遥か太古の時代。
オオクニヌシという神がいた。
とある事情で兄弟神たちから命を狙われ、追われていたオオクニヌシは、命からがら根の国と呼ばれる場所に辿り着く。
そこでオオクニヌシは、美しき女神、スセリビメと出逢い、一目惚れ。
そしてスセリビメの方も、オオクニヌシを見て一目惚れ。
二人は速攻で結婚を決め、幸せに……と言いたいところだが、そこに待ったをかけたのがスセリビメの父親、スサノオ。
「おゥお前ウチの娘と結婚するってんなら相当腕が立つって事だよなァ? あァ!?」
と言わんばかりに、スサノオはオオクニヌシに次々と試練を課す。
その試練の内、まず最初に与えられたものが、蛇だった。
蛇がウヨウヨと蠢く部屋の中で、一晩を過ごせとスサノオはオオクニヌシに命じる。
流石に無策でそんなことをしようものなら、蛇に食い殺されるのは必定。
困り果てたオオクニヌシに、スセリビメは自らの身に着けていた衣装の一部、肩のひれをオオクニヌシに渡すスセリビメ。
「蛇が噛んできそうになったら、この布を三度、振ってください」
オオクニヌシが言われた通りにすると、蛇たちは途端におとなしくなり、オオクニヌシはゆっくり熟睡できるようになった……と。
その後も神話は続くが、今はここまででいい。
「……状況証拠から考えて、この場で再現されている神話はこれで間違いないだろうな」
無数の蛇、解決策として差し出された布。
この二つだけで、神話を特定するには十分すぎる。
そして状況を鑑みるに、配役は俺がオオクニヌシ様。あの邪神がスサノオ様。そして『ゆう』がスセリビメ様。
そう考えるのが妥当だが……
「……クッソ面倒な神話を選びやがったよ、本当に」
神話において、最終的にオオクニヌシ様とスセリビメ様はスサノオ様を出し抜き、駆け落ちを成功させるわけであるが…………
正直、コイツを成立させるわけにはいかない。
あのクソ邪神を取り逃がす結果になる上に、穢れたスセリビメが俺の伴侶として顕現する可能性があるわけだから『ゆう』はもう
スセリビメ様はただでさえ嫉妬の女神として描かれ、オオクニヌシ様のもう一人の妻であるヤカミヒメ様に赤子を置いて逃げさせたとか言うトンデモエピソードがあるのだ。
それが穢れで悪意に塗れた形に改変され、あの二人に害を与える可能性が高いとなると、俺としては当然、許すわけにはいかないというものだ。
「とは言え、どう切り崩すか、そこが問題だよなぁ」
蛇神ヴリトラを滅ぼしたインドラ神。
その仏としての在り方である帝釈天。
彼の存在を意味する帝釈天印を結び、蛇に対する結界を張りながら、俺は思案する。
この神話再現が異常なほど強固である理由として、考えられる理由は幾つかある。
まず第一に、俺が参加している事。
転生者たる俺が参加しているからこそ、その力の大半を用いることで、この神話再現に相当な強度を持たせることが可能になっている……と。
第二に、『ゆう』の意向が反映されている可能性。
この中で唯一明確な肉の体を持つ『ゆう』が、この儀式の成就を心の底から強く望んでいる。
だからこそ、肉の体を持たない俺達が神話に縛り付けられている。
つまり、『ゆう』が俺達を
第三に、物証が存在する可能性。
それこそ神器の類だ。
根の国伝説に登場する生太刀、生弓矢、天の沼琴のような代物を、あの怪物が持っているからこそ、それをどうにかしなければ、神話再現の強度が物質的に保証されてしまう。
これらの三つの内、どれかが主な理由であると考えられるが……
さて。
「…………なぁ、『ゆう』ちゃん。今、喋れるか?」
「………………………………ん、ぅ」
潰せる可能性は、最初から潰しておきたい。
そう考えて、俺は腕の中で眠る彼女に声をかけた。
■
柔らかな声色で呼びかけられて、私は目を覚ました。
やはり頭がぼうっとする。
思考がちっとも定まらない。
「『ゆう』」
「……ぁ、おにいさん」
でも、それもほんの一瞬の話だった。
お兄さんに声をかけられたと思ったら、すぐに思考がクリアになった。
一体どうしてなんだろう。
そして、なんなんだろう。
お兄さんが私の名前を呼んだだけなのに、なぜかとても残念な気持ちがする。
赦せないって気持ちが湧いてくる。
言葉にも言い表せないようなどす黒い何かが、私の内側から湧き出している、そんな気がする。
…………っていうか。
「これ、どういうじょーきょー?」
私たちの周りにはヘビがこれでもかってくらいに沢山いた。
皆私たちのことを狙っているようで、ずっとこっちを見つめている。
なのに、私たちには一向に近づけないらしい。
まるで私たちを中心にした見えない壁があるかのように、蛇たちは私たちの周囲をポッカリと開けて、ぐるぐると回り続けていた。
どうして私の言う通りにしてくれないの?
「起きて早々悪いんだが、質問がしたい」
「べつにいいけど……」
「有難う。それじゃあ早速聞くが、今『ゆう』ちゃんには、俺のことがどう見える?」
「え?」
パッと、お兄さんを見る。
けど、お兄さんの顔が見えない。
ぼんやりと、靄がかかっているようだ。
「………………」
「見えないか?」
「……うん」
「見たいか?」
「……………………見たい」
「それじゃあ、見えるようになる」
お兄さんが言うと、確かにすぐにお兄さんの顔が見えるようになった。
……とてもきれいな人だと思った。
イケメンとか、そう言う話ではなく、きれいだった。
今まで、こんなにきれいな人は、テレビでも見たことが無かった。
違う。違う違う違う違う。あの人はこんな顔じゃない。違う。返せ。私のあの人を、返せ。
「ッ」
急に頭が痛くなる。
一体何で? お兄さんの顔が見えたから?
「……見えたか?」
「うん、見えた」
「そうか。そりゃ良かった」
お兄さんはそう言うと、加えていたタバコから煙を吐いた。
「まだ、具合が悪いか」
「うん…………」
「それならやっぱり、まだ寝ていると良い。大丈夫だ。俺が何とかしてやる」
「……わかった」
頭の痛みから逃げ出すように、私は意識を閉ざした。
■
さて。
これで第二の説は違っていると立証できた。
どうにも神格による浸食の影響は未だ強いようだが、まだ何とかなるレベルだ。
もうちょっと時間はある。そう考えてもいい。
勿論、だからといって急がなくていい理由にはならないが。
となれば、次に調べなくてはならないのは第3の仮説。
この神話の核となる、物証だ。
そして、今回の件において、物証の在処として考えられるのは───
「……まぁ、お前の体内だよな」
スサノオ様の役割を被った邪神が、俺が神話的に試練の最中であるが故に手出しできず、遠巻きに俺を監視するかの如く立ち止まっていた。
あれほどの力を持っていたのだ、何かしらの神器を取り込んでいても何ら不思議ではない。
「お前の体の中、徹底的に探らせてもらうぞ」
俺は邪神に向け、一歩を踏み出した。
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