘に賭けるしかないと判断した。
唯架と戦った時に試した、魔力を体内で循環させ一時的に身体能力を向上させる戦闘スタイル。魔法に頼らずとも強敵と渡り合えることができないかと考えた結果だ。これは魔力が少ない彼女にこそふさわしい戦法と言える。
手加減はいらない。相手が未知数だからこそ最初から全力でいくべきだ。腕に力を込める。多少の犠牲は最早やむを得ない。覚悟を決めろ。
この勢いのままに老人に向かって拳を振りかざす。
ーーーー
ーーーソロモンの目の前に、人の腕がーー
ーーーーー誰かの右腕が落ちている。
ソレを視認した直後、青子とソロモンの間に何者かが介入した。
青子は己の拳を止める間も無く、強烈な一撃が介入者の腹部に当たった。
しかし、対象は吹っ飛ばないし崩れない。自然と目が合った。その輝きの無い目に違和感を覚えつつ、介入者から駆動音が鳴ったので、青子は本能的に後ろへと飛び退いた。
直後、すぐそばで刃が振られる軌跡を見た。
ヒヤリとして、そして驚く。
この介入者の腕が刃でできていることに。
「なっ!?」
ソロモンの手下なのかと思ったが、どうやら人の気配はしない。血の通っていない無機質な匂いがする。青子の姉と同じオートマタ系の傀儡か。だとしたら尚のこと厄介だ。加減を知らない無感情者は、ここでは非常に質が悪いからだ。
どうする、考えな、……さ…………い。
青子の時間が止まった。
時を止めたわけではない。
すべての熱エネルギーが遅く感じる。これは青子の身体が、反射神経が、これまでの経験が、すべからく危険を察知して反応したからだ。それは刃を避けた時の先ほどの非ではない。
その間、ゴーグルを付けたように視界が狭まった。だが、おかげで目の前の出来事に集中できる。
危険の先はもちろん目の前の介入者。よく見れば髪が長く女性の容姿をしている。しかし、性別にはそぐわない直線ばかりの体格。人形と言うよりもロボットと表現したほうが早い。
あろうことか刃の腕を今度は銃口に変形させたではないか。そして、当たり前のようにその銃口を青子に向けると、間髪入れずに発砲してきた。
今ここに思考の余地は無く、ただ己の回避行動のみを実行する。青子の身体はそれこそ機械のように思考を伴わず、かかとで思いっ切り地面を蹴ると真横へと飛んだ。その間も迫る銃弾は、ただでは済まさないと、青子の髪をわずかばかり持っていく。掠める銃弾。焦げた髪の毛。
背中から思いっ切り壁に激突すると、青子の世界は元に戻り、同時に呼吸ができなかった。
「ぐっ」
それでも相手から目を離すことは許されない。腕の銃口からは煙が上がっており、再度腕を刃に変形させた。どうやら幸いなことに連発はできないようだ。
そういえばソロモンはどこへ消えた? 教室の中へ隠れ奇襲を伺っているのか。そんなことを考えていて、ふと気づく。風が吹き始め、髪が揺れていることに。
恐る恐る先ほど自分が避けた銃弾の進行方向を目で追うと……廊下の突き当たりの壁には、大きな穴が開いていた…………。
青子はその光景に目を見開く。
「……やった、わね」
異常な相手ほど冷静であれ。さもないと直ぐに足元をすくわれてしまうから。そう自身に言い聞かせていたことをもはや守れそうになかった。
青子は今まで学校が好きとか嫌いとかそういった感情を抱いたことが無い。生徒会長だからといってこの学校を愛さなければ務まらないかと言えば答えはノーだし、そんなものが無くても青子が青子である以上、大抵のことはこなせてしまう。そんな風に自己分析をしていた。
だがしかし、どうやら青子はこの場所が自身が思っている以上に大事な場所なのだと感じていたことに気づく。なぜなら彼女は今、激しい怒りに満ちているからだ。
穴の元凶を作ったロボット風情が青子にスタスタと向かって来る。
青子は学生服のポケットからヘアゴムを取り出すと、髪を後ろで一本に束ねる。
青子はまだ心のどこかで学校を傷付けずに済めば良いと甘い考えをしていたのだ。これはその結果だ。思考を本来の壊す方向へと切り替える。
今は全身に魔力が循環していることを感じる。五感が研ぎ澄まされている。決して冷静ではないものの思考はクリアだ。敵を睨みつける。あの体には銃以外にも武器が仕込まれていると考えていいだろう。ここは慎重に。
なれるわけがない。
ロボットに突進する青子。彼女の動きに反応し今度は腕をガトリング銃へと変化させたが、それを視認してもなお前進を選んだ。その選択肢を可能にしたのは青子の身体能力が飛躍的に上がっていることが起因している。今はパワーとスピードの他にも動体視力までもが向上していた。弾き出される無数の弾丸。しかし、今の彼女にはスロー再生の如く目で追えるので、それらを簡単にすり抜けることが可能だった。学校の損害はもう気にできない。だからこそ、それを生み出す者を殲滅せねば。
ロボットにしてみれば青子は残像を残しながら弾を避け迫って来ているのである。彼女?に感情があるのであれば、さぞ恐ろしいに違いない。
青子は弾丸の嵐を最後はスライディングで躱すと、ロボットに近づき足をなぎ払ったかと思えば、敵が体勢を崩したところでさらに強烈な回し蹴りを放った。
ロボットは窓に激突するとそのまま壁を貫通し、外に放り出される。窓ガラスは割れ、外気が勢いよく流れ込む。ここは3階だ。重たいカラダは直ぐさま地面へと落下した。
青子はその行く末を見届けようと開いた大きな穴から下を覗くと、すぐに何かに気がついたかと思えば、その場から2、3歩下がり、そして助走をつけ外に向かって跳んだ。
青子の落下先には、羽を生やし今まさに飛び上がろうとするロボットの姿があった。
「はああああっ!」
青子はロボットの脳天めがけかかと落としをくらわせ、そのまま地面へと叩き込む。校庭には大きな穴ができ、土煙が舞った。
確かな手応えを感じ、ロボットが動かないのを確認すると、青子はその場で片膝をついた。
「無茶し過ぎた」
呼吸が激しい。どうやら魔力の消費が多いというよりも身体への負担が大きいようだった。この戦闘スタイルに慣れていないこともある。身体がまだ適応できていないのだ。
身をもって自身の不完全さを痛感していると、聞き覚えのある駆動音が鳴った。
反省会もさせてくれないのね、と青子は痺れる脚に気合いを入れ、再び立ち上がる。
【次回予告】
⚫︎⚫︎⚫︎の国へようこそ