〈継ぎ目〉の子どもたち   作:イェスコマ

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8話

翌朝のギルドは、紙粉じゃなくて鉄の匂いで満ちていた。

いつもの掲示板が“今日可:C〜C+”の行を点滅させる前に、奥のシャッターが開き、台車が何台も連なって入ってくる。発泡缶、ベアリング箱、ワイヤリール。空気が“作戦の準備の匂い”になる。

 

「——灰の騎手」

ミナが小さく言った。言葉の形が少し震える。

 

本当にいた。灰色の袖章に、簡素な白いマーク。手入れされた工具。声が低くて短い。周りの傭兵たちは浮き足立って、「俺も出る」「うちの二八(28t)、まだ動くぞ」「見学でもいい?」と口が勝手に前に出る。

 

受付のおっさんは、いつもより忙しい顔で端末を二つ並べ、左で“今日の通常案件”、右で“巣撤去作戦”を回している。

「A帯の作戦だ。Cの坊主は端にいろ。——いや、見ておけ。ただし道の真ん中に立つな」

言い方は荒いが、視線は追ってくれる。見ろ、という意味だ。

 

灰の騎手の準備は“静かな騒ぎ”だ。大声はないのに、空気が押し出される。

外ではフォークリフトが低く唸り、80t級〈アッシュパイル〉の脚用パッドが四枚、布でくるまれて運ばれるのが見えた。コイルキャノンのケーブルは太く、しかし巻き癖がきれい。

「ケーブルの巻き癖がきれいは、強い」コトが呟く。

「計測に入る」レン。今日ばかりは認めるらしい。

 

カウンタの手前で、灰の騎手の誰かが周囲に向けて短く告げる。

「市外縁、巣A-02。規模“中”。三環構成——制圧・固定・切除。周辺に軽編成を四。条件:機体は20t以上。脚、静か。音を出すな。撤退裁量は現場長」

“俺も俺も”の群れから、すぐに手が上がる。常連の冷やかしまで、本気の顔で名乗りを上げる。

「二八、足パッド新調済み!」

「三〇、ショットガン二門!」

「二〇、狐脚(リンクス)——夜戦特化!」

名前が、質量を持って飛ぶ。

 

ぼくは、レンの袖を少し引いた。「ぼくらも」

口に出して、自分で驚く。喉の奥の“むずむず”が、勝手に前へ行った。

 

レンは首だけでぼくを見る。返事は短い。「まだ、難しい」

「二十が条件だから?」

「それも。——“巣”は作戦の順番を間違えると、音が出る。音が出ると、うちのサイズでは“間に合わない”」

言い切り方は冷たいが、ぼくらの側だ。跳ぶことより、戻ることを教える言い方。

 

 

おっさんがこちらに顎をしゃくる。「ガレキ。おまえらは“外縁ビーコンの補充”に回れ。A帯の作戦に道を貸す仕事だ。C+で計上する。報告は写真・設置前後・耳ログ。ハチに見つかったら“置かないで帰る”。わかったか」

「わかった」レンは即答する。「——背伸びは一日一回まで、だろ?」

「覚えが早い」

 

周囲はまだ熱い。灰の騎手の隊長——ユーマだ、とコトが囁いた——が、最後に短く全体へ。

「静かに行って、静かに帰れ。数字は後で足す」

それだけで場所の温度が下がる。命令の短さは、強い。計測に入る。

 

 

朝のギルドを出ると、空気は“作戦の準備の匂い”に切り替わっていた。ぼくらガレキは外縁ビーコンの補充(C+)で周辺に回りつつ、視界の遠い端でA帯の本隊を“見る”。混ざらない、けれど見逃さない——観測は作戦だ。

 

灰色の袖章の列の真ん中に、〈アッシュパイル〉がいた。80t級、ゴリラ型。太い両手はパイルバンカーで塞がっている(※重ね打ち前提の双ハンマー)。両肩には6t級のカノン砲が左右一門ずつ——肩甲から後方に“重さの言い訳”みたいな冷却リブ。両胸には4t級の「6×6」ミサイルモジュールが左右一基(各36、左右で計72発)。胸郭の装甲がわずかに分割され、射出口の縁に煤が残っている。使われて、手入れされている機体。

 

A-02は砂糖を焦がしたみたいな匂いの“中規模の巣”。遠くからでも糸の端が光る。外周の守りはクモ(Weaver)とサソリ(Scorp)が“邪魔をするために存在する”構えで散っている。順番を間違えると音が出る。音が出ると“向こうの都合”に巻き取られる。

 

「制圧一撃、固定二手、切除一点。静かに行って、静かに帰る」

《灰の騎手》の現場長(ユーマ? 声だけ低い)の無線が入る。命令の短さは強い。計測に入る。

第一手:クモの駆逐(上面の“網”を切る)

胸の装甲がわずかにスライドして、〈アッシュパイル〉の6×6が開く。発射は“面ではなく筋”。一本の筋が六つ、間を置いて六本。焼夷寄りの微小弾頭が糸の射出口とタンク、その“根の根”にだけ点を打っていく。ミサイルと言うより“温度のペン”。

糸は音もなく焼け、上からの落下が来ない“天井のない空”が復活する。上を片づけないと地上戦は全部ウソになる。灰の騎手はそれを知っている。ぼくらもメモの欄外に二重線を引く。

 

第二手:サソリの尾を折る(長射程支援の“舌”をもぐ)

肩のカノンが左右で二拍子。高初速で“抜く”のではなく、低速・重装で“折る”音。狙点は尾基部の軸受と、前に出た瞬間に露出する腹の薄い板。片側が沈み、もう片側がじっとする——“次の弾を呼ぶ姿勢”にさせない。

6t級という重さは見ているこちらの胃に来る。反動の収まり方が美しい。肩甲のリブが呼吸するみたいに開閉し、熱を捨てる。音は短い。短い音は、強い。

 

外周の針と網が抜けると、地面の“数式”が人間のものに寄ってくる。固定班(ライトの獣脚)が前に出て、発泡とネットで巣口の縁を“いったん人間の都合に”する。ぼくらが普段やっている手順と同じだが、規模が違う。発泡の壁は胸の高さ、網はトラックの荷台幅。足場ができる。道は契約になる。

 

第三手:切除(核に双バンカー)

〈アッシュパイル〉が前へ。80tが地面を汚さない歩き方で二歩、三歩。胸のモジュールは閉じ、肩のカノンは角度を落とす。両手のパイルバンカーだけが“仕事道具”として残る。

「同期」誰かが言う。

両腕のバルブ音が一瞬重なる。左右で互い違い、対角に“節”を撃ち抜くためのリズム。核の位置は巣の“合意の重心”——人間の目では見えないが、地面の温度と振動と“よくある癖”がそこを指す。

一撃目、核の殻がよじれ、二撃目、よじれたまま“戻れない”形になる。三撃目は祈りに近い。祈りは計測に入らないが、現場では強い。

音は短く、返り血のような砂塵だけが少し遅れて胸に落ちる。両肩のカノンは構えたまま、撃たない。撃たずに済むなら、それが最適化だ。

周辺で息を潜めていたアリ群が遅れて押し寄せるが、そこは周囲の軽編成が“節だけ”を叩いて散らす。ぼくらが普段やるスケールの仕事。それを横目に、〈アッシュパイル〉は核の“うなじ”を確認し、双バンカーの爪先で短く叩いて黙らせる。

「固定解除、撤収準備」

発泡の壁が削がれ、ネットが巻き取られる。巣口は“いったん人間の都合のまま”に残る。永続ではない。更新の余白だけが残る。

 

同時進行で、ぼくらは外縁ビーコン三本を立て直し、設置前後と耳ログをギルドに送る。三本目を立てた時、世界の端が一瞬だけピリついた。“固定”の書き込みが入った合図。戻る途中で、〈アッシュパイル〉が肩をわずかに揺らすのが見えた。勝ち誇らない。作業を終えた手の重さで揺れるだけ。

 

ギルドに戻ると、紙粉の音に“太い数字”が混じる。A帯の報告は短い。「二環完了。三環、切除済み。残骸搬出中」。ぼくらの報告も短い。「外縁ビーコン三、補充完了」。列は別だが、同じページに載る。

受付のおっさんが受領印を押す音が、今日は少し柔らかい。

 

ミナが小声で言う。「胸、72発……いい数字」

「数字は布ほど柔らかくないけど、足場になる」ぼく。

「足場から跳ぶ」レンがまとめる。

コトはEARSの角度を調整しながら、「“混ざらないで見た”ログ、保存」と呟いた。遅延は、今日も少ない。気持ちよさは、計測に入らない。でも、強い。

 

 

 

 

 

 

 




観測者の目からの補遺(武装挙動メモ)

胸ミサイル6×6(4t×2):“面”ではなく“筋”で焙る。糸源・タンク・係留点の順。撃ち尽くさない。残弾管理が上手い=次の作戦の自由度。

肩カノン(6t×2):“折る”ための低速・重装。尾基部/腹の薄板。反動吸収は肩甲のリブと腰のサーボで分散。歩法に乱れが出ない。

両手パイルバンカー:対角の節打ち。左右同期をずらす“祈りの間(ま)”が入る。三打で終わらせるのが作法らしい。
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