『
近くを通りかかった船を嵐に巻き込み、乗員が神頼みを始めると、その人物以外の乗員を命を助けるための代償ないし供物として取り殺し、生き残った乗員までも自らの領域に引きずり込んで殺すとか言う、最悪と言っていい類の怪異である。
……正直なところ、俺にもコイツについて理解できていることは多くない。
その正体が堕ちた神で、随分と長い事存在している存在であるという、ゲーム内で出てくる以上の情報が無いのだ。
俺がこの世界に来てから探り続けているにも関わらず、である。
質が悪いのは、どこに出現するか分からない事と、普通の水難事故と判別がつかない事。
そして、生存者が確実にゼロである事。
これでは調べようにも調べられない、それが実情だった。
だから俺は、『
ヤツが確実に出ると分かっているのは、『ゆう』の臨海学校のタイミングしかなかったからだ。
そしてその上で、俺は初動で決着をつけるつもりだった。
事前の計画としてはこうだ。
『ゆう』が襲われるであろう海域で事前に待機した上で、『ゆう』からの祈祷を途中でインターセプト、乗員全員を救助の上で元凶を捕捉、一辺に片を付ける。
そういう方法を取るつもりでいて……確実に成功するはずだった。
確実に成功させるためだけの策を練って、準備もして、その上で臨んだのだ。
転生者たるこの俺がだ。
が、蓋を開けてみればどうだ。
状況は正解したとも失敗したとも言えない、混沌とした様相を示していた。
乗員たちは助かった。事前準備が功を奏した。
豚肉の詰まった饅頭を身代わりとして回収させることで、供物としての終わり方を免れさせたのだ。
この一瞬さえ乗り切ることが出来ればこちらのもの。
嵐の神であるスサノオ様や、ワダツミ様などを始めとした海の神々に事前に話を通し、援護をお願いしていたので、今頃、本州のどこかの浜辺にでも漂着させてくださっているだろう。
全員が無事に、とは言い難い状況になるかも知れないが……少なくとも、命は助かるはずだ。
しかし『ゆう』は攫われた。
攫われ、奴の領域であろう孤島に閉じ込められた。
祈祷は契約という形で履行されたと見做されていて、あの怪物とは縁で繋がってしまっている状態で、だ。
そしてそれは、俺も似たような状態であった。
「転生者としての俺を捕捉できるわけがない……となると、神格としての俺が、この島に縛り付けられているのか……? 一体なぜ……?」
ヤツに取り殺される寸前だった『ゆう』を助け出した直後。
俺の腕の中でぐったりとしている『ゆう』を抱えたまま、俺は現状の分析を続けていた。
「『ゆう』が俺をここに呼び寄せたのか……? しかし、そうであるならヤツとの契約が履行されたものとして扱われている意味が分からない。インターセプトには失敗している、そう捉えるべきだ」
「であるなら、今の俺は都市伝説体としての召喚……いや違う、であるなら神格としての在り方が活性化しないはずだ。だがやはり、そうなるとインターセプトの成功の是非が……」
何より一番わからないのが、俺と『ゆう』と怪物が、それぞれ繋がっているという事だ。
本当に意味の分からない状況が出来上がっている。
一体何がどうすれば、こんな複雑な状況になるというのだろうか?
「む」
不意にバギバギと、木々の折れるけたたましい音が背後から響く。
どうやらもう復活し、こちらを捕捉したようだ。
「……アイツもアイツで、何故あそこまでの力を持っている? スサノオ様の加護さえ無視して嵐を呼び起こすなど、尋常のそれではないぞ」
バチン。
再び水の巨人の影が弾ける。
が、やはり手応えはない。
一先ずの脅威こそ去ったものの、大本には全く効いていない、と見るべきだろう。
しかし、これは……
俺の攻撃が向こうに効いていない、というよりは、俺の方の出力が異様に低下している……?
「一体、何が起こっている……?」
異常事態だ。そう言っていい。
神格体の俺は、こう言っては何だが、チート野郎だ。
転生者としての在り方が根本であるからこそ、この世の理から半ば外れている。
だからこそ、神格体の俺は無法な動きが可能だった。
そんな神格体である俺が、何者かに影響を受け、弱体化している。
控えめに言って、とんでもない事態だ。
何か途轍もないイレギュラーか、爆弾が埋まっている、そう考えるしかない。
それも、凄まじい力を持っている何かが、だ。
「いざという時の手は無くも無いが……勘弁してくれよ、マジで」
それは本当に最終手段だ。
そうでなければならない。
「…………ん、うぅ」
っと、どうやら『ゆう』が起きたらしい。
今回は俺も決して第三者としての立場ではないので、彼女に無理を強いることはあまりないと思いたいが──────
「【ほ か の お ん な の に お い が す る】」
「────ッ!!?」
■
段々と、意識が浮上する。
頭が痛い。なんだかとてもボーっとする。思考がまとまらない。
一体何が起きているんだろう。
喉も痛い。体も痛い。全身が燃えるみたいに熱い。
でも、なんだか安心する。
何があったんだっけ。
そうだ、嵐に巻き込まれて、島に流れ着いて、襲われて、あの怪物に追いかけられて……
助けられたんだ、あの人に。
「…………ぅ」
目を覚ませば、あの人の顔が目に映る。
体の不調のせいか、なんだかぼうっとして明瞭としないけれど。
でも、なんだか焦ったような顔で己を見下ろすあの人が見える。
「……おはよう。調子は……見るからに悪そうだな。もうちょっと休むか?」
「うん……でも……ちょっとだけ、おはなししたい……」
「そうか……あー……一応聞いておこう、嬢ちゃんの名前は、何だ?」
「わたしの、なまえ? わたしの、なまえは──────」
……………………あ れ ?
わたしの、なまえ?
なんだっけ、おもいだせない。
あたまがいたい、ぼうっとする、わたしのなまえが、どんどんとけていく。
「……『ゆう』だ。そうだろう?」
あ、そうだ。
『ゆう』だ。それが、わたしのなまえだ。
なんでわすれていたんだろう。
なんだか頭がスッキリとした気分になる。
頭痛も、ほんの少しだけだが収まったようだ。
視界もハッキリとしてくる。
心配そうな男の表情が、よりハッキリと見えるようになった。
「そう、わたしのなまえは、『ゆう』」
「……いい名前だな。大事にするといいぞ」
「うん…………」
「辛そうだな。もう少し、眠るといい。大丈夫だ、俺がきっと何とかして見せる」
「…………だいじょうぶ?」
「ああ、きっと大丈夫だ」
「そっ……か」
『ゆう』は、再び目を閉じる。
そうすれば、間もなく夢の世界へと『ゆう』は旅立っていった。
「…………畜生め」
そんな『ゆう』を見つめる男の表情は、決して穏やかなモノとは言えなかった。