〈継ぎ目〉の子どもたち   作:イェスコマ

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読んでいただきありがとうございます。
話が派手じゃくてすみません。



7話

ハウストレーラーに戻ると、柱脚の風がいちど背中から抜けて、代わりに家の匂いが入ってきた。油、乾燥食、インク、そして昨日張った薄緑の布。布は天井で小さく波打ち、光をやわらげる。

 

レンが作戦卓に帳簿を広げて、端末の角でページを押さえた。

「——解散。明日の朝まで自由。寝ても、直しても、読んでもいい。飲むのは水だけ」

「了解」コトは即答し、すでに工具箱の前に座っている。EARSユニットの基板を外し、例の“優しい出っ張り”つき端子に配線を差し替える。フラックスの甘い匂いが立った。

「遅延、あと1ms…いや0.8msいける。気持ちよすぎる」

「計測に入らない」レンが条件反射で返して、すぐ金額に戻る。水カートリッジ、乾燥食、弾、電池。数字は嘘をつかないけど、人間の都合を知らない。だから人間が“都合”を付け足す。欄外に小さく〈布 二メートル〉と鉛筆で書き足されているのを、ぼくは見た。

 

ミナが布の下から顔を出す。「読んで」

「なにを」

「昨日のやつ。畝(うね)の本。難しい字、読めない」

「了解」ぼくは袋から“週刊園芸”を取り出す。紙は乾いているのに、触ると少し冷たい。ハウスの空気の温度にまだ馴染んでいない。

二段ベッドの下段に腰を下ろし、ミナは上段の布をつまんで軽く引いた。光がもう少し柔らかくなる。

「タイトル、『等間隔は“安心”か?』」

「安心」ミナが繰り返す。「強い言葉」

「強い。——“等間隔は機械も好きだが、人も好きだ。風が通り、手が入る。畝の間隔を一定に保つことは、作業の計測を容易にする”。ここ、線を引いてある」

「誰が引いたの」

「たぶん、ぼく」

「ふふ。——続きを」

 

読みながら、指で図をなぞる。畝の幅、株間、風の通り道。ミナは真剣で、目だけで音を飲む。

「ここ、『間引き』。漢字、むずい」

「間を引く、って書く。全部を残さず、強いのを残す。弱いのを捨てるというより、“強いのが強くなる余白を作る”」

「余白」

「布と同じ。強くするための余白」

「可愛いも強いも、余白がいる」ミナは布の端をさわって小さく頷く。

ページをめくる。検閲の黒塗りがところどころにある。“合意層に接続する家庭用ガーデン・アシスタント——”の部分は真っ黒だ。

「ここ、読む?」

「読めないとこは飛ばす。黒は、今日は“土”だと思う」

「了解。——『土は、昨日の風と今日の水でできている。規則に従わせるのではなく、規則が“役に立つ”ように並べる』」

「役に立つ規則」ミナは笑わないで、笑ったみたいな目をする。「好き」

 

コトのはんだごてが小鳥みたいに鳴く。鼻先でEARSの“耳”がふるえ、また眠るふり。

レンは帳簿の端に指を置いたまま、ぼくたちのほうを一度だけ見て、また数字へ戻る。

「水三、乾燥食十二、ベアリング八。サルベ換金の即日分……“芽ベアリング”、評価よし。次の弾、軽装薬でいい。ラビットは節を叩く」

「節を叩く」コトが復唱。工具の音がリズムになる。

 

ぼくはページを閉じ、今度は薄いパンフ“合成素材の接着”を開く。

「“接着は、表面の仕事。中身の強さより、外側の清潔さが結果を決める。油は敵。埃は敵。圧は味方。時間は半分、祈り”」

「祈り」ミナが天井の布を眺める。「計測に入らない」

「でも強い」ぼくは癖で言って、ミナと顔を見合わせる。

布の縁が、風でもないのにふわりと揺れた。誰かの吐息だ。

 

「園芸の“間引き”と、接着の“表面”。——どっちも“間”の仕事だね」ミナが言う。

「間」

「間を取る。間に手を入れる。間を残す。……ガレキの寝床も、ラビットの脚も、そうだ」

言葉に重さが出る。布の天井が、家の天井に近づく。

 

コトが顔を上げる。「耳、完成。遅延、1.8ms縮小。出っ張り、夜でも迷わない。——気持ちよさ、過去最高」

「計測に入らない」レンが三度目の反射で言い、今度は笑い切った。「でも強い。……よし、数字はおしまい」

帳簿を閉じる音が、ハウスの夜の音の一部になる。

 

ミナが布の端から片手を出し、ぼくの袖を引く。「もう一回、『畝』って字、教えて」

「“田んぼの田に、寝るの寝、の下がないやつ”」

「下がないの」

「下がない。——寝る前の“寝”から、床(した)を抜いた字。立ってる“寝”。だから畝は、立って寝てる」

ミナが笑う。「強い」

ぼくも笑う。言葉は食えない。でも、胃の形が少し広がる。

 

レンは背を伸ばし、タンクから水を注いで四つのカップを並べる。

「かんぱいはしない。水だから。——でも、飲む。今日の“背伸び”に」

「あしたの“足場”に」ぼく。

「布の“余白”に」ミナ。

「耳の“気持ちよさ”に」コト。

四つのカップが静かに触れ、音は出ない。音を出さないのが、今日の勝ち方だ。

 

静けさに慣れると、むずむずする。

ぼくらはみんな虫から逃げてきて、居場所をなくした。柱の影で寝返りを打って、誰にも呼ばれずに朝を待った日が長かった。

いま、呼ばれる名前がある。ガレージ・キッズ。砕けた名前だけど、積めば足場になる。

“家族”という言葉は、計測に入らない。でも強い。強すぎて、まだ手のひらが上手に持てない。だから、むずむずする。

 

 

ミナは布の下で丸くなり、コトは工具箱の蓋の上でうたた寝し、レンは帳簿を枕にして「それはやめろ」と言いながら目を閉じる。

ぼくは雑誌の角を一度だけ撫でて、EARSの“耳”をそっと倒す。

外で、遠い羽音が一瞬だけ寄り、去る。ビビらない。ビーコンは消えている。

観測は作戦だ。寝ることだって、作戦のうちだ。

 

布の天井が、小さく波を打つ。

たぶん家族って、こんな感じ。まだ“仮止め”で、いつでも更新できる感じ。

ぼくらはそのまま、むずむずの上で、朝の手前まで滑っていった。

 

 

 

 

 

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