〈継ぎ目〉の子どもたち   作:イェスコマ

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対戦よろしくお願いします。(おじさん達こういうの好きだよね?)


第1話

夜明け前、工場跡の梁が冷えて鳴る。

粉塵の匂いと、金属を舐めた指先の味。そこが、ぼくらの工房——と言っても、屋根の抜けた倉庫にブルーシートとライトを吊っただけだ。床には線を引いた。〈ラビット〉の骨格を中心に、部品の“動線”が時計回りに並ぶ。右前脚のトーションバー、膝関節の軸受、可倒式センサーマスト〈EARS〉、サイレントパッド。工具箱の蓋を閉める音が時報になる。

 

「膝、0.3度内側。跳び退きでぶれる」

コトが言う。声は眠く、手は起きている。主任メカニック(14歳)の仕事は、概念をミリに落とすこと。

「0.3、了解」

ぼく——ハル(16)は、関節角度のダイヤルを微調整する。人の膝とは逆向きに曲がる“獣型”の後脚。ここが決まらないと、跳ねても“戻れない”。〈ラビット〉は逃げるための脚から作る。

 

レン(17)はハウストレーラーの脇に立ち、帳簿をめくっている。工房と都市の印章がいくつか。交渉と運転は彼の担当だ。

「燃料電池、今夜は回せる。バッテリは二本運用、予備一本」

「発電機は?」

「回すと目立つ。夜間は×。明け方に15分だけ[※1]」

 

ミナ(15)は後席コンソール周りでセンサー配線を結っている。束ねた線に紙のラベル——“耳・右”“耳・左”“ノーズ”。

「EARS、受動で良好。能動の点灯、五秒制限。……返答なしは正常ね」

「向こうは“挨拶を返さない”主義だから」コトは笑って、はんだごての熱を逃がす。「配線、もっと可愛い色にしたかったけど、素材がない。ごめん」

「可愛いは強さ」ミナが真顔で言い、ぼくと目が合って、三人で笑う。

 

骨格の中心にバッテリーパックを落とす。重力が正直に働く音がして、ラッチが食い込む。

「通電するよ」

コトがカウントダウン。3、2、1。

小さなビープ、油圧のため息。EARSが“耳”らしく立ち、背中の排熱板がうなじのように開く。四脚が床を探る仕草をして、止まる。

「——起きた」

ミナがタッチパネルを撫でる。「生体じゃないけど、起きたって言いたくなるね」

「関節温度、上昇なし。一次ループ正常。二次、少し高い。後で冷却ダクトにアルミテープ増しとく」コト。

ぼくは操縦席に潜り込む。前席は路面優先の低遅延HUD、親指で跳躍バルブ。足ペダルは軽い。視界の端で、レンが腕を組む。

「ハル、2メートル後退からの“跳び退き”試験、行ける?」

「行ける。——行く」

 

指先で姿勢制御。機体を低く沈め、後脚のシリンダに圧を溜める。バルブをひねると、床が一瞬遠ざかって、すぐ戻る。工具が小さく鳴って、埃が跳ね、ぼくの心臓も跳ねる。

「ブッシュ、軋みなし。帰還姿勢も良好。——合格」コトが速射で言う。採点はいつも辛いのに、今日は優しい。

「耳の追従もOK。じゃ、次は“見られない”運用の練習」ミナが後席へ滑り込む。狭いタンデム。背中の温度が伝わる。

「レン、扉閉めるよ」

「閉める。騒音、外漏れ最小」

 

 

扉の外には、白く濁った空。遠くで、ドールの羽音。どこからでも湧く虫型の機械人形。その巣の口は、世界に開いた〈継ぎ目〉だ。ぼくらの街は柱の上に乗って生き延びているが、柱の影にまで“正しさ”は伸びてくる。

「登録の件、決めようか」レンが言う。「工房の下請けを続けるか、傭兵団として“旗”を立てるか」

「旗、ほしい」ミナは迷いがない。「依頼の選択権と、撤退の裁量が欲しい」

「撤退を“権利”って言える立場になろう、って話」コト。

ぼくは操縦桿に手を置いたまま、返事を探す。憧れはだいたい音で始まるけど、名前は音の後で決めていい。

 

レンは帳簿を畳む。「条件は三つ。前金三割、サルベ権は可搬品優先、撤退判断はこっちでやる。……これで工房と組める。都市窓口にも通る」

「名前」ミナが言う。「団の名前」

沈黙。EARSの“耳”が風を拾って、角度を変える。

「仮でいい。今日の段階では、仮で」コトは工具を置き、ペンキの缶を開ける。

白い、安いペンキ。ミナが笑って受け取り、〈ラビット〉の胸板に大きく書く——RABBIT。二文字目の“B”が少し潰れる。

「団名は後で整えるとして、最初のコールサインは決めよう」レンが指を立てる。「〈ラビット・ドライ〉、〈ラビット・ガン〉、〈スパナ〉、〈ハウス・ワン〉。四人、四つ」

「了解」ぼく。「——ドライ、起動」

「ガン、センサ生きてる。耳、受動」

「スパナ、温度見てる。跳び退きの圧、もう少し上げて良し」

「ハウス・ワン、退路確保。出る時は北の影道。戻る時は同じ道を使わない」

ハウストレーラーの中で、生活の匂いが増える。水再生ユニットの蒸気、乾燥庫の温風、ベッドに積んだ毛布。ここは家で、格納庫で、作戦室。〈ラビット〉が“家族写真”の真ん中に写る日が来るなら、今日がその一枚目だ。

 

校正——いや、校正という言い方はおかしい。ぼくらは本を作っているのではない。でも、世界の綴じ目をいったん仮止めする作業は、少し似ている。誤植(エラー)は出るし、再版(再出撃)はかかる。読者(都市)は気まぐれで、批評(報告)は短い。[※2]

 

「これで、やる」レンが言う。

「やる」コトが言う。

「やる」ミナ。

ぼくも、うなずく。「やる」

 

決起、と呼ぶには静かすぎる。でも傭兵団は、音楽隊のいない行進から始まる。

〈ラビット〉が、初めて自分で体を揺らした。四脚が同時に、ほんの半歩。

「跳ぶのは、次の朝」ミナが言う。

「朝は来る」レンが答える。「機械の都合でも、人の都合でも」

コトがEARSを軽く叩く。「見られないこと。まずはそれ」

ぼくは操縦席のスイッチを落とし、静けさを確かめる。耳鳴りの向こうで、羽音が遠のく。

 

世界はゆっくり、終わりに向かっている——その流れの上で、ぼくらは“少しだけ速く”なる練習を始めた。〈ラビット〉の組立は完了。四人の旗はまだ布切れだけど、風はもう、ある。

 

———

[※1] 低負荷でも熱は目立つ。夜間の発電は“目立つ贅沢”に分類される。

[※2] 報告書の体裁は“簡潔に、数で”。詩ではなく、計測。ぼくらはそこに物語を滲ませる。

 

 

 




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