〈継ぎ目〉の子どもたち   作:イェスコマ

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6話

朝は布の天井を透かして来た。

ミナが昨日選んだ薄緑は、復水膜の朝みたいに光をやわらげる。コトは起き抜けに歯を磨きながら片手で端子の交換を済ませ、〈ラビット〉のEARSに新しい“優しい出っ張り”を差し込んだ。

「遅延、さらに1ms縮んだ。——気持ちいい」

「計測に入らない」レン。

「でも強い」コトとミナと、ついでにぼく。

 

乾燥食をかじって、ハウストレーラーの戸を開ける。柱脚の影は冷たく、ギルドまでの影道は細い。

新米は足を速くするのが仕事だ。熟成より現場、発酵より摩耗。そういう世界だ。

 

 

傭兵ギルドのボードが点滅する。

“本日可:農業区灌漑導管の再接続(C)/補助昇降路L-9・障害片付け(C+)/旧倉庫開封補助(C−)”

ぼくらは二行目を見た。背伸びの匂い。

「L-9は本線じゃない。人間の“優先路”が細いぶん、ドールの目も薄い。……いける」レンが言う。

「片付けって、何を?」ミナ。

「“人の都合”の残骸。壊れたフェンスや転がった籠。放っとくと合意層が『正す』から、先に人が直す」ぼく。昨日読んだ“杭打ち機の手入れ”の比喩が舌に残っている。

 

 

「子どもはCから」

背中から声。装甲着の誰か、昨日と似た声。

レンは振り向かない。「C+の前金は何割です?」

受付のおっさんが顔を上げる。今日も紙粉と金属の匂い。「二割。サルベ権は危険物除く。撤退裁量はおまえら。——で、ガレキ、L-9をやるのか」

「やる。条件に“ハウス停め場の確保”を追加。牽引頭を昇降路陰に入れたい」レン。

「裏の影道、二枠空ける。C+だから書類は一枚増える。読めるか?」

「文字は食えないけど、読める」ぼく。

おっさんは口の端だけで笑う。「書いて、押せ。……内容はこうだ。L-9の中腹で輸送籠のフレーム破片が詰まってる。合意層が“異物”として処理を始める前に、人間が撤去。想定リスクはハチの巡回と、古い糸(クモ)の残り。Auto-Pileは来ない——今朝のログでは、ね」

「ビーコンは?」ミナ。

「二基支給。上と下の踊り場に。あと、作業用ワイヤと発泡三本。切断は“音より力”でやれ。音はハチを呼ぶ」

 

レンが即答する。「前金二割受領、L-9 C+をガレキで受託。報告は写真・熱・耳ログ・撤去前後」

「よし。——ガレキ、背伸びの仕方は悪くない」

 

ベンチから、誰かが小さく「背伸び」とリピートする。笑いは昨日より薄い。数字は信用を削り、また足す。今日は少し足された。

 

 

作戦卓に地図。コトがワイヤのカラビナを指で回し、ミナは発泡の栓を確かめる。

「ブリーフィング、短くいく」レン。

「経路:影道→L-9下踊り場→中腹→上踊り場。〈ラビット〉先行、俺は〈ハウス・ワン〉でオペ。コトはタレットに入って“見えない護衛”。能動は五秒以下、耳の点灯は必要時のみ。撤去手順は“固定→切断→牽引”。音を出すな。ハチは音と規則違反が好きだ」

「規則違反は、今日だけうちの専門外」ミナが笑い、すぐ真顔に戻る。

「撤退裁量はドライ」レンがぼくを見る。「逃げるときは説明より先に走れ。説明は後で紙に書け」

「了解。紙は好きだ」

「知ってる」

 

〈ラビット〉に乗り込む。新しい端子は夜みたいに間違いにくく、EARSは軽く起きる。視界の端で、ミナの布が柔らかく揺れた。布は強い。今日は跳躍バルブにも、少し余裕が出る。

 

 

L-9の下踊り場は、鉄の匂いが強い場所だった。鳴き板が温度で鳴り、風が階段を一段ずつ撫でる。

「ビーコン一、設置」ミナ。

「受領。優先路が細く出た。——行け」レン。

 

中腹に上がると、見えてきた。

輸送籠のフレームが半分ひしゃげ、昇降路のガイドレールに刺さるように引っかかっている。網のような残骸が風に揺れ、そこに古い糸が薄く貼り付いている。

「糸は生きてない。けど、粘る」コトがタレットから見る声で言う。「音、出すなよ」

「固定から」レン

 

発泡一本、残骸の根元にまわす。白い泡がきしんで固まり、揺れが止まる。

「切断」ミナがショットガンを持ち替え、切断用の“静かな刃”に換装する。ワイヤカッターの代替。

ぼくは〈ラビット〉の首を低くし、パイルを鞘から半分だけ出す。押し切る力はある。でも音が出る。

「ミナの刃で八割。残り二割、ラビットの押し」レン。

「了解」

 

刃が網目を“噛む”音は、紙を破るよりも静かだ。糸の層を一枚、もう一枚。

「右上の節、弱い」ミナが耳で示す。

「押す」ぼくは呼吸を合わせ、パイルに体重を載せる。微音。“決まり”がほどける感覚。

「牽引」レン。コトがハウスからワイヤを投げ、ぼくらがカラビナで残骸の脇を取る。

「合図で引く。三、二——」

その時、耳の底が少しだけ持ち上がった。

「ハチ?」ミナ。

「違う。……風の“数”が合わない。人の動きも機械の動きもないのに、一箇所だけ風が節を飛び越えてる」

「ガレキ、停止」レンの声が低くなる。「ミナ、能動は五秒。点灯——今」

EARSが一瞬だけ灯り、すぐ消える。

合成表示に、小さな点が一つ。ガイドレールの裏。

「古い糸の“芯”が残ってる。触ると鳴くタイプ」コトが言う。「切ってから引け。順番を間違えると、音が出る」

レンが短く笑う。「順番は、命」

「了解」ミナが刃の角度を変える。ぼくはパイルを引っ込め、首だけで見守る。

一息で、芯がやせて、切れた。音は出ない。

 

「引け」

ワイヤが張り、残骸が踊り場側にずるりと滑る。鉄の匂いが少し強くなっただけ。

「固定解除。……静かだ」ミナ。

「写真・熱・耳ログ、撤去前後送信」レン。

「受領——ギルド」回線の向こうで紙がめくられる気配。「良し。上の踊り場のビーコンも置け。C+達成の条件に入ってる」

 

上の踊り場に上がる。風が少し甘い。

「ビーコン二、設置」

「受領。——ガレキ、帰ってこい」

 

 

帰り道、〈ラビット〉の耳はよく回り、跳躍バルブは終始、触らずに済んだ。

下踊り場まで降りると、レンの声が少し柔らかくなった。「背伸び、成功。数字にする」

「数字は布ほど柔らかくない」ぼく。

「でも積める」ミナ。

「積んだら足場」コト。

「足場から跳ぶ」レン。——今日は、跳ばないけど。

 

ギルドに戻る。受付のおっさんは、残骸の写真を二枚見るだけで端末に数字を打ち込み、受領印を押した。

「C+、初回。悪くない。……ガレキ、“Aに届いたら自分で名前を変えろ”って昨日言ったけど、今はこの砕けた響きが似合ってる」

「似合いは武器」レンが受領書を畳む。

「武器は磨け」おっさんは紙粉を払う。「次、CかC+。背伸びは一日一回までだ。筋肉みたいに考えろ」

 

 

外に出る。朝の光は、もう少しで昼に変わる。

「C、もう一本いけるけど?」ミナ。

「やめる」レンは首だけで答える。「背伸びは一日一回。今日は“寝る前に端子のハンダ”まで」

「了解。……気持ちよくなる」コト。

「計測に入らない」ぼく。

「でも強い」四人で言って、笑った。

 

新米のガレージ・キッズ。ガレキ。

一人前になるのは早いほうがいい——というより、“なっている途中”で実戦を離れられない。

ならば、朝ごとに一段、足場を積む。数字で、布で、端子で。

観測は作戦。背伸びも作戦。

今日の背伸びは、うまくいった。明日の足場になる。

 

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