『
マップのそこかしこに寄り道イベントや収集アイテムが散りばめられていて、メインストーリーの進め方がプレイヤー自身に委ねられる事もあり、ホラゲーというジャンルに関わらずかなりの自由度があることが『
とは言え、メインはやはりホラーゲーム。
探索を行うことができる範囲はそれぞれの町村内ほぼ全域と、幾つかの建物の内部であるのだが、実はマップはそこまで広く無かったりする。
そこかしこに怪物が徘徊し、初代では『寒さ』、弐では『狂気』というシステムがある以上、マップを広くしすぎるとプレイヤーがあまりに大変だという制作者側の配慮もあるのだろう。
事実、そのあまり広くないマップにも関わらず、プレイヤーは『非常に広いマップ』だの『むしろ広すぎる』だのと発言していたので、制作者側の配慮は大正解だったと言える。
さて、この時俺が注目するのは、このマップのボーダー……つまり、境界だ。
作品の舞台は現代日本なのだ。いくら都市部から離れた田舎の町や村とは言え、流石に道の一本や二本は外と繋がっている。
しかしそこには巨大な怪異が居座っているため、プレイヤーは絶対にそこを通る事は出来ない。
収集したアイテムを用いても、絶対に対処は不可能だ。
まぁ、これがゲームであるのなら、その挙動にも納得が行く。
だって対処されてしまったら、ゲーム的にマズいのだから。
ならば、ゲームが現実になったこの場において、それはどう説明するのだろう?
非常に強い怪異です、の一言で表現する事はもちろん可能だし、穢レ夜の主が直々に命令して道を塞いでいる眷属でも、外部の術師が中の物を外に出さないために配置した式神でもいい。
要するに、並の人間ではどうしようもない存在が居座ってます、という事さえ表現できればそれで良かったのだ。
ちなみに答え合わせをすると、初代には3体いるそれらの正体は、近隣の寺社の人が設置した蓋のような存在という事だった。
では、俺がこうして実際に観測した弐ではどうだろう。
先程『そら』に説明した通り、この世界は外界から閉ざされている。
しかもそれは天を巡る大御神にも、月神様にも悟られないレベルの高度な隠蔽で、更には神々ですら干渉出来ないほどに強固な結界だ。
となれば、それは内部から施されたものであると言うことはまず確実で、中のものを決して外に出さず、その逆もまた完璧に行なっていることから、神格にも匹敵する力量を持った存在か、あるいは神格そのものによるものと推理できる。
そんな中で、『
それぞれ村の境界と言える川にかかった橋と、村の西方向を覆う山の峠だ。
原作でそうと語られた訳ではないし、それは数ある考察のうちの一つでしかなかったが。
しかしこうして実際に観測し、その上でそうであると結論付けられたのならば。
もはや確定と言って差し支えないだろう。
『
そして現実と化したこの世界においては事態の根本的解決の糸口となる存在。
その正体は─────
■
「道祖神」
もうじき橋が見えて来るという辺りで、男が呟く。
「どーそしん?」
少なくとも、『そら』の語彙の中にそんな言葉は存在しない。
聞こえてきた言葉を、そのまま鸚鵡返しに質問する。
「簡単に言えば、村の守り神様だ。村の境界とか分かれ道とか、そういうところに祀って、疫病や悪霊を追い払っていただく。そういう神様達をまとめてそう呼ぶのさ」
「じゃあ、今からそのどーそしんさまのところに行くの?」
「そうだな。それで……まぁ、多分、君には道祖神と戦ってもらう事になるだろうな」
「これで?」
右の手に握った木の枝を持ち上げる。
その瑞々しい緑の葉先は、既にすっかり乾いていた。
「そうなる。……それなら、穢れと偽りの月による狂気だけを取り除く事が出来るはずだ」
本来は真っ暗なはずの夜だというのに、『そら』の視界はいやに明るい。
そしてそれは、男も同様であるらしい。
二人の視界の先に、村に通じる唯一の橋が映り込んだ。
男が懐に手を入れてタバコを二本ほど取り出すと、二人の周囲に煙が満ちてゆく。
ライターもマッチも使っていないはずなのに、いつの間にかタバコには火が灯っていた。
「散々注意したつもりだが……今からやり合う相手は、本当に危険だ」
真剣な表情で、男は『そら』に言い聞かせる。
その視線は少し上を向いていて、どこか遠くの空を見ているようだったが、今の『そら』には、そこに居るのであろうナニカを見ているのだと理解できる。
「荒ぶる神……いや、それよりももっと酷いかもしれない、厄災に近い事象。本来ならば人間如きが手を出してはいけない存在。地に伏せ、頭を垂れ、過ぎ去る事を祈るしかない絶望の権化」
男の視線が『そら』に移る。
「勿論、勝算はある。むしろ勝てる確率の方が高い。……だがそれは、あくまでこの穢レ夜における嬢ちゃんの優位性と、今の俺の在り方、そしてこの穢レ夜において反則級の特攻を持つその武装を全部加味した上でのそれだ」
油断したら、死ぬ。
脅すようなその言葉に、『そら』はより気を引き締める。
「死んだら終わりだ。まぁ、コレに関しては俺が言うのもアレなんだが……とにかく、死んだらダメだ。だから、絶対に死なない事が最優先。いいな?」
こくり、と。
『そら』は頷く。
「……じゃあ、いくぞ。いきなり来るから、しっかり耐えろよ」
男がそう呟いた途端、ぶわりと背後から風が吹く。
風に攫われてタバコの煙は橋の方へと流れて行き─────
「うぁっ……!?」
ガクンと、意識が持っていかれそうになるのを、『そら』はどうにか持ち堪える。
男の手に引っ張り上げてもらうようにして崩れかけた体勢を立て直し、改めて煙の向こう側に顕れた、巨大な怪物をその目に映す。
その形状を簡潔に言い表すのなら、牛の怪物、と言ったところだろう。
頭の側面から生えた二本の角に、前方に伸びた鼻とその下に覗く臼歯だらけの口。
そしてその身体の特徴的なフォルムは、まさしく牛のものだと言える。
だが、目の前にいる化け物は、その特徴を幾許か残したまま、どれもが禍々しく変形していた。
真っ先に目を引くのはその目だろう。
ボコボコと石鹸が泡立つように盛り上がったその目は黒の混じったピンク色に充血していて、その全てに不気味な形状の瞳を備えている。
まるで脈打つ肉のような質感に変化した角はネジキのように捩れ曲がりつつも天を目指していて、所々で枝分かれもしている様子は鹿のそれに近しい。
そして口から止めどなく溢れている、粘着質で真っ黒な液体は、『そら』にとって、見覚えのあるものだった。
あの食卓で。偽りの食卓で。
『そら』が貪り、そして吐き出した、冒涜的な蠢くナニカだ。
「……ぃ……ぅ」
悍ましい。気持ち悪い。
何より、
今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたい。
膝を屈して、命乞いをしてしまいたい。
突如として心の中に芽生えたその欲求に、『そら』は男がこれ程までに警戒していた理由をようやく理解する。
人間の本能に直接屈服を要求するような、根源的な恐怖。
大の大人ですら即座に大地へ身を投げ出し、赦しを乞いて平伏するような、その威容。
あまりにも強大すぎるその力を前に、8歳という幼い『そら』は、挑む前から心を折られかけていた。
無理。
聡明であるからこそ、『そら』は理解できてしまう。
アレは、逆らってはいけない存在だと。
「……思ったよりも、ヤバそうだな」
聞こえた声に、ハッと『そら』の思考が自らに帰って来る。
そうして恐る恐る上を見てみると、男がコートを広げて、『そら』の視界から化物の姿を遮るように、あるいは化物の視界から『そら』を隠すように立っていた。
「…………ぁ」
そしてその目は心配そうに『そら』を見ているようだったが、しかし『そら』はその目に覚えがあった。
『そら』を見ているが、しかし『そら』を見ていない目だ。
『そら』を通じて、何か別の事を考えている。
村の大人がよくそういう目をしていた。だから、わかった。
それを理解した瞬間に『そら』へ襲いかかるのは、怪物に感じたそれとはまた別種の、しかしそれに引けを取らない、強い恐怖。
いやだ。
がっかりされたくない。
─────その恐怖は、大人や家族が頼りにならず、村という狭いコミュニティの中で自立しなければならなかった『そら』だからこそのものだろう。
だれかのせい、あいつがわるい。
そういうような、他責という考え方が、『そら』にはひどく希薄だった。
何をするにも自己責任。
何から何まで、自分で責任を取らなきゃいけない。
誰かの所為、を考えるよりも、自分の失敗を先に考える。
怖くて立てないのも、恐ろしくて戦えないのも、全部が全部、自分のせい。
だからこんなわたしにがっかりされるのも、それはきっとわたしのせい。
そんなのは、ぜったいにダメ。
このひとにだけは、みすてられちゃダメ。
だから、やる。
「わたしは、できる」
木の枝をギュウと握り締めて、『そら』は一歩、前に進む。
「だから、
決意を固めて、『そら』は男を見上げる。
せっかく掴んだ希望。せっかく差し伸べられた幸福へのチケット。
むざむざ手放すような真似、誰がするか。
そんな様子の『そら』に対して男は驚いたような表情を浮かべると、ニヤリと笑って『そら』と同じように一歩を踏み出す。
「それじゃあ、やるか」
「うん、やろう」
並び立ち、手を握り合って。
荒ぶり、狂乱する神に立ち向かう。
それは間違いなく、とても勇気のあることだ。