柱都市スルガの柱脚に寄り添うように、傭兵ギルドの出張所はあった。
正面は市民向けの綺麗な顔。裏手は油と焦げ、報告書の紙粉と、金の匂い。受付の上に点滅するボードには“本日可:斥候周辺農業区哨戒(C)/旧倉庫開封補助(C−)/昇降路障害物除去(B)”。ぼくらは、いちばん上のやつを見た。
「子どもは見学だけにしとけよぅ」
入って三歩で、脇のベンチに座っていた装甲着の男が言った。冗談で、半分本気。
レンは首だけで笑う。「見学、前払いでお願いします」
男は肩をすくめて、笑いをやめる。こういうやりとりは、レンが一番速い。
受付は、年季の入ったおっさんだ。額に古い外傷、指先は紙よりも金属を触って生きてきた指。
「初来所か。工房の紹介状……あるな。契約主体は?」
「四人セル。名義はまだ仮ですが」レン。
「仮のまま押印はできねぇ。名前は?」
ミナとコトが視線で相談し、ぼくに矢印が飛んでくる。ぼくは喉に詰まった言葉を探す。
おっさんはため息を一拍だけ置いて、端末に打ち込んだ。
「ガレージ・キッズ。略称は“ガレキ”。子ども工房のガキ傭兵って意味だ。——はい、登録」
「勝手に!?」ミナが半歩前に出る。
「勝手じゃねぇ、手続きだ。必要なんだよ」おっさんは平らに言う。「自分で変えたきゃAランクまでいけ。Cの間は呼びやすいほうがいい」
後ろでベンチの男たちが小さく笑う。ガレキ、ガレキ。砕けたコンクリみたいな音だ。
レンは肩を落とす代わりに、顎を上げた。「仕事の件。斥候周辺の農業区、Cの哨戒を受けたい」
「内容は単純。敵性ドールの不在確認。発見時は交戦回避、ビーコン設置、写真と熱ログ、耳(EARS)記録を三分ごとに送れ。——できるか、ガレキ」
「できる」ぼくは割り込むみたいに言って、すぐ後悔する。声が少し高い。
おっさんは片眉を上げた。「条件は?」
レンが即答する。「前金三割、サルベ権は可搬品優先、撤退裁量はうち」
「前金は二割。サルベ権は“危険物除く”、撤退裁量はCなら勝手にしろ。ただし作戦終了報告は必須。——妥当だろ」
レンは三秒だけ黙り、頷く。「了解。二割で」
「報酬は水カートリッジ三本、旧世界ベアリング八、乾燥食十二。市民権は二十四時間“拡張”。優先路パスは哨戒範囲に限る」
“拡張”という言葉に、受付の光が一瞬だけ青くなる。人間として扱われる範囲を示す、臨時のライセンス。[※1]
コトが背伸びしてカウンタに顔を出す。「ビーコン、新品ですか?」
「中古の整備済み。電池もつける。お前らの持ち出しはないから安心しろ」
「だったら端子の極性、逆刺し防止の出っ張りがあるはずで——」
「ある。あるから。説明は受けろ、ちびっこ」おっさんは笑いかけて、笑わない。「……で、機体は?」
「〈ラビット〉」ミナが言う。「十二トン、獣脚、タンデム。見られず、乱して、節だけ叩く」
おっさんは端末を叩き、作戦票をプリントする。紙は薄くて、でも硬い。「ラビットね。偵察向き。良い。耳は立てとけ。発信は点灯五秒以下にしとけよ」
後ろのボードが“決済中”に変わり、端末に“ガレージ・キッズ(ガレキ)”の文字が本物になった。名前は、人に呼ばれて初めて現実になる。
「ガレキ」おっさんがあらためて呼ぶ。「行って来い。農業区A-08、今朝のうちに一周。昼を跨いだらドローンの巡回が面倒になる」
「了解。——ハウス・ワン、停め場は?」レン。
「裏の影道に。目立つなよ。夜間の発電は禁止。熱で敵が来る」
レンは短く礼をして、ぼくら四人はカウンタから離れる。背中に、いくつかの視線。好奇、嘲笑、様子見。混ざっている。混ざっているなら、まだマシだ。
通路で小走りに追いついたコトが囁く。「“ガレキ”、悪くない。壊れたものを拾って、組んで、走らせるのが仕事だし」
「けど、呼ばれ方が石っぽい」ミナ。
「石は積める」レンがドアを押す。「積めば、足場になる」
外気は柱の影の温度。屋根越しに朝の気配。遠くで羽音。農業区は柱脚から少し離れた砂地に広がっていて、復水膜で湿らせた畝に、短い作物が並ぶ。虫型ドールが好むのは乾いた構造物と規格化。畑は“乱れ”として嫌われる——はずだが、嫌いだから来ないとは限らない。[※2]
ハウストレーラーは裏手の影道で待っていた。〈ラビット〉の耳はたたまれて、眠っているふりをしている。
「契約、まとめ」レンが指折りに言う。「A-08一周、写真・熱・耳ログ、ビーコン三基、前金二割受領。撤退裁量はうち。——いいな、ガレキ」
「いいよ」ぼく。
「いい」ミナ。
「……いい。名前、馴染む」コトが頷く。「耳、立てるなよ」
ギルドのドアが背中で閉まる。さっきの笑いは置いてきた。
“観測は作戦だ”。レンがよく言う言葉。見ることは、通すこと。記録は、道になる。
ガレージ・キッズ——ガレキ。砕けた文字が、のちの足場になるかは、ぼくら次第だ。
朝は来る。機械の都合でも、人の都合でも。
ぼくらはA-08へ降りていく。畝の間に、白い風が流れて、まだ何もいない。
“まだ”がどれくらい続くかは、観測して、報告して、稼いで、また来ることで、決まる。
———
[※1] 市民権“拡張”は、都市の施設・優先路・医療の一部を使える仮パス。期限を過ぎると外部者扱いに戻る。
[※2] ドールは“乱れ”を正すために来ることがある。畝の等間隔が、むしろ彼らの規格に見える日もある。
[※3] 優先路パスは、合意層への“低優先の書き込み”。認められているうちは、見逃される。永遠には続かない。