ザンキ99 転生して魔剣士目指しつつナゾの魔道具士やってみます 作:そこの角にいる
一旦、距離をとって息をついた。
冷えた息が白く、氷の粒子が煌めいた。
肌はかさかさに乾いている。皮膚がささくれ立って、唇がひび割れて、血が滲む。
視界は虹色が揺らめいてはっきりしない。ただシニグマの姿は、ヤツの魔力の影響で周囲の景色さえ暗黒に染め上げるかと思うほど真っ黒に見えていて、見失うことはなさそうだ。
屍肉の大蛇腕は大部分を氷に閉じ込めた。
氷結は味方の陣までは届いていないが、残りはみんながなんとかしてくれるだろう。
【
鋭く息を吸ってカチ込んだ。
シニグマの至る所からぬっと生えてくる生白い粘土でできたかのようなヒトガタ。もはや
頭部には目や鼻や口と思しき凹凸が申し訳程度。
動きは速い。こちらの【高速化】についてくる。
そのために人の遺体を使って作り出しているとしたらあまりに、あんまりだ。
シニグマ自身も瞬間的に足や手を巨大化させたり剣に変えたりして殺しにかかってきている。
その間にもポコポコとのっぺらぼうが生み落とされる。
5、8、14、22、30多い多い多いって。
逆火現象の影響ですでに肉体の劣化が激し過ぎてグナトの剣が使えない。【高速化】と【加速】で肉体と精神を研ぎ澄ませて無理くり動き回っている。
レムの横合いを過ぎる影があった。
そのうちの一人──リュードゥと一瞬だが視線が交錯した。リュードゥは口の端を片方吊り上げて、のっぺらぼうに一太刀ぶち込んだ。
続々と剣者たちが敵にぶち当たっていく。
「素直に死んでおけ! あおびょうたんども!」
元気がいいのは副長に次ぐ若手の女剣者だ。
剣者の〝ひとつの刃〟の一撃一撃は、他の冒険者たちと違い確実にダメージを与えていた。腕や頭がゴムのように弾け飛ぶ。
接近戦はみんなに任せ、レムは距離をとって動きつつ、【
いい調子だったが、ここでまた変化が訪れる。
白い粘土人形のようだったのっぺらぼうたちがそれぞれに違った凹凸を備え始めた。
引きずり倒して群がり、シニグマに融合しようとするだけだったのが、四肢を硬く変化させたり、
進化していると言えばいいのか、改良されてると言えばいいのか。
さらに、やはりシニグマが手強い。
どんどん、厳しくなる。
異常な戦場だった。
不死者化を防ぐために、焼け焦げた胴体と切り離した頭部が大量に転がっていた。
シニグマが大蛇の腕を伸ばしてきてからはさらに異常な事態になった。
大蛇の腕は焼け焦げていようと頭部だけだろうとすべてを取り込んでしまうため、仲間や知り合いの遺体をできるだけ守ろうと、首を抱えて逃げる者がそこら中にいた。
それを追う真っ白い粘土人形。手をぶらぶらさせて上体を反らし気味の気持ち悪い走り方で追っていたが、光と共に叩き潰され、輝く炎で燃やされた。
「教会戦士団!」
「『神聖不可侵』か!」
「遅⁉︎ 何やってたんだ!」
「黙れ馬鹿ども! 見ろ! 聖域化によりゴーストも入り込めん体制を作っておったのだ!」
教会戦士団の男は背後の要塞を指で示しながら怒声を上げ、尚も動き再生を始めた粘土人形を念入りに叩き潰した。
「ランバージャックか。なんと! しつこい!」
「
「そうだ。魔の森に最初に村を作った開拓者たち──の成れの果てだそうだ」
「あの絵本のか……よく知ってんな」
「当たり前だ。アレを物語のまま終わりにしておく訳にはいかん。研究は脈々と継がれてきたのだ。多大な犠牲を払いつつな。そして今ここに至っても、アレをどうにかする術は見出されていない」
苦み走った顔でシニグマを睨みつけて、教会戦士の男は叫んだ。
「総員撤退‼︎ 要塞に退けぇッ‼︎」
「何ィッ⁉︎」
「撤退だと⁉︎」
「おい待て待て待て!」
「ふっざけんな! あそこで剣士団とガキが──ガキが戦ってんだぞッ」
「なあ、アンタ。彼らが相手取ってくれていなかったらもっとヤバいことになっていただろう。というか、相手取ってくれていてもヤバいことはヤバいんだ。それを見捨てて安全圏に下がれってのか?」
「そうだ」
「てめ!」
「貴様らがここにいて何ができる? 本当にできることがあるなら貴様らはあそこに居るはず」
「うぐ⁉︎」
「い、いざとなりゃあのガキだけでもこうバケツリレー方式で逃してみせらあ!」
「そうだそうだ!」
「まったくその通りよ!」
「俄然その通りだ!」
教会戦士は盛大にため息を吐いた。
「貴様らがここにいることで足を引っ張っているとは思わんか?」
「ああ?」
「貴様らがここにいることが
「そうなのかっ⁉︎」
「知らん‼︎」
「知らねえのかよっ!」
「当たり前だ! 会ったこともないんだぞ! そういうことも考えられるという話だ! 我々が神童の邪魔になることがあってはならんのだ!」
「確かにな。……だがそれは、大規模な魔法をあのガキに強要することにもなるんじゃねえのか? 見ろ、あの状態はどう考えても逆火現象の影響だろ──神童だってのに疑いはねえ。ねえが、あのガキの邪魔になるなってえお前の言葉には大いに疑いがあるね」
「だからどうした。俺が内心でどう思っていようが、貴様らができることは変わらない。神童の邪魔をしないこと、それだけだ。違うか!」
「──違わねえよっちくしょーっ!」
男は撤退を促しながら、遠目にシニグマの戦闘を見やった。
その中で一際目を引く子供。そうまだ子供だ。しかしその子供が要になっている。
シニグマがイレギュラーならあの子供もイレギュラーな存在だ。
シニグマに対抗できる子供がいることが驚きだが、本来なら辺境伯家が対処に当たる案件。
しかし辺境伯家に犠牲なく終われるのなら、それに越したことはないのだ。
レムは後方の動きを見留めて告げる。
「よっし、全員でシニグマを一度押し込んでから全力で要塞に向かって逃げろ! もっかい魔法を叩き込む!」
「聞いたな! 行くぞ!」
「応!」
反論があろうかと思ったが、リュードゥの一言で封殺された。
躊躇ってる場合ではないのだ。
さすが、と思いつつレムもみんなと走りながら横を見る。
「なーんでジュリアンがいるんだろうか?」
「そう言わないでくれよ。風の剣士団として最後に戦わせてくれ。これから俺がグナトの剣士として、ゼンキの息子として生きていくため──に!」
ジュリアンの持つ
一団が一体となってシニグマとランバージャックに突っ込んだ。
シニグマ含め数十体が上空に打ち上がるようにもんどり打って墜落した。
【ティグンザファト】
【火炎旋風】がシニグマを燃やし、ランバージャックを消し炭に変えていく。
再び【大爆発】の準備をしながらチラリと横を見る。
「で。リュードゥはなんでまだいんの?」
すでに団のみんなは踵を返して撤退に走っているのに、リュードゥだけがレムの隣に腕を組んで当たり前の顔して偉そうに佇んでいる。
「部隊長の責任として最後まで見届けねえとな」
「部隊長はぼく。だからさっさと行け」
「大人の責任としてなんとかお前を返せねえかと思ってな」
「……はぁ、どうなっても知らないよ」
「俺は大人だからな。ガキが気にすんな」
そういうわけにもいかないんだよ。
レムは戦いの最中にも魔法の検証を続け解析を試み新たに解釈して読み解き脳裏に図象化する作業を繰り返していた。
眼前に【大爆発】の魔法陣を描き最適化作業を継続しつつ、新たな魔法の祝詞と呪文を唱え上げた。
「朱なる
【
甲高い猛禽類の鳴き声が響き、小さな火の鳥がレムから飛び立つ。
リュードゥの周囲に螺旋の軌跡を残す。
「おお? なんだ?」
リュードゥの言葉は無視して、レムは唸るシニグマに【
ジジジジと焦げる音がする。顔を焼く虹色の炎が広がった。
熱風が押し寄せる。
「うおっ⁉︎」
白と黒の光が世界から音と色を奪う。
そして虹色の炎が破裂する直前──。
──
そんな声が聞こえた。
それは不思議に響く、スキル発動の魔力が乗った声そのもの──。
極彩色の爆発も衝撃もなかった。
奪われた色も音も、自然の静寂に置き換わっていた。【大爆発】の影響は全て、掻き消された。
茫然と、目を向けた先には、巨剣を振り下ろした姿のシニグマが。
「喋れんの──」
一瞬遅れて巨大な衝撃に襲われた。
何が起こったかわからなかった。
視界に赤いものが飛び散ってる。
浮遊感の後に大地に叩きつけられたとわかったのは、しばらく地面を転がってようやくだった。
なんとか首を起こす。身体は無惨に切り裂かれ血塗れだ。
離れたところに倒れてるリュードゥもまるでボロ雑巾。
シニグマとの間の地面には数えるのも馬鹿らしいほど大小無数の爪痕が広範囲に渡って刻まれていた。
スキル。
いや、スキルの前身。魔法を利用した複合技──
震える手でポーチから宝石を取り出して魔力を〝同調〟させる。
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血を吐き出しながら立ち上がる。
シニグマが初めて、けたたましい咆哮を上げた。
「……」
呼吸が苦しい。
ついにスキルまで使い始めたあんなの、どうしろというんだろう。
シニグマが身構えた。ギチギチと、躯が力の解放に向けて撓められ──地面が爆ぜた。
一直線に向かってくるはずのシニグマはしかし、横合いからの何かの衝突によって、直角に吹っ飛び魔の森に突っ込んだ。
バキバキと割れる音。樹々が次々と倒れる地響き。
シニグマをブッ飛ばしたナニカ。
レムの前には、炎の毛皮をマントのように靡かせた狼男が立っていた。