ホラゲーにハッピーエンドを作った男の末路   作:POTROT

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ゆう①

 いわゆる臨海学校、という触れ込みであった。

 海辺近くの宿泊施設で二泊三日し、砂浜で遊んだり、船に乗って沖まで出てみたり……

 そういうことをして海への理解を深めるだの、新しい体験を得るだの、そういうことを教師たちは言っていたが、しかし『ゆう』やその他の生徒たちにしてみれば、そんなことはどうでもよかった。

 

 海で遊べる。たったそれだけ

 たったそれだけが、彼女たちが臨海学校に赴く理由だった。

 何せ彼女らは内陸県の人間だ。

 海に行く機会など……それも、友達皆で行く機会など、まず無いというものだった。

 

「たのしみだね」

「うん、たのしみ」

 

 送迎のバスに揺られ、『ゆう』は友達と笑い合う。

 きっと、思い出になる三日間になる。

 一生記憶に残る、大切な、楽しい三日間になる。

 彼女のその予想は半分正しく、しかし半分は間違っていた。

 

 臨海学校、二日目。

 船に乗り、沖に出ていた『ゆう』含む生徒たちは、急な嵐に見舞われた。

 

 突然の事だった。

 ほんの僅かな予兆さえなかった。

 事前の天気予報や気象庁の報告は、先生たちがうんざりするほどよく確認していたし、何より出航直前の空は気持ちがいいほどの晴天だった。

 

「ふね、のったことある?」

「なーい。どんなかんじなんだろうね?」

 

 船に乗る前の時間が、とてももどかしかった。

 すぐそこに海があって、船があって、乗り込めばすぐにでも出発できそうな状況の中で、点呼して、ライフジャケットだの何だのと配って。

 その後も海は危険がいっぱいだとか、罷り間違っても飛び降りるな、落とすな、と。

 そういう話を長々と聞かされ、辟易としていた。

 

 そうしてようやく乗り込んだ船での旅路は、素晴らしいものだった。

 爽やかな潮風が吹き、青い空の中をカモメが飛んで、海は煌めいている。

 船上には生徒たちの楽しげな声が響ていた。

 

 だというのに、今はどうだろう。

 黒々とした雲が空を覆い、大粒の雨が降り注ぎ、そこかしこで雷が鳴っている。

 強い風が絶え間なく吹き付け、波は大荒れ。

 船体に必死にしがみ付いて尚引き剥がされそうな大きな揺れは、乗員全員に死の恐怖を植え付けるのには十分すぎるものだった。

 

「ヒっ、うお、おぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「いやだぁぁぁぁぁぁああああああああああッ!!」

「どうして、なんでぇ……ッ!!」

 

 少なくとも、生徒たちの多くは恐慌状態にあった。

 辛うじて理性を保っていたのは『ゆう』含む一部の生徒と、操縦者と引率の先生のみ。

 そして、そんな彼らでさえ、間近に迫った死を前に、冷静さを保っているとは到底言える状態ではなかった。

 

「畜生! 何だこの波、俺達に恨みでもあんのか!?」

「うぐッ……! な、何とか、戻れないんですか!?」

「無理だ! 下手に動こうとするとすぐにでも沈むぞコイツぁ! 過ぎ去るのを待って流されるしかねぇ!」

 

 先生と操縦者の張りつめた声が、遠くの方から聞こえて来る。

 何を言っているのかは、叩きつける雨と波、吹き付ける暴風の音で判然としない。

 ただ、普段は落ち着き払っているはずの先生が声を荒げている事実は、大人たちを以てしてもどうしようもない、真の緊急事態であるということを、辛うじて冷静さを保っていた子供たちに理解させるのに十分すぎた。

 

「……死ぬの? わたしたち」

 

『ゆう』の腕の中で、友人が震える声でそう言った。

 確かにいよいよ、そうなるとしか思えない。

 揺れは一向に酷くなるばかり。

 船体を打ち付ける雨の音にはいつの間にか硬質的な音が混じり、霰か雹が降っているのだと理解できる。

 きっと嵐はここからが本番なのだ。

 では、その本番を迎えた時、自分たちはどうなるのだろう?

 今でさえ、限界にほど近い状況だというのに。

 

「いやだ……ッ、いやだ……ッ、いやだ……ッ」

「…………っ」

 

 自らの腕の中でガタガタと震える友人を強く抱きしめながら、揺れに耐える。

 そうして腕の中の友人に何とか励ましの声をかけようとするが、しかし声が出ない。

 やはり不安なのだ。『ゆう』も、どうしようもなく。

 

 ライフジャケットは着用している。

 しているが、だからどうしたというのだろう。

 

 自らの目の前に広がるのは、本当の天災だ。

 人間如きが敵うはずもない、自然の暴力だ。

 それを目の当たりにしてしまっては、あれほど頼もしく思えていたはずの分厚い救命胴衣が、途端に薄っぺらく、チャチな玩具のように思えてしまう。

 

「だいじょうぶ……だいじょうぶ……きっと、かえれるから……!」

 

 しかしそれでも、勇気を振り絞って『ゆう』は虚勢を張る。

 自分まで折れてしまえば、諦めてしまえば、それがきっと終わりだ。

 そう思ったからこそだった。

 だが、そんな幼い覚悟と決意など、現場に満ちる恐怖と狂気の前には、塵屑と同然だった。

 

「ひ、ひぃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああぁあああああっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 妙な笑い声が、鼓膜を揺らした。

 あまりにも様子が変で、つい声のした方に視線を向けてしまう。

 

 当然だが、知った顔だった。知った顔の、クラスメイトだった。

 だが、知らない表情だった。

 こんな状況にもかかわらず、顎が外れんばかりに大口を開けて、大笑いしていた。

 

 何かがおかしい。

 そう気づくのは、『ゆう』ばかりでない。

 数人の生徒たちが、彼に目を向けていた。

 そんな訝し気な視線の中で、彼は────自らの服を脱ぎ始めた。

 

「ぇ」

 

 ライフジャケットだけではない。

 シャツも、ズボンも、パンツまでも。

 全ての服を煩わしいと言わんばかりに剝ぎ取ると、彼は哄笑を上げるままに甲板へと躍り出た。

 

「…………」

 

『ゆう』の思考に空白が生まれ、一瞬遅れて級友を一人、永遠に失ったことを理解する。

 

「うぁ……」

 

 何とか気を強く保とうとしていた『ゆう』の目に、遂に涙が浮かぶ。

 それを皮切りに、最後の最後で押し留めていた何かが切れる。

 途端に押し寄せるのは、絶望だ。

 

「うわぁぁあぁああぁぁぁ!!」「どうしてこんなことに……」「たすけて! たすけてよぉ!!」「もぉやだぁぁぁあぁぁあああああああああ!!」「おとうさん……おかぁさん……」「かえしてよぉ! うちにかえしてよぉ!」「しにたくなぁぁぁぁあぁぁぁぁああい!!」「やめて!! やめて!!」「こなきゃよかった、こんなの……」「おうえぇぇぇぇ……」「ああああああああああああああああ!!」

 

 無意識のうちに聞こえないようにとシャットアウトしていた生徒たちの声が、『ゆう』の精神を更に追い込んでゆく。

『ゆう』の中に芽生えていた死への恐怖を、何倍にも大きく膨らませてゆく。

 

「しにたくない……」

 

『ゆう』の口から声が漏れ出る。

 

「しにたくない……しにたくない……しにたくない……しにたくない……しにたくない……!」

 

 まだ何もしていないのに。まだ何も出来ていないのに。

 こんなところで死ぬなんて、あんまりだ。

 

 しかしそうは思っても、状況は次第に悪くなるばかり。

 死は確実に足音を立てて、『ゆう』達の方へと歩いてきている。

 そして、それに対処する術など、『ゆう』には無い。

 

 出来ることと言えば、ただ、腕の中の友人を抱きしめて祈る事だった。

 

「たすけて……かみさま……」

 

 

 

ぞわり

 

 

 まさに藁にも縋るような気持ちで『ゆう』がそう言った、次の瞬間。

 得体の知れない悪寒が『ゆう』を襲った。

 

 ぶわり、と全身の汗腺が開き、汗が噴き出す。

 激しく揺られる自らの体も、生徒たちの声も遠のき、思考が白で染められる。

 

 ()()()()()()

 

 海の向こうから、海の下から。

 何か、とてつもなく巨大で、醜悪で、悍ましい何かが、『ゆう』に視線を向けている。

 

「かみ、さま…………?」

 

『ゆう』の視線の先で、波が跳ねる。

 その直後、山のような波が『ゆう』の乗り込む船を呑んだ。

 船室の中にも海水が入り込み、一瞬で満ちて。

 最後に『ゆう』が感じたのは、腕の中に居た友人が、誰かに引っ張られてゆくように遠ざかってゆく感覚だった──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅ」

 

 目を覚ました時、『ゆう』は浜辺に打ち上げられていた。

 どうやら、命は助かったらしい。

 が、無事とも言い難い状況でもあるようだ。

 

「……うぁ」

 

 多大な疲労感と倦怠感が全身を取り巻き、無視できないレベルの頭痛がただでさえ靄のかかったような思考を阻害する。

 しかも熱も出ているらしい。

 動けないというわけではないにせよ、立ち上がる事すら一苦労だ。

 

「ここ……どこ……?」

 

 ふらふらと、覚束ない足取りで暗い砂浜を歩く。

 少なくとも付近に人間の気配は一つもなく、辺りを見回しても、家が一軒も見つからないどころか、コンクリートの欠片さえも目に映らない。

 

 早く人の居る場所に行かなくては。

 嵐は未だ収まっていないどころか、空はどんどん暗くなっている。

 きっと夜が訪れようとしているのだろう。

 このまま本格的に夜を迎えると、そのまま野垂れ死ぬ。

 もはや全く機能していない思考でなく、直感としてそれを理解し、行動を始める。

 

 だが、今の『ゆう』の遅々とした歩みでまともに進むことなどできるわけもない。

 ほんの数十メートルも進む前に、『ゆう』の体力は限界を迎えつつあった。

 そして、とうとう膝を屈し、崩れ落ちそうになった、その次の瞬間だった。

 

「……え?」

 

 ざぱり。

 海が()()()()()

 そうとしか表現できないような挙動で、海が膨れ上がり、そして静止した。

 まるで小山のような巨体を持つそれが、自らの足元に居た『ゆう』を睥睨する。

 

「……ぁ」

 

 視線を受けて、『ゆう』は理解する。

 

 コイツだ。

 あの時、船に乗っていた『ゆう』を覗いていたのは。

 あの大波を引き起こし、船を沈めたのも。

『ゆう』をこの島へと連れ去ったのも。

 間違いなく、コイツだ。

 

 そして、そうであるのなら。

 コイツは、『ゆう』では手に負えないような、バケモノだ。

 

「ッ!」

 

 最後の力を振り絞って、『ゆう』は山の方へと走り出す。

 人間の体と言うのは、存外に動かそうと思えば動くものらしいが、しかしそれはあまりにも遅すぎた。

 津波の速さは、沿岸部で時速約30km~40kmと言われている。

 それに対して、小学生女児の50m走平均速度は時速にして約20km。

 そして今の『ゆう』は、その半分の速度も出せていない。

 追いつかれるのは、一瞬だった。

 

「ぅ」

 

 黒い影が『ゆう』を覆う。

 ごぼりごぼりと、波の音が背後まで迫ってきている。

 

 あぁ、やっぱり駄目だった。

 生き残ったと思ったが、やっぱり死ぬ定めだったんだ。

 

 足は止めない。

 もはや止め方が分からない。

 だが、もう心が諦めてしまった。

 きっとこの波に呑まれて、彼女の短い人生は終わりを迎えるのだ。

 

 そう思った直後の事だ。

 

「成功したのか失敗したのかいかんせん良く分からん結果になりやがったな」

 

 バチン。

 そう音を立てて、影が消えた。

 

「……妙に効きが悪いんだよなぁ……どんなカラクリだ? ……まぁいい」

「ぇ?」

 

 一体、何が。

 顔を持ち上げ、何が起こったのか確認しようとして、誰かに持ち上げられた。

 そしてそのまま小脇に抱えられる。

 

「ちょっとばかし我慢してくれ! 一時退避だ!!」

 

 周囲の景色が流れてゆき、海がぐんぐんと遠ざかる。

 

 ああ、助かった。

 

 妙に強く感じる安心感の中で、彼女はゆっくりと全身の力を抜いた。




はい、筆者です。第三部が始まりました。

が、色々と大変なので続きはゆっくり目に投稿していきます。

ちなみにskeb始めてみました。
筆者のページか活動報告にリンクがあるので、筆者にぜひ書いてみて欲しいというものがあったらどうぞ。
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