カードゲーマー転生者の自称モブ、おちこぼれ主人公を育成する 作:カシゼイ
遊動ツバキは不幸な少女だ。
父親を幼い頃に亡くし、母は女手一つで娘を育ててくれた。
間違いなく、母は娘を愛してくれているし、その点に関しては幸福だ。
でも、母は常々ツバキに「カードを買ってあげられなくてごめんね」と謝っていた。
ツバキは中学生になっても、「AGEs」のカードを持っていない。
それは普通ならありえないことだ。
「AGEs」カードは誰だって持っているはずのもので、社会はそれを前提に回っている。
スマホを持っていないのとはわけが違うのだ。
カードを持っていないのは、もはや戸籍がないのと同じ。
そんな状況で、ツバキは周囲から「落ちこぼれ」と蔑まれて育ったのである。
それでもツバキはめげなかった。
カードが手に入らないのは母のせいではないし、何よりカードは拾うことができる。
いつかカードを集めて四十枚のデッキを作り、コンダクターになるのだ。
いずれはコンダクターの頂点、“マエストロ”になりたいと、本気で考えていた。
しかし、現実はうまくいかない。
十年以上の歳月をかけて集めた四十枚のデッキは、それを見た金髪ドリルの少女――
実際それは本当にその通りで、その後行ったバトルではほとんど手も足も出ずにツバキは敗北した。
ツバキは思う。
やっぱり自分みたいな「落ちこぼれ」が、夢を見るべきじゃなかったんだ。
自分は周囲から常に落ちこぼれとして扱われてきた。
同年代の子供達はツバキを侮蔑しているし、大人たちはツバキを可愛そうだと想っている。
特に後者は、表向きはツバキに優しくしてくれるけれど、それは結局憐憫からくる同情によるもの。
本気でツバキのことを慮ってくれる人は、母親しかいないのだ。
そう、思っていた。
「――大丈夫かい」
一人の男性に、そう声をかけられるまでは。
その人は、一見すると地味で普通の男性だ。
スーツ姿の、どこか疲れてそうな雰囲気の人である。
ただ、ツバキは男性に対する免疫が皆無だった。
同年代の子どもは常にツバキをバカにしてくるし、周囲の大人はツバキを可哀想としか思わない。
純粋な心配をして、ツバキを見てくれる他人なんて――出会ったことがなかったのである。
だからその出会いはツバキにとって、あまりに劇的すぎる出会いだった。
しかも、その人はツバキを本気で心配して、散らばったカードまで拾ってくれた。
これってやっぱり、運命なのではないだろうか。
聞けばその人――花糸道セイカはツバキのバトルを見ていたのだという。
そしてツバキがバトルを「情けない」といえば、「そんなことはない」と言ってくれた。
それから彼のかけてくれたことばは、どれもツバキが人生で欲しかったけれど与えられることのなかった言葉ばかり。
褒められ慣れていないツバキは、ずっとタジタジだった。
それからひとしきり、セイカはツバキの話を聞いてくれた。
否定は一切せず、ただただツバキを受け入れて、その言葉に同意してくれたのである。
嬉しかった。
運命を感じてしまった相手に、優しくしてくれたことが。
何よりセイカが、本気でツバキを心配してくれたことが。
――可愛そうだと思わずに、話を聞いてくれたことが。
ただそれでも、ツバキはこれ以上セイカに負担をかけるべきではないと思った。
セイカに励ましてもらって、勇気を取り戻したのだ。
もう一度だけ、頑張ろうと思えたのである。
だから、もう十分だ。
そう思って立ち上がり、セイカに礼を言ってその場を去ろうとした。
少しだけ、セイカに引き留めてもらえないか、なんて期待もしたけれど。
そんな都合の良すぎる展開は――
「……ま、待ってくれ!」
――起きた。
起きて、しまった。
ツバキは思わず振り返る。
泣きそうになるのを、嬉しさが込み上げてくるのをなんとか抑えながら。
そしてセイカは言ってくれた、ツバキは落ちこぼれじゃない、と。
――そこからのセイカの言葉は、普通に考えれば拙い言葉だっただろう。
どうやらセイカはあまり人付き合いが得意な方ではないらしく、言葉はつっかえつっかえだったし、内容もまとまっていなかった。
でも、ツバキにとってはその方が嬉しかったのだ。
きれいに並べられた美辞麗句よりも、飾らないセイカの言葉のほうがよっぽど誠実に感じられた。
そんなセイカが「明日、もう一度ここに来てほしい」と言ってくれた。
だからツバキは決めたのだ――私の運命は、この人と共にあろう、と。
結果、テンパって「不束者」なんて変なことも言ってしまったけれど。
ツバキは、セイカを信じると決めたのだ。
□
――ツバキは不幸な少女である。
父を亡くして、母が一人でツバキを育てる事になった時、ツバキは感じたことが在る。
“自分のせいだ”、と。
母は父を亡くし、ツバキを一人で抱えることになり、不幸になった。
それはきっと自分のせい、なのだと。
どうしてか、そう思ったことが在るのだ。
母はそんなツバキの言葉を否定してくれたけど、今でも時折申し訳無さを感じることが在る。
でも、その時は――セイカと出会った時は、そんなこと。
すっかり忘れてしまっていたのだ。
だから、興奮気味に帰路についたセイカ。
そんな彼女の横を、不審な影が通り過ぎる。
『――お前に、そんな幸福は似合わない』
ぞくり、と背筋が震える。
ツバキは、忘れていたのだ。
自分が不幸な少女である、と。
思わず、ハッとなって振り返る。
そこには、誰も居なかった。
しかし、わかる。
それは警告だ。
不幸を忘れ、他人に頼ってしまった自分への。
強迫観念が、ツバキにはあった。
自分が「落ちこぼれ」と罵倒されるのは、母を不幸にしたことへのバツだ、と。
周囲から「可哀想」だと見下されるのは、父を“殺して”しまったことへのバツだ、と。
だからツバキは、幸福になんてなってはいけない。
夢なんて、見てはいけないのだ。
わかっていたはずなのに、どうしてツバキは夢なんて見てしまったのだ?
セイカに運命を感じてしまったのだ?
それに気づいた時、ツバキは走っていた。
きっと、自分の不幸はセイカに降り注ぐ。
だから、その前にセイカを遠ざけないと行けない。
こんな幸せ――感じちゃいけないのだ。
けれど、手遅れだった。
セイカは、通り過ぎた影――クモのイビルコマンダーと戦っていた。
遅かったのだ。
なんとなくだが、わかる。
クモのイビルコマンダーは、強い。
理不尽、とも言えるほどに。
そんなイビルコマンダーが――――
さらなる理不尽によって、血祭りにあげられていた。
ナニアレ。
ツバキは「AGEs」初心者だ。
ずっとずっとカードをプレイする自分を想像してきたけれど、実際にバトルをしたのは今日が初めて。
そんなツバキでも、なんかセイカのやっていることがおかしいことくらい、わかる。
なんでコストみたいな顔をして退場ゾーンにカードを送っているんだろう。
そんなことしたら、カードが二枚増えちゃうじゃないか!(?)
自分でも何を言っているかわからなくなってしまうくらい、混乱して。
混乱している間に、セイカはイビルコマンダーを圧倒してしまった。
なんだか、とんでもないものを見た、ということはわかる。
しかし、それよりも、なんというか――
イビルコマンダーにも臆さずバトルを挑むセイカが。
もともと運命を感じていたツバキにとって、憧れの人のエイジスバトルは劇薬すぎた。
結果、思ってしまったのだ。
あの人のようになりたい、と。
それはすなわち、邪悪な一枚初動を振り回し、ちょっとくらいのパワカとホビアニ的ドローヂカラなら軽く踏み潰してしまうデッキパワー極悪の塩試合メーカーになるということなのだが――
今のところ、そのことにツバキは気づいては居ないのだった。