ホラゲーにハッピーエンドを作った男の末路   作:POTROT

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そら③

 さて、そんなこんなあって俺がこの『(ケガ)()』への侵入に成功して、『そら』を救出できたわけだが……その上で、状況は非常によろしくない。

 ゲームの知識から鑑みても尋常でない事態であることは把握していたが、しかしゲームの画面越しに見るのと実際に知識と力を得てから見るのとでは感じる危険の度合いが違う。

 (ケガ)()(ケガ)()でも、これは特級ってヤツだ。

 

 何を目的として何が起こったのか、っていうか説明は『そら』にしたのが大体全部なわけだが、その時に起きた副次的効果が死ぬ程猛威を振るっている。

 

 というのも、この事態が計画的に準備された上で人間の手によって引き起こされた、計画的犯行であることは俺のゲーム知識も併せてほぼ確定なのだが、その際に色々と『ヤバいモノ』を惹きつけまくった上で、それらごと閉じ込めて何万回もループをぶん回してるせいで、穢れの坩堝のような状況になっているのだ。

 しかも見た感じ、微弱かつ微小とは言え、神々までもが巻き込まれているらしいし、漁村だからかエグい怪異も巻き込んでるし……

 

 ……うん、正直、シャレにならないレベルでヤバい。

 それこそ安倍晴明クラスでもないと入った瞬間に汚染されて死ぬか、引き摺り込まれて眷属化される。まともに攻略するのなら、仏陀クラスの坊さんでも連れて来ないと浄化が追いつかずに詰みだろう。

 まぁ、俺ですらここまで世界が腐り切った上で月食を待たなければこの世界のカラクリに気付けず、侵入できなかったので、人間ではそもそも侵入すら無理なのだろうが。

 

 で、『そら』だが……かろうじて無事っぽく見えているだけだ。

 彼女が人間でなくてはこの世界が成立しない以上、彼女の扱いに関しては最大限の注意を払っていたはずだが、やはりそもそもの手法が間違っていたからか彼女にも相応の侵食が起きていた。

 

 俺の見立てだと、彼女とこの世界は半ば癒着しており、(ケガ)()の主……つまり、ラスボスと一体化しかけていて、俺が無理矢理これを引っぺがそうとすると多分『そら』は死ぬし、同時にこの中の穢れが溢れて近隣の市町村……どころか県が死ぬ。

(ケガ)() 弍』でラスボスを倒してもどうにもならなかったのは、彼女が完全に狂った世界の住人となってしまって居たからだろう。

 だからどうにかこうにか、慎重に彼女の存在を確立させつつこの世界を切り離し、それと並行して俺が穢れをどうにかするしかない。

 何にせよ、大仕事だ。

 

 となれば、今の俺の介入の仕方だと流石に無理がある。

 だったらまず最初にやるべきは────

 

 

 ■

 

 

「早速だが、嬢ちゃんにはコイツを受け取って貰おう」

 

 そう言って男がどこからか取り出したのは、一束に纏まった木の枝だ。

 豊かに茂った鮮やかな緑色の葉をよく見てみると、どうやら2種類の木であるらしい。

 そのうちの片方には、『そら』にも見覚えのあるものだった。

 

「……ひいらぎ?」

 

「ご名答。片方は柊、そしてもう片方は月桂樹……ローリエってヤツだ。有用だろうと無理言って用意して頂いたが、思った以上にクリティカルでな」

 

「?」

 

 とりあえず振ってみる。

 ビュンと良い音がした。

 振り回してみる。

 柊の硬い葉が肌を掠めた。ちょっと痛い。

 

「いきなりかよ……流石だなオイ。っと、まぁ、何だ。分かってるかもしれないが、それは君の武器だ。怪しいヤツ、恐ろしいヤツ、怖いヤツ、そいつらにそれをぶち当てれば、まぁよっぽどの事が無ければ倒せると思う」

 

「たおせるの?」

 

「特別製だからな。……で、そんな武器を使って、嬢ちゃんに何とかして欲しいヤツがいる」

 

「わたしに?」

 

「嬢ちゃんを助けたいのは山々だが、今の俺だとどうしても出来ない事が多くてな……嬢ちゃんに頑張ってもらうしかない事が幾つかある。そのうちの一つなんだが……頼んでいいか?」

 

「……!」

 

 男が申し訳なさそうに『そら』に頼みを入れた瞬間。

『そら』の中でえも言えぬような多幸感が弾けた。

 何が嬉しいのか、それは『そら』自身にもよく分かっていなかったが、その衝動のままにコクコクと首を縦に振る。

 

「……あぁ、まぁ、うん。やる気でいてくれるのは有り難い事だが……あらかじめ言っておく。滅茶苦茶危ないから、とにかく死なない事を最優先に行動するように」

 

「うん、わかった」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

「……よし、ならいい。こっちだ」

 

 左手で男の手を握り、右手で木の枝を握りしめて、男の歩いて行く方へついて行く。

 この辺りの地理について完璧に把握している『そら』は、それが村の境界の一つにして、ほぼ唯一と言っていい出入り口である橋の方だと理解した。

 周囲を山々に囲われ、海を望む村の地理的に、橋以外の通路を用いて村の外に出る事は、よっぽどの事でもない限りは無い。

 となれば、橋に向かうという事は、この村から一度出るという事なのだろうか? 

 と、そんな風に『そら』が考えていると、不意に男の足が止まった。

 

「……あ」

 

 何事かと男の陰から顔を出せば、そこに居たのは二つの影。

 この先にあるのは、村の外れにポツンと建った、比較的新しい一軒家。

 その二つの影が誰であるのか……否、誰であったのか。

 理解の出来ない『そら』ではなかった。

 幸福感でふわふわとしていた心が、一瞬で静まり返る。

 

「どうする? そこの二人程度なら、今の俺にも何とかできるが……」

 

「……だいじょうぶ。わたしが、ちゃんとやる」

 

 こればっかりは、自分でやらなくちゃいけない。

 そんな気がした。

 何故だろう。

 家族の責任は自分の責任という、村の中の不文律のせいだろうか。

 それとも、善意の他人に迷惑をかけてはいけないという、日本人的な心のせいだろうか。

 その両方か、或いはそのどちらでもないのか。『そら』にはわからない。

 だが、それでも。そう思った以上は、自分でやらなくちゃいけない。

 

「……そうか」

 

 男はそれだけ言うと、彼女に道を譲った。

 男の右手を握っていた左手を解き、木の枝を強く握って、前へ、前へ。

 

「繧ゅ←繧後b縺ゥ繧後b縺ゥ繧後b縺ゥ繧後b縺ゥ繧後b縺ゥ繧後b縺ゥ繧後b縺ゥ繧」

「繧?a繧阪d繧√m繧?a繧阪d繧√m繧?a繧阪d繧√m繧?a繧阪d繧√m繧?a」

 

 不定形な声帯から発せられるそれは、もはや人の言葉としての体裁を保っていない。

 あの太鼓のような父の声色と、小鳥の囀りのような母の声色の、天と地ほどに離れていたはずの違いすら、今となってはもう判別もつかない。

 そしてそれは、きっとずっと前からそうだったのだ。

『そら』が気付かなかったというだけで、ずっと、ずっと前から。

 

「……」

 

 何か最後に一言、声をかけようかと口を開くが、しかし言葉が見つからない。

 育ての恩を伝えるべきだろうか。

 それとも、今まで村で受けてきた仕打ちを詰るべきだろうか。

 ……否、どうせ今の二人には、何を言っても分かるまい。

 返答する術を持たない者に宛てる言葉など、結局は、自己満足以外の何にもならないのだ。

 

「……じゃあね。わたし、きっとしあわせになるから」

 

 だからそれは、手向けるというよりは、宣言とでもいうべきものだった。

 彼女は今、間違いなく全てを失った。

 家も、家族も、故郷すら。

 しかし、希望は降ってきた。

 そして『そら』は、間違いなくその手を取った。

 

 だからわたしはもうだいじょうぶ。

 どうか、あんしんしていってください。

 

『そら』が手に持った枝を振るい、その葉先が二人の身体を叩く。

 瞬間、二人の体は澄んだ清水に変わり果て、ざぱりとコンクリートの地面に溢れた。

 

「…………月、水、永遠……まさか、変若(おち)の水か? 穢れと狂気でそう見せかけたとでも? ……どいつもこいつも、いったいどこまで……」

 

 男の呟きが、静寂の支配する闇の中で嫌に大きく響いた。

 ぴちゃり、ぴちゃり、と。

 枝先から水が滴る。

 瞬間、はたと『そら』が気付いた。

 

 かなしくない。

 

 親殺し。

『そら』のやった事は、きっとそれに類するものだ。

 例えそれが不定形の黒い粘液だったとしても、ずっと前に、親で無くなっていたとしても。

 少なくとも、『そら』はそれが何だったのかをそう理解していた。

 だと言うにも関わらず、何の感慨も湧かないのだ。

 

 実感が伴わなかったからだろうか。 

 事実、『そら』がしたことと言えば、手に持った枝を一振りしたのみ。

 手にはロクな感触も残っておらず、後に残ったものも、足元に広がる水溜りだけ。

 死に顔も何も、あったものではない。

 だから後味なんて、残ろうはずもない。

 

 まるで長い夢から覚めたような。

 何か大事なことがあったはずなのに、すっかり忘れてしまっているような。

『そら』に残ったものと言えば、そんな得体の知れない喪失感だけだ。

 

「…………」

 

 これは、おかしな事なのだろうか。

 自分が今見ているこの光景こそが夢で、だからこそ現実味が無いのだろうか。

 それとも、『そら』自身が、その心を失ってしまったのだろうか。

 

 ネガティブな仮説が、『そら』の思考を満たす。

 

「よくやった」

 

 しかしそれらの思考は、その悉くが反論の余地もなく否定される。

 優しく頭を撫でられる感触は、間違いなく現実のもので。

 胸に満ちる暖かい感覚は、『そら』が心を失ってなどいない事の証明だ。

 

 そう、そうだ。

『そら』は、決して心を失ってなどいない。

 ならば、きっと『そら』は幸せになれる。

 

「……行くぞ」

 

「うん」

 

 だったら、もう難しく考える必要などない。

 今はただがむしゃらに、前に進み続ければいいのだ。

 少なくとも、こうして手を引かれている間は、迷うことなど決してない。




間話 式神を作ろう! をファンボに突っ込んでおきました。
読みたければ是非どうぞ。
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