「わぁ……!」
周囲を見渡せばビルが立ち並び、下を覗けば人の海。
色とりどりの広告と備え付けられた巨大モニターが彩り、行き交う車と人が賑わす。
聳え立つ赤と青の巨塔を戴くその街こそ、日本最大にして最盛の都市。
日の本が首都、東京である。
「すごい!!」
「そうだなぁ、すごいなぁ」
「テレビで見たのは嘘じゃなかった! こんなに人がいっぱいいる! こんなに大きな建物がある! こんなに多くのお店がある!」
「そうだなぁ、いっぱいだなぁ」
「私、今、東京にいる!!」
「そうだなぁ……東京だなぁ……」
『そら』、大興奮である。
まぁ当然と言えば当然……なのだろうか。
8年間もバスすら通っていない田舎に押し込められてた子が、テレビの奥でしか見ることの出来なかった東京の風景を初めて目の当たりにしたわけだからな。
前世の俺はまぁ、割と東京に近い場所で生まれて、その頃から既に文明と戯れて育っていたから、あまりその辺の感動が分からないのだ。
ちなみに大きな声を出しまくっている『そら』であるが、現在我々がいるのは車の中なので周囲に迷惑はかかっていない。
そして現在、車を運転してもらっているのは道案内と交通安全を司る神であるサルタヒコ様、その祭司の鞍馬さんである。故に、この車が事故に遭う事は絶対に……とは言わんが、まず無い。
「お兄さんお兄さん! 私、スカイツリーと水族館に行きたい! 雷門と、国会議事堂と……あと皇居にも!」
「おう、いいぞ。連れてってやる。まぁ……まずはこっちの用事を済ませにゃならんのだが」
「ふぅん、どこに行くの?」
「あー……大神宮だろ? 靖国だろ? あとは首塚、そんで皇居……あとは教会とかモスクとかにも幾つか顔出しとかないとそろそろ面倒な事になりそうなんだよな……まぁ、一応どこも観光名所って事にはなってるから、ついでに楽しんでくれ」
「うん、わかった」
今回俺が東京にやって来た目的は『そら』の観光の付き添いもその一つであるが、しかし本命の目的はまた別にある。
それは東京の霊的状況の確認だ。
「いい機会だ。嬢ちゃん、折角だから今の東京の霊的状況がどんな風になってるのか、しっかりと学んで行くといい」
「え? ……見た感じ、もう完全に人の世界って感じだけど……」
「それがそうでもないんだよなぁ、コレが。まず最初に教えておいてやろう、嬢ちゃん。人が多ければ多いほど、穢れもそれに比例して溜まる。……顕在化はしてないが、嬢ちゃんになら感じ取ろうと思えば感じ取れるはずだぜ」
確かに、東京は世界有数の大都会だ。
特に23区など、ビルは立ち並び、道路や線路は立体的に入り乱れ、コンクリートで舗装されていない地面を見つける方が難しいまである、神秘の欠片も残っちゃいないような人の世だ。
だがやはり、人がいる以上、穢れは溜まる。
「……うわ、何コレぇ!?」
『そら』が心底驚いたように声を上げる。
仕方がないと言うものだ。都会に溜まった穢れは田舎のそれと比べ物にならない程
変な例えになるが、田舎の穢れが懐石料理とするなら、都会の穢れは二郎系ラーメンだ。
数多の人間が発する欲望や絶望、怨嗟に怨恨、死と病気。それらが毎日のように大量発生しまくっているのだから、とんでもなく濃厚でこってりとした穢れが、都会では生まれる。
しかも東京は世界でも有数の大都市であるわけだから、実は規模や危険度で言えば『そら』の居た例の
そんな東京の穢れを、
穢れの方に存在が寄っている分、不快感は無いはずだが。
「……と、都会ってすごい……すごい、けど……コレ、ダメじゃない?」
「うん。ダメダメもダメダメだぞ。今は割と何とかなってるが……何かの要因で破綻が来たのなら一気に日本が終わる……ってか何なら世界も終わる可能性がある」
「え゛」
ここの穢れが爆発でもしようものなら関東平野が一瞬で死ぬし、公共交通機関を通して地方にも秒で広まるし、何なら羽田と成田から世界中にも拡散するし……伊勢神宮も皇居も汚染されるから大御神が汚染される可能性も捨てきれない上、富士山まで汚染されるから地脈もやられるし……何なら各地にある教会やモスクから唯一神まで汚染される可能性があるから、地球が穢れに飲み込まれるまで考えられる。
「流石にそんなに広まりはしない……んじゃないの? だって、地域とか神話ごとにルールって違うんでしょ?」
「まぁ、本来ならそうなんだがなぁ……」
『そら』の発言は事実だ。
日本の霊的世界では神道や仏教のルールが適用されるし、キリスト教圏はキリスト教圏の、イスラム教圏ならイスラム教圏の、ヒンドゥー教圏ならヒンドゥー教圏のルールが適用される。
そして今、日本に溢れている穢れというのは仏教や道教などに基づいたモノ。
だから海外や他教圏の神々には通用しない……はずだった。
だが、ここで思いもよらぬシナジーが発生した。
第一の要素は、神道の根幹、アニミズムの思想である。
ありとあらゆるものに神が宿る。そんなアニミズムの思想は日本に完璧に根付いており、結果として神々と人間は非常に近づいた。
人や物の神格化や、穢れによる神の汚染など、他の宗教では考えられないような事態が起こるのは、アニミズムが原因だ。
第二の要素は、日本人の思想、『郷に入っては郷に従え』である。
誰かの領分に足を踏み入れたのならば、そのルールに従わねばならない。
それは当然、自分が他所に行く時に適用されるし、他所の者が自らの土地に足を踏み入れる時にも適用される。
そしてそれは、神々とて例外ではない。
本来ならば人間とは隔絶した高みに存在するはずの唯一神やギリシャ神、北欧神などもこのルールに縛られる。
ここにはインド神が最初に前例を作ってしまったのも悪さした。
第三の要素が……日本の圧倒的な受容力。
古来から何でもかんでも海外の文化を取り入れて来た日本は、海外の神々すら一瞬で受け入れ、一瞬で自らの文化とし、自分ごととして受け入れ始めたのである。
クリスマスやハロウィンは毎年欠かさず、それも盛大に、日本風に改造されまくった形で行われて、ゲームを開けばデフォルメされまくった他国の神々が登場する。
そんな状況になってしまい、一定以上の信仰に近いものを得てしまった神々は、日本を自らと関係のない土地と切り捨てることが出来なくなってしまった。
これらの三つの要素が組み合わさってしまった結果、日本は『他国の神だろうが何だろうが問答無用で人間に近い領域にまで引っ張り下ろす事ができるし、自らのルールを押し付けることだって当然のようにできる』領域になってしまったのである。
「だから多分、日本で汚染されたら海外にいる本霊まで波及すると思う。……秋葉原とかマジですごいんだからな今。何ならギリシャ北欧ケルトゾロアスターエジプトあたりの有名どころの多神教は、自国がイスラム教なりキリスト教なりに侵食されてる分、現地よりこっちの比重の方が高いまであるんだぞ?」
「その秋葉原って、今どんな感じになってるの?」
「……美男美女の神霊や英霊達が歌って踊って戦って、現地の神官さんが見たら泡吹いてぶっ倒れるレベルの大惨事……ってトコかな」
「ナニソレすごい見てみたい」
「ついでに行ってみるか?」
「うん。絶対行く」
「……マジですごいぞ。いや本当に」
思い出すは、秋葉原の惨状。
欲望という穢れによって擬人化され、女体化され、アイデンティティを失った神々が本来の在り方を失い、求められた在り方をノリノリで全うする、人間と神のパワーバランスをこれ以上無く如実に現したあの場所を。
殆ど地獄のような
死ぬほど際どい格好の女体化した自分を見て、ツクヨミ様やタケミカヅチ様、マサカド様、その他神話勢が泣き崩れ、清正殿や家康殿、果ては呂布殿などの武将勢が茫然自失し、天使達は堕天しかけ、信長殿や各勢力の悪陣営、トリックスター達が大笑いを禁じ得なかったあの惨状を。
……正直全ての
だがまぁ、普通は無理だろう。
あそこはあくまでも特殊すぎる例だ。
普通ならばああなる過程でより多くの悪意や怨恨を取り込み、醜悪で凶暴なものになる。
アレはあそこが一種の聖地として扱われているからこそああなっているだけで、他所で再現しようとすると……まぁ、外来神格の汚染で
「……まぁ何にせよ、そんなこんなでこの東京は色々な意味で重要すぎる土地なんだが……ここ100年で急に変わりすぎて、結構な事が追いついてなくてな。こうして手入れが必要なわけだ」
「お兄さんが?」
「ん、今は俺がやってる。……本当なら、俺じゃない方がいいんだがな。いつ出来なくなるかも分からんし。……鞍馬さん、今の所その辺上手くいってる?」
俺がそう問い掛ければ、鞍馬さんはバックミラー越しにこちらを見てから、答える。
「……一応は。しかし、本格的に使えそうなのはもう一、二代後ですし……貴方の代わりとなると、相当な数が必要になりそうでして……」
「……理解はしてるつもりだったが、やっぱ例の大戦の影響はデカいね」
こう言っちゃ何だが、今の日本が穢れで溢れている理由は先の大戦による敗戦……というより、彼の国の要求によるところが殆どだったりする。
民主主義世界の中で生まれ、その恩恵を受けて育った経験のある俺にすれば、日本がここまで豊かになったのも民主化のおかげであるとは思う。
そこは決して否定しない。
ただまぁやはりというか何というか。
前の日本……つまり、生まれた場所に終生住み続け、職は生まれで殆ど決まり、結婚相手も親が決めるような、そんなシステムを前提として構築された日本の霊的環境と民主化はあまりにもミスマッチすぎたし、それに対応したシステムを構築するには変化があまりにも急速すぎた。
その結果、こうして『そら』や『かな』の代に皺寄せが来ているのだ。
……今は俺が居るから問題ない。
俺が居る限り、大事を起こさせるつもりは毛頭無い。
そのために俺は今ここに来ている。
ただ俺も、いつまでもこの世に存在し続けられるわけではない。
「俺が長く面倒見すぎたってのもあるかも知れねぇが……早く何とかしねぇとなぁ。『いつまでも あると思うな 親と金』ってか」
「……重々、承知しております」
「?」
いや本当に。
早急に独り立ちしてくれると助かる。
俺が居なくなってからじゃあ、遅いのだ。
「お兄さんチンアナゴ! チンアナゴが泳いでる!」
「お兄さん見てお兄さん! ペンギン! ペンギンだ! 本物! 可愛い!!」
「クラゲすごい! ウチのお盆の時よりすごい! キレイ!!」
「……元気だなぁ」
「ですねぇ」
この後めっちゃ観光した。
京都にも行きます。
他の地域は……書いて欲しいって言われたら書くかもです。