〈継ぎ目〉の子どもたち   作:イェスコマ

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5話

ギルドの紙粉の匂いがまだ袖に残っているうちに、ぼくらは柱脚の市へ向かった。

“拡張”された市民権の緑色の点滅[※1]が、改札の端末で一度だけ柔らかくなって、通路が「こちら側」になる。レンは帳簿を持ったまま歩き、ぼくとミナとコトは、その後ろを少しだけ早足で追う。

 

「——で、記念」ミナが言い出す。目はもう屋台の布地へ吸い寄せられている。

「なにの記念」レン。

「初仕事」ぼく。割り込むのが早いのは良くないけれど、言葉は逃がすと戻ってこない。

「私は部品」コトは油の匂いがする指先で自分を指す。「小物でいい。スナップ端子、熱収縮、ミニベアリング。耳(EARS)の遅延を“気持ちよく”したい」

「私は布」ミナは言い切る。「ベッドの天板、可愛くない。柔らかい布、できれば可愛い色。可愛いは強さ」

レンは半歩だけ黙って、ぼくを見る。「ハルは?」

「本」ぼくは言ってから、少し照れる。「紙がいい。雑誌でも、古い整備マニュアルでも。文字が、欲しい」

「文字は食えないぞ」

「わかってる。でも食べられる気持ちになる」

レンは笑いそうになって、やめた。代わりに帳簿の端を折る。「ルール。今日の“贅沢”は一人一点。金額は——」

「上限、出す?」コトが顔をしかめる。

「出す。上限は水カートリッジ一個ぶん。残りは弾と電池に回す。いいな、ガレキ」

「いい」三人で重なった。

 

柱脚市(ピラー・マーケット)は、吊り棚と配管と屋台の合奏だ。上には配水ライン、下にはワゴン。布の屋台、部品屋、中古紙屋。匂いは乾燥海藻と油とインク。

最初にコトが弾かれたように部品屋へ向かう。

「スナップ端子、二号。逆刺し防止の“出っ張り”が優しいやつ」

「優しい?」店主の女が首を傾げる。

「夜中でも間違えにくい、って意味」

レンが横から値段を聞く。店主は数字を出し、レンは眉を上げ、コトは店主と目で笑う。

「これ、ミニベアリング——“芽ベアリング”に似てる。混ぜて使うと面白い音がする」コトは自分にだけ通じる比喩で楽しそうだ。

「音は計測に入らない」レン。

「でも強い」コトは反射の速さで返し、端子と熱収縮とフラックスの小瓶を会計箱に並べる。上限の三分の二。ちゃんと残す。えらい。

 

次にミナが布の屋台に吸い寄せられる。反物が風でゆらぐ。

「この色、いい」ミナが示したのは、くすんだ薄緑。復水膜の朝を思わせる。

「柄は?」店主は布の端をめくる。小さな点々が等間隔。畝みたい。

「等間隔はドールの好物だけど、人の寝床には“安心”だ」ミナは指先で点と点の距離を測る。「可愛いは強さ」

レンが上限の計算をして頷く。「その布、二メートル。糸も付けてもらえる?」

「糸はおまけできないけど、端のほつれ止めなら今やる」店主は手際よく縁を走らせる。ミナはじっと見て、最後に小さく礼を言った。言葉の数より角度の正しさが伝わる。

 

ぼくは最後に、中古紙屋へ。段ボールの箱に雑誌とマニュアルが積まれている。“月刊実用メカニクス”“家庭修繕”“週刊園芸”。

ページをめくる。紙が音を立てるのは、砂利よりやさしい。

“合意層に接続する家庭用ガーデン・アシスタントの——”そこだけ黒く塗られている。都市の検閲。

別の冊子に手をのばす。“旧型杭打ち機の手入れ”。

「それ、人気あるねえ」店主の爺さんが笑う。「土木屋が持ってって、戻ってこない」

「戻る本もある?」

「物語は戻る。マニュアルは戻らない。直し方はみんな腹に入ってしまう」

ぼくは首だけで笑って、“週刊園芸”と“杭打ち機”の薄冊子と、机の下に寝ていた“合成素材の接着”のパンフを選ぶ。

レンが見に来て、上限の計算をする。

「……文字は食えないぞ」もう一度言い、それでも財布を閉じなかった。

買い物の袋を抱えて、四人で影道へ戻る。

「ベッド、今日から柔らかい」ミナは上機嫌だ。「天板の木の音を忘れられる」

「ラビットの耳、もっと優しくなる。遅延が“気持ちよく”なる」コトは袋の中身を撫でる。「あと、ベアリングの音も」

「音は——」レンが言いかけ、言わない。

「計測に入らないけど、強い」ぼくが代わりに言う。

レンは笑って、やっぱりやめた。彼は笑い方の節約を知っている。

 

ハウストレーラーに戻ると、最初にミナの布から。

二段ベッドの上段に布を張り、ほつれ止めの縁を丁寧に折る。布は“天井”になり、光を柔らかく割る。

「——可愛い」コトが素直に言う。

「強い」ミナは即答だ。

ぼくは紙の匂いを広げる。中古本の紙は海藻と油の街の匂いを吸っている。

“杭打ち機の手入れ”。目次。グリースの種類、温度の逃がし方、軸受の“うたせ湯”——比喩が古い。

「うたせ湯、って何」ミナが覗く。

「昔の風呂。水を上からかけて、肩を——いや、機械にかける。熱を落として、気持ちよくする」

「気持ちよく、は強い」コト。

「だから計測に入らないって」レンが笑い、今度は笑い切る。

 

コトは部品を広げ、スナップ端子を袋から出して並べる。

「見て、この“出っ張り”。夜でも間違えない。耳の基板の端子、次の遠征の前に付け替える。ノイズ、減る」

「作業、今やる?」レンが問う。

「やりたい。でも寝る。人間の脳に“遅延”が出てる。今日は柔らかい布で寝て、強くなる」

「了解、スパナ」レンは軽く敬礼して、台帳に数字を書く。支出、残額、弾薬、電池、乾燥食。数字にも柔らかい布があればいいのに、とぼくは思う。

 

ミナは布の下に潜り込み、顔だけ出す。「雑誌、読んで」

ぼくは“週刊園芸”を開く。畝の等間隔、植え方、風の通し方。“機械の好む規格”と“植物の好きな規則”のあいだに、不思議な重なりがある。

「畑は、ちゃんと“人の都合”でもあるんだよ」ぼくは声に出す。「等間隔は、食べるための都合」

「等間隔を“人の都合”って言い切れるの、強い」ミナ。

「強いは——」レンがまた言いかけ、今度は黙って頷いた。

 

夕方、乾燥食の“肉っぽいほう”を分ける。今日は豪勢だ。芽ベアリングの前金分で、味の濃いソースもついた。

「次の依頼、どうする?」ミナがスプーンを口に入れたまま言う。

「昇降路の障害除去に“C+”が出てる」レンは端末をちらと見て閉じる。「でも今は喋らない。寝ろ」

「耳、寝る前に拭く」コトは工具をしまい、布の端を触って満足そうにする。「可愛いは——」

「強い」三人で言って笑う。

 

ライトを落とす。布の天井が小さく波打つ。トレーラーの外では、柱の骨が夜の温度に合わせて鳴る。

ぼくは雑誌のページを一枚だけ、暗闇で撫でる。文字は食えない。でも、胃の形が少し広がる感じがする。

“観測は作戦だ”。見ること、触ること、読むこと。どれも道を作る。

ガレージ・キッズ——ガレキの一日は、部品と布と紙で、ほんの少し重くなった。

重いものは、足場になる。明日、そこから跳べる。

 

 

 

 

 

 




———
[※1]市民権“拡張”バッジは、期限つきの利用権。色は緑→黄→赤の順で薄くなる。赤のままゲートを通ると、紙より硬い音がする。
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