ホラゲーにハッピーエンドを作った男の末路   作:POTROT

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そら⑦

 走る。走る。走る。走る。走る。

 ただひたすらに、男に言われた通り神社に向けて走る。

 

 『そら』の思考は停止していた。『そら』が自分の意思で止めたのだ。

 男があの後でどうなったかとか。

 男が今、自分の隣にいない事に対する不安とか。

 そういう事を考えてしまって、足を止めてしまいそうになるから。

 

 目の前に現れる化け物どもは、手に持った武器で薙ぎ払う。

 それが『誰』であったか、それとも『何』だったのか、そんな事はどうでも良かった。

 神社に行って、男を呼ぶ。

 男に言いつけられたそれだけを脳内で何度も再生しながら、ひたすらに前へ、前へ。

 

「……つい、た」

 

 そうして神社の階段を前にした時には、『そら』は既に息絶え絶えになっていた。

 漁港からこの場に至るまで、かなりの距離があったのを、一度の休憩をとることもなく駆け抜けたのだ。

 常日頃から運動をしていた『そら』にとっても、それは厳しいものだった。

 

「いかなきゃ……よばなきゃ……」

 

 しかし、止まってなんていられない。

 男が『そら』を待っているのだ。

 そんな思いを胸に、『そら』は鳥居の下をくぐる。

 その直後の事だった。

 

『ひキかエセ』

 

 正体不明の不気味な声が、『そら』の脳内に響いた。

 その発音は少々聞き取り難かったが、引き返せと言った事に間違いはないだろう。

 当然、引き返すわけがない。

 『そら』は階段に足をかける。

 

『もドりなさい』

 

 戻るわけがない。

 戻っていいわけがない。

 『そら』の目的地はこの先にあるのだから。

 

『まっテいる。家族ガ、みんなが』

 

 そんなわけがないでしょ。

 『そら』が心の中で叫ぶ。

 あそこには、もう家族なんていない。

 村のみんなだって、余所者の子である自分の事を待ってなどいない。

 そもそも、既に誰も『そら』のことを待つ事すらできないだろう。

 

『叫んでいル。求めテいる。あナたを待っていルと』

 

 だまされない。

 

『謝ってイる。今まデ虐げてごめんナさいと。だから戻ってキて欲シいと』

 

 ぜったいに、だまされない。

 村の人たちがそんな事を言うなんて絶対にあり得ない。

 そもそもやはり、そんな事を言うことすら、あの人たちにはもう出来ない。

 

 頭に響く言葉を聞いても、『そら』は決して足を緩めない。

 むしろ乱れていた呼吸が次第に回復し出し、階段を登るペースが更に上がる。

 

『そら、戻りなさい。戻って、一緒にご飯を食べよう』

 

『みんなに迷惑をかけちゃダメよ? 戻りましょう?』

 

 頭に響く声が変わる。

 その声を『そら』が聞き違えるはずもない。

 それは間違いなく、『そら』の両親の声だった。

 

「……ふざけ、ないで……!」

 

 怒りに満ちた声が『そら』の口から漏れ出る。

 両親とは既に決別した。

 二人はもう死んで、この世にはいない。

 だからこの頭の中に響く声は、別の第三者が『そら』の心を惑わすために親の声を用いているだけの、ハリボテに過ぎない。

 

 そう理解できたからこそ、腹立たしかった。

 両親の声を利用されている事に対しても、そして、両親の声を用いれば自分の心を惑わすことが出来ると思われている事に対しても。

 

『そらちゃん? いい? この村でみんなと一緒にいたいなら、ルールを守らなきゃダメなんだよ? ね? 今ならまだ怒られないから、引き返そ?』

 

 先生の声だ。

 村で唯一の学校の。唯一の先生で、『そら』が大っ嫌いな人物の一人だった。

 生徒達の余所者呼ばわりを平気で見過ごし、それどころかむしろ自らも『そら』を余所者として扱って寄り添おうとしなかった、クソみたいな大人だった。

 

『ねぇ、そらちゃん。このむらじゃ、それはいけないことなんだよ。だから、もどろ?』

 

 友達の声だ。

 この村で唯一の同年代の女の子で、彼女と居たから『そら』は両親よりはいくらかマシな対応を村の中ではされていた。

 だから彼女の意思は出来るだけ尊重したいところだが……

 

「ちがう……!」

 

 あの子じゃない。

 

 べつのだれかが、あの子のこえをつかってるだけ。

 

 既にこれが何者かによる妨害であると気付いている以上、その声に耳を貸す必要など皆無だ。

 むしろそれどころか、絶対に足を止めてやるものかという意思にすらなる。

 

『今すぐに戻れ。誰のおかげで今までこの村で生活できたと思っている。ほんの少しでもお前が恩を感じているのなら。お前が恥知らずで無いのなら、今すぐに戻れ』

 

 村長の声だ。

 『そら』がこの世で一番大っ嫌いな存在の声だ。

 傲慢で、横暴で、まるで自分こそがこの世の王であると言わんばかりに主張を繰り返す老害。

 両親を苦しめ、『そら』を苦しめた張本人。

 恩なんて、感じた事など一度もない。

 

「ぜったいに! もどらない!」

 

 力強く石段を踏み締めて、『そら』は叫ぶ。

 瞬間、ざわりと、周囲の空気が変容したのを『そら』は察した。

 

『─────何故だ?』

 

 それは、相変わらず村長の声だった。

 しかしどうにも、纏う雰囲気というか、声の感じというか、喋り方と言うか。

 何か決定的な部分がズレている。そういう印象を受けるものだった。

 

『何故、抗う? 何故、永遠を拒む?』

 

「……」

 

 えいえん、エイエン、永遠。

 言葉の意味は、理解できる。

 終わりのない事、ずっと続く事。

 男の言葉を思い出すならば、同じページの、同じ文章をぐるぐる繰り返している様子。

 それの事を、永遠と言っているのだろうか。

 だと言うのなら、男の言う通り、それは最初から破綻している。

 

『永遠とは素晴らしいものだ。終わりのない日常。終わりのない生。ずっと続く平穏……それを何故、拒む必要がある?』

 

 …………確かに。

 それはもしかしたら、素晴らしい事なのかもしれない。

 何気ない日常がずっと続くことも、死の恐怖に怯えずに日々を過ごすことも、そんな平穏な日々が終わらない事も。

 それはきっと、人間の理想と言えるだろう。

 

『厄災に見舞われる事も、病魔に脅かされる事も、老衰に這い寄られる事もない。当然、その先の死に怯える事もない。それを、何故拒む?』

 

 確かに。

 自然災害は怖い。特にこの漁村など、津波にでも見舞われようものなら一溜まりも無い。

 病気も怖い。この村にはまともな病院がない。あるのは小さな診療所だけで、大きな病気になったら遠くの病院にまで行かなきゃいけない。

 老衰も、きっと怖い事だ。この村には、痴呆になってしまった老人が五人ほどいて。

 ああなるのは嫌だなと、心の中で『そら』は思っていた。

 そして死ぬ事も、当然怖い事だ。『そら』だって、死ぬのは嫌だ。

 

 ────でも。

 

『何故だ? 何故なのだ? 何故永遠を拒む? 永久に続く幸福を、何故享受しようとしない?』

 

 何故?

 何故かだと?

 そんなのは、決まっている。

 

「わたしは! 都会に行きたい! 東京にいきたい!!」

 

『────』

 

 ビリビリと、周囲一体に響き渡るほどに、『そら』は叫ぶ。

 

「東京にいって! おしゃれなふくをかって!! テレビでしかみたことのないおしゃれなものをいっぱい食べて! ゆうえんちにもいきたい!!」

 

 それは、『そら』の願い。

 村の中で抑圧され、両親からはまだ早いと言い聞かされ続けた、『そら』の悲願。

 

「スマホだってかうし! パソコンも! ゲームもかう! エスエヌエスもやってみたい!」

 

 テレビの中で、知識だけは知っていて。

 しかしそれでも現物は見たことなんてなくて、ただ憧れるだけだった。

 でも今は、約束がある。

 男と交わした、約束が。

 

「こんな村、すぐにでていって! あたらしいばしょで、あたらしいせいかつがしたい! こんなところにいたくない! べつのばしょで、しあわせになりたい!!」

 

 そうだ。

 幸せになりたい。

 『そら』は、幸せになりたいのだ。

 そしてそれを手に入れるためには、停滞に浸かるなんてもっての外。

 

「だから!!」

 

 そこで一度言葉を区切り、『そら』は大きく息を吸う。

 

「わたしは!! えいえんなんていらない!!」

 

 明確な拒絶が轟いた。

 

 確かに災害は怖いし、病気も、老いも怖い。

 死ぬのはもっと怖い。でも、その上で。

 何も進まず、何も成し遂げず、ただただ緩やかに世界が腐り落ちるのを待つだけなんて、そんなのは死ぬよりも酷い事だ。

 

「わたしは! わたしは希望をつかむ!! 希望をつかんで、明日にすすむ! 明日にすすんで! 東京にもいって! あたらしいいばしょも手に入れて!」

 

 『そら』はもう止まらない。

 険しい石段の道のりを、駆けるようにして登ってゆく。

 

「はつこいだってかなえてみせる! おにいさんは、わたしが手に入れる!!」

 

 そうだ。きっとそうなのだ。

 初めて男に会った時、妙に胸の高鳴りが治らなかったのも。

 男に頼られた時、すごく嬉しかったのも。

 男に褒められて、心が温かくなったのも。

 男の事を考えると、気が気でなくなってしまうのも。

 男の顔が、今も脳裏に焼き付いて離れないのも。

 これがきっと、初恋だからなのだ。

 

 初恋は実らないなんて言うけども。

 年齢は離れているけども。

 そもそも人間じゃないかもしれないけども。

 そんなことは関係ない。

 

 幸せなんて、自分で作るものなのだ。

 そのためにお兄さんが必要だから、何がなんでも掴み取る。

 それだけなのだ。

 

「だから! だから!!」

 

 『そら』の視界の先に、いよいよ鳥居が見えて来る。

 

「わたしの!! じゃまを!! しないで!!」

 

 『そら』は石段を登り切り、鳥居を潜る。

 何度か訪れたことのあった、小さくはあるが手入れの行き届いていた神社も、他の建物と同じく風化して壊れ、植物が茂っていた。

 

『………………何故』

 

 空を見上げる。

 するとそこには、マーブル状の禍々しい空を背景に、一体の怪物が漂っていた。

 それは、一見すると人のように見えるが、しかしやはり不定形で、蠢いている。

 

『何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何何故故故故故故故故故故故故故故故故故故故故故故縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ縺ゥ縺�@縺ヲ』

 

 ぐねぐね、ぐねぐねと。

 その怪物は姿を変え、巨大化し、ずずんと音を立てて地面に降り立った。

 咽せ帰るような殺意と悪意が、『そら』の小さな体に叩きつけられる。

 

 それに対して、『そら』は全く臆することなく息を吸い込む。

 そして。

 

「たすけてぇぇぇぇぇええええええええええええええ!! おにぃさぁぁぁああああああああああああああああああああんっっ!!」

 

 瞬間。

 辺りに、光が満ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────上出来だ。嬢ちゃん」

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