明確なタイムリミットが出来た。
今、『ゆう』には巫女による神降ろしと同じようなことが起きている。
それも儀式によるこちら側の意図的ものではなく、神格からの一方的な侵食という形で。
つまり最悪の事態だ。侵食され切る前に何とかしないと、『ゆう』の魂が完全に汚染される。
穢れた神格として魂が染まり切ってしまえば、俺も救えない。
前回のループに囚われた人々と同様、ニルヴァーナも不可能な地獄を永劫過ごす羽目になる。
というか、ループに囚われた人々よりも酷いことになる。
だから早急に何とかする必要がある。
「そもそも何故、そんなことが起きている?」
まずは原因の究明からせねばならない。
少なくとも、この侵食は原作ではなかった話だ。
いやまぁ、最終的には『ゆう』も神格を得ることにはなるのだが……このような侵食による変化ではない。
アレはきちんとした儀式の手順を踏んだ、昇華に近いもの。
だから今のような、人格汚染は起こらないはずなのだ。
「間違いなく原因は俺にあるんだろうがなぁ……」
原作でこのようなことが起こっていなかった以上、そこは間違いない。
このイレギュラーの発生原因は間違いなく俺だ。
俺の介入をトリガーにして、何かしらの儀式が作用している可能性がある。
しかし、ここまで強力な侵食が起こっているとなると、考えられる例と言えば……
「神話再現か?」
神話再現。
神話に語られる出来事をなぞることで、逆説的に結果を現実に呼び起こす儀式形態。
それと同等のことが起きていると考えれば、現状にも説明は付く。
俺とあの怪物という二柱の神格が揃って、何かしらの神話と似たような状況が起こっているため、逆説的にその場にいると考えられる第三の神格の役目が『ゆう』に押し付けられているのだ。
そうであれば、神格による侵食ないし同期が起きている事にもある程度は説明が付く。
俺の弱体化が起こっていることについてもだ。
俺がその神格の枠に無理やり押し込めるために本来の力が封じられているか、あるいは神話を再現させるための修正力が働いているためにこの状況ではあの怪物を倒すことはできないか。
まぁどちらにせよ、これが真実ならば面倒な事態だ。
前者にせよ後者にせよ、神話の進捗を常に気にする必要が出てくるのだから。
「……確証はないが、今のうちは神話再現が起こっていることを前提に行動するか」
神話再現はある程度の強制力を伴い、それは神話の認知度、引き起こしている人物の力量、用意された場がどれだけ原典に近いかなど、様々な条件で強まる。
その点で言えば、今回の件の強制力は過去最高レベル。
原典を知らずに下手な行動を起こすと、即座に詰む可能性だってある。
警戒しておくに越したことはないというものだ。
「とはいえ、どうするか。この分だと、計画通りにってわけにもいかないだろうしなァ……」
原作における『
というのもこの島、先住民とでも言える、堕ちた神の眷属とさせられ永い時を過ごす事を余儀なくされた人々───人と言えるかは甚だ疑問であるが───がおり、最初は敵対していて『ゆう』を殺しに来るそいつらだが、物語終盤そいつらが神になりかけていた『ゆう』を見つけると、『ゆう』を祀り上げることで、堕ちた神に対抗しようとしだすのだ。
で、まぁそのおかげで堕ちた神は滅び、先住民たちは解放されるわけだが……
信仰も穢れも無く、中途半端に神と成ってしまった『ゆう』は、肉と概念の狭間で生きているとも死んでいるとも言えない状態の中を永劫に過ごす事になる。
だから俺は当初、インターセプトが失敗して原作が開始してしまった時は、ここで俺が神格として連中の神と成り、真正面からあの邪神をブチ殺すつもりだった。
特定の神として顕現してしまう事は、俺にとってはリスクにもなるだろうが、『ゆう』に負担は殆どかからないし、奴さえ消し去れば先住民たちも消え、信仰も消える。
そうなれば本来なら原作における『ゆう』のように概念と肉の狭間で揺蕩う事になるが、元々神としての在り方を持つ俺にとってはノーダメージになる。
デメリットも特になく、無事に『ゆう』も家に帰れるはずだったのだが……
「現実にはそうはならなかった、と。……本当に面倒なことをしてくれやがる」
『ゆう』の小さく軽い体を抱えながら、低木を掻き分けて進んでゆく。
当然ながら、道なんてものはない。辛うじてあるものと言えば獣道程度のものだが、低木のトンネルが連続しているようなそれは、とてもではないが人間用とは言えそうになかった。
「……………………しかし、何も見つからんな」
暫く探索しているが、原作で見られた要素が全く見つからない。
道や石碑、先住民たちの生活の痕、悪趣味なモニュメント。
その他諸々の物が、欠片も目に入らない。
本来ならば大木が一本だけ鎮座しているはずの山頂に到達しても、何でもないような樹木が乱雑に生えているだけで何も無いのだから、これはいよいよおかしいと考えざるを得なかった。
「集落さえ影も形も見えないか。いよいよ、原作知識は全く通用しないと見ていいな」
川の近くを切り拓くようにして作られた集落は、山頂から見下ろせば、何処かには絶対に見えるはずなのだが、しかしどこを見てもそれらしいモノは見えない。
ならば、そもそも集落が存在しないことになった、と考えるべきだろう。
「或いは、この島がそもそも、原作の島とは違う島か、だな」
ここでも俺のインターセプトが変な方向に働いてしまった可能性がある。
そしてその可能性は非常に高いと言えるだろう。
何せ、この島には本当に人の痕跡らしきものが無い上に、怪異の類も全く居ない。
あの邪神の影響で『
そうなると、やはり原作の舞台とは違う島に来てしまった、と考えるのが妥当だ。
「だってのに、随分とまぁ執拗に追いかけまわしてくるものだ」
山頂付近まで頑張って昇って来たのだろう邪神を吹き飛ばす。
奴の領域でないこの島は、奴にとって非常に居にくい場所であるはずだ。
人も俺達以外に居ないわけだから、力の源となる
だから正直、こうして俺達を執拗に追い回し、何度も何度も吹き飛ばされてなお向かってくることは、非効率極まりない。
俺みたいな猛毒もいるのだから、猶更だ。
こうなった以上、大人しく自らの領域に引き返すのが得策だろう。
にもかかわらず、こうして俺達を追いかけまわし続けているという事は……
「お前も今の俺と同じように、神話再現に巻き込まれているのか、あるいは勝算があるのか……まぁどちらにせよ、お前は消す」
俺もいつ限界を迎えるかわからないのだ。
不安の種は、一つでも取り除いておかなければならない。
「んで、そのためには何かしらの展開を見つけなきゃならんわけだが……あ?」
妙な気配を感じ、後ろを振り返る。
直後、俺の目に映ったのは、つい先程まであったはずの山頂の景色ではなく、真っ黒な壁。
それもただの壁ではない。
うじゃうじゃと蠢くその壁は、ゆっくりとその形を紐解くようにして露わにしてゆく。
「……蛇、か」
それもアオダイショウやハブのようなサイズではない。
アナコンダよりも巨大な、大蛇と表現するしかない、巨大な蛇。
それが群れを成し、俺を取り囲んでいる。
「……どの神話だ?」
バチン、と。
俺に襲い掛かる蛇どもを蹴散らしながら、考える。
どれだけ攻撃しても倒せないのだから、この遭遇が神話再現に関連していることは間違いなかった。
故に問題は、これがどの神話なのか、になる。
神道と蛇は切っても切れない関係にある。
脱皮を繰り返す様から「再生」や「蘇り」の象徴として扱われ、神の使い、ないし神そのものとされた。有名どころで言えば諏訪大社の神は蛇の姿を取って現れたと言われているし、オオクニヌシ様の和魂とされるオオモノヌシ様も蛇の姿を持つとされる。
まぁつまり、それだけ蛇は神道とつながりが強く、その分多くの神話を蛇は持っている。
しかし、大量の蛇となると……うーむ……
「……【こ れ を】」
再び、声が響く。
脳の奥底を直接殴りつけて来るような、悍ましいあの声が。
まさかこの蛇がトリガーになったのかと下を向けば───
「……………………………………成程ね」
それは、ただのハンカチでしかなかった。
女児の小さな服の、それまた小さなポケットに詰め込めるような、可愛らしいハンカチ。
だがしかし、そこに込められた意味は、尋常のそれではない。
「そういう事かよクソッタレ。道理で……はぁ」
最悪だ。
本当に最悪だ。
色々な意味で。
この状況は、正しく、間違いなく……!!
「根の国の伝説……スサノオの試練…………!!」